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吸入ステロイドとその使い分けについての一考察 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は喘息の吸入薬の話です。

気管支喘息という病気があります。
これは端的に言えば、
アレルギーの関与する炎症が、
気道で起こる、という現象です。

気道とは、その名の通り、
空気の通る管です。
人間は空気を吸い、
肺胞という場所で、その中の酸素を血液に入れ、
その代わりに二酸化炭素を吐き出します。
そのための装置が「肺」です。
人間の身体は1分間に250ml の酸素を、
常に必要としていますが、
身体に蓄えられる酸素は、
たった1リットルに過ぎません。
このため、酸素が急に身体に入らなくなれば、
人間はその生命活動を営めなくなります。

この現象を「窒息」と呼んでいます。
従って、窒息は死と直結しています。

人間は通常鼻から空気を吸います。
鼻が詰まっている人は、
仕方なく口から吸います。
いずれにしても、どちらかの入り口から入った空気は、
咽喉から気管という直径1センチ程度の管に入ります。
これが「気道」の入り口です。

気管は左右の気管支に分かれ、
それが更に肺葉気管支という、より細い管に分かれます。
それが更に枝分かれを繰り返して、
細くなり、大体16回枝分かれすると、
終末細気管支になります。
ここまでが空気の通路です。
終末細気管支の直径が、
おおよそ2ミリ程度です。

終末細気管支より先は、
酸素と二酸化炭素の交換に関わる部分です。
その先に呼吸細気管支があり、
その先が「肺胞」です。

喘息とは気道の炎症である、と最初に言いました。
では、それは気道の何処の炎症なのでしょうか?

これは概ね幾つか枝分かれした気管支から、
終末細気管支までの炎症です。
つまり1センチから2ミリの管の内部に、
炎症が起こります。
すると、動脈硬化と同じように、
その内腔は狭くなり、
中には分泌物が溜まって、
空気の出入りが困難になります。
それに加えて、発作的に管の大きさを調節している筋肉が縮むと、
一時的に空気が入るのが困難になり、
最悪は窒息に至るのです。
これが喘息の発作です。

つまり喘息は肺の病気ではなく、
気道の病気です。
治療によって気道の炎症が治まれば、
その人の肺の働きは、
正常な人と何ら変わるところはありません。

従って、喘息の治療の本質は、
この気道の炎症を抑えることです。
本来は炎症の原因そのものを、
抑えられれば、原因の治療になるのですが、
現在のところ、残念ながらその方法は見付かっていないので、
気道の炎症を抗炎症剤で抑えることが、
一般的な治療の方法になります。

この目的で、最もパワフルな薬が、
皆さんお馴染みの「ステロイド」です。

ステロイドは喘息の治療薬の王様ですが、
欠点もあります。
まず、炎症を抑えて効くので、
即効性はありません。
注射で使っても、その効果が出るには数時間は掛かります。
更にステロイド特有の多くの副作用が知られています。
骨は脆くなり、胃潰瘍が起こり、
結核が再燃し、血糖は上がって、動脈硬化は進みます。

ただ、その多くは、
全身的にステロイドを使った時に起こる現象です。

喘息の炎症は気道にあって、
他の場所にはないのですから、
気道にだけ効くステロイドがあれば、
全身的な副作用なく、
喘息の炎症が改善するのではないでしょうか?

そうした考えから作られた薬が、
「吸入ステロイド剤」です。

これにも色々と歴史があります。

現在でも使われている古い薬に、
「ストメリンD」があり、
これは気管支拡張剤と強力なストロイドの合剤です。
しかし、吸入したステロイドが血液に入って、
全身的に作用を及ぼすので、
ステロイドの全身的副作用の、
出現し易い薬です。

次に開発されたのが、
ベクロメタゾンという薬で、
これはベコタイドとかアルデシン
という商品名で発売されました。
この薬は身体に入り、
気道にある酵素と反応すると、
活性型になる、という巧妙な仕組みで、
少量で効果があり、
血液の中に入っても、
その8割以上は、
一度肝臓を通過すると分解されてしまうため、
全身的なステロイドの副作用が少ない、
という画期的な薬です。
これは現在では、主に改良型とされる、
商品名キュバールに取って代わられています。

