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映画版「告白」(ネタばれ注意) [映画]

告白.jpg
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から意見書など書いて、
それから今PCに向かっています。

今日はちょっと映画の話題です。

去年の4月に「告白」という小説のことについて、
ちょっとした記事を書いたのですが、
その小説を元に映画が作られ、
それに伴って記事に色々なコメントが寄せられました。

僕はこの小説が好みではなく、
特にその中に出て来るある「病気」の使われ方について、
納得の行かない点があったので、
映画を見るつもりは全くなかったのですが、
「映画を真面目に見れば、その正しさが分かる筈です」
というようなことを言われたので、
そんなに素晴らしい映画なら、
見ないと人生の損失なのかしら、
と急遽思い立って、
昨日の診療の後、
妻と連絡を取って新宿に行き、
王ろじでとんかつを食べてから、
新宿ピカデリーで映画の「告白」を見て来ました。

感想としては、
原作の小説よりは、
遥かにレベルは上の作品になっていたと思います。

以下、ネタばれを含む感想です。

基本的には原作のほぼ忠実な映画化なのですが、
僕が以前の記事で指摘した、
明らかなHIVに関する誤りの部分は、
さらっと削除されて別の表現に置き換わっています。
医療監修のようなクレジットはなかったのですが、
脚本協力というクレジットが出ていて、
それは多分医療関係者で、
手直しをしたのだろうな、
と僕は思いました。
「再検査までしたけど(HIVは)陰性でした」という部分は残して、
これは非常に正確な表現なのですが、
他の怪しげな部分はばっさりカットしていたので、
うまく処理して誤魔化したな、と感心しました。

原作はお読み頂けると分かるのですが、
教科書からの抜書きのようなHIVの記載が、
あちこちに唐突に挿入されていて、
その内容は抜書きなので誤りではないのですが、
基本的にこの小説の作者は、
トータルとしてHIVがどういうものかを理解していないので、
あちこちに矛盾が露呈して、
非常にちぐはぐな内容になっています。

原作は最終的に血入りの牛乳を、
女性教師の未婚の夫が、
血の入っていないものにすり替えた、
という表現になっていますが、
映画は血を取ろうとした女性教師に、
その場で抵抗して血を捨てさせる、
というように改変されています。
これは、素人が密かに血を取る、
という不自然さを、
分かった上で考えた、
苦肉の策なのではないかと思われます。

渡辺修哉というマザコンの少年と、
同じクラスの病んだ少女との交流と、
少年による少女殺しは、
原作にも確かにその件はありますが、
極めて無雑作に書かれているのに対して、
映画はその悲劇に終わる2人の交流を、
この悲惨な物語唯一の純粋な人間的交流の瞬間として、
極めて印象的かつ詩情豊かに描いています。
原作にはこうした詩情は微塵もありません。

ただ、僕が問題と思う、
「HIVの患者の血液を復讐の道具に使う」
という基本的な設定は、
映画でもそのままの形で使用されていて、
そのことによりHIVに感染したと思って狂った少年が、
自分の血をコンビニで辺りに撒き散らす、
という異常な場面や、
そのことでイジメに遭った天才少年が、
自分の血を撒き散らして、
クラスメートを脅す、という場面を含めて、
矢張り気分の良いものではありませんでした。

改めて問いたいのですが、
現実に多くの患者さんがいて、
しかも現実に差別感情の存在する病気の名前を出して、
こうした異常な場面を描くことが、
この映画にとって必要不可欠だったのでしょうか?

