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80代では前立腺癌を見付けることは誤りなのか? [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

先日、84歳の男性の患者さんを、
某大学病院の泌尿器科にご紹介しました。

その方は別のご病気で通院中だったのですが、
前立腺肥大症があるため、
毎年1回は、血液のPSAという数値を測定していました。

PSAというのは、
前立腺の組織から分泌される蛋白質の一種で、
その数値は前立腺癌では、
より多く血液中に漏れ出すので、
前立腺癌の腫瘍マーカーとして使われています。
その正常値は、
一般的には4.0ng/ml 以下で、
高くなるほど前立腺癌の可能性が高い、
と考えられています。

さて…

その方の77歳の時のPSAが2.2です。
78歳の時が3.4で、
83歳の時が3.72です。
そして、その翌年の84歳時が、
8.2と上昇していました。

数値は異常値である上に、
前年からの上昇の仕方がかなり急です。

それで、僕は二次検査が必要と判断し、
某大学病院の泌尿器科にこの方を紹介しました。

ちなみにこの方は認知症はなく、
スポーツも日常的にされるなど、
非常にお元気な方です。
見た目では70代の半ばと言っても、
別に不思議はありません。

それから少しして、
某大学病院から、
紹介状の返書が届きました。

その全文がこちらです。

【PSA8.2ng/ml は、確かに正常値を超えていますが、年齢と共に、上昇すると言われ、80歳代で8.2 はほぼ正常範囲内と言われています。精密検査(特に生検)に伴う合併症や80歳代では潜在癌(治療不要な癌)が殆どを占めることを考えると、現時点で癌を見付けるための生検はやるべきではないと考えます。今後PSAが20~30と上昇するようでもあれば、生検も考慮したいと思います。ご紹介ありがとうございました。】

読んでちょっと驚きました。

生検というのは、
前立腺に針を刺して、
その細胞を採取する検査です。
前立腺に癌の存在が疑われる時には、
その生検が診断のためには必要になります。

泌尿器科の専門医のご返事は、
要するに二次検査をする必要はない、
ということです。

実際には「やるべきではない」という、
かなり強い表現です。

その理由は何故かと言えば、
年齢が80歳を超えているから、
という端的に言えばただそれだけの理由です。

最後にPSAが20を超えるようなら生検を考慮する、
という一文がありますが、
この20以上という数字は、
概ね癌が前立腺の外に広がっているか、
転移している時に計測される数値です。
(その根拠は後日述べます)
つまり、進行癌の疑いが強ければ、
その時に初めて検査をしよう、
と言うのです。

今癌はあるかも知れないし、
無いかも知れないけれど、
仮にあるとしても早期のものだから、
放っておいてもそれほど問題はないだろう、
問題はないから検査はしない。
もし不幸にして進行癌だったら、
その時は診断をしよう、と言うのです。

これは果たして、
あるべき診断の姿でしょうか?

たとえば、他の生検以外のこれこれの検査をして、
また診察をして、
その結果として生検をするほどの病変がない可能性が高いので、
当面は様子を見ましょう、
というのなら話は分かります。

しかし、この返書にはそうした記載は一切なく、
80歳を過ぎているから何もする必要はない、
と言うのです。

もしそうなら、進行しても何もしなくても良い筈です。
今検査をすれば、
ひょっとすれば早期癌が見付かるかも知れないのに、
その時に診断はせず、
進行してから診断しても、
それこそ何の意味もありません。
「ほら、手遅れでしょ」
と言われて、そのことに一体何の意味があるでしょう。

正直、ちょっと腹が立ちました。

ただ、よくよく考えているうちに、
この問題は非常に大きなものを孕んでいるのでは、
という思いに次第に囚われるようになりました。

80歳以上の前立腺癌の診断が不要であるとすれば、
その理由は何でしょうか?

それは80歳以上で癌が見付かり、
その治療を行なったとしても、
その後の平均余命は殆ど変わらないからです。
つまり癌を見付けて治療してもしなくても、
結果には何の変わりもなく、
それどころか、
身体を苛める検査や治療により、
却って不利益を被る可能性が高いからです。

しかし、ならばその患者さんが、
79歳だったらどうでしょうか?