次に開発されたのが、
フルチカゾンという薬で、
これはベクロメタゾンの抗炎症効果を、
数倍パワフルにした、その強さでは、
おそらく現時点で最強の吸入ステロイド剤です。
また、肝臓で速やかに分解されるため、
全身的に作用するのは、
薬剤の1%以下とされています。
その商品名はフルタイドです。
これに持続型の気管支拡張剤をくっつけたものが、
アドエアという名前の商品で、
現在のグラクソ社の主力商品となっています。

さて、このフルタイドには1つの欠点がある、
と言われています。
それは「粒子径」が大きい、という欠点です。

吸入ステロイド剤というのは、
現物はパウダーのような細かい粉です。
その粉粒の大きさを、
「粒子径」という言い方で表現しています。
粒が小さければ、
当然その粒は遠くまで飛びます。
フルタイドの平均粒子径は5μm 程度ですが、
この大きさでは、
実験的には終末細気管支には達しません。

その一方で、その後発売されたブデソニド(商品名パルミコート)は、
粒子径が2.5μm と小さく、
キュバールも1.1μm とより小さくなっています。
この大きさであれば、
その粒は肺胞まで届く可能性が高いのです。

問題は肺胞まで届いた方が、
より吸入ステロイドは効果的なのか、
と言う疑問です。

古典的な考え方では、
喘息の炎症の場所は、
主に太めの気管支にあります。
喘息特有の「ゼーゼー」という音は、
明らかに太めの気管支が細くなったための症状ですし、
発作が良くなると、肺の働きが正常になる点も、
そのことを示しています。
仮に肺胞の近くの、
うんと細い気管支が炎症で狭くなるのだとすれば、
そうした細い気管支には、
あまり自由に伸び縮みする力がないのですから、
そんなに簡単に発作が治まる理屈が合わなくなります。

しかし、実際には治りの悪い喘息発作では、
確かにもっと細い気管支にも、
炎症が起こっているのでは、
と思わせることがあるのも事実です。
気管支拡張剤により、強力に治療を行なっても、
肺の働きや症状が改善せず、
ステロイドを比較的大量に使用しないと、
良くならないケースがままあるからです。

そして、最近の日本の流行りでは、
むしろ喘息の炎症の主体は、
うんと細い気管支にあるのでは、
という主張が多くなっています。

その理屈が正しければ、
フルタイドよりキュバールやパルミコートの方が、
喘息の管理には有用性が高いのだ、
という言い方も出来そうです。

一方で、フルタイドを擁護する見地に立つと、
それは確かにうんと細い気管支にも、
炎症の起こる場合はあるだろうが、
炎症の主体はあくまで、もう少し太い気管支なのだから、
大多数の喘息では、
むしろ太い気管支主体に、
効果のある薬の方が合理的であり、
本来炎症は存在しない肺胞にもステロイドが沈着することは、
肺の抵抗力を弱め、
却って感染に弱くする上に、
血液に入るステロイドの量を、
増やす結果になるのではないか、
という論理が成り立ちます。

一体どちらの理屈が正しいのでしょうか?

僕はどちらかと言えば、
フルタイド側の意見が合理的だ、
という立場です。

まず、粒子径の話は、ある日本の研究者が、
殆ど1人で出したデータが、
その根拠になっています。
そのデータが胡散臭いとは言いませんが、
たった1種類のデータがその基礎になっているような研究結果は、
ちょっと眉に唾を付ける必要がある、
と僕は思います。

また、うんと細い気管支に、
本当に炎症があるかどうかを、
実際の患者さんで証明する方法はない、
という事実があります。
2ミリ以下の径の気管支に、
異常があるかどうかを、
生きている方で検査することは、
非常に困難ですし、
亡くなられた後に解剖しても、
死後変化が肺にはすぐに起こるため、
実際に生きていた時の炎症の度合いを、
測ることは出来ません。
従って、現在の知見だけを元に、
より遠くへ届く薬剤が、
より安全で効果的とは言い切れないのです。

現状使用されている吸入ステロイドには、
キュバール、フルタイド、パルミコート、オルベスコ、
の4種類があり、それぞれに特徴があります。
強力さではフルタイドですが、
より細い気道の炎症が主体と思われる場合には、
粒の小さいキュバールやパルミコート、オルベスコが優り、
オルベスコはその持続が長い点と、
口内炎の副作用が少ない点に、
その特徴があります。

従って、患者さんの年齢や状態、
その炎症の度合いを見て、
個々の薬剤を選択する必要性があるのです。

今日は吸入ステロイドの総説でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 7

iyashi

喘息が比較的安定している時期ならばパウダー状の吸入剤を自分の呼吸の力で奥まで届かせる事ができても、状態の悪い時には自力で吸うパウダー状の吸入剤は本当に奥まで届くのでしょうか?
勿論発作時はβ剤の吸入をしてからになると思いますが。
by iyashi (2010-02-09 13:16) 

