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私的つかこうへいの世界 [演劇]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。
何もなければ夕方までゆっくりして、
夜はちょっと浅草までテント芝居に出掛けます。

それでは今日の話題です。

つかこうへい氏が亡くなりました。
(以下敬称略とされて頂きます)

僕は小劇場演劇では唐十郎と寺山修司が絶対で、
戯曲としては一番好きなのは別役実です。

ただ、つかこうへいの影響力の大きさは、
それはもう一般には絶対的なもので、
現在存在する小劇場劇団の中で、
全くその影響を受けていない劇団は、
皆無だと言っても言い過ぎではありません。

僕が最もつかこうへいの業績として評価するのは、
その演劇としての「文体」で、
彼は小説も多く書きましたが、
はっきり言えば小説の文体は二流で、
戯曲のそれは超一流でした。

端的に言えばオリジナリティのある劇団や劇作家は、
それはもう数え切れないほど、
この島国にも存在するでしょうが、
その戯曲の文体が完全にオリジナルだ、
というのは、
別役実とつかこうへい以外にはありません。

1961年の「AとBと2人の女」そして1962年の「象」、
そしてそれに続く「マッチ売りの少女」辺りの別役戯曲の言葉が、
1960年代から1970年代前半に掛けての、
小劇場の全ての文体の手本になっているのです。
それは翻訳文の抽象性に、
ある種の透明性を加味したもので、
たとえば唐十郎の初期の戯曲をお読み頂ければ、
それが当初は別役のコピーであったことが、
よくお分かり頂けるのではないかと思います。

寺山修司は多くの戯曲を書きましたが、
その戯曲の言葉は彼の小説や短歌の言葉を、
そのまま強引に戯曲化したもので、
演劇的な文体ではありませんでした。
つまり、演劇固有の言葉を、
彼は使わなかったのです。

1970年代前半に、
彗星の如く登場したつかこうへいは、
数年のうちに演劇の言葉を書き換えたのです。
彼の紡ぎ出す言葉が、
演劇の共通言語となりました。
別役の言葉が文語であるとすれば、
彼の言葉は口語で、
当時若者を扇動していたアジテーションが、
そのまま演劇言語に翻訳されました。
別役の言葉は、
言ってみれば思想を会話文に、
翻訳するための装置だったのに対して、
つかこうへいの言葉は時代の気分を表現しているだけで、
実際にはその言葉自体には、
内容らしきものは殆どないのです。

現在使われれている会話としての言葉は、
一体何を表現するためのものでしょうか?

コミュニケーションでしょうか?

それは違いますね。
コミュニケーションは動作や言葉のニュアンスには存在しても、
言葉自体には存在しません。

言葉は暴力の道具です。
「言葉の暴力」という言い方がありますが、
それはあからさまに言葉の本質を示していると僕は思います。

ただ、本当は全ての会話としての言葉が暴力なのです。

会話としての言葉は、例外なく全て暴力の道具です。
暴力というのは相手を自分の支配下に置くための手段であり、
言葉もその目的のための道具です。
それは言葉を変えれば、
「洗脳」ということですね。

文語と口語というのがありますよね。

日本人は長く実際の会話をそのままに記述することを避け、
別の表現を用いてそれを記述したのです。
それは何故でしょうか?
色々な理由はあるでしょうが、
僕はかつての日本人は鋭敏な感覚を持っていて、
実際の会話というのは、
卑しいものであり、
人間の言葉のニュアンスを伝えるためには、
そのままに記載することは適切ではないと、
そのことの本質を分かっていたのではないかと思うのです。

つかこうへいの言葉は、
そうした暴力的な言葉です。
その中にそこはかとなく立ち昇るペーソスを、
観客は感動という言葉で語るのですが、
その「切なさ」のようなものの正体を、
観終わってから考えようとしても、
その実体を掴むことは出来ません。
それは何故かと言えば、
はなからそうした実体などはないからです。

あるつかのセリフを、
若き日の平田満が語りますよね。
そのセリフを聞いて、
当時高校生の僕も、
オイオイと泣きましたが、
そこにある感動は、
セリフの内容によるものではなく、
役者としての平田満の肉体が、
そのセリフ自体の持つ暴力としての悲しさを、
堪えきれずに体現するからです。

つまり、人間は暴力としての言葉しか持たないので、
そのことが悲しいのです。

人間が誰かに対して言葉を発するのは、
誰かに何かをさせたいためです。
つまり相手を支配したいためであり、
それは基本的に暴力的な行為なのです。
にもかかわらず、
人間はその言葉を発しながら、
相手を愛したり労わったりしているのです。

