SSブログ

「死の官僚」を読む [身辺雑記]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

自身も官僚である医師が、
厚生労働省のインフルエンザ対策の杜撰さを、
追及する、という触れ込みの、
「死の官僚」という禍々しい題名の本が、
今年の初めに出版され、
その翌日には出版社で回収されました。

果たして何故回収されたのかは、
謎のままですが、
奇怪なことに出版社が出した告知では、
実はこの本は著者の話を、
編集者がまとめただけの聞き書きで、
多くの「医学的誤り」があったのだそうです。
でも、その本は明確に著者はその医師個人になっていて、
「永井豪とダイナミックプロ」みたいな、
曖昧な表現がされている訳でもありません。
最後に何かそれを窺わせる、
謝辞の類いがある訳でもありません。
従って、普通に読めば、
どう考えても記載された著者が、
主に執筆したのでなければ、
一種の詐欺になる訳です。
そしてまた、仮にゴーストライターが全てを書いたにしても、
「名前貸し」をした著者に、
その責任の多くがあることは間違いがなく、
「医学的誤り」の責任は、
出版社が一方的に負うべき性質のものではない筈です。

これはもう、本当の仮定の話ですが、
僕がもしこの著者の立場でしたら、
少なくとも経緯を明らかにした上で、
自分の責任として、謝罪するのが道理だと考えます。

それはそれとして、
一体回収が必要となるような、
「医学的誤り」とは、どんなものなのでしょうか?

そんなことは放って置けばいいのでしょうが、
ちょっと内容に興味があったので、
入手して読んでみました。

すると…

何と言うか、意外に地味な内容で、
確かに一部に誤りが多いのですが、
別にこの程度間違っている本は、
多分ゴロゴロ存在する筈で、
一々それを回収していたら、
たちまち出版社の経営は、
傾いてしまいそうです。

つまり、真実を描いたために、
誰かに怒られるようなタイプの作品ではさらさらなく、
ほんとに間抜けで、書いた誰かさんの「無知」を、
さらけ出したような作品なので、
その誰かさんが恥ずかしくなって、
こっそり回収したのが実態なのでは、
と思われるのです。

まあ、たとえば、こんな具合です。

1ml のバイアルを使うというのは、最新医療の常識である。1ml はほぼ成人のワクチン接種1回分の量だ。ひと瓶を使い切って、1人の接種が終了する。無駄はない。

この本の著者(記載されている著者なのか、それとも編集者なのかは、分かりませんが)は、
10ml のバイアルが新型国産ワクチンで導入されたことを、
「医系技官」の陰謀、と捉えていて、
それを非難する文脈の中で、
こうした表現をしています。

これはまあ、微笑ましいくらいの誤りで、
皆さんもご存知のように、
インフルエンザワクチンの大人の1回量は、
国産ワクチンでは0.5ml で、
1ml ではありません。
たとえば、三種混合のワクチンは、
1回分の0.5ml がそのまま包装され、
1回の使い切りになっています。
以前にもお話したように、
現在流通しているワクチンは、
主体は1回分0.5ml で、
1回の使い切りになっているものが、
殆どなのですが、
インフルエンザワクチンは例外的に、
複数回使用するバイアルが用いられているのです。
しかし、これは海外のワクチンでも概ね同じで、
そのために比較的多い量の防腐剤が、
バイアルに入れられる弊害を生じています。
この理由はインフルエンザワクチンの接種量が、
国によっても結構バラバラに決められていて、
統一性がない点に、一番の原因がありそうです。

従って、1ml が1回分で大人1人の使い切りというのは、
非常に微笑ましい誤りで、実際には大人2回分が正確な言い方です。

また、こんな面白いことも書いてあります。

「インフルエンザのワクチン接種は2回行う」という世界の常識、多くの研究者が長い歳月をかけてデータを重ね、たどり着いた結論ーいわば「人類の叡智」である感染症対策を根こそぎひっくり返すようなことが書かれていたからだ。

