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PSAを余命10年以下で測ることは無意味なのか? [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なのでカルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は前立腺癌とPSAによる検診についての話です。

昨日の記事の続きですので、
お読みでない方は、
まず昨日の記事からお読み下さい。

よろしいでしょうか?

それでは始めます。

まず、こちらをご覧下さい。
【PSA8.2ng/ml は、確かに正常値を超えていますが、年齢と共に、上昇すると言われ、80歳代で8.2 はほぼ正常範囲内と言われています。精密検査(特に生検)に伴う合併症や80歳代では潜在癌(治療不要な癌)が殆どを占めることを考えると、現時点で癌を見付けるための生検はやるべきではないと考えます。今後PSAが20~30と上昇するようでもあれば、生検も考慮したいと思います。ご紹介ありがとうございました。】

昨日お見せした泌尿器科の専門医の返書です。

僕は84歳の患者さんを、
PSAの上昇でご紹介したのですが、
泌尿器科では一切検査はすることなく、
検査は無意味だという判断で、
お叱りの手紙を頂いたのです。

この文面を読んで、
僕は幾つかの疑問を感じました。
以下、それについて出来る範囲で検証したいと思います。

まずその一点目はこちらです。

80代の方ではPSAの8.2は正常範囲なのか?

この点について文献を調べたのですが、
あまり適当なものがありません。
5000人程度の検診のデータを解析したものがありましたが、
その結論では80代の基準値は6.5以下とするのが適当であろう、
というものでした。
ただ、70代と比べれば、その例数はグッと減っているので、
そのデータで間違いなく70代より数値が高いとは、
必ずしも言えないのではないかと思いました。

それで診療所の計測事例で見てみました。

80代の方は50名ほどいらっしゃって、
その数値をざっと挙げますと、
0.7、0.45、2.3、8.2、6.2、3.42、0.6、2.4、0.65、3.2、0.7、
といった具合です。
この方々はいずれも前立腺の手術や治療は、
されてはいない方です。
平均値は1.56でした。
ただ、たとえば転移しているような進行癌の患者さんでは、
PSAは数百になりますから、
そうした方を1人でも入れると、
これはガラリと変わってしまうのです。
癌のない方のみのデータが取れれば良いのですが、
現実には前立腺癌の診断は、
通常PSAの数値が高い方に、
生検を行なって診断しているので、
上のお手紙のようにご高齢の方は診断しない、
という方針であれば、
PSAがたとえば8の方でも、
癌である方もない方もいる、
という理屈になり、
癌のない方のみの年齢別のデータを取ることは、
そう簡単な作業ではないのです。

ただ、通常のPSAの異常値は、
4.1以上とされていますが、
診療所のデータを見る限りは、
その基準値にはそれほどの問題はなさそうです。

ちなみに90代の方を見てみると、
0.6、0.45、4.2、3.5、2.7、0.2、0.7、
といった具合でした。
患者さんの総数は15名ほどです。
平均値は1.72で80代とそれほどの差はありません。

つまり80代以上の方では明らかに70代の方よりPSAが高い、
というようなことは,
少なくとも明確な事実とは、
言えないのではないかと思います。

「健康成人でも年齢と共にPSAは上昇する」
という言い方をする時、
前立腺に潜在癌があっても、
それは健康成人とは言えない筈です。
しかし、潜在癌の比率は年齢と共に上昇し、
その多くは診断されないのですから、
そもそも80代で健康成人をセレクトする作業自体が、
現実には困難になる訳です。

80代の方のデータを診療所の事例で検討すると、
その数値は1以下の低い値と、
2~3以上という比較的高い数値の、
2つに分かれる傾向がある、ということが分かります。

これは何を意味しているのでしょうか?

