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男性更年期とLOH(ロウ)症候群の話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は男性更年期とその治療の話です。

今週テレビでそうした話題が、
例によってやや扇情的に紹介され、
診療所にもご相談にお見えになる方がありました。

女性の更年期症状というのは、
生理がなくなる、という大きな明確な現象があり、
またその前後で急激な身心の不調が生じることも稀でないため、
その存在を疑問視する人はいません。

その一方で、
男性の更年期というのは、
閉経のような明確な時間的区切りはなく、
そのホルモン値の減少も、
通常は非常に緩やかなものです。

従って、確かに中高年の男性が、
身体の不調や自律神経の症状を訴えたり、
抑うつ的になることがあっても、
それが男性の更年期症状であるのかどうか、
という点については、
否定する意見の方が強かったのです。

それが2000年頃より、
欧米でADAM(Andorogen Decline in Aging male )
という概念が提唱されました。
つまり、比較的急激な年齢による男性ホルモンの低下は、
1つの病気と考えるべきであり、
治療の対象とされるべきだ、
というのです。
その後このADAMという名称が、
LOH(Late-onset Hypogonadism )と改められました。

これはつまり、年齢による自然の低下より早い、
男性ホルモンの機能低下症という意味合いです。

男性の更年期という言い方は、
本来はあまり正確なものではなく、
LOH というような言い方の方が、
医学的には適切なのです。

これを受けて日本では、
2007年に日本泌尿器科学会と、
日本Men’s Health 医学会という、
あまり耳慣れない学会の合同により、
「LOH症候群診療ガイドライン」が公表されたのです。

以下、その是非は置くとして、
ガイドラインの中身をざっとお話します。

まずLOH症候群の症状としては、
性欲低下、疲労感や抑うつ、認知機能の低下や、
短気になるなどの気分の変化、
睡眠障害、内臓脂肪の増加、骨の量の低下、
体毛や皮膚の変化、などが挙げられています。

つまり、お読みいただくと、
まあ40代以上くらいの男性なら、
大なり小なり全て当て嵌まるような症状です。

問題は個々の項目に対する明瞭な基準がないことで、
診る医者の判断によって、
幾らでも患者さんの数は増えてしまいそうなところが、
どうも僕には胡散臭く感じます。

病気かどうかの診断は、
端的に言えば、男性ホルモンの数値がどれくらいか、
ということによります。

測定されるのは遊離テストステロンという、
男性ホルモンの数値です。
この数値が一番鋭敏に男性ホルモンの低下を示しているとされ、
その数値が8.5pg/ml という値以下であれば、
その年齢に関わらず、
男性ホルモンの補充療法が推奨される、
という基準が示されています。

治療法は日本では主に注射剤が使用されています。
エナルモン・デポーという男性ホルモンの注射薬を、
1回125mg で2~3週間毎に注射を行ない、
ホルモンが正常範囲になるように、
注射の量とそのタイミングを調節します。

海外では一生涯の治療を原則としているようですが、
日本では現状そうした治療は困難で、
通常半年から1年を、
1つの区切りとしている施設が多いようです。

さて、こうした治療に問題はないのでしょうか?

前立腺癌が増加する、
という点はまず間違いがありません。
前立腺癌は男性ホルモンの刺激により、
その組織が増殖するからです。
そのため、この治療は、
前立腺癌のマーカーであるPSAという数値が、
2.0を超える場合には原則として行なわない、
という基準がガイドラインには示されています。

また、動脈硬化に伴う心臓病のリスクを、
増加させることも、可能性としては指摘されています。

それ以外にも、肝機能障害や多血症、前立腺以外の癌の増加など、
その発症の率は少ないものの、
多くのリスクが指摘されています。

皆さんはこの治療をどうお考えになりますか?

僕は幾つかの問題があると思います。

まず、何の目的で治療を行なうのか、と言う点が、
必ずしも明確ではない、というのが第一の問題です。

LOH症候群の徴候というのは、
はっきり言えば老化の症状です。
認知機能の低下は、
それがある程度以上のレベルのものであれば、
認知症という疾患単位で扱われ、
アリセプトのような別の薬剤が使用されます。
骨の量の低下も、
ある程度以上のレベルであれば、
骨粗鬆症の薬が使われ、
抑うつの症状も、
それが強いものであれば、
精神科の範疇になり、
抗うつ剤などの治療が行なわれます。