これはね、最初は2回接種の方針であった新型ワクチンの接種法が、
検討会の審議で、急に1回接種に変わった、という決定に、
これも「医系技官」の陰謀だ、とお怒りになって書かれた部分です。
書いた方の性格が窺われる、
素晴らしく中身が空疎で、仰々しく飾り立てられた文章ですね。

「インフルエンザのワクチン接種を2回行うのが、世界の常識」
とは凄いですよね。
勿論事実は違って、季節性インフルエンザワクチンに関して言えば、
成人では1回接種で充分、と言うのが、
最近のコンセンサスであることは間違いがありません。

新型ワクチンに関しては、
当初は確かにプライミング効果を期待すると、
強い抗原刺激が不可欠で、
そのためには2回打ちが必要と考えられたのですが、
実際にワクチンの臨床試験をしてみると、
概ね1回で予測された以上の効果が認められたのです。

この辺の議論はただ色々と問題はあり、
僕もいい加減な臨床試験の中間報告だけを根拠に、
慌しく1回接種が決定された経緯は、
問題だと思いますが、
その時点で海外のワクチンが1回接種の方針に、
転換していたことは紛れもない事実であり、
間違っても「2回打ちが世界の常識」なんてことはありません。

まあ、他にも挙げていけばきりがないのですが、
発熱外来で、ある日簡易検査で陰性だったお子さんが、
翌日もう一度来るように言われたのに対して、

検査に2日かかるのでは「簡易」とは言えないだろう。

とコメントしていたり、
10ml の大瓶の危険性について、

10ml のバイアルできっちり10人分のワクチン接種を行っても、バイアルには10本の注射針が刺さる。(中略)針を刺して接種を行い、次の針を刺すまでには当然、時間が経過する。ワクチンにウイルス、雑菌などが入り込む危険性は単純計算の10倍をはるかに超えるという。

と書いたりもしています。
皆さんご存知のように、
これを書いた人は、
「簡易検査」の意味合いを理解しておらず、
防腐剤がバイアルに入っていることも、
大瓶が何回分なのかということも、
理解は全くされていないようです。
「危険性は10倍をはるかに超えるという」
という主体は一体誰なのでしょうか?
文脈も小学生の落第点の作文並みに、
取る事が困難です。

ただ、何となく見えてくることは、
これを書いたX氏は、
医療行政の通達や法律についてはそこそこ詳しいけれど、
インフルエンザワクチンの現物を使用したことはなく、
多分まともに見たこともなく、
インフルエンザの患者さんをまともに診察したことも、
簡易検査の診断をしたこともなく、
インフルエンザウイルスやワクチンに関する、
最近の論文にも、殆ど目を通してはいないのではないか、
ということです。

この本は、ただ分量の半分以上は、
この名目上の著者の、
これまでの生い立ちの記録で、
よくある政治家の自己宣伝のための本に、
非常に似通った内容です。
文章を見る限り、
修飾語を連ねて、単純な事実を誇張する、
といったテクニックが、主に駆使されていて、
これも政治家やタレントの自慢話本などに、
特徴的な手法です。
おそらくは実際に文章を書かれた方は、
「そうした面での」プロの方なのでしょう。
文体は特徴的で統一性があり、
間違いなくほぼ全編1人の手で書かれたものです。

そこで繰り広げられるのは、
「わたしは非常な才能があり、若いのに苦労をし、
海外にも行って見聞を広げ、
社会の理不尽に憤り、
組織と対決する決意をした」
という素晴らしい絵に描いたような人生です。

羨ましいですね。

どうも意図なく悪口めいた感じになるのは、
僕の潜在意識に、この著者への嫉妬があるせいだと思います。
底辺のひがみですね。
僕は所詮その程度の人間なので、
低レベルの感情の発露をどうかお許し下さい。

