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直接的レニン阻害剤「アリスキレン」の話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から紹介状など書いて、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は昨年発売された、
新しい作用機序を持つ、
高血圧の治療薬の話です。

その名前はアリスキレン(Aliskiren )、
ノバルティス社の製品で、
商品名はラジレスです。

日本では昨年の10月に発売されました。

この薬は世界で初めて開発された、
「直接的レニン阻害剤」です。

「直接的レニン阻害剤」とは何でしょうか?

レニンというのは、
腎臓から分泌される一種のホルモンで、
レニン-アンジオテンシン系という、
身体の血圧を保ち、
身体の水分と塩分とを適切に調節するために、
身体に存在するシステムの律速酵素です。

このレニンの活性が上昇すると、
それが引き金となって、
アンジオテンシン2やアルドステロンという、
塩分を保持し、血圧を上昇させる作用のあるホルモンが、
多く産生されるのです。

つまり、正常にこのシステムが機能している状態においては、
このレニンの活性が上昇すれば、
このシステムは活性化している、
ということになり、
レニン活性が低下していれば、
このシステムは抑えられている、
ということになります。

このレニン活性は、交感神経の活動と関わりが深く、
交感神経が緊張した状態にあると、
それだけでレニン活性が上昇します。

また、寝ていればレニン活性は下がりますが、
立ち上がるとそれだけでレニン活性は上昇します。

原発性アルドステロン症という病気の診断のために、
寝ている状態と立っている状態とで、
レニン活性を測定する、という試験があります。
この場合、2時間立っていると、
それだけでレニンは上がります。
それが病気があるとレニンの調節がうまく働かないために、
レニンが上がらなくなってしまうのです。

人間の血圧がスムースに保たれているのは、
こうしたレニンと交感神経との、
連携した調節があるからなのですね。

よろしいでしょうか?

さて、レニン活性の正常値は、
寝ている安静の状態で、
0.5~1.5(ng/ml/h )程度ですが、
この数値が4.5を超えていると、
心臓病の発症が増える、というデータがあります。

これはレニン活性が増えることそのものが悪いのでしょうか?
それともレニン活性が増えることにより、
アンジオテンシン2やアルドステロンなどの、
血圧を上げたり、血管を収縮させたりするホルモンが、
分泌されることの方が悪いのでしょうか?

その本質的な部分は、
必ずしも明らかではありませんが、
どうも高血圧の患者さんの多くで、
身体にとって過剰なアンジオテンシン2が産生されていたり、
それが血管に対して、
通常より過剰な働き方をすることにより、
血圧を悪くしていることは事実のようです。

従って、高血圧の患者さんでは、
アンジオテンシン2を下げることが、
高血圧の治療に結び付くのでは、
という考え方が生まれました。

この目的のために、
まず開発された薬が、
ACE阻害剤というタイプの薬です。

この薬はアンジオテンシン変換酵素(これを略してACEです)
を妨害することにより、
アンジオテンシン2を作らないようにする薬です。

次に開発されたのが、
アンジオテンシン受容体拮抗薬という薬で、
略してARBと呼ばれています。

この薬はアンジオテンシン2の産生自体を抑えるのではなく、
その作用する受容体にくっついて、
その作用だけを妨害する、
という点に特徴があります。

ACEを妨害すると、
その結果として、アンジオテンシン2の産生以外にも、
通常とは違う変化が現われ、
それが咳などの副作用の原因となります。

それを排除し薬としての安全性を高めよう、
というのが、ARBの基本的考え方です。

ただ、ここで1つの問題があります。

アンジオテンシン2やアルドステロンと言った、
血圧を上げるホルモンが抑えられると、
その結果として、
身体はそれを足りないものと判断し、
そのためにレニン活性が上昇します。
それが再びアンジオテンシン2を上昇させるので、
ACE阻害剤やARBの効果は、
ある程度は使用しているうちに低下するのです。

また、レニン活性の上昇自体が、
心臓に負担を掛けるのではないか、
という考え方もあります。

仮にそれが正しいとすれば、
ACE阻害剤やARBは、
身体に良い作用と共に、
悪い作用も同時に持っている薬だ、
ということになります。

そこで、レニン活性を直接抑える薬があれば、
ACE阻害剤やARBの欠点を、
補う理想的な血圧の降下剤に、
なるのではないか、と考えられたのです。

そもそもレニン-アンジオテンシン系の律速段階は、
レニン活性です。
従って、レニン活性を抑えれば、
アンジオテンシン2もアルドステロンも当然抑えられることになり、
それこそが理想的降圧剤となる筈です。

それが何故なかなか実現しなかったのか、
と言えば、
それは以前開発されたレニン阻害剤が、
殆ど肝臓で分解されてしまい、
人間で有効性が確認出来なかったからです。

今回発売されたこのラジレスは、
初めて実用化された、
直接的レニン阻害剤です。

この薬は分子量の小さな非ペプチド系の化合物、
というのがその特徴で、
レニンに結合することにより、
それが活性化されるのを妨害します。

これはX線結晶構造解析と作用部位の再構築、
という技術を利用した、
極めて高度な創薬の成果なのです。

さて、理屈から言えば、
レニンが抑えられれば、
アンジオテンシン2もアルドステロンも、
同時に抑えられるのですから、
この薬が開発されれば、
ACE阻害剤もARBも、
両方とも用済みの薬、ということになりそうです。

しかし、現時点では必ずしもそうした結果が出ている訳ではありません。

ラジレスの日本での使用量は、
1日150mg から300mg で、
これは海外での用量設定と同一です。
(使用のデータは概ね150mg で取られています)

