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感染性腸炎後IBSの話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
朝からカルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

過敏性腸症候群(IBS)と呼ばれる病気があります。
特に胃や腸の検査をしても異常がないのに、
下痢や便秘を繰り返したり、
酷い下痢や腹痛を繰り返す、
という病気です。
ストレスと関連が深いと言われ、
朝学校や職場に行こうとすると、
その通学通勤時の電車の中で、
急にお腹が痛くなり、
酷い下痢になるという症状は、
ストレスと関連する特徴的な症状です。

総じて食後に急にお腹が痛くなり下痢になるのは、
胃の中に食事が入ることによる、
大腸への刺激が亢進している徴候で、
この症候群に典型的なものだとされています。

この症候群の原因は、
不明とされていますが、
最近腸の感染症が、
そのきっかけになるのでは、
という考え方が脚光を浴びています。

細菌やウイルスの感染に伴い、
吐き気や下痢、お腹の痛みが、
一時的に起こることがあります。

細菌性のものは食中毒と言われることもあり、
ウイルス感染に伴うものは、
「ウイルス性胃腸炎」と呼ばれたり、
もっと簡単に「お腹の風邪」と言われたりすることもあります。

両者を総称して、
「感染性胃腸炎」と呼ぶのが一般的かも知れません。

この感染性腸炎は、
通常その強い症状は数日で改善し、
特に後遺症を残すようなことはありません。

しかし、これは僕も診療の中でよく経験することですが、
明らかな感染性腸炎の経過であり、
その原因も特定が出来ているのに、
症状自体は数週間から、
時には数ヶ月に渡り、持続することがあります。
あたかも急性の腸炎が、
慢性の腸炎に移行したかのように、
下痢や腹痛のような症状が、
断続的に続くのです。

注意深く経過を診ていると、
次第に症状は過敏性腸症候群のものに、
似通ったパターンを取るようになることが、
非常に多いのです。
つまり、食後すぐの腹痛と下痢や、
緊張の強い時の腹痛です。

また、一旦治ったと思われる感染性腸炎の後に、
しばらくしてから、過敏性腸症候群の症状が、
出現することもあります。
患者さんは、最初はまた「お腹の風邪」になったのか、
と思うのですが、症状はダラダラ続く上に、
薬を飲んでもあまり改善せず、
勉強や仕事に差し障るようになるのです。

これは一体どういうことなのでしょうか?

1996年のLancet という英国の医学誌に、
急性腸炎と過敏性腸症候群との関連を、
検討した論文が掲載され、話題になりました。
急性の腸炎に罹った患者さんの経過を追うと、
その3割近い人が、過敏性腸症候群に移行したのです。
過敏性腸症候群になった患者さんを分析すると、
ストレスに弱い方が多い、という傾向が認められました。

仮説としては、ストレス感受性の高い人
(東北の方の学派の人の説では、
CRHというストレスホルモンが過剰に分泌される人)
では、腸の粘膜に感染が起こると、
腸粘膜の神経叢に変化が起こり、
その変化が免疫記憶のように記憶されることによって、
過敏性腸症候群が起こるのだ、
という考え方があります。

つまり、仮想の「感染性腸炎」というのが、
過敏性腸症候群の実体なのだ、
という仮説です。
これは一種の「フラッシュバック」のような考え方ですね。

腸の神経叢が感染性腸炎の状態を覚えていて、
それがストレスホルモンの分泌によって、
炎症はないのに再現されるのだ、という理屈です。

その一方で、ちょっと違う考え方もあります。

「小腸細菌異常増殖」という病態があります。
小腸の細菌叢が、何らかの原因で、
大腸の細菌叢に近いような状態に変化すると、
それが原因で慢性の腹痛や下痢が起こります。
この症状は過敏性腸症候群の症状に似通っており、
厳密に両者を区別するのは困難です。

感染性腸炎により、
腸の細菌叢が変化して、
「小腸細菌異常増殖」の状態が生じたとすれば、
この考えでも上の事例は説明可能です。

その場合、治療はシンプルで、
抗生物質をある程度長期間使用し、
それに乳酸菌などの製剤を併用することで、
腸内の細菌叢を正常な状態に戻すのです。
このことによって、症状も改善する筈です。

僕は全てではないにしても、
過敏性腸症候群と呼ばれている事例の中に、
こうした慢性の感染症の事例が少なからず含まれているのではないか、
という考えを持っています。

それは、幾つか診療所でそうした事例の経験があるからで、
以前にもご紹介しましたが、
カンピロバクターの腸炎の後、
過敏性腸症候群を疑わせる症状が持続し、
それが抗生物質の2週間の使用と、
乳酸菌製剤との併用で、
劇的に改善したことがありました。