本題の筈のインフルエンザの話は、
本文の半分以下の分量で、その上、かなりの部分は、
他の医者のブログの引用や、
他の研究者の書いた解説、新聞などの引用に当てられています。
その引用もそれなりに「医学的に」間違っているのが、
また微笑ましいのですが、
どちらかと言えば、
個人的自慢話の部分以外は、
他の人の書いた資料や、
マスメディアの報道を俎上に乗せ、
一方的にケチを付けて特定の職種の人を貶す、
というのが主な内容です。
要するに、著者が何処の誰であれ、
一個の作品としても、
インフルエンザに関する部分の、
半分以上は他所からの引用なのです。

御用学者の方の名前は実名で登場しますが、
公式に会議などで発言されたことが、
そのまま記載され、
それにやや下品な突っ込みが入る、
という程度の内容で、
格別新たな事実が分かった、とか、
著者でしか知り得ない事実が明らかにされている、
というようなことも殆どありません。

総じて子供の悪口レベルの内容の羅列なので、
どうもこの内容に、誰かがお怒りになる、
というようなことは、あまり考えられません。
僕は以前この本の現物を読む前に、
この本の回収は、
御用学者の誰かのクレームがきっかけなのではないか、
という推理を記事にしたのですが、
もしそんな学者がいるとすれば、
余程風変わりで、子供じみた人格の方のような気がします。
回収などせずそのまま出版されていた方が、
余程間抜けで、この著者を貶める行為になるからです。
また、一部で指摘されている、
「悪い官僚」がクレームを付けたのでは、
という推論についても、
今までにメディアに垂れ流された、
同様の話の繰り返しに過ぎないので、
上記と同じ理由で有り得ないと思います。

どちらかと言えば、ロクにゲラも読まず、
他人のまとめた文章に、
自分の著書としてOKを出してしまった著者が、
本が出てから誰かに、
「先生、本当に自分であの本を書いたんですか?
ちょっとまずいですよ」
とかと言われて、慌てて自分で、
出版社に怒鳴り込んだのではないかしら、
という辺りが想像出来るところです。
(これは僕の純粋な想像で、
特に明確な根拠はありませんので、
ご注意の上お読み下さい)

いずれにしても、
この微笑ましい間違いだらけの本の著者は、
出版社によれば、特定不能の謎の人物で、
「本当に本人が書いた本」が、
来月の下旬には出るそうですから、
一体どのような内容のものか、
一応それを待ちたいと思います。
(勿論、誰が書いたのかも分からない本にまともにお金を出し、
名前貸しをしただけの無責任な誰かに、
印税を渡すつもりはないので、
自分で買うつもりは毛頭ありません)

以上「死の官僚」の内容を、
僕なりにまとめてみました。

元々「不適切で回収された本」なので、
別に非難するつもりはありません。
ただ、何となくこの著者は、
インフルエンザのワクチンそのものについても、
その実際の接種法も、インフルエンザの簡易検査の意味も、
ワクチンの効果についての基礎的なデータも、
何もご存知ないのではないか、
と思えてしまうところが、
僕には非常に怖ろしく思えました。

まさかそんな方が、
医療行政の中枢に近い場所にいて、
医療行政についての発言権を持ち、
実際にはその分野では無知の塊であるというのに、
インフルエンザ行政を、
「わたしは全てをマルッとお見通しなのだ」
とばかりに批判しているとは、
僕にはあまりに怖ろしくて信じる勇気がありませんが、
仮にそうであるとしたら、
多分回収の主な原因はその辺りにあるのではないか、
と僕は思います。
(これが出版社の陰謀であるとしたら、
当該の出版社というのは本当に恐るべき組織ですね。
素晴らしき医師の鏡のような人物を、
「無知の塊」のように、
僕に思わせてしまうのですから)

結論から言えば、
「無知は怖ろしい」というのが、
僕がこの本を読んで素朴に感じたことです。
ただ、真に無知なのが誰なのかは、
僕達には永遠に知らされることはなさそうです。