僕の考えはこうです。

PSAは前立腺から分泌される蛋白質の一種で、
前立腺の容積が大きくなれば、
当然その数値も上昇します。
ただ、前立腺の大きさに比例する部分よりも、
癌で上昇する部分の方が大きいので、
前立腺癌のマーカーとして使用されているのです。

前立腺を肥大させる一番の刺激は、
男性ホルモンです。
つまり前立腺肥大があるということは、
その前立腺が男性ホルモンで刺激されている、
ということを示しています。

このことは前立腺癌でも概ね同じで、
男性ホルモンが分泌されなくなれば、
前立腺肥大のみならず、
前立腺癌も縮小します。
この事実があるので、
睾丸を摘出したり、
男性ホルモンを出ないようにする薬を注射で使用したりすることが、
前立腺癌の有効な治療法として、
行なわれているのです。

男性には女性のような閉経はありませんが、
それでも年齢と共に男性ホルモンは低下します。
80代になっても、ある程度のレベルの男性ホルモンが分泌されている方もいれば、
殆ど男性ホルモンが分泌されていない方もいるでしょう。

つまり、男性ホルモンが分泌されている方では、
前立腺は80代でも大きくなり、
そのためにPSAは上昇しますし、
更に癌がその中にあれば、
その大きさも大きくなって、
その結果としてPSAは上昇します。

しかし、男性ホルモンの分泌がほぼ停止した方では、
むしろ前立腺は縮小し、
その結果としてPSAは1以下、という低値となるのです。

80代以上の男性のPSAの数値に、
かなりのバラつきのあることは、
この考え方で説明は可能だと思います。

従って、8.2は80代では正常範囲である、という専門医の見解は、
僕は基本的には誤りだと思います。

その解釈とその方の人生においての意義はともかくとして、
PSAが8になるのは80代であれば当たり前のことではなく、
前立腺が刺激された状態であり、
それは癌の可能性を含んでいる、と考えるべきなのです。
しかし、そのことと、
その癌が治療の適応になるものかどうかは、
別個の問題であり、
それを混同するような議論は正しくないと思います。

それでは、次の疑問です。

80代以上の方の前立腺癌は殆どが潜在癌で治療の必要はないのか?

潜在癌というのは、
臨床的に意義のない癌、と言う意味合いです。
つまり放っておいても治療をしても、
結果には差はない、ということになります。
ある統計によると、
80代以上の男性では、
その半数が前立腺の潜在癌を有している、
とされています。

ただ、この数値を真に受けるのは、
ちょっと慎重であるべきです。
おそらくは解剖のデータだと思いますが、
解剖される事例はバイアスが掛かっていて、
そこから軽率に比率は云々出来ない筈だからです。

癌があるかないかは、
当たり前のことですが診断しないと分からないのです。
前立腺の場合、
限局した癌の診断は現時点では前立腺に針を刺す、
生検をしなければ判明せず、
それをするかしないかは、
年齢や状態などにより、
担当医がある面恣意的に決めている事項です。

以前には潜在癌を過剰に診断して、
手術などの治療を行ない、
それで却って患者さんに不利益を生じることが、
多くあったとされています。
要するに確かに癌はあっても、
放っておいても問題はなかったのに、
摘出手術をして、
それでおしっこが洩れ易くなる、
というような事例です。

ただ、癌というのは何でもそうですが、
時に悪性度の高いものがあり、
短期間で転移したりすることがあるので、
大きな問題になるのであり、
どんな癌でも比率的には潜在癌が大部分ではあるでしょう。
その判断は癌の組織形やその経過などから、
個々の事例で慎重に検討されるべき事項です。

80歳以上では殆どが潜在癌なので、診断をする必要はない。

というのはあまりに極論であり過ぎる、と言う気がします。
この考え方はあくまで医者の上から目線のもので、
患者さん1人1人にとって見れば、
自分が例外である可能性は常に存在するのですから、
年齢で診断を一律に否定する、という態度は、
あるべきものではないと僕は思います。

では次の疑問です。

PSAが20を超えたら診断する、という判断に問題はないのか?