シロ

またサプリメントの質問なんですが、今飲んでるブルーベリーのに、亜鉛がプラスされているものに次から変えてみようと思っているんですが、何か問題がありますか?
答えていただければ、嬉しいです。
あとアリーゼが調剤薬局になくて、調剤薬局にあったマックターゼに変わったんですが、違いはあるんですか?
by シロ (2010-02-09 16:01) 

みやび

石原先生、こんばんわ。
私が喘息と診断された時には、喘息がどういうものなのか、
ステロイド薬がどのように効くのか、医師からの説明がなかったので
本やインターネットで勉強しました。独学なので不明、不安な部分も多かったです。
石原先生の説明を聞いて、喘息や薬の事を再確認することが
できました。とても分かりやすい説明をありがとうございます。
全身性のステロイド、吸入ステロイド薬を症状によって、うまく
使いわけていきたいと思います。今は、喘息が安定しているので
吸入ステロイド薬だけでコントロール出来ています。

ブログ内で喘息の方の話を聞いていると、苦しさを我慢しすぎていたり、
あきらめ気味の人が多いことに気付きます。
私は、ほんの少しの喘鳴も我慢しちゃいけないと思うのです。
その都度、きちんと治療を受けて欲しいと思っています。
でも、医師にとっては、軽い喘鳴の急患は、迷惑なのでしょうか?
普段使う吸入ステロイド薬だけで十分だと考えるのでしょうか?
私は、軽い喘鳴でも、発作用のステロイド薬を使用した方がいいと
思うのですが、石原先生はどう思われますか?
by みやび (2010-02-09 20:51) 

fujiki

iyashi さんへ
コメントありがとうございます。

発作の時は吸引は困難な場合が多いので、
矢張り注射か内服に頼らざるを得ない、と思います。
気道の閉塞の度合いが強ければ、
それも駄目だと思います。
ご高齢の方も厳しいですね。
ただ、かなり弱い吸引力でも、
結構中まで移行するのだ、
というデータはあります。
by fujiki (2010-02-10 08:10) 

fujiki

シロさんへ
亜鉛の含まれているものでも、
特に問題はないと思います。

アリーゼとマックターゼはほぼ同じものなので、
気にする必要はないと思います。
ただ、もし前の薬の方が効く、と思われたら、
薬局に言って、取り寄せてもらっても、
全然構わないんですよ。
by fujiki (2010-02-10 08:13) 

fujiki

みやびさんへ
コメントありがとうございます。

発作の苦しさは発作に苦しんでいる本人しか、
分からないのですから、
迷惑がる態度の医者も、
勿論いるとは思いますが、
遠慮される必要はないと思います。
ただ、救急はそのレベルによって、
もっと医療機関は区分されるべきで、
今のように何でも一緒くた、という体制には問題があります。
ただ、それは今後の問題であって、
今は患者さんがそのことを気にされる必要はないと思います。

ステロイドの使用については、
英国では30mg の内服が、
発作の基本治療だ、という記載がありましたし、
結構国によっても考えの差があるようです。
予防のために吸入を継続し、
ピークフローそのほかの情報から、
症状の悪化が予想されれば、
早めに量を増やし、
発作にはすぐにステロイドの内服、
という考えは間違いではないと僕は思います。
by fujiki (2010-02-10 08:29) 

みやび

石原先生、こんにちは。お返事ありがとうございます。
「遠慮される必要はないと思います。」と言われ、安心しました。
急患にかからないことを目標に、吸入ステロイド薬を毎日
使っていますが、どうしても急患受診が必要な時があります。

今喘息で苦しんでいる方々も、我慢せずに病院に足を運んで
欲しいです。
発作用の治療を受けた後に、吸入ステロイド薬を毎日使用すれば、
苦しい日々から抜け出せると思うのです。

休日の総合病院で、まるで平日のように満員の待合室を見たことが
あります。医療機関側の問題は、私には分かりません。
急患受診をする私が言うのは変かもしれませんが、
患者自身が自分の症状をきちんと考えて受診することも必要だと感じました。

ステロイド内服のこともありがとうございます。
今のペースで喘息の治療を続けていこうと思います。
by みやび (2010-02-11 11:55) 

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