その降圧剤としての効果は、
日本で使用されているARB、
たとえばニューロタンの100mg と同等との結果が示され、
これは日本で使用されているARBの、
ほぼ上限の量と同じくらいの効果です。

ディオバンというARBの降圧剤に、
このラジレスを併用した、というデータがあり、
それを見ると、
ディオバンの160mg という日本での上限の量でも、
ラジレス単独でも、上の血圧がどちらも10%程度低下し、
両者を一緒に使うと、
今度は14%ほど低下しています。

つまりある程度の上乗せ効果が、
2つの薬を使うと得られるのです。

レニンを強力に抑えるということは、
ARBの作用をそのままカバーしている理屈ですから、
その意味では上乗せ効果はない筈ですが、
実際にはあるということは、
レニンのブロックは、
必ずしも充分なものではない、
ということが言えると思います。

一方でカルシウム拮抗薬という、
レニン-アンジオテンシン系とはほぼ無関係の降圧剤があり、
(ほぼ、と書いたのは若干の関係はあるからです)
この代表の1つであるアムロジピン(商品名はそのままのジェネリックと、
先発品のアムロジンやノルバスクがあります)
の5mg という通常量と、
ラジレスを一緒に使ったデータもあり、
それを見ると、アムロジピン単独では、
上の血圧を5%ほど下げているのに対して、
ラジレスを一緒に使うと、
その下げ幅が11%になっています。

つまり、これも上乗せ効果があります。

ただ、ちょっと疑問なのは、
アムロジピンの下げ幅が、
かなり少ないことで、
これは実際にこの薬を使っている感覚からすると、
ちょっと違和感を覚えます。

ACE阻害剤やAEBが、
現在多く使われている理由は、
これらの薬で心臓の働きの低下が抑えられたり、
心臓病の発作が抑えられる、
という大規模な臨床のデータが、
多く存在するからです。

その作用は主にはアンジオテンシン2を抑えることから来ている、
と考えられているので、
その意味からすれば、
もっと根元の部分でアンジオテンシン2を抑える働きを持つラジレスには、
それに匹敵するかそれを超える効果があると、
誰でも期待するところです。

ただ、発売からまだそれほど経っていないこともあり、
まだその効果については、
説得力のあるデータは存在していません。

本当にラジレスがレニン-アンジオテンシン系を、
その根本から抑える薬剤であるなら、
むしろACE阻害剤やARBからの切り替えを考えるべきで、
上乗せをするのは医療費が余計に掛かるばかりのように、
思えなくもありません。

しかし、現時点であまりそうしたことが推奨されないのは、
1つは製薬会社の都合として、
まだまだARBを売りたい、という本音があるからで、
もう1つはまだこの薬剤の長期の効果が、
本当に以前の薬剤を凌ぐものなのかどうかが、
判明していないからだと思われます。

僕が疑問に思うことは、
レニン活性やアルドステロンは、
比較的簡単に測定出来る数値であるにも拘わらず、
そのデータを元にした薬剤の選択は、
殆ど行なわれていない、
ということです。

日本人に比較的多いのは、
レニンもアルドステロンも低いタイプの高血圧で、
つまりレニン-アンジオテンシン系が、
最初から抑制されているタイプの人です。
この場合、あまりARBやACE阻害剤は、
効果がないと思われるのに、
実際には多く使用されています。

勿論ホルモンの数値は1つの参考でしかなく、
それだけで全てが説明出来るものではありませんが、
もう少し緻密な薬剤選択の基準は、
あって然るべきなのではないかと僕には思えます。

それでは現時点での僕の方針です。

ラジレスは有用性の高い薬である可能性がありますが、
まだ未知数の部分を含んでいます。

レニンが抑制されていないタイプの高血圧では、
最初に考慮しても良い薬だと思いますが、
その場合は単独の使用か、
カルシウム拮抗薬との併用を基本とし、
ACE阻害剤やARBとの併用は、
原則として行ないません。
それはレニンを抑えることの単独の効果を検証したいためと、
理屈から言って併用の効果に疑問のある点、
またカリウムの上昇のような副作用が、
一緒に使うと生じ易い、という危惧があるからです。
確かに併用で効果が上乗せされた、
という海外データはありますが、
それは如何にも製薬会社に都合の良い結果であり、
やや疑問を感じるからです。
患者さんのご負担の問題はありますが、
可能であれば、その効果は、
実際にレニン活性とアルドステロンを測定して検証します。

今日は新しいタイプの降圧剤の総説でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 4

楽天星no1

ラジレスの詳しい説明ありがとうございました。昨日MRが当院にきて説明会をしてくれたのですが、分からない所がありました。今回、石原先生の丁寧な説明でよく分かりました。ありがとうございました。
by 楽天星no1 (2011-02-08 22:28) 

fujiki

楽天星no1 さんへ
コメントありがとうございます。
少しでもお役に立てば幸いです。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2011-02-09 08:29) 

keitajr04

先生の最初のラジレス・コメントから3年が経過しました。
すでに多くの経験症例があることと思いますが、先生のラジレス単独効果の検証結果について大きな関心を持っております。
可能であればその一端をご教示いただければ幸いです。
by keitajr04 (2014-11-14 22:19) 

fujiki

keitajr04さんへ
すいません。
正直あまりラジレスを処方していません。
あまりデータで良いものが出ていないことと、
ACE阻害剤で多くの場合、
臨床上の目的は果たせることが多いためです。
by fujiki (2014-11-15 08:31) 

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