SSブログ

喪服の訪問と人生の謎の話 [フィクション]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診ですが、
これから地域医療の講習会があるので、
新宿まで行って、午後には戻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日の内容はフィクションとしてお読み下さい。

誰の人生にも、ちょっとした謎というのはあるものです。
今日の話は、僕の人生における1つの謎の話です。

大学4年の時に、
ある一人の女性を、
殆どくるおしい位に好きになり、
半年くらい悶々とした日々を過ごした上に、
あっさりと振られてそれまでになりました。

要するに、ただの片思いだったのです。

世の中というのは不思議なもので、
何故かその数日後に、
僕は別の1人の女性から、
僕を好きだという意思表示を受けました。

彼女は僕がその時部長をしていた、
サークルの後輩で、
ありがちなことですが、
いつも女性二人で行動していました。
仮に彼女をAさんとBさんとしましょう。

僕はAさんのことが、
何となく以前から気になっていたのですが、
Bさんのことは、
申し訳ないですが、
あまり惹かれるものがありませんでした。

ところが…
これもありがちなことですが、
僕を好きだったのは、
Bさんの方だったのです。

何となく僕とBさんが一緒の時に、
AさんがBさんに遠慮して、
僕とBさんを二人きりにしよう、
と仕向けるのが僕には分りました。

僕は何となくそのことは感じつつ、
常にそれを避けるような態度を取りました。
直接Bさんに意思表示をされてしまうと、
それに対して僕も意思表示をせざるを得ず、
それがBさんを傷付ける結果になることが分かっていたので、
なるべくその状況を回避したかったのです。

それから少しして、ある日曜日の午前中に、
僕の住んでいたアパートの電話が鳴りました。

電話を掛けて来たのはAさんでした。

Aさんが僕に電話を掛けて来たのは、
その時が初めてでした。
勿論携帯電話など、まだ存在しなかった頃の話です。

「どうしたの?」
「いや、石原さんが何をしているのかなと思って」
「そろそろ起きようかなと思ってたところだけど」
「やだ、私邪魔だったかしら」
「そんなことはないよ」

Aさんは、何か僕に用事があったのだと思います。
でも、それが何だったのか、なかなか要領を得ませんでした。

結局僕はその時1時間以上、Aさんと電話で話をしました。

Bさんが僕のことを好きなのだ、
という話を、非常に遠回しに言われたのですが、
必ずしもそれが話したいのではなさそうでした。
1つ印象に残っているのは、
その頃アーヴィングと村上春樹にかぶれていた僕が、
「多分世の中には幸せな男と幸せな女がいて、
幸せの国に暮らしているんだ。
幸せでない僕らは、
幸せの国を見ることは出来ないんだけど、
それがあることを感じることは出来る。
幸せでない僕らは、それを感じることで、
ちょっぴり幸せのような気分になれるんだ」
という分かったような分からないような話をすると、
妙にAさんはその話に共感してくれて、
「本当にそうね。世の中にはそういう人がいるのね」
と何度もそう言っていたのです。

その1週間後の日曜日の昼下がりに、
Aさんはまた不意に僕のアパートを訪れました。

ドアをコツコツとノックする音がして、
一体誰だろうとドアを開くと、
喪服のAさんが白い箱を持って立っていました。

「どうしたの?」
と僕が言うと、
「これを石原さんに預かってもらおうと思って」
とAさんは言いました。
そして、そのマグカップか何かが入っているような、
白い箱を僕に差し出します。
受け取るとマグカップが入っているくらいの重さです。
「これは何?」
と僕が言うと、
「今は言えないの。また取りに来るわ」
と言うなり忙しなく去って行きました。

何か狐につままれたような気分です。

次の日の夜に女性の声で電話がありました。

「石原さん、私のこと誰だか分かる?」
と言うので、軽率にも、
「Aさん?」
と言うと、受話器の向こうが、
凍り付いたような雰囲気になります。
「やっぱり石原さんはAさんのことが好きなのね」
その声は紛れもなくBさんのものでした。
僕は慌てて弁解をしましたが、
もう後の祭りです。
Bさんはすぐに電話を切ってしまいました。

それから数日後に、
Aさんの田舎で不幸があり、
それを機にAさんは大学を辞めて、
三重の方の田舎に帰ったのだ、
という話を、サークルの後輩から聞きました。

あっ、そうか、あの時の喪服は、
三重に戻って帰って来た時だったのだな、
とすぐに思ったのですが、
よく聞いてみるとそうではなく、
不幸があったのはその翌日、
Bさんからの電話があった日のことのようなのです。

Bさんは僕にそのことを伝えるために、
僕に電話を掛けて来たのですが、
それが僕が軽率な話をしたものだから、
それも伝えずに電話を切ってしまったのです。

だとすると、あの喪服は、
一体何だったのでしょうか?