「愛してる」という言葉を発するから、
そこに愛情が存在するのではなく、
「愛してる」という言葉も、
それが会話文として発せられる限り、
相手に何かを求めている暴力的な言葉なのです。
それでいて、全然関係のない暴力的な言葉を発しながら、
そこに「愛情」が存在し、伝達されるのが、
人間という特異な生物の不思議です。

つまり、つかこうへいは徹頭徹尾残酷なことを、
登場人物に言わせているのです。
それでいて、その言葉が生身の肉体から発せられる時、
その言葉が残酷であればあるだけ、
それを発する肉体の軋みのようなものが、
その背後にある感情を浮かび上がらせ、
それが観客の感動を呼ぶのです。

彼の言葉はまさに天才の技でした。
つかこうへい氏のご冥福をお祈りします。

ちょっと長くなりましたので、
明日は今日の続きとして、
僕の観たつか芝居の話をする予定です。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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コメント 7

九子

fujiki先生、こんにちわ。

戯曲やお芝居にあんまり興味の無い私でも思わず引き込まれてしまいました。

>別役の言葉は、
言ってみれば思想を会話文に、
翻訳するための装置だったのに対して、
つかこうへいの言葉は時代の気分を表現しているだけで、
実際にはその言葉自体には、
内容らしきものは殆どないのです。

つかさんの芝居を見ても居ないので何も言う資格はないのですが、確かに現代の、特に若者言葉は「気分」を表すだけで「内容」が薄いというのは事実だと思います。

>ただ、本当は全ての会話としての言葉が暴力なのです。

>つまり、人間は暴力としての言葉しか持たないので、
そのことが悲しいのです。

これにはちょっとびっくりしました。
でも考えてみるとそうかもしれない。
「会話としての言葉」には、本の文章中の会話、つまり括弧付きの会話文も含まれる訳ですよね。
言われて見れば、本の説明文だけでは喧嘩が成立しないですよね。

>その言葉が残酷であればあるだけ、
それを発する肉体の軋みのようなものが、
その背後にある感情を浮かび上がらせ、
それが観客の感動を呼ぶのです。

この肉体の軋みを観客達が共有できるうちはまだ救いがありますね。
共有できない時代が来ない事を望むばかりです。
by 九子 (2010-07-18 12:52) 

yuuri37

w^^w うふふ・・・
先生を笑ったのではありません。
先生の今日の記事にはまったのです。
私のブログは会話の羅列・・・
以前、読者の方に、会話だけの変わったブログですみません。
とお詫びをしたことがあります。
なるほどね、なんで演劇に興味がない私が、
つかこうへいだけは、無視できなかったか。
ちょっとだけ、分かった様な気がします。
by yuuri37 (2010-07-19 02:18) 

fujiki

九子さんへ
コメントありがとうございます。

まあちょっと思い付きで書いたので、
あまり厳密にはお考えにならないで下さい。
ただ、僕が大学の頃に流行った、
記号論というのは、
概ねそうした「言葉が人間を不幸にした」
というニュアンスの議論だった覚えがあります。
by fujiki (2010-07-19 09:44) 

fujiki

yuuri37 さんへ
コメントありがとうございます。

何かちょっと会話を貶すようなニュアンスで、
感じられたらすいません。
話すのが苦手なので、
そう思うだけかも知れません。
by fujiki (2010-07-19 09:48) 

yuuri37

いえいえ、そんなニュアンスではありません。
ただただ、先生の文章にはまったんです。
あんまり、深く考えないで、思いつきで活字にしてしまうもので、すみません。
論理学だったかな・・・ともかく大学の授業で言葉を全部記号にする演習で、私が当たってしまって、こんなのくだらない。というような発言をして、こてんぱんにやられ、単位も落としました。ただ、いつも居眠りをしていて講義を聞いていなかったから分からなかっただけなのに、つっぱった自分がはずかしかったです。が、それからというもの・・・なぜか私は、会話にこだわるようになりました。
by yuuri37 (2010-07-19 10:12) 

ガシュー

無声映画だったら暴力にならないんだろうか…
演劇ならパントマイムとか、言葉の無い暴力表現は
生かされてるんだろうか…
by ガシュー (2010-07-19 12:08) 

fujiki

ガシューさんへ
演劇だと分かり難いのですが、
動きと感情と言葉とを分離して、
バラバラに表現する、というような試みもあります。
見て楽しいものではないですけれどね。
動作には色々な情報が含まれているのに、
それが言葉になると、
却ってその内容が限定されてしまう、
ということもあるのでは、と思います。
by fujiki (2010-07-20 06:24) 

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