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胃食道逆流症とNABの話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝来たら電話とインターネットが不通になっていて、
かなり慌てました。

土曜日にエアコンの工事をして、
その時に光ファイバーが折れてしまったようです。
何とか仮復旧になりましたので、
いつもより遅めに更新します。

それでは今日の話題です。

今日の話題は、
診療所を訪問された製薬会社の方が、
ヒントをくれたものです。

胃食道逆流症は、
最近増えている非常にポピュラーな病気です。
以前に記事にしましたので、
概略はこちらをご覧下さい。
http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/2009-10-21

若い方では肥満や、脂っこい食事の摂り過ぎで、
起こることが多く、
お年の方では、骨粗鬆症で、
背骨が曲がっている方に、
起こることが多いのです。
要するに胃酸が強くなり、
胃の圧力が高まると、
胃の入り口が弛んで、
胃酸が食道や時には口まで逆流し、
胸焼けや胃のもたれ感、咳などの症状を起こします。

この病気には、
一般的にプロトンポンプ阻害剤、
というタイプの薬を使います。
これは胃酸を強力に抑える薬です。
商品名で言うと、
オメプラゾンとかタケプロン、パリエット、
などがその代表ですね。

本来は胃の入り口の弛みを治し、
胃の動きを良くして、
胃酸が食道に逆流しないようにすることが、
本質的な治療である筈ですが、
それは現実的には困難で、
胃酸の出を減らすことで、
間接的に症状をコントロールするのです。

この治療で、多くの人の症状は改善します。

ただ、幾つかの問題があります。

1つはこの治療は、
あくまで一時的に胃酸を抑えるだけなので、
長期間その薬を飲み続ける必要がある、
ということです。

長期間胃酸を抑え続けることで、
身体に何か問題は起こらないのでしょうか?

これについては色々な意見があり、
一概にどちらと決め付けることは出来ません。
問題として考えられることは、
胃酸の殺菌力が低下することで、
腸炎のような症状が起こり易くなることと、
消化不良の原因になる可能性のあることで、
これらについては、
ある程度はそうした現象が存在することが確認されていて、
薬の効果とのバランスが、
処方する医師に求められるところです。
また、一部で右側の大腸の癌が、
発生し易くなるのでは、
という指摘をする研究者もいますが、
その結論はまだ出ていません。

もう1つの問題は、
プロトンポンプ阻害剤を飲んでいても、
不快な胸焼けのような症状が、
取れないケースがあることです。

この原因も様々ですが、
大きく分けると、何らかの原因で、
プロトンポンプ阻害剤の効果が不充分である場合と、
NABというちょっと特殊な現象が、
原因となっている場合とがあります。

まず、プロトンポンプ阻害剤が効き難くなる場合ですが、
この薬は腸で吸収されて効果を現すのですが、
胃の働きが悪く、胃の中に長く薬が留まっていると、
胃の中で分解されてしまい、
その効果が充分に出ないことがある、
という指摘があります。
胃食道逆流症のある方は、
概ね胃腸の働きも悪いことが多いので、
こうした事例は、
実際には結構多いと考えられるのです。
またこの薬は、胃酸の分泌刺激が高まった時に、
よく効くという性質があるので、
食後より食前に飲んだ方が効きが強く、
また1回で使うより、数回で分けた方が、
更にその効きは安定するのです。

この薬剤の発売当初には、
この薬は1日1回の使用で充分であり、
食事の前後でも、
あまり効果に変わりがないとされていたので、
使用法には気を遣わない医者が多く、
今でもそうした使用法が多くされているのですが、
実際にはもっと繊細な使い分けが、
必要な薬であるのです。

プロトンポンプ阻害剤には幾つかの種類がありますが、
その効果は全く同じではなく、
その方の体質によっても、
その効き方が違います。
これは薬の腸への届き易さと、
薬の分解のされ易さが、
その方の体質によって左右される部分があるからで、
ある薬剤に効果がなくても、
他の薬剤に変更すると、
効果が高まる場合も、
しばしば経験することです。

プロトンポンプ阻害剤の効かないもう1つの原因は、
NABという現象によるものです。

NABとは何でしょうか?

NAB(nocturnal gastric acid breakthrough )とは、
プロトンポンプ阻害剤による、
胃酸分泌抑制効果が、
夜間のみ効かなくなるという現象のことです。

定義としては、プロトンポンプ阻害剤が、
充分に使用されているのにも関わらず、
夜に1時間以上、胃の中のpHが4未満になる、
という現象を示しています。
pHが下がるのは酸性になることですから、
これは夜に1時間以上、
薬を飲んでいるのにも関わらず、
胃酸の出が強くなってしまうことを意味しています。
血液を測ってみると、
プロトンポンプ阻害剤の、
血液の濃度は高く保たれています。
つまり、理屈から言えば胃酸は抑えられる筈なのに、
実際には抑えられていないのです。

何故そんなことが起こるのでしょうか?