もう1つ奇妙なのはあの白い箱のことです。
僕は確かにその箱を受け取り、
押入れの隅に置いたのですが、
その翌日のBさんの電話の失敗から、
そのことをしばらく忘れていました。
そして、不意に思い出して、
押入れの中を見てみると、
そんな箱など、何処にも見付からなかったのです。

その後ぼくはAさんには一度も会っていないので、
あの日のことは、
僕の中では謎のままに残っています。

今日は僕の人生における、
ほんのちょっとした謎の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
nice!(15)  コメント(13)  トラックバック(0) 

nice! 15

コメント 13

もふもふ@緑モケ

Aさんは身内の方の容態が分かっていて、田舎に帰る前に先生を訪ねたのでしょうか。喪服って前もって袖を通してみることもありますから、それで着ていたのかもしれませんね。
Bさんへの遠慮もあったでしょうが、Aさんは先生のことが好きだったのではないですか。先生を訪ねた日、もう会えないかも…とどこかで思っていて、また会えたらいいな…という願いを込めて箱を渡したような気がします。(そうなると喪服姿も少し意味深?)

箱が見つからなくて残念だったでしょうが、そういうものの重さって妙に憶えているものですよね。
by もふもふ@緑モケ (2010-01-24 10:12) 

midori

日曜日なのにお疲れ様です.

生きているといろんなことがあります.
謎は謎のままでいいんだと思います.

午後はゆっくりお休みできるといいですね.
by midori (2010-01-24 12:23) 

ちびらママ

先生、それ怖い。都市伝説みたい・・・。
お休みの日にお疲れ様です。
午後は休養して、明日からまた、がんばってください。
ブログも楽しみにしてます。
・・・診療に、ブログに、相談に・・・なんてお忙しいんでしょう!!
by ちびらママ (2010-01-24 15:56) 

a-silk

いつも、ご訪問ありがとうございます。
今日は、深夜に母が老健から、病院に入院し、
日中患者さんの治療で、やっとこ夕方、先生の記事を見れました。
いつもと違って、恋と、ミステリー調の記事に、むか~しの、淡い気持ちを思い出し、少し身体が楽になりました。

少ない情報ですが、今回の母の件に、御意見をお聞かせ下さい。
1月12日の採血の結果は、血糖値144、ヘモグロビンA1c5.9、総コレステロール219でした。
血糖値は高めですが、ヘモグロビンは今までのベストでした。
今年になり、体温が37度を越えるようなことは、なくなっていました。
それが、21日(木)の夕方、38度の熱が出て、翌日22日(金)は平熱になったものの、今度は、血糖値が下がってしまいました。
その後、ブドウ糖を投与すると、血糖値は上昇するものの、すぐに下がってしまうという状態になり、施設での対応に限界があるのと、原因を見つけるため、入院となりました。入院時の深夜は、20まで下がったそうです。
今朝の状態は、ブドウ糖を投与すると、70~100まで上がるものの、15~30分後には、40~50に下がってしまうという状態でした。
週末で精密な検査も出来ないため、原因はわからない、という状態です。
施設の看護師さんも、私も気がついたのですが、右上腹部、肋骨の下あたりが、とても固くなっていました。
この程度の情報ですが、お時間ができたらでいいですので、先生の経験で、同じような症例がありましたら、御意見お聞かせ下さい。



by a-silk (2010-01-24 18:26) 

fujiki

もふもふ@緑モケさんへ
コメントありがとうございます。

言われる通りかも知れません。
あまり交流はなかっただけに、
却って何か心に引っ掛かるのです。
by fujiki (2010-01-24 21:36) 