上記の内容で、もしご不快に思われる関係者の方がありましたら、
それは本意ではないので、
ご連絡を頂ければ、その内容は公表の上、
記事は削除させて頂きます。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(9)  コメント(6)  トラックバック(0) 

nice! 9

コメント 6

iyashi

あげ足を取ることは簡単ですが、それに対する反論がはっきりしていなければ意味のない行為ですね。
回収された本は「本当に本人が書いた本」の為の宣伝なのではないかと、ちょっと思ってしまいました。
by iyashi (2010-01-23 14:03) 

fujiki

iyashi さんへ
コメントありがとうございます。

出版社もかなりの被害を被った訳ですし、
宣伝の色気は充分にあるのだと思います。
ただ、1ヶ月で一から書き上げるのだとすれば、
相当の即席栽培のような本になるのでは、
という気がします。
by fujiki (2010-01-23 15:24) 

iyashi

先生、私は広義で間違っているのでしょうか?

私は薬剤師としては勿論、人の役に立つ事をしていきたいと思っています。

でも私の職種には限界があります。

その中で最善を尽くそうと思っています。

しかし、その限界の中で何が出来るのか?仕事として捉えずに何が出来るかを模索しています。

でも現在私の職種でそれを見いだせる事は出来ずにいます。

それは単に私自身の努力不足なのか?

医師から見て薬剤師の役割(現時点で)はどのようにお考えですか?

信頼する先生からのご指導お願いいたします。
by iyashi (2010-01-23 23:40) 

ペポ

先生こんばんわ

某書籍をヤフオクで落札して読んでみようかなぁ
と本気で思っていたので、内容が聞けて助かりました。

無駄なお金を掛けずに済みました。

それにしても、小学生以下の臨床結果が
まったく出てきませんよね。

by ペポ (2010-01-24 01:56) 

fujiki

iyashi さんへ
調剤薬局の薬剤師さんには、
いつも僕は非常にお世話になっていますし、
薬についての疑問があれば、
調剤薬局に電話で聞くようにしています。
立場が違うので考え方の違う面もありますが、
だからこそ必要なのだと思います。
薬のスペシャリストは絶対に必要で、
他の職種で代替出来るものではありません。

医者の権限はどんどん縮小されているのが、
世の流れなので、今後更に薬剤師の仕事は、
その範囲が広がってゆくものだと思いますし、
そのお仕事の内容の幅も、
広いものになってゆくのではないでしょうか?
iyashi さんのおそらくは考えているようなあり方が、
今後は可能になってくるのではないかと考えます。

ただ、多分焦りは禁物で、
明日出来ることだけを、
今日という時間の中だけで、
まずは考えた方が良いのではないかな、
という気がします。
単調な日常の課題をこなし、
持続することが、
人間にとって矢張り基本的なことなのではないか、
という気がするからです。

志の高いことは、
非常に重要なことだと思いますし、
間違いなくiyashi さんの長所だと思いますが、
詰まらない日常を過しているのが、
実際の「からだ」なので、
気持ちが先行すると、
「からだ」は尚更疲れてしまうと思います。
「からだ」は多分褒めて上げた方が、
より元気になると僕は思います。
今日出来ること、明日出来ることに、
まずは満足して「からだ」を褒めて上げることで、
次により高い目標を、
設定することが可能になるのではないでしょうか?

すいません。
あまり良いお答えになっていないかも知れません。

ただ、僕が現時点で言えるのは、
そのくらいのことです。
by fujiki (2010-01-24 22:34) 

fujiki

ペポさんへ
コメントありがとうございます。

輸入ワクチンの小児の結果のみが開示され、
国産ワクチンのそれが開示されていないのは、
本当に恣意的でひどいと思います。
多分そのうちに小児のワクチン接種量の改定の話が持ち上がる筈で、
その時にようやく開示されるのではないか、
という気がします。
つまり効果がない、という結果が、
今のタイミングで分かるのはまずい、
という判断なのでしょう。

結局政治主導というのは、
政治家にくっついた一部の人間の意見を、
官僚の意見の代わりに採用する、
ということのようで、
それなら官僚や御用学者の意見の方が、
こと医療の分野に関しては、
幾らかでもましなのでは、
と言う気が最近はしてなりません。
by fujiki (2010-01-24 22:45) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0