マニュアル重視の医者なら、
その場合は診断と治療を行なうかも知れません。

しかし、現実には80歳と79歳では、
その治療の効果には、
さほど変わりはないことは、
皆さんも感覚的にお分かりになると思います。

その線引きをするのは誰でしょうか?

診断と治療の適応を委ねられる、専門医に他なりません。

80代以上の年齢で前立腺癌の治療が無意味だ、
という結論の論文は複数存在します。
しかし、その一方で80歳代以上の方にも、
前立腺癌の治療は行なわれています。
つまり現状は恣意的に、
治療する方と治療されない方が分けられているのです。

そこに明確な基準はあるでしょうか?

どうも存在しないように僕には思えます。

老人ホームの診療をしていると、
90歳代で前立腺癌の骨転移、
という方に複数出会います。

その全身の痛みたるや、地獄の苦しみです。

勿論前立腺癌の治療には、
ご高齢の方では延命効果はないのかも知れません。

しかし、問題になるのはこの痛みや苦しみでしょう。

それが仮に早期発見と治療により、
予防出来る性質のものであるならば、
80歳代でも当然診断と治療とが、
行なわれるべきではないでしょうか?

延命効果がないから切り捨てる、という意見は、
理に適っているようで、
肝心の患者さんの苦しみを、
排除したもののように僕には思えます。

明日はもう少し詳細に、
上の返書に書かれた事項が事実であるのかについて、
僕なりに検証し、
患者さんの苦しみを阻止するための、
検診のあり方について考察します。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 4

hiiragiyama

先生のお考えの深さに感嘆しました。生検がどの程度の苦痛を伴うものかわかりませんが、某大学病院の先生の死生観、もしくはデータにより、門前払い的な返答が短絡的なものではないかと考えさせられました。
偶然にも今日義兄が初期の前立腺がんと聞かされました。
PSAを5年まえから経過観察していましたが、最近東京の某大学病院で詳しい検査をして、生検は必要ないと言われたのですが、義兄は医師であり、生検を望んだところ、10ケ所の細胞中2ケ所に癌細胞が見つかったのだそうです。
60歳の義兄は腹腔鏡下で手術をすることになりました。
状況の判断には思いと偶然とが交差する気がします。

by hiiragiyama (2010-08-30 22:47) 

yuuri37

なんか悲しいですね。
今夜、彼の苦闘する姿を見たばかりです。
「何もすることないと思うよ。この年齢だったら、老衰の方が先の確率が高いからね。紹介先には丁重にね。僕が目を通すから書けたら持ってきなさい。」と言われたそうです。お爺ちゃんは肺癌
彼は、まだどうしても納得いかなくて・・・
そんな彼に、私は、
「延命効果がないってことでしょう。死ぬことに変わりはない。上の判断に従うしかないんだよ。今は我慢して・・・」と言ってしまった。
そんな自分が嫌でたまらないです。
by yuuri37 (2010-08-31 01:43) 

fujiki

hiiragiyama さんへ
コメントありがとうございます。

こうした検査はいつもそうなのですが、
一時期はやたらめったら生検をして、
癌を取りまくり、
それで風向きが変わると今度は色々と理由を付けて、
門前払いのように検査をしない、
というのは、何か極端で疑問に感じます。
本来は最初はもっと適応に慎重であるべきで、
現状は融通が利かなさ過ぎるように思います。
by fujiki (2010-08-31 08:38) 

fujiki

yuuri37 さんへ
コメントありがとうございます。

欧米の医学というのは、
多分そうしたドライなものなのだと思います。
日本では人間の資質は大分違い、
そうしたドライな対応には納得の出来ない部分があるのに、
そのマニュアルのようなものだけを、
そのまま活用しているのが、
問題なのではないかと思います。
こうした選択の面においては、
もっと医者も人間的であるべきで、
EBMを逃げ口上に使うのはずるい、
と僕は思います。
by fujiki (2010-08-31 08:44) 

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