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タロットカードとミヲのいる喫茶店の話 [フィクション]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日も診療所は休みで、
家でのんびり過すつもりです。

今日の話もまたちょっとフィクションとしてお聞き下さい。

大学時代に演劇のサークルと共に、
マジックのサークルに入っていたのですが、
そこでの一番のイベントは、
大学祭でのマジック喫茶でした。

これは教室を一室借りて、
コーヒーやピザトーストなどを出す、
喫茶店を開き、
そこに来てくれた人に、
テーブルマジックを見せる、
というものでした。

まだ、ミスターマリックなども出て来る前のことで、
(彼は松尾昭さんというマニアで、
当時は通信販売のマジック教室などをやっていました)
テーブルマジックに興味を持つ人など、
あまりいません。

それでマジックだけでは詰まらなかろう、
という訳で、タロット占いを一緒にやりました。

これも当時はあまりやる人がいなかったのです。

辛島宣夫という人の書いた、
「タロット占いの秘密」という本があって、
それにタロットカードが一組付いて来ます。

僕はその本を適当に読んで、
何となく独学でタロット占いをやりました。

これが意外と好評で、
女の子は抜いたカードが当たったって、
コインが消えたって、特別の興味は示さないのですが、
占いに関しては興味津々で、
何の霊感もない僕などに、
真剣に恋の悩みを打ち明けて、
一緒にカードを混ぜ合わせたりしたのです。

ただ、ちょっと不思議なこともありました。

ミヲさん(仮名)は学部は違いましたが、
僕の同級生で、1年の時だけマジックのサークルに顔を出し、
それからいつの間にか姿を消しました。
色白で面長で、ちょっと古風な印象がありましたが、
口さがない友達の話では、
男関係は結構派手で、
ちょっと問題のありそうな男と、
複数の関係を同時に持っているのだ、
というような話でした。

彼女はタロット占いが趣味で、
1年の時のマジック喫茶では、
一緒にタロット占いをやりました。

マジック喫茶が終わった時、
彼女が「石原君、私も占って」
と言うので、僕はちょっと緊張しました。
僕のタロットなんて、はっきり言って口から出まかせで、
カードの意味も、
全部なんて覚えていません。

タロットカードには全部で78枚のカードがあり、
そのうちの22枚が絵だけのカードで、
これを「大アルカナ」と呼びます。
残りの56枚は「小アルカナ」と言って、
後のトランプの元になった、
数字の入ったカードです。
通常簡単なタロット占いは、
22枚の「大アルカナ」だけを使います。
それはまあ、覚えるのが簡単だからですね。

しかし、僕ははったりでもないのでしょうが、
必ず78枚全部のカードを使い、
その意味が全部分かっているかの如くに、
占いをします。
でも、分かっているカードは少数なので、
分からない時は、まあ、口から出まかせで誤魔化すのです。

そんな具合だったので、
タロットのイロハを知っている人には、
僕のデタラメがバレてしまうのです。

でも、言われた以上断わる訳にはいきません。

僕は内心の動揺を隠しつつ、
ミヲさんの運勢を占いました。
「何を占おうか?」
と僕が聞くと、
「恋愛運」とミヲさんは即答です。

それでカードを並べて表に返すと、
最終の位置に「塔」のカードが反対向きになっていて、
どうもあまり良い兆しはありません。
ミヲさん自身そのことは当然分かったと思うのですが、
僕は「色々と苦難は予想されるけれど、
乗り越えられる兆しは見える」
みたいな何にでも当て嵌まる適当な話をしました。

ミヲさんは何かひどく真剣な面持ちで、
そのカードを見詰めていました。
それから、呟くように、
「そうね。それしかないのね」
と言いました。

それから打ち上げがあり、
別に彼女も普通に参加したと思うのですが、
それから間もなく、彼女の姿はキャンパスから消えました。

彼女と再会したのは、
5年後のことです。

その年は僕は勉強そっちのけで、
演劇にのめり込んでいて、
ただ、学生演劇では何か満たされないものを感じ、
地元の社会人の劇団が、
公演のお手伝いを募集している、
という話を聞いて、そこに加わることにしたのです。
仕事をしながら、演劇をしているというのは、
一体どんな雰囲気なのだろう、
ということに、ちょっと興味を感じたためでした。

