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コレステロールと脳卒中予防のエビデンス [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から紹介状を書いて、
それから今PCに向かっています。

右目は大丈夫です。
ご心配をお掛けして申し訳ありません。

それでは今日の話題です。

今日はコレステロールと脳卒中の話です。

少し前の記事で、
コレステロール低下療法を目の仇にしているような、
某大学教授の疫学データについての話をしました。

その後、ある製薬会社の担当者の方から、
それについての貴重なレポートを頂きました。
その方は毎日僕のブログを読んで頂いている、
とのことで、恐縮するばかりです。
それを元に、僕ももう少しこのテーマについて、
頭の中を整理することが出来ましたので、
今日はその内容を皆さんにご説明します。

従って、今日書く内容は、
その担当者の方の業績で、
僕の関与は僅かなものであることを、
予めお断りしておきます。

演題は
「コレステロールを下げることは、
脳卒中の予防になるのか?」
というものです。

まず、この間も書きましたように、
脳卒中という言い方には注意が必要です。
この言葉は英語ではstroke で、
この中には脳内出血と脳梗塞、
そしてクモ膜下出血の全てが含まれています。

脳梗塞の中には、
更に脳血栓と脳塞栓とが含まれます。

つまり、脳卒中というのは臨床的な用語で、
脳が原因で起こる発作のことです。
従って、その原因は単独ではなく、
そのためその予防というのも、
必ずしも単独とは言えない、という点に注意が必要です。

このうち、動脈硬化との関連性が高いのは、
脳血栓のうちでも、
アテローム血栓性脳梗塞、と言われる分類のものです。
要するに、動脈硬化が進行し、
血管が硬く狭くなり、
そこに血の塊が生じて、
最終的に血管が詰まり、
脳の一部に血液が行かなくなって、
脳卒中の発作を起こす、
というタイプのものです。

この現象は心臓の血管に起こって、
狭心症や心筋梗塞を起こす病変と、
基本的には同じものです。

つまり、全く同じ現象が、
脳に起これば、アテローム血栓性脳梗塞になり、
心臓に起これば、心筋梗塞になるのです。

このことから、心筋梗塞の予防は、
同時にアテローム血栓性脳梗塞の予防にも、
同時に成り得るだろう、
ということが分かります。

心筋梗塞の予防において、
最も効果的とされているのが、
コレステロール降下療法です。
つまり、コレステロールを薬で強制的に低下させると、
心筋梗塞の発症が減ることは、
これは疑いようのない事実です。

ただ、同じことが脳卒中全般に対して当て嵌まるかと言うと、
それはまた別個の問題、ということになります。

欧米では日本と比べて脳卒中の発症は少なく、
心筋梗塞の発症は多いので、
大規模な臨床試験の多くが、
脳卒中ではなく心筋梗塞を、
その対象にしたものです。
従って、脳卒中の予防についてのエビデンスは、
世界的には意外に少ないのです。

それでは、これからそのエビデンスについて、
簡単にご説明します。

まず、2003年に英国の医学誌Lancet に掲載された、
ASCOT試験です。

これは高血圧の患者さんに、
コレステロール低下療法を施行したところ、
脳卒中の発症が、
3年半で27%抑えられた、というものです。
これは元々心筋梗塞の予防がメインの試験なので、
このデータはあくまで付随的なものです。

次に、2004年に同じLancet に掲載された、
CARDS試験です。

これは英国において、糖尿病の患者さんに、
コレステロール降下剤を使用したところ、
5年弱の期間で、
脳卒中の発症が48%抑えられた、というものです。

この試験の対象者は、
悪玉コレステロールが160mg/dl 以下で、
それまでに脳卒中は起こしたことのない方です。

つまり、糖尿病の患者さんでは、
より強力にコレステロールを下げた方が良い、
ということの根拠の1つがここにある訳です。

そして、もう1つが2006年に
New England Journal of Medicine 誌に発表された、
SPARCL試験です。

この試験は脳卒中を起こした患者さんを、
その対象にしています。
つまり、一度脳卒中を起こした患者さんに対して、
血圧を下げたり、血を固まり難くさせたりするような治療と一緒に、
コレステロールを下げる治療を行なって、
それが上乗せのような予防効果があるかどうか、
という点を問題にしている訳です。
対象となった患者さんには、
心筋梗塞の既往はありません。
つまり、これは純粋に脳卒中だけをターゲットにした、
欧米では珍しいタイプの試験です。

その結果はどうだったでしょうか?

6年間という長期の観察で、
脳卒中の発症は、
16%低下しています。

これまでの試験と比べて、
効果は少ないと思われるかも知れませんが、
これは他の治療もされている患者さんなのですから、
相対的に効果が少なくても、
仕方がないのだ、という言い方は出来ます。
また、逆に脳卒中の再発予防、という観点で言うと、
血圧のコントロールや血を固まり難くする治療の方が、
コレステロールの低下療法より重要性が高いのだ、
というような言い方も出来るかも知れません。

これは世界で初めて、
コレステロール低下療法による、
脳卒中の再発予防効果が確認された試験です。

ただ、1つの問題があります。

それは、コレステロールを下げた患者さんの方に、
脳出血の再発は多かった、という事実です。

つまり、脳卒中全体で見ると、
その数は減っていたのですが、
脳出血だけで見ると、
逆にその数は増えていたのです。

この結果を受けて、
日本の脳卒中のガイドラインでは、
脳出血を起こした患者さんでは、
コレステロールの降下剤は、
慎重に使用するように、とのコメントが付けられています。