原作の愚劣さを、
多くの意味で映画は救っていると思いますが、
HIVを肴にしたあまり趣味の良くない趣向だけは、
そのまま使用している点に関しては、
僕にはどうも配慮を欠く行為のように思えてなりませんでした。

見終わった後、妻と2人で、
「酷く悪趣味だね」
ということでは話は一致しました。
ただ、妻は
「でも、何となくスカッとする」と言うので、
「それは嫌な奴がバタバタ死ぬからだろ」
と言うと、
「でも、映画の面白さって、そんなものでしょ」
と言われたので、
返す言葉がなくなりました。
この話はどう考えても勧善懲悪劇ではないのですが、
映画はまず復讐する女性教師に、
好感度の高い松たか子を起用し、
彼女が夜の街を歩きながら泣き出すような、
印象的なカットを挿入することで、
彼女を正義の味方と潜在的に感じさせるように、
巧みに演出されているのです。

HIVの酷い使われ方については、
妻は僕ほどは怒っておらず、
「悪趣味だけど、馬鹿なガキが怖くないエイズを怖がっている、
って考えればいいんじゃないの。
ちゃんとエイズは簡単にはうつりませんって、
そういうセリフもあるんだから」
という意見でした。
ですから多分、そう思われる方も多いのではないか、
と思います。
僕はただ、その点については、
そこまで寛容にはなれません。
基本的に現実にある病気を、
このように扱うのは誤りだと思います。
現実の病気の方の血液を凶器に使う、
という設定自体が問題なのであって、
それが結果的には「おどかし」だったから、
それでその設定自体が正当化される、
ということにはならないからです。

妻とあと意見の一致したのは、
「この原作に本屋大賞というのは、幾らなんでも酷過ぎる」
ということでした。

今日はウイークデイですが、
映画の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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まみしゃん

私は小説1冊読むのはしんどいので、映画版のコミックを買ってきて読みました。

息子は、小説を読んでコミック本も読んで、今週映画を見てきたんですけど
「小説のほうがおもしろかった」という感想でした。

私も、HIVを復習の道具にというところは嫌悪感を覚えましたね。

あんなことしたって・・・と思いつつ見てました。

映画館には行けない人間なので、いつかテレビで放送されたら見てみようとは思っています^^;
by まみしゃん (2010-06-18 08:50) 

midori

原作を途中で挫折しました.あまりに不快で.
HIVのくだりまでも読めていないです.
映画の評判が良さそうなので,行く予定の人が周りにいたらくっついていこうかなと思っていましたが,うーん...
なるべく気分良く過ごしたいので,やめておこう.
ご紹介ありがとうございます.
by midori (2010-06-18 09:03) 

yuuri37

私のコメントは、読んだら消去してくださって結構です。
私は、HIVを取り巻く環境や意識などをみると、日本って先進国だなんて言えないなって思います。「こういう小説が生まれてくるっていうことはそういうことでしょ!?先生はどう思いますか?」
高校の同級生が教師をしています。その高校は、夏休みが終わって秋になると数名の女子が妊娠してしまう・・・そんな感じの学校です。どうにかしたいと相談されたことがあって、実態にびっくりしました。
意識調査をして、またまたびっくり・・・
・授業でHIVは、簡単に移るものではないことがよく分かったので安心した。でも、感染している人とは関わりたくない。
・移るとは限らないなら、やっぱ好きな人とは、生でやっちゃうでしょう。
これが現状です。制作者は、現場をしらない文科省の役人と同じですね。メディアの影響力を軽くみ過ぎだと言いたいです。私は怒りすら感じます。
知的レベルにもよると思います。同じ内容で授業をしても理解度もとらえ方も全然違います。実は、同級生と一緒に母校でも同じ調査をお願いしてみて分かったのです。
映画は、誰が見るかわからないものですからね。

by yuuri37 (2010-06-18 13:30) 

fujiki

まみしゃんさんへ
コメントありがとうございます。

R15指定なので、
おそらくテレビの地上波では放映はされないと思います。
映画館では20代くらいの方が圧倒的に多く、
常になく熱心に見ているのに、
ちょっと怖い思いがしました。
現在の成功する娯楽というのは、
こういうものなのかな、と思うと、
絶望的な思いに囚われそうになります。
by fujiki (2010-06-18 14:58) 