その初練習に参加して、
そこに演出補佐のような立場で、
ミヲさんが参加しているのを見て、
僕は正直驚きました。

その日は彼女に話し掛けることは出来ず、
数日後の日曜日の練習の時に、
ようやく僕は彼女と話をする機会を得ました。

「実はね石原君」
彼女は言いました。
「去年まで2年間、九州の病院に私入院していたの」
「何の病気?」
「心の病気」
あまりにあっさり言われたので、
僕には返す言葉がありませんでした。
「復学したんだけど、多分石原君と一緒の卒業になりそうね」

それから公演が終わり、その打ち上げの時に、
またしばらく彼女と隣合わせになりました。

「あの時のタロットカード、覚えてる?」
彼女はまた唐突に言いました。
「えっ?」
「大学祭の時に一度だけ私を占ってくれたじゃない」
「うん。覚えてる」
「凄い占いだったわ。あそこに私の人生の全てが出ていたの」
「まさか」
「恋愛運って言ったでしょ。あれは嘘だったの。
本当は人生に疲れてて、これから生きていても、
意味があるかどうかを知りたかったの。
そう思いながら、一緒にカードを混ぜたのよ」
「そう…」
「石原君、ひどいこと言ったのよ。
もう当分、あなたにいい出会いはありません、って」
「まさか。僕はそんなことは言ってないよ」
僕の記憶の中では、間違いなくそれが真実でした。

それからも僕達は話をして、
それから最後にミヲさんは、
「今度もう一度タロットをやって欲しいの」
と言いました。
彼女は喫茶店でバイトをしていて、
そこに月曜日の夜に来て欲しい、と言うのです。
気のせいかその時の彼女の顔は、
とても真剣なものに思えました。

僕は悩んだものの、結局は翌日彼女のいるという、
喫茶店に行くことにしました。
バックの中にはいつものタロットカードが入れられています。
行く前に一応辛島先生の本を読み直し、
特に良い意味のカードのことを、
集中的に暗記しました。

その喫茶店は一車線の国道沿いにありました。
大学のキャンパスから、
歩いて5分くらいの位置です。

意を決した気分で、
その薄汚れた喫茶店の木のドアを押し開けると、
お客さんの姿は狭い店内にはありません。
でも、何か様子が違います。

「いらっしゃい」と男の声がして、
何か如何にも世慣れた感じの、
金髪のアンちゃんが姿を現わします。
当惑した僕が「あの…」と口籠ると、
「あら石原君」とカウンターの向こうから声がして、
ミヲさんが姿を見せました。
「何しに来たの」とでも言いたげな態度に、
僕のテンションはガクッと下がります。

「ああ、シンちゃん、この人私の友達なの。
タロットが上手いのよ。占ってもらえば」

そんな訳で、僕はミヲさんの淹れたコーヒーを飲み、
「シンちゃん」の「仕事運」を占って、
15分ほどで店を後にしました。
シンちゃんは見た目ほど悪い男ではなさそうでしたが、
ミヲさんは以前と同じように、
綱渡り的な男関係を続けているようにも、
僕は思いました。

その後僕はミヲさんに会ったことはありません。

彼女がどのような闇を抱えていたのか、
僕には分かりません。
その闇に光を当てようなどという、
おこがましい思いがあった訳ではありませんが、
彼女に良い風を送ることが出来れば、
くらいのことは考えてはいました。
でも結局彼女のタロットを、
僕はもう一度することはありませんでした。

最近はタロットカードを手にすることも滅多にありませんが、
同じようなことをしているような思いもあります。

ただ、以前のようにカードの意味もしっかり覚えずに、
いい加減なことだけは言わないように、
日々勉強だけは続けたいとは思って仕事をしています。

今日はタロットカードを巡るちょっとした昔話でした。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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カヲル

先生こんばんは。あけましておめでとうございます。

私も一時期タロットカードやりました。
単にカードの絵が気に入ったという理由で買ったのがきっかけです。

私は先生とは逆に一番簡単な方法だけ覚えました。
(それしか覚えられなかったんですけど・・・)

で、職場の人を占ってみたら・・これがものすごく当たったんです。
何にもリサーチしてないのに家族に不幸があったとか・・

以来怖くなったのでやめちゃいました。
タロットって当たるんですね。

でも思うにミヲさんは・・先生の占いを生きちゃっただけなんじゃ
ないでしょうか。
占いってコワイと思います。
by カヲル (2010-01-12 01:05) 

fujiki

カヲルさんへ
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

そうですね。
ちょっと踏み込んでは言い難いのですが、
人間は多分そのようにして生きているのだと思います。

by fujiki (2010-01-12 06:25) 

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