ここまでのところを整理してみましょう。

アテローム血栓性脳梗塞に限定して言えば、
コレステロールを下げれば下げるほど、
その発症率が下がることは間違いがなさそうです。

ただ、脳出血に関しては同じことは言えません。

脳出血のリスクに関して言えば、
高血圧が何と言っても圧倒的に大きく、
コレステロールの関与はそれほど大きなものではありません。
逆に疫学データにおいては、
コレステロールが低く血圧が高いと、
より脳出血は起こり易くなる、
という報告もあります。

かつての日本では、
欧米では考えられないほどに、
脳出血が多かったのですが、
それは塩分の取り過ぎで血圧が高かったことと共に、
油の摂取は少なくて、
コレステロールは低かったことも、
その要因であった可能性はあります。

それが食生活の変化と血圧管理の意識の広まりと共に、
脳出血は減り、脳梗塞が増える状況となったのです。

心筋梗塞と脳卒中とは、
同じ動脈硬化の病気として、
同じ予防法が成立するように思われがちで、
医師も同じような説明をすることが多いのですが、
幾ら血圧が高くなっても、
心臓の血管は出血はしませんが、
脳の血管は出血を起こします。
つまり、梗塞しか原則として起こさない心臓と、
梗塞と同じように出血も起こす脳とは、
その病気の性質が大きく違うのです。

欧米の研究では脳卒中は概ね一括りで議論されることが多く、
それは脳出血の患者さんが少ないため、
止むを得ない点があるのですが、
脳出血の患者さんがまだまだ多い日本では、
別個の検討が必要です。

そして残念ながら、
日本で現状海外のような信頼の置けるデータは乏しいのです。

もう1つの問題は、脳における出血と梗塞との区別は、
必ずしもクリアなものではない、という事実です。
ラクナ梗塞というタイプの小さな梗塞は、
その多くで周囲への微小な出血を伴います。
またアテローム血栓性脳梗塞においても、
梗塞の後に出血を起こすことが稀ではありません。

従って、脳出血後の患者さんではコレステロール降下剤は控え、
脳梗塞の患者さんでは積極的に使用する、
という現行のガイドラインの方針は、
その両者が全く別の病気ではない以上、
却って臨床に混乱を招くものではないか、
と僕には思えてなりません。

何故コレステロールを下げることが、
ある特定の患者さんにとっては血管の出血を誘発するのか、
その点のメカニズムの検討も、
もっと積極的に行なわれるべきではないか、
と思います。

コレステロール降下療法に批判的な先生は、
コレステロールが低いと血管の栄養が充分でなくなり、
血管が脆くなって出血するのだ、
というように大雑把な説明をされますが、
新生児や過去の狩猟民族のコレステロール値は、
コレステロール降下療法を強力に行なっている患者さんより遥かに低く、
その説明にはあまり説得力はありません。

少なくとも大多数の患者さんにとって、
コレステロールを下げる治療が、
多くの病気の予防になることは立証された事実で、
問題はどういう患者さんがその例外であるのか、
という点についての、
より詳細な検討にこそあるのではないかと思いますし、
コレステロール低下療法に反対される先生も、
過激な意見を述べるだけでなく、
どのような患者さんを例外とするべきか、
というような見地に立って、
より建設的な議論をするべきではないか、
と僕は思います。

おそらくは遺伝子の個人差など、
何らかの因子が、
この現象の裏にはあるのだと思われ、
それは日本が率先して明らかにするのでなければ、
不明のままに終わるのではないかと思います。

僕自身の現時点での方針としては、
脳卒中のリスクが高いと思われる患者さんに、
コレステロール降下剤の使用を行なう場合には、
頭のMRIは極力撮影し、
微小出血の有無をT2*強調という画像で確認しつつ、
出血のない患者さんに限って使用するのを原則としています。
特に血圧が不安定な高血圧の患者さんでは、
まず血圧のコントロールを優先し、
その後にコレステロールのコントロールを考えます。

ただ、この方針がベストとは思ってはいませんし、
慎重過ぎるのかも知れません。

今後のより詳細かつ公平な、
研究成果を待ちたいと思います。

今日はコレステロールと脳卒中の予防についての話でした。

念のため補足しますが、
もし現時点でコレステロールを下げる治療を受けていて、
今日の記事でご不安を覚えた方がいらっしゃいましたら、
まずは主治医にご相談下さい。
コレステロール低下療法は幾つかの注意点はあっても、
多くの患者さんにとって有益な治療であることは間違いがなく、
僕の考えるリスクの判断は、
一般的考えより厳しいものであるかも知れません。
皆さんの主治医と皆さんとの関係を、
悪くすることが本意ではありません。
この記事は不安を煽るためのものでもなく、
僕自身の勉強のためであり、
皆さんと医療の情報について、
その情報を分かち合い、
より診療レベルを上げ深めたい、
という思いによるものです。
患者さんと医師とが同じ情報を共有することは、
決して間違いではない筈です。
どうかその点をご理解の上、
慎重にお読み頂ければ幸いです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 4

スマイル

こんにちは
前記事ですみませんが
大丈夫ですか?お大事になさってください☆
医者の不養生と言う言葉もあります。
失礼な言い方かもしれませんが
ご自愛ください♪
by スマイル (2010-07-13 13:45) 

yuuri37

ひとまず安心、よかったですね^^v
なんか、私もうれしい・・・
神様に感謝ですね!
by yuuri37 (2010-07-13 20:36) 

fujiki

スマイルさんへ
ありがとうございます。
もう大丈夫だと思います。
by fujiki (2010-07-14 06:13) 

fujiki

yuuri37 さんへ
ご心配お掛けしました。
お互い体調には気をつけましょうね。
by fujiki (2010-07-14 06:14) 

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