2006年に抗生物質の10日間の使用で、
過敏性腸症候群の患者さんの症状の多くが、
改善を見た、という論文も発表されています。

全ての過敏性腸症候群が、
感染を原因としているとは思いませんが、
お腹の風邪を契機として症状の始まっているようなケースでは、
抗生物質の使用が症状の改善に繋がるケースは結構多く、
一度は試みる価値のある治療なのではないか、
と僕は思います。

ちょっと話が広がりますが、
うつ病の初期症状が、治りの悪い風邪、
ということは意外によくありますよね。

その場合、仮面うつ病、というような名前を付けて、
自律神経の症状で一括りに説明するような考えは、
僕は誤りではないかと思うのです。

多くの精神的な症状も、
最初は身体症状として始まることが多いのです。
その多くは感染症状です。
つまり感染による免疫のアンバランスの出現が、
慢性化した場合に精神のアンバランスに移行するのです。

従って、治りの悪い風邪、というのは、
実は非常に重要な徴候で、
それをもっと積極的に治す、
という視点に内科の医者は立つべきなのではないか、
という気が僕はします。

現実にはそれは逆になっていて、
風邪や腹痛などの症状の初期には、
内科や外科の医者は熱心に治療に関わり、
検査も積極的に行ないますが、
症状のみが長引いて、検査でもあまりはっきりした異常がないと、
途端に冷淡になり、
「ストレスが原因なんじゃないの」
と突き放すように言われたり、
「心療内科か精神科で見てもらいなよ」
と言われたりすることが多いからです。
患者さんにとってはこれは急に梯子を外された、
と言うに等しく、
仮に最初からそれが精神的な症状だとしても、
そうした対応は却って症状の悪化にしか、
繋がらないのではないか、
と思うからです。

言うは易し、行なうは難し、
の感はありますが、
今はそうした観点で、
治療の工夫を試行錯誤しているのが現状です。

今日は急性腸炎と過敏性腸症候群との関連についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 16

スマイル

何事もストレスを貯めないことは大切ですね。
長引く風邪もあなどれないというわけですね。
それにしてもお医者様選びは困難です。
信頼して素直に治療を受けている側にとっては
いわゆる誤診とわかったら手のひらをかえされて
しまったら行き場がなくなります。
私は、町医者にかかっていますが、先生の診断に
お応えしようとする姿勢ができています。
違うよその診断と言うと、先生が傷つくような気がして。
現にそのような場面が多々・・・
すみません余計なことを書きました。
ありがとうございました。
by スマイル (2010-03-25 09:30) 

rururun

はじめまして。
いつも興味深いお話を読ませて頂いておりました。
先日の吸入ステロイドのお話も面白かったです。
私自身、過敏性胃腸症、喘息を含めたアレルギー症状、高血圧もあり、
体調が良くないとストレスのせいと言われること多々あります。
ストレスをためないように、疲れをためないようになんて
どんな病気でもそうでしょうし、ストレスや疲れが病気を悪化させる
であろうこと、患者もわかっていることではないでしょうか。
それでも、日々の生活の中で、充分な休息が取れる状況が
許されるならばそうしているよ・・・・というのが本音です。
先生のブログを読ませていただくと、PCの前でうんうんと頷くことも
多く、お忙しい中、いろいろな情報を頂けて楽しみにしております。
タメになったり、ほっこりしたりをありがとうございます。
by rururun (2010-03-25 12:16) 

iyashi

私はうつになってからほとんど毎日水様性、泥状の下痢が続いていました。臭いも正常な便の時の臭いと違います。
今は酷い時はイリボーを服用しますが、少しずつ改善傾向にあるように感じます。
ストレスが少なくなってきているなのかな???
by iyashi (2010-03-25 17:55) 

みぃ

こんばんは。
私も、胃腸が弱く、直ぐ下痢をしてしまいますが、どうも、これは母親の遺伝かな~と思われます。
中学から大学時代まで、胃痛に苦しめられ、アンパンが美味しそうと思って食べても胃が痛んだ物でした。 卒業後、仕事で海外に行ってからは、胃が痛くなる事は有りませんでしたので、やはりストレスだったのかも知れませんね。
今も、しょっちゅう下痢ばかりしていますが、今は、ストレスと言うよりは、加齢かと言う気がします。
粘液便が半年以上続き、調べて頂きましたが、異常は有りませんでした。 後で勝手な想像ですが、キシリトールガムのせいだったかと思われました。  ガムを止めた途端に治りましたので。・・・(笑)
今も、牛肉や豚肉の消化力が非常に弱いようで、下痢をしてしまいますが、お肉は好きなので、しゃぶしゃぶ等で食べるようにしています。
焼くよりは、良いようです。
もっとも、息子達も胃腸が弱いので、やはり遺伝かも知れませんね。

by みぃ (2010-03-25 18:25) 

uduyuimama

子供を妊娠・出産する前まで過敏性腸症候群(IBS)と病院で言われていました。なるほど・・・。勉強になりました。
by uduyuimama (2010-03-25 23:27) 