つまり、そうした徴候が全て男性ホルモンの低下によるものであり、
適切なホルモンの補充で一気に解消するならば、
それはもう他の薬剤を使用するより、
男性ホルモンの注射をした方が良いという結論になります。

しかし、現時点でそうしたことが立証されている訳ではありません。

これは女性ホルモンの補充でも言えることですが、
生理的な状態に近いような、
ホルモンの補充は現在の医療では不可能なので、
どうしても補充は過剰になり、
そのための不都合が絶対に生じます。

ハリソン内科学にも、
男性ホルモンの補充療法の効果は、
明らかに病的な欠乏症の患者さんを除いて、
証明はされてはいないし、
その長期使用の安全性は、
現時点では全く分かっていない、
と明確に書かれています。

つまり、まだ実験的レベルの治療であることは間違いがありません。

次の問題点は、この治療が受診する医者によっても、
かなり考え方の違いが存在する、
ということです。

ある医者はホルモン値と症状だけから、
すぐに病気として治療を開始し、
別の医者は、治療をするほどの症状ではない、
と様子を見るように勧めます。

それがどちらが正しい、とも言い切れないところが、
この問題のややこしいところです。

泌尿器科医のホルモンについての考え方にも、
素朴に疑問を感じる点があります。

実際前立腺癌の治療では、
男性ホルモンをゼロにする、という方法が、
頻繁に行なわれます。
そうした治療を受けると、
その方の体質にもよりますが、
明らかな更年期症状が、
強く出る方がいらっしゃいます。
そのことを主治医に告げても、
概ね「仕方がない」と言われて、
何の対応も取ってくれないことが殆どです。

つまり、このようにホルモンの低下に対して、
一方では非常に無関心でありながら、
一方で同年齢の方にも、
ホルモンを注射で補充する、という治療を行なうのは、
何かあまりに矛盾した行為のように僕には思えます。

この分野に対しては、
おそらく内分泌内科医と泌尿器科医との間には、
かなりの温度差があると思います。

泌尿器科医はやや乱暴にこの問題を考え過ぎだと思いますし、
その一方で内科医はこの問題に慎重で無関心過ぎる、
というようにも思えます。

現時点ではこの治療は泌尿器科で行なわれることが多いと思いますが、
病気のトータルな性質上、
僕は個人的には内科で診るべき病態ではないのか、
という意見です。

遊離テストステロンが低い、というだけで、
ホルモンの注射を行なう、
という乱暴さには僕は反対ですが、
一方で多くのその患者さんを苦しめている症状が、
実はホルモン剤によって、
速やかに解消するケースが、
潜んでいることは事実だと思います。

僕の現時点での方針としては、
公表されているホルモン値の元データを利用して、
明らかに年齢に比してホルモン値の低下している方で、
自律神経症状や倦怠感や苛々等の症状に苦しみ、
通常の治療で効果があまりない場合には、
短期間に限りホルモン剤を使用して経過を見ることは、
決して忌避すべきではないと思います。
治療を検討する年齢は、概ね60代までに留めるべきだと思います。
それは、70代から前立腺癌が急増するからです。

ただ、現行のガイドラインにはあまり重きを置きません。
申し訳ないですが、
あまり出来の良くない、
付け焼刃の杜撰さを感じるからです。

もっと繊細なガイドラインによる、
慎重なホルモン剤の使用の検討が求められる、
と僕は思います。

今日は男性更年期とその治療の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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yuuri37

私はときどき、自分の脳(思考)力の限界を感じるときがあります。
それは、宇宙のことを考えるときです。
人間の分泌系を考えるときも、髪の毛をむしりたくなることがあるんですよ。アハハ・・・
大学を中退しようとしたとき、父に理由を聞かれて、
「人間は細胞でできている。私には、それで十分なんです」と答えると、
「あはは・・・おもしろい。お前が医者になれるかどうか見てみたくなった。国家試験に合格して2年間の研修をおえたら、自分の好きな道に進むことを許そう」
単細胞の私は、あと3年頑張れば、自由の身とすごく嬉しかったことを覚えています。というわけで、ホルモンは私にとって宇宙、神秘の世界。だから、その扱いは慎重に・・・でも、確実に進めていくべきでは・・・と

by yuuri37 (2010-06-17 20:19) 

fujiki

yuuri37 さんへ
コメントありがとうございます。

ホルモンは昔ちょっと研究もしていたので、
何となく分野としては愛着もあるのです。
by fujiki (2010-06-18 08:42) 

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