その原因は現時点では不明です。

ただ、1つ分かっていることは、
ピロリ菌が胃の中にいると、
そうした現象は起こり難い、
ということです。

ピロリ菌が陽性の方でも、
胃食道逆流症の方は存在します。
しかし、そうした方ではNABは起こることが少なく、
プロトンポンプ阻害剤は概ね良く効きます。

しかし、ピロリ菌が陰性であると、
高率にNABが起こるのです。
ある研究によると、
1日1回のプロトンポンプ阻害剤の使用では、
8割以上はNABが生じた、との報告もあります。

実際には重症の胃食道逆流症では、
主に夜に胃酸の逆流が起こります。
つまり、本来は夜の逆流こそ抑えられないといけない筈なのに、
その時間帯の逆流を、
プロトンポンプ阻害剤は抑えられない、
というジレンマがある訳です。

特に最近問題になるのは、
ピロリ菌の除菌をしたケースです。

胃食道逆流症のある人が、
ピロリ菌の除菌治療をすると、
その結果として胃酸の出は強くなります。
それだけならプロトンポンプ阻害剤を、
使用すればいいのですが、
NABを伴い悪化すると、
薬を飲んでいても、
逆流症は改善しない、
という悪循環に陥ります。

診療所では、胃食道逆流症の強い方には、
原則として特殊なケース以外は、
ピロリ菌の除菌は見合わせるようにしています。
除菌をすることが、却ってその方の症状を悪化させる、
という可能性が高いからです。

それでは、NABに対する、
有効な治療はないのでしょうか?

現在比較的多く用いられている方法は、
H2ブロッカーというタイプの薬剤を、
寝る前に服用する、という方法です。

H2ブロッカーは商品名ではガスターやタガメットが、
その代表で、プロトンポンプ阻害剤が出るまでは、
胃薬の花形であったのですが、
最近では軽症の胃潰瘍などにしか、
使用されなくなってきています。

しかし、これも不思議なことに、
夜間の胃酸を抑える作用は、
実はプロトンポンプ阻害剤より強力なのです。

従って、通常NABを伴う胃食道逆流症では、
朝と夕に2回に分け、それも食前にプロトンポンプ阻害剤を使用し、
寝る前にそれに追加して、
H2ブロッカーを使用するのが、
最も有効性の高い方法なのです。

ただ、この方法も2週間程度は確実に効果がありますが、
それ以上続けると、次第にその効果が減弱する、
という弱点があります。

従って、現時点で確実なNAB対策の決め手はないのです。

今日のポイントは2つで、
まずピロリ菌の除菌は、
胃食道逆流症のある方では、
慎重に行なう必要がある、
という点が1つ。
それから、プロトンポンプ阻害剤は万能な薬ではなく、
特に胃食道逆流症に対しては、
充分に効かない場合があり、
その時には使用法の変更や他の薬剤との併用も含めて、
よりきめ細かい対応が必要だ、
ということです。

今日は難治性の胃食道逆流症についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 8

iyashi

先日は色々とありがとうございました。

PPIやH2ブロッカーを服用していても胸やけが抑まらなかった患者さんが、フォイパンを服用して良化したという方が何人かいらっしゃいました。これはどういう理由からなのでしょうか?
by iyashi (2010-01-25 14:52) 

シロ

今日大学の健康診断を受けてくるようという手紙がきまして、近くの内科で診ていただきました
そして、新型ワクチンも打っていただきました
お腹も診ていただき、便秘と下痢になるのは漢方風邪薬のためで、正常な反応だそうです
アリーゼというのを処方していただき、昼ご飯の後飲んだら、すごく楽になりました
もとからお腹が弱いんですが、アリーゼはずっと飲んでも大丈夫ですか?
お腹が薬に頼ってしまい余計に弱くなることはありませんか?
by シロ (2010-01-25 18:12) 

fujiki

iyashi さんへ

コメントありがとうございます。
多分消化がよくなることによって、
プロトンポンプ阻害剤の吸収が高まることが、
主な理由ではないかと思います。

by fujiki (2010-01-25 20:43) 

fujiki

シロさんへ
コメントありがとうございます。
アリーゼは消化剤なので、
しばらく続けても、
特に問題はないと思います。
勿論お腹が弱くなることはありません。
by fujiki (2010-01-25 20:44) 

シロ

お返事ありがとうございます
しばらくとはどれくらいでしょうか?
自分は慢性的に胃が弱いので、何年も続けたりしたら危険なのでしょうか?
by シロ (2010-01-25 21:31) 

fujiki

シロさんへ
別に期間的なことは、
それほど気にしなくていいと思います。
何年も続けても、
大きな問題はないと思いますし、
良くなったと思ったら、
止めて様子を見てもいいと思います。
要はあまりそのことを考え過ぎないことの方が、
より大事なことです。
by fujiki (2010-01-26 06:20) 

masaki

やはり夜間寝ている時に、胃液が多く分泌される、ということがあるのですね。
自分も寝る前にPPI(タケプロン15mg錠)を飲んでも、翌朝の不快感解消に あまり効果がない実感でした。
NAB なのかも(?)という気がしています。
もし、そうなら リクライニングベッドにして、就寝中の胃液逆流を多少でも 防ぐのが、症状悪化を遅らせることに効果あり、と考えられるでしょうか?
更に言うと、睡眠時間が短め(極端にでなく)なのが、逆流時間が減少することになり、効果が期待できるのでしょうか?
by masaki (2013-05-11 21:36) 

fujiki

masakiさんへ
睡眠はしっかり取って頂いた方が、
良いのではないかと思います。
睡眠には多くの効能がありますから、
胃酸の出の抑制を優先する、
というのは本末転倒のように思います。
意外にH2ブロッカーの方が、
症状には効果的なケースもあるようです。
ご参考になれば幸いです。
by fujiki (2013-05-13 06:10) 

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