fujiki

midori さんへ
コメントありがとうございます。

この原作の小説は、
読むのが不快になるのが当然なのでは、
と思うのですが、
必ずしもそうではなく、
多くの方に娯楽として受け入れられているので、
そういうご意見を聞くと、
ちょっとほっとしました。
by fujiki (2010-06-18 15:06) 

fujiki

yuuri37 さんへ
コメントありがとうございます。

そうですよね。
つまり、作者は軽い気持ちで、
衝撃的な作品を書いてやろう、
という気分だったのだと思うのです。
これは「最後の授業」のパロディになっていて、
道徳の教科書に取り上げられるような話を、
グロテスクに現代化する、というのが、
そもそもの発想な訳です。
原典もテーマは「命」なのですが、
その意味合いが現代では違っていて、
まともな授業では、
現代の子供に、命の尊さなど伝えられない、
ということなのでしょう。

ただ、無作為に出てきた発想が、
病的で差別的なのは、
意識化されていない日本人全般の、
HIVに対する意識の深層の表れなのだと思うのです。

作者個人よりも、
それを評価し出版する方や、
映画化を企画する方、
そこに何の問題意識もないことが、
僕には一番の問題だと思います。
yuuri さんも言われるように、
現状に対する認識と、
メディアの影響力に対する鈍感さが、
そこに浮き彫りになっていると思うのです。
by fujiki (2010-06-18 15:21) 

シロタ

同感です。
原作も映画も、非常に不謹慎で悪趣味極まりないと思います。
医療の現場からきちんと批判がなされることが必要と感じておりました。
医療に対する信頼という意味でも非常に大切なことだと思います。

HIVだけでなく、少年法や熱血教師(実在の方を連想させられるのはわたしだけ?)や、細かいことを言えば離婚と親子の関係(親が離婚した家庭の子はどう思うでしょう?)も、取り扱いが粗雑で安直だと思います。

たかが娯楽映画にかたくるしいことを言わなくても、という向きもあるかもしれませんが、こういう粗雑で安直なところは単に作品として考えても表現を減じると思うんですよね。
仰る通り、どうしてもHIVでなければならない必然性はありませんし、むしろ主人公の復讐の正当性(みたいなもの)が破綻し、説得力がなくなります。

倫理的にも文学表現としても、どう考えてもいただけないです。


by シロタ (2010-06-19 09:16) 

fujiki

シロタさんへ
コメントありがとうございます。

確かにHIVのこと以外にも、
あまりに三面記事的な情報、
ワイドショー的な情報を、
無雑作に考えなく使用する、
という傾向がこの作者には見られます。
それが結果として無意識に多くの日本人が持っている、
差別意識を露にしているように思えます。

シロタさんも本好きな方だと思いますが、
この原作は文章も生硬いですし、構成も甘いし、
内容はワイドショー的な情報に、
引き摺られているだけですし、
とても本好きに満足のいくようなものではないと思うのですが、
それが本屋大賞になったり、
自称評論家の方が評価したりするのは、
「売りたい」と言う意図は分かるのですが、
却って逆効果になって、
本というものの寿命を、
縮めることになるような気がします。
by fujiki (2010-06-19 22:04) 

スミレ

私にとっては、とても面白い映画でした。
大ヒットするのもわかります。
自分の中の差別意識や憎しみも改めて感じ、貴重な経験をさせてもらえました。

書かれた記事の趣旨からは、ずれますが・・
この映画に限らず、悲惨なニュースや戦争などなど、何かの出来事に対して不快感を覚えるのは、自分の中の「悪(とされるもの)」を許していないからだと思っています。
すべては「鏡」ですよね。
by スミレ (2010-06-22 16:02) 

fujiki

スミレさんへ
貴重なご意見ありがとうございました。

人間というのはそうしたもので、
考えの隔たりがあれば、
理解し合うことは困難なのだ、
ということは分かってはいるつもりなのですが、
実際にそうした場面に直面すると、
それでも色々な考え方があるものだと、
つくづく考えさせられます。
by fujiki (2010-06-22 16:50) 

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