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松尾スズキ「ニンゲン御破算」(2018年上演版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ニンゲン御破算.jpg
2003年に先代勘九郎が主演した舞台を、
キャストを大幅に入れ替えて15年ぶりに再演した、
松尾スズキさんの異色時代劇「ニンゲン御破算」を観て来ました。

これは初演も勿論観ています。
2000年にコクーンで上演した「キレイ」が大傑作で、
興行的にも成功を収めたので、
その第二弾のプロデュース公演として、
鳴り物入りで上演されたものです。

当時は小劇場の作家が歌舞伎に参入するのが、
ある種の流行りでもありましたから、
これは松尾さんなりの新作歌舞伎と考えても、
そう誤りではないと思います。

ただ、初演ははっきり言えば大失敗で、
何より勘九郎さんはどう見ても松尾さんの作品には合っておらず、
他の大人計画のメンバーとも水と油の感じで、
大御所歌舞伎役者の舞台上での空回りぶりが、
とても痛々しく感じられるような無残な公演でした。

内容的にも主人公の戯作者の
「書くことが思いつかない」という嘆きが、
作者の松尾さん自身の私的な苦悩を幼稚に吐露しているようで、
2幕の終わりなどうんざりする気分になってしまいました。

今回の久しぶりの再演は、
松尾さん自身初演の出来映えに納得がいかなかったのかな、
というようにも思いますし、
一方でコクーンで上演する松尾さんの作品が、
タネギレになって苦し紛れに持ち出して来たのかな、
と思わなくもありません。

ただ、今回の再演はなかなかの出来映えで、
これはもう間違いなく初演を超えていますし、
松尾スズキ版の新作歌舞伎として、
野田秀樹さんや三谷幸喜さん、
串田和美さんの仕事と比較しても、
遜色のない水準に仕上がっていたと思います。

松尾さん、意外にやるじゃん、
という感じです。
(分をわきまえない発言お許し下さい)

これは主人公の善悪も性別も貴賤も、
あらゆる規範を無視したような怪物的な役者で戯作者が、
虚実ないまぜの幕末から明治に至る自身の人生を語り、
それに鶴屋南北と河竹黙阿弥という江戸末期の希代の戯作者が、
突っ込みを入れるという趣向の新作歌舞伎で、
生演奏あり本水の立ち回りあり残酷見世物ありと、
歌舞伎の趣向を現代的にアレンジして繰り広げられた、
松尾スズキ版幕末武勇伝です。

発想は抜群ですよね。

これは初演は実際の大看板の勘九郎さんが主役を演じ、
そこに南北役の松尾スズキさんと、
黙阿弥役の宮藤官九郎さんという、
こちらも当代を代表する戯作者が突っ込みを入れるというキャストなので、
それだけ聞けばとても面白そうです。
ただ、前述のように初演では、
勘九郎さんの中途半端な芝居が空回りして、
松尾さん達と全くかみ合っていない大失敗に終わりました。

今回の再演では主役を阿部サダヲさんが演じ、
松尾スズキさんとノゾエ征爾さんが突っ込みを入れる、
という感じになっていて、
正直ノゾエさんの役はクドカンにして欲しかったと思いますが、
座組的にもう松尾さんとクドカンは、
共演は難しいのでしょうから仕方がありません。
いずれにしても今回の3人は呼吸はピッタリですから、
3人のやり取りだけでもとても楽しく、
作品の面白さが、
初演よりずっとしっかりと伝わったのは、
意義のある再演であったと思います。

初演で阿部サダヲさんと吹越満さんが演じたマタギの兄弟を、
今回は荒川良々さんと岡田将生さんが演じていて、
これも初演よりスケールアップして作品をがっちり固めていました。

初演のヒロインの田畑智子さんは、
色々事情もあってのことなのでしょうが、
お元気が不足していて今一つでしたが、
今回は見た目はほぼ同一でも、
元気は5割増しくらいの多部未華子さんが頑張っているので、
この点でも今回が上でした。
それ以外のキャストは地味目なのですが、
品川宿の婆役の平田敦子さんや、
主人公の母親役の家納ジュンコさんの熱演が楽しく、
トータルにはとてもバランスの取れた、
素敵な座組でした。

作品的にも今回すっきりとした構成と演出で、
改めて見直してみると、
松尾さんが非常に歌舞伎を研究してこの作品を書いたことが分かり、
やや穏当に走っている点がらしくはないものの、
松尾さんの裏代表作の1つと言っても、
言い過ぎではないように感じました。

これね、たとえば主人公の祝言で、
花嫁行列や仏壇がぞろぞろ入って来て、
それから悲劇が起こるというところとか、
南北の芝居のお馴染みの趣向の1つなんですよね。
宿屋の左右の部屋で密談をするところとかも、
これも南北劇でよくある場面なんです。
黙阿弥めいた偶然が交錯する構成もあったり、
とても歌舞伎を勉強して書かれているのです。
それから地下にヒロインを招くところで、
「オペラ座の怪人」を使ったり、
旅芸人の一座と穴掘りを用意して「ハムレット」の趣向にしたり、
色々な演劇手法を貪欲に取り入れて、
それを1つの世界に綺麗に落とし込んでいるでしょ。
なかなかの手腕だと感心しました。

そんな訳でそれほど期待をせずに足を運んだのですが、
久しぶりに松尾さんの世界を堪能して、
充実した気分に浸ることが出来たのです。

なかなかお勧めです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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