北のほたる

nice!
http://kitanohotaru.blog.so-net.ne.jp/
by 北のほたる (2010-03-26 00:11) 

fujiki

スマイルさんへ
コメントありがとうございます。

医者は確かに予測と食い違うと、
それに対応出来ずに、
患者さんに不快感を示したりすることが、
往々にしてあると思います。
僕の他人のことは言えません。
by fujiki (2010-03-26 06:29) 

fujiki

rururun さんへ
コメントありがとうございます。

「ストレスのせい」というのは、
医者の逃げの部分も多分にあると思います。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2010-03-26 06:31) 

fujiki

iyashi さんへ
コメントありがとうございます。

お腹の所見は漢方の証では結構重要なバロメーターですし、
健康の1つの指標と考えても良いのかも知れません。
東北の先生が言われるほどではないししても、
腸の神経叢と脳との間に、
一定の関係のあることも事実だと思います。
by fujiki (2010-03-26 06:33) 

ヒイラギヤマ

はじめまして。
ここ半月前にブログを知り、毎日拝聴しています。薬剤師を仕事としていますので大変ためになっています。
今回のお話で抗生剤を長期で使用する治療では、どの抗生剤を選択したらよいとお考えでしょうか?

by ヒイラギヤマ (2010-03-26 07:45) 

fujiki

uduyuimama さんへ
コメントありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2010-03-26 08:27) 

fujiki

北のほたるさんへ
「nice!」ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2010-03-26 08:28) 

fujiki

ヒイラギヤマさんへ
コメントありがとうございます。

文献での事例は、
日本では使用出来ない、ちょっと特殊な薬を使ったものと、
ニューキノロン、フラジールなどの事例があります。
2種類の薬を組み合わせた事例の報告もあります。
ピロリ除菌に近い感覚で、
薬を強くする代わりに、投与期間を減らします。

診療所での事例は、
ホスミシンを使用したケースと、
クラリスロマイシンを使用したケースがありました。
クラリスロマイシンはカンピロバクター腸炎後の事例で、
ニューキノロンには耐性がありました。
ただ、実際に簡単に検査が可能なのは、
便の培養だけなので、
それで小腸内の異常な菌の増殖を、
推測することは困難なのです。
副作用のことを考えると、
海外で報告のあるニューキノロンの長期使用は、
僕にはちょっと抵抗があります。

多分フラジールは有効性が高いのでは、
と思いますが、勿論健康保険では使用出来ず、
ちょっとハードルは高いですね。

ご参考になれば幸いです。
by fujiki (2010-03-26 08:37) 

まつりん

はじめまして。47才女性です。不躾で申し訳ありません。
自分の症状を検索していて、ここにたどり着きました。
2015年5/5にカンピロバクター発症後、約6週間下痢が慢性的に続いています。
最初2週間は1日10回から次第に減り、1日4~5回の水下痢。
その後は起床後2時間ほどの間に2~3回排便します。
1回めは固形(軟便気味)、2回め3回めは泥状~水様便です。
起床後2時間の間に出しきると、翌朝まで便意は起こりません。
腹痛は特にありません。
カンピロバクターはとっくに治っているはずなのに
いつまでもすっきりしないお腹に不安があり、悪循環にもなっているように思います。
主治医はラックビーを処方してくれるのみです。
腸炎後IBSを知らない消化器医もいるのでしょうか?
別の医院を受診するか、自分から腸炎後IBSでしょうかと尋ねるか
迷っています。
カンピロバクター発症前は1日1回、バナナ状の快便でした。
便秘はほとんど経験ありません。
ただ、不安や心配を抱えると、若干下痢気味にはなる体質でした。
たまたま以前から予約していた人間ドック(5/29)で
便潜血(-)でした。
その他全身、胃の内視鏡含め、特に問題ありませんでした。
このまま、積極的な治療をしない場合でも
数ヶ月の経過で下痢は改善してくるものでしょうか?
by まつりん (2015-06-13 19:16) 

fujiki

まつりんさんへ
もう一度便の培養検査は、
しておいた方が良いと思います。
稀に長期間カンピロバクターが検出されることもあります。
その上で検出はなく、
症状が持続するようであれば、
感染後IBSを想定して、
抗生剤の使用を考慮されても、
良いのではないかと個人的には思います。
勿論何割くらいと言えませんが、
自然軽快することも当然あります。
by fujiki (2015-06-14 11:41) 

まつりん

お礼が遅くなって申し訳ありません。
来週、受診するので、便の培養を頼んでみようと思います。
お返事いただけて、本当に嬉しかったです。
気持ち的に少し落ち着きました。
ありがとうございました。
by まつりん (2015-06-18 18:58) 

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