SSブログ

「男性更年期」を巡る最近の話題 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
何もなければ今日は早めに帰る予定です。

それでは今日の話題です。

少し前に、
男性の更年期症状についての話題を記事にしました。

日本ではLOH(ロウ)症候群という名称の元に、
2007年にその診断と治療のガイドラインが発表されました。

その内容を掻い摘んで言いますと、
概ね40歳以上の男性で、
性欲低下、うつなどの気分変調やイライラ感、
睡眠障害、筋力の低下、体毛や皮膚の衰え、
骨量の減少、などの症状があり、
血液の男性ホルモンの数値のうち、
遊離テストステロンという数値が、
8.5pg/ml 未満の場合に、
男性ホルモンの補充療法を検討する、
とされています。

それに関して、
今年の7月8日付のアメリカの医学誌、
New England Journal of Medicine 誌に、
2つの論文が発表されました。

それは僕の読解が正しければ、
日本のガイドラインからは大きく隔たったものです。

以下、それについてご説明します。

まず、第1の論文は、
65歳以上の方に限定して、
筋力を増進させる目的で、
男性ホルモン補充療法を行なったところ、
心筋梗塞などの心臓病に関わる発作や症状や検査の異常が、
明らかにホルモン剤使用者に多く認められ、
その時点で試験は中断された、
という結果でした。
この試験では糖尿病などの持病を持つ方も、
検査対象には含まれていて、
そうしたバイアスはあるのですが、
日本のガイドラインでも、
糖尿病や軽症の高血圧、軽症の心不全などは、
決して除外項目には入っていないので、
この検査の結果は、
日本の治療者も大きなアラームとして、
真摯に受け止めるべきものだと思います。

つまり、65歳以上の男性で、
安易に男性ホルモンの補充を行なうことは、
心臓病のリスクを増やす恐れがあります。

これがまず第一です。

第2の論文は、
男性の性ホルモン低下症の、
診断基準を検討したものです。

男性ホルモンの低下によると思われる多くの症状を分析し、
その症状と実際の男性ホルモンの数値との間に、
関連性が見られるかを検討したところ、
結論として関連が見られたのは、
性欲減退などの性機能に関する症状だけだった、
という結果でした。

つまり、日本ではうつ症状や倦怠感、睡眠障害などの症状と、
男性ホルモン低下との関連が重視され、
そうした症状があって、
ホルモン値が規定より低ければ、
ホルモンの補充療法が行なわれているのが実際ですが、
それは論文の趣旨から言うと、
あまり科学的ではない可能性がある、
ということになります。

これも現在の日本のガイドラインに、
疑問を投げ掛ける内容になっています。

もう1つ、僕が疑問に思ったのは、
論文に示されているホルモンの数値と、
日本での基準値との間に、
無視出来ない大きな違いがある、
という事実です。

計測しているのは、
血液のテストステロンという男性ホルモンの数値です。

このホルモンの計測には、
総テストステロンを測る方法と、
遊離テストステロンを測る方法の、
2つの方法が存在します。

テストステロンというホルモンは、
血液の中ではその90%以上が、
アルブミンと性ホルモン結合蛋白とに、
くっついた形で存在しています。
そして、主に活性があるのは、
数%しかない蛋白質にくっついていないテストステロンです。
この蛋白にくっついていないテストステロンが、
すなわち遊離テストステロンです。

ここで奇妙なことがあります。

海外の論文によると、
この遊離テストステロンが64pg/ml 未満の場合を、
異常と見做せるレベル、としています。

しかし、日本の基準は8.5pg/ml 未満です。

つまり、同じ数値の筈なのに、
7.5倍もの差があるのです。

幾ら欧米人が精力絶倫だと言っても、
この差はあまりに大き過ぎはしないでしょうか?

これを総テストステロンで見ると、
異常の基準は海外では3.2ng/ml 未満で、
日本ではこの数値は年齢による変動が少ないとして、
その異常の基準は存在しないのですが、
全年齢の平均値が4.35ng/ml ですから、
それほど隔たった数値ではありません。

何故こんなことが起こるのでしょうか?

