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医療報道と論文の価値についての一考察 [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

少し前にこんなニュースがあり、
それを元にこんな記事を書きました。
【脳卒中:高脂血症の人、死亡率半分 〇〇大、4万8000人分析】
コレステロール値が高く「高脂血症」と診断された人は、高脂血症ではない人に比べ、脳卒中で入院した際の死亡率が約半分と低かったとの分析結果を〇〇大医学部教授(医療統計学)らがまとめ、28日発表した。
http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/2010-07-03

記事を書いた時点では、
僕は発表された論文の実物を読んでいなかったのですが、
今回読むことが出来ましたので、
今日はその感想です。

論文は「脳卒中」という雑誌に載せられているものです。

内容は上の記事にあるものと基本的には同じです。

元データは「脳卒中急性期患者データベース構築研究」
という臨床研究で集められた、
脳卒中患者さんのデータです。
1998年から2007年までの間に、
脳卒中を起こされた患者さん47782例が、
その全体です。
ただ、このデータは医療機関への、
アンケートのような資料を元にしているようで、
あまり詳細な内容のあるものではないと思われます。

少なくとも、その事例の詳細は、
この論文の中では、
全く明らかにされてはいません。
通常こうした臨床研究では、
患者さんの背景が一覧表として示されるのが通例ですが、
そうしたものも一切ありません。

この論文は要するに、
入院した脳卒中患者さんを、
高脂血症がある人とない人とに分けたところ、
ある人の方が入院中の死亡が少なかった、
というデータがその主なものです。
それ以外には重症度の基準の幾つかが、
矢張り高脂血症のある人の方が軽かった、
というものがあるだけです。

ただ、それでは実際の高脂血症の程度はどうだったのか、
と思って読んでみても、
そうしたことは一切書いてはありません。
高脂血症と言う場合、
通常は総コレステロールが高いか、
悪玉コレステロールが高いか、
中性脂肪が高いか、
そのいずれかがあることを示しています。
ただ、最近では善玉コレステロール
(悪玉とか善玉という言い方は、
僕はあまり好きではありませんが、
便宜的にこう呼びます)
が低いことも動脈硬化のリスクである、
という考え方から、それを含めて、
脂質異常症のように表現することが一般的です。

ただ、この論文では一貫して、
高脂血症という言葉を用いています。
それは何故かと言えば、
個々のコレステロールなどの数字が分かっている訳ではなく、
主治医が「高脂血症」と診断し、
その項目に丸をしたか、
というアンケートの項目しか情報はないからです。

その証拠に論文にはこう書かれています。

高脂血症の診断は主治医に依存しているが、登録された期間における日本動脈硬化学会の診断基準が使われているものと思われる。

元のデータが推測かい!(怒)

こんないい加減な論文があるでしょうか?

この論文において、
対象となった患者さんのデータの中で、
最も重要なものはコレステロールなどの、
脂質の実際の数値である筈です。

それが実際には全く分かっていないのです。

高脂血症のあるなしで、
患者さんは分類され、
その両者の死亡率が比較されている訳ですが、
本来はコレステロールや中性脂肪の数値それ自体が、
議論の対象となるべきです。
しかし、元データにはそうした情報はなく、
ただ、高脂血症という動脈硬化のリスクのあるなしが、
その主治医の判断で記されているだけなのです。

この数値を比較するだけで、
コレステロールが高い方が、
血管は丈夫になり脳卒中の死亡率は低下する、
というような結論を導き出すのですから、
こんな論文を一体どのような基準で、
当該の雑誌は審査し掲載したのか、
僕は正直その神経を疑います。

確かに脳梗塞で入院した患者さんのうち、
死亡者の比率が高脂血症群の方が、
そうでない患者さんの半分だった、
というデータ自体は興味深いものではあります。

ただ、論文を読んでみると、
脳梗塞の患者さんのうち、
対象となっているのは、
高脂血症や高血圧の治療を受けていない、
12162名ですが、
そのうち高脂血症の群は2311名で、
そうでない群は9851名です。
つまり、通常こうした両群の比較では、
ほぼ同数の患者さんが両群に存在しないといけないのに、
実際には4倍以上の人数の開きがあるのです。
(48000人を分析、という記事に新聞はなっていますが、
それは誇大表現ではないまでも、
かなりそれに近いものです。
実際に使われているのは、
その3分の1に過ぎません)