上の手紙を読む限り、
この専門医はPSAが20を超えて上昇すれば、
診断のための生検を考慮する、
と書いています。

PSAの値が高くなれば、
それだけ前立腺癌の可能性が高まります。

80代以上の高齢者において、
一番問題になるのは骨への転移です。

前立腺癌は骨に転移することが多く、
その場合、患者さんは骨の痛みに苦しみます。

ある学会報告によると、
PSAが10以下では骨の転移は殆ど起こらず、
癌が確定した患者さんでの統計では、
骨の転移のある方の平均値が223で、
ない方の平均値が14.4であった、ということです。

ただ、別の事例の報告では、
PSAが3年間で2.6から32まで上昇し、
その時点で骨への転移を認めています。
また別の70代の方の事例では、
矢張り3年間で2.4から122までという上昇があり、
その時点では矢張り骨への転移を認めていました。

つまり、僕のご紹介した患者さんの場合、
3年間のインターバルで骨への転移が起こる可能性は、
皆無ではありません。
患者さんは84歳ですが、
70代半ばで通るお元気な方で、
もし放置して87歳で全身の骨の痛みが起こるとすれば、
それを予防することは、
医学的に決して無意味なことだとは僕は思いません。

PSA20というのは、
骨への転移が起こっても、
おかしくはない数値です。
それまでは放置しておいて、
その時点で診断のための生検をする、
というこの専門医の見解は、
僕には理解の出来ない異常なものです。

まあ、これは意味合いとしては、
今後とも診断をする気はない、
ということの別の表現なのかも知れません。

前立腺癌の診断というのは、
以上お読み頂くと分かるように、
色々な問題を孕んでいます。

80代以上の前立腺癌の検診は無意味だ、
という意見は確かに欧米にもあり、
決して間違った考え方とは思いません。
ただ、実際にはそうして放置され、
骨への転移で苦しむ患者さんが、
存在することも事実であり、
幾つかの生検以外のパラメーターでそのリスクを評価するような、
より個々の患者さんの立場に立った、
もっと詳細な検討が行なわれるべきだと僕は思います。

皆さんはどうお考えになりますか?

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 6

kokoro-love

おはようございます
おじゃまします

難しい判断かもしれませんね
その検査が患者さんにとって
利益か不利益かが判断しづらいですもんね
早期に見つかれば利益ですし
何の所見もなければやらなかったほうがよかったのか
患者さんに取って見解はまちまちかもしれませんね
自分なら検査をして何もなければ安心するので
いいともいますが
84歳の年齢を考えると
患者さんの意思に任せるかもしれませんね

またおじゃまします
by kokoro-love (2010-08-31 09:19) 

Daddy恭男

先日、前立腺癌の疑いで検査された方とお話をしたのですが、今、再度検査するよう薦められているものの先送りしているそうです。検査の最中と終わった後の辛さが原因のようです。色々と説明して頂いたのですが、経験の無いものには理解できないので、感想は述べられませんでした。自分自身だったらと思うと、高齢であっても検査はしてから判断することを希望したいですが、検査の内容について納得してからにもしたい気分もします。その上で検査をしたく思ったら、違う先生も紹介して頂く希望を出すかもしれません。これ、素人の気持ちを書いただけなので、怒らないで読んで下さいね。
by Daddy恭男 (2010-08-31 11:33) 

fujiki

kokoro-love さんへ
コメントありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2010-09-01 08:07) 

fujiki

Daddy恭男さんへ
コメントありがとうございます。
診断が大腸を通して前立腺に針を刺す検査しかない、
というところが一番の問題だと思います。
状況によっては何度もその検査を繰り返さないといけないのです。
潜在癌が多数だということを考えると、
進展予防のための、
もっと有効性のある治療が望まれるところだと思います。
by fujiki (2010-09-01 08:13) 

山田

今後PSAが20~30と上昇するようでもあれば、生検も考慮したいと思います。
これは意味があります、
それは、生検をするとねぶっていた癌が活動する。
だからあまりさわるなという意味
私もpsa11,7なので生検をしないで済む
しかし
11を超えると癌が大きいので、外縁迄達し、転移する可能性がある
だから、10を超えると生検をせないけないのではないかと迷う
by 山田 (2011-03-16 10:54) 

fujiki

山田さんへ
コメントありがとうございます。
確かにそうした事情もあるのかも知れません。
この時は少しテンションが上がっていて、
泌尿器科の先生に失礼な表現であったと、
振り返ってはそう思います。
by fujiki (2011-03-16 17:36) 

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