答えはいつも通りの下らないもので、
実は海外と日本とで、
遊離テストステロンの測定法が違うのです。

日本の遊離テストステロンの正常値は、
2004年に泌尿器科の学会で取り決められたものです。

この時に採用したのは、
遊離テストステロンを直接測定するという、
アメリカ製のキットを用いた方法で、
現時点で保険診療で測られているのは、
全てその方法です。

ところが、海外ではこの方法はその精度に問題があるとして、
採用はされていません。
つまりまともな国際的医学誌には、
そんな測定法の論文は採用になりません。

上に取り上げた論文では、
総テストステロンとアルブミン、
および性ホルモン結合蛋白を別個に測定し、
そこから計算式で導いた数値が、
遊離テストステロンとして使用されています。

おそらくアルブミンとテストステロンとは解離し易いので、
それをどちらに入れるかで、
測定値が違っているのだと思われます。

これは悪玉コレステロールの直接測定と同じですね。

海外では精度の面で採用されていない検査を、
そのコストの問題などで、
検査を健康保険の範囲で施行したい、
という思いが強いばかりに、
安易に採用して、却って国際的には、
認められないような馬鹿な基準を作ってしまうのです。
遊離テストステロンによる現行の基準が、
本当に問題のないものであるのか、
もう一度再検討が必要なのではないか、
と僕は思います。
海外の基準値と全く比較にならないのでは、
まずいのではないかと思うからです。

高齢者への男性ホルモン補充療法の危険性については、
上記雑誌の編集者(勿論専門家)も、
今後もっと大規模な試験が施行されないと、
メリットがあるともないとも言い切れない、
という意見を述べています。

男性更年期が治療すべき病気として、
テレビなどで取り上げられることも多い昨今ですが、
海外でもこうした慎重な意見があり、
また日本の基準は日本だけの独自なものだ、
という点も含めて、
理解しておく必要があると思います。

今日は男性の性ホルモン低下症についての、
最近の知見についての話でした。

念のため補足しますが、
もし現時点で男性ホルモンの補充療法を受けていて、
今日の記事でご不安を覚えた方がいらっしゃいましたら、
まずは主治医にご相談下さい。
ホルモン補充療法の全てが良くないなどと言うつもりはありませんし、
皆さんの主治医と皆さんとの関係を、
悪くすることが本意ではありません。
この記事は不安を煽るためのものでもなく、
僕自身の勉強のためであり、
皆さんと医療の情報について、
その情報を分かち合い、
より診療レベルを上げ深めたい、
という思いによるものです。
患者さんと医師とが同じ情報を共有することは、
決して間違いではない筈です。
どうかその点をご理解の上、
慎重にお読み頂ければ幸いです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(43)  コメント(10)  トラックバック(0) 

nice! 43

コメント 10

ガシュー

塩ホルモンの補充は基準値上回るほどに
補充していますが…よろしんでしょうか?
by ガシュー (2010-07-14 19:36) 

fujiki

ガシューさんへ
血圧だけ気を付けて頂ければ、
他は問題ないと思います。
ただ、食べ過ぎにはご注意下さい。
by fujiki (2010-07-14 19:42) 

ゆうのすけ

ホルモンバランスって、非常に大事ですよね。
最近は、変な話ですが 性欲低下が改善されています。パニック(かかんき)障害状態が ひどかった4か月前から ひと月くらいは、殆ど欲求が無いと言うか それどころじゃなかったのですが 様子を見ながらのリハビリ?が 効を成したのか、障害の症状も治まりつつ そちらの欲求も改善されてきています。(私の場合は、薬を使わず とにかく休養しながらの 生活改善で 治療法が正解だったのかも しれないと思えるように!)
ちょっとサイズオーバーしちゃった分、ゆっくり体力回復と
体重を落とせたらと思ってます。^^
by ゆうのすけ (2010-07-14 22:11) 

fujiki

ゆうのすけさんへ
コメントありがとうございます。

メンタルな不調は性欲低下を来たすことが多いのですが、
薬もホルモンバランスは乱すことがあり、
ゆうのすけさんの場合は、
お薬を使わないで正解だったのだと思います。
by fujiki (2010-07-15 06:25) 

ごろー

はじめまして。
大変興味深く拝見させていただきました。

現在LOHの診断を受けた40代前半の男性です。

遊離テストステロンの数値は7.0で正常値より低い値でしたが、テストステロンそのものは5.88と正常値でした。

このような現象はどう説明されるのでしょうか?