fujiki

midori さんへ
コメントありがとうございます。

休みは短くてあっと言う間に、
もう夜です。
世の中にはA政務官という悪魔がいて、
「底辺の医者は時間外や夜間も働いて当然だ」
と言うので、
僕などは早晩、
存在する値打ちはない、
ということになりそうです。
by fujiki (2010-01-24 21:43) 

fujiki

ちびらママさんへ
コメントありがとうございます。

それが一番難しいのですが、
日々の診療を一期一会のつもりで、
明日からまた頑張ります。
by fujiki (2010-01-24 21:45) 

fujiki

a-silk さんへ

お母様は糖尿病のお薬はお飲みではなかったですよね。
そうすると、インスリノーマか副腎不全を、
最も疑います。
インスリノーマはインスリンを出すタイプの腫瘍で、
ブドウ糖はインスリンの刺激になるので、
注射でブドウ糖を入れれば、
却ってインスリンが刺激されて、
少しすると低血糖が悪化するのです。
また肝臓の働きが悪いと、
肝臓から糖が作られなくなるので、
同様の症状の出ることがあります。
副腎不全はステロイドが出なくなるので、
血糖を維持し辛くなる訳です。

糖尿病の薬を使用せずに、
血糖が一時的にせよ20になるのは、
明らかに病的な状態ですが、
もしデキスタの測定ですと、
値は不正確になります。
デキスタで50以下の数値は、
実際にはあまり意味はありません。
ただ低い、というだけです。
また検査会社に検査を出しても、
測定までに時間が掛かると、
血糖は徐々に低下するので、
正確ではない可能性があります。

すいません。
思いつくままに書きましたので、
病名の羅列になり、
却ってご心配を増す結果になったかも知れません。
数値がやや不正確であっただけで、
「やや低血糖なだけ」という結果かも知れません。

ご参考になれば幸いです。

by fujiki (2010-01-24 22:00) 

もふもふ@緑モケ

すみません。
無粋で、要らぬ解釈だったでしたね。
私としては、それでも不思議で、ちょっぴりきゅんとくる話として読んだのですが…。
by もふもふ@緑モケ (2010-01-24 23:01) 

a-silk

お忙しい中、お返事ありがとうございます。
母は長いこと糖尿病でして、オイグルゴンを毎食事のとき、1錠飲んでいました。大切なことを、お知らせしないで、申し訳ありません。

入院時に、夜勤の先生から、インスリノーマという病名は聞きました。そうでなく、副腎、肝臓の機能低下が原因であってほしいものです。

今朝の段階では、詳しい事は聞けませんでしたが、すぐに低血糖になってしまう、という状態は、起きなくなっているようです。
その代わり、血圧が上が170~190と、高血圧の問題になっている。との事でした。
おかゆはだいぶ残しましたが、「うまい、うまい。」と味噌汁をおいしく飲みました。
また、よろしくお願いします。
by a-silk (2010-01-25 13:27) 

fujiki

もふもふ@緑モケさんへ
お気になさらず、
気楽にコメントを頂ければ、
大変嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2010-01-25 19:20) 

fujiki

a-silk さんへ
それでしたら、オイグルコンによる、
遷延性の低血糖で、
ほぼ間違いがないような気がします。
飲み続けているうちに、
次第に薬剤が蓄積し、
急に低血糖になるのは、
ご高齢の方では比較的よくあることです。
薬が抜ければ良くなると思います。
多分オイグルコンよりもう少し効きの短い薬で、
これからは様子を見た方が安全ではないか、
という気がします。

ご参考になれば幸いです。
by fujiki (2010-01-25 19:25) 

a-silk

薬剤が蓄積し、低血糖が起きることがあるのですか。
勉強になります。
昨日あたりから、逆に、高血糖になり、一時は200を越えたそうです。
現在は点滴の中の、薬剤を通常のものに変え、170前後に下がってきました。
190まで上がった血圧も、150前後に下がりました。
昨夜は38度あった体温も、今朝は37.2度まで下がりました。
昨日の夕食、今朝の朝食、共に、ほとんど完食しました。
危機を脱したようです。
低血糖の影響か、意識障害があり、ときどき、私が誰か分からなかったり、妙な事を言ったりしています。
いつも丁寧にお返事を頂き、ありがとうございます。
元気をいただけます。
by a-silk (2010-01-26 10:04) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0