同じく有意差のあるとされたクモ膜下出血に至っては、
高脂血症群は106名に対して、
対象群は1344名と10倍以上の開きがあります。

勿論、人数に違いのある集団を、
比較出来ない訳ではありません。
しかし、比較のためには、
高脂血症以外の因子が、
両方の集団で同質であることが、
基本的に必要だと思います。
それでいて、
その背景の因子が論文では全く説明されていないのですから、
同質だという主張には無理があります。

しかも、この患者さんの集団に、
高血圧や糖尿病、肥満、喫煙の有無など、
他のリスクの要素は何一つ考慮された形跡はありません。
調節変量とされているのは、
年齢と性別だけです。
つまり、脳卒中の予後に関わりがあるのは、
高脂血症以外は年齢と性別のみを考慮すれば良い、
というような考え方です。
確かに9851名中の死亡者は541名で、
2311名中の死亡者は56名ですから、
比率的には大きな開きがありますが、
上に述べたようにその人数はまるで違いますし、
たとえば同じデータを今度は高血圧のあるなしで分類すれば、
全然別個の結論の出る可能性があります。
少なくとも血圧などのデータが生データとして存在し、
両群の間にその点についての検討がなされなければ、
この結論は「たまたま」であって、
科学的なものとは到底言えないと思います。

この先生の出された結論は、
強引で恣意的である上に、
現在の多くの学会のガイドラインや見解とは、
大きく隔たったものです。
にも拘らず、当該学会も報道は黙殺しており、
何の批判も出ることはありません。
もっと専門家の先生は、
しっかりと議論されれば良いのではないでしょうか?
こんな薄っぺらな内容で、
真っ向から皆さんのガイドラインを全否定しているのですよ。
大人気ないと思われているのかも知れませんが、
間違っていることは、
しつこく間違っている、
と言うのがその分野のトップに立つ専門家の、
1つの大事な義務なのではないでしょうか?

そして、実際にはこんな薄っぺらな内容であるにも拘らず、
大きく報道がなされ、あたかも画期的な発見であるかのように、
多くの一般の方には思われてしまうのです。

報道されるメディアの方も、
是非この原文を読んで頂きたいと思います。

こんなデータで何事かが分かったと言えるのでしょうか?

かなり控え目な言い方をしても、
非常に疑問がある、というのが僕の結論です。

報道機関の皆さんにも、
もう少し「本物」だけを報道する、
という姿勢を持って頂くことを切に希望して止みません。

Nature誌やNew England Journal of Medicine 誌に掲載された論文と、
このようなへっぽこ論文とを、
同列に論じたり報道したりするような異常なことは、
もういい加減にメディアは止めるべきではないでしょうか?

僕はこうした医療関連記事は絶対に鵜呑みにはせず、
それが論文の紹介の記事であるなら、
可能な限りその原文に当たり、
それを元に論評するように心掛けています。
abstract(要約)だけではなく、
お金が掛かっても極力全文を読みます。
医療系のサイトの記事でも、
いい加減なものは幾らもあり、
ただの論文の適当な要約だけで、
原稿料をもらっている医療ジャーナリストと称する方もいます。
そんなことでお金を貰えるなら、
これほど素晴らしいお仕事はないですね。

僕が以前いた教室のある先生は、
英語の論文を1篇も書いたことのない医者が、
同じ大学の教授のコネで、
僕の出身大学の内科の教授になったことを、
呪詛のように何度も話していました。
研究者が研究者としてまともであるかどうかは、
その人物の書いた英語の論文を、
1篇読むだけで概ね分かります。
良い論文の英語には品格があり、
それがその人物の、
研究者としてのまっとうさの何よりの証明なのです。
日本語の論文はしばしば論理がなくても成立しますが、
英語の論文にはどんなしょぼい内容でも、
最低限の論理構成は必要とされるからです。

優れた内容の論文が、
逸早く一般の方にも分り易く紹介される、
それが真の意味での優れた科学報道ではないでしょうか?

皆さんはどうお考えになりますか?

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 2

yuuri37

No one knows better than I what you thinking and feeling, for I have so recently gone through the same experence.
先生も気温も熱いですね。
私は、チキンで大きな声で言えません><;
by yuuri37 (2010-07-17 17:50) 

fujiki

yuuri37 さんへ
そんなことはありません。
僕もチキンなので、
怒られたらすぐ謝ります。
by fujiki (2010-07-18 08:09) 

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