またこの場合もLOHと診断されるのでしょうか?

ご教授願います。
by ごろー (2011-06-09 16:12) 

fujiki

ごろーさんへ
日本の現時点のガイドラインは、
遊離テストステロンのみを、
その基準としています。
総テストステロン自体はそれほどの年齢による低下が、
日本人では確認されなかったので、
あまり参考にならない、
という判断のようです。
でも、海外ではそうした基準はなく、
専門家によっても異論もあるようです。
従って、ごろーさんの結果はむしろ一般的なものです。
by fujiki (2011-06-10 08:22) 

ごろー

ご回答誠にありがとうございます。
一応私立や大手病院の泌尿器科3軒を受診しましたが明確な回答は得られませんでした。まだこの病気が治療現場でも知られていないことを実感しました。

この病気を半年前に知り、検査したらLOHでした。
低い値だったのですぐにホルモン補充を(なんとなく)進められましたが、漢方と食事、運動療法で我流で治療しようと考えました。

1.漢方は以下の通りです。
ツムラの41ホチュウエッキトウ
     87ロクミガンエキス
     生薬コウジン末
     12サイコカリュウコツボレイトウ

そして体重を減らすのに、62ボウフウショウセイサン

を飲んでおります。

2.食事はテレビでやっていたたまねぎとかあと亜鉛の入ったものを食べるようにしております。

3.運動は、ジョギング30分と筋トレを週4日です。
その結果、筋肉率は32%脂肪率は21%BMIは26%になりました。

2か月後遊離テストステロンが7.0から8.5に上がりました。
この回答にお医者様はこのくらいは誤差だから改善はされていないという回答でした。検査の施行は同じ時間でした。

最後に自分が症状を覚えてから、なんとなく改善に実感が見られます。
しかし以前の元気な自分にはまだ全然到達しておりません。

気分の良い時が週に5日ほどありますが、その残りの2日ほどは何をやるにも億劫になってしまいます。

今回、ホルモン補充を検討しているのですが、確かに充当すれば改善はみられると思います。しかし抜本的な改善は見込めるのでしょうか?

よろしければ先生のご見解をお願いいたします。
by ごろー (2011-06-11 07:54) 

fujiki

ごろーさんへ
ご年齢と数値を考えると、
正直ホルモン療法を強くお勧めする気にはなりません。
使用すれば、当然正常より過剰な状態にはなるので、
そのことの弊害が否定できないからです。
ただ、その効果には個人差が大きく、
数か月の期間限定で、
使用すること自体は、
悪くないのでは、とも思います。
抜本的な改善はないと思いますが、
使用により体調が改善し、
半年程度で中止した後も、
その効果が持続している方のいることも事実です。
by fujiki (2011-06-11 08:15) 

ゴロー

再び失礼致します。

最後にご質問する内容で少し躊躇っているのですが、宜しければ愛知県名古屋市で先生のお薦めするLOHの専門外来を行っている病院を教えて頂けないでしょうか?

実際に近くの市立病院や大きな病院の泌尿器科を受診しました。
ですが、ほとんど知識はありませんでした。

ネットでも専門外来で探し電話で問い合わせてみても満足せず今もって見つかりません。

私としては大きな大学病院などで、LOHを専門外来にしているような病院を希望しております。

重ね重ね恐縮ですがご教授お願い出来ないでしょうか?
by ゴロー (2011-06-14 04:56) 

fujiki

ゴローさんへ
申し訳ありません。
個別の医療機関のご紹介はしていないのですが、
まずは対応可能かどうか、
お電話で聞いてみられるのが良いのではないか、
と思います。
by fujiki (2011-06-14 08:23) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0