「スリー・ビルボード」 [映画]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は日曜日でクリニックは休診です。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
僕の大好きなマーティン・マクドナー監督の新作、
「スリー・ビルボード」を観て来ました。
これは傑作です。
脚本が練り上げられていて抜群の完成度ですし、
役者も皆とても味のある良い芝居をしています。
演出もとてもオーソドックスで安定感があり、
草の匂いが感じられるような、
空気感のある映像もとても美しいのです。
ルネ・ルレミングの「夏の名残の薔薇」で始まる音楽も、
新旧織り交ぜオリジナルも入れて、
とても良い感じです。
要するにほぼケチの付けようがありません。
コーエン兄弟の犯罪映画に近い雰囲気ですが、
コーエン兄弟のような晦渋さや臭みがありませんし、
フィクションと現実を強引に結びつけようとする腕力の若さが、
コーエン兄弟にはない魅力です。
クリント・イーストウッドも描きそうな世界ですが、
その視点はもっとニュートラルで党派性はない一方で、
とてもシニカルで独特で深いのです。
「泣ける」映画のような涙とは無縁ですが、
心が吠えるような感動があります。
今年これまでに観た映画の中で、
ベストであることは間違いありませんし、
まだ2月ですが、
年末の今年のベスト5に入れることも、
もう決定したと言って良い感じです。
マクドナーはアイルランド出身の劇作家で、
その後最近になって映画監督としてもキャリアを重ねています。
僕にとっては長塚圭史さんが演出した「ウィー・トーマス」が衝撃的でした。
その後「ピローマン」、「ウィニシュマン島のビリー」、
「ビューティ・クイーン・オブ・リナーン」などの作品を観て、
そのブラックで切なくて残酷な、
それでいて理知的で完成度の高い世界に魅了されました。
今回の作品はマクドナーの演劇畑の作品とは、
また肌合いの違う感じのものになっています。
つまり、演劇から映画に転向した多くの作家とは違って、
映画はしっかりと映画になっていて、
中途半端な演劇臭はないのです。
ただ、それでもマクドナーならではの、
シニカルで意地悪で観客の心理を翻弄するような感じや、
人間に対する深く独特な洞察力は同じで、
凡百のドラマにはない切ない感動が観客の心を揺さぶるのです。
この映画はなるべく予備知識などない方が良いので、
あまりネタバレは避けたいのですが、
最初のとっかかりの部分のみお話すると、
まだ多くの偏見の残るアメリカ南部の田舎町で、
少女がレイプの上焼き殺されるという無残な事件が起こり、
犯人が逮捕されないことに業を煮やしたその母親が、
事件のあった場所近くの看板(ビルボード)に、
警察署長の怠慢を告発する広告を出す、
ということころから物語は始まります。
その広告が村に大きな波紋を呼び…
という展開になると、
観客はこれは被害者の母親が、
警察の理不尽な権力と戦うという話なのか、
と当然そんな風に思うのですが、
悪玉である筈の名指しされた警察署長というのが、
人格者として皆に慕われている人物である上に、
末期の膵臓癌で余命幾ばくもないということが分かり、
主人公の母親自体にも、
常軌を逸っしたところが沢山ある、
ということが分かってくると、
一体何を信じて何を指標としたら良いのか、
混沌とした気分の中に観客は投げ込まれます。
地方のメディアが登場しますが、
その時の空気に支配された報道を繰り返すだけで、
何の尺度にもなってはくれません。
後半に至るまで、
「えっ?」というような展開が続き、
とてもこれでは納得出来るような着地はあり得ない、
というように思えたところで、
意外な人物が事件の中心に浮上して、
一気に物語はラストに向けて加速するのです。
そして、とても印象的なラストでは、
最初には想像も付かなかった組み合わせの一組の男女が、
1台の車で旅に出て、
その車には一丁のライフル銃が載っているのです。
男と女に銃が一丁というのは、
これはもうかつてのハリウッド映画に定番の設定ですし、
それが意味するものは重く切なく、
そして意外なほどに現代的でもあるのです。
観客の心を揺さぶり想像力をかき立てる、
素晴らしいラストだったと思います。
ともかく観終わった瞬間、
見知らぬ誰かと朝まで語り尽くしたくなるような、
素晴らしい映画で、
一般受けはしないかも知れないので、
ロードショーは短期間で終わってしまうかも知れません。
是非是非映画館でご覧になることをお薦めします。
本当の本物です。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は日曜日でクリニックは休診です。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
僕の大好きなマーティン・マクドナー監督の新作、
「スリー・ビルボード」を観て来ました。
これは傑作です。
脚本が練り上げられていて抜群の完成度ですし、
役者も皆とても味のある良い芝居をしています。
演出もとてもオーソドックスで安定感があり、
草の匂いが感じられるような、
空気感のある映像もとても美しいのです。
ルネ・ルレミングの「夏の名残の薔薇」で始まる音楽も、
新旧織り交ぜオリジナルも入れて、
とても良い感じです。
要するにほぼケチの付けようがありません。
コーエン兄弟の犯罪映画に近い雰囲気ですが、
コーエン兄弟のような晦渋さや臭みがありませんし、
フィクションと現実を強引に結びつけようとする腕力の若さが、
コーエン兄弟にはない魅力です。
クリント・イーストウッドも描きそうな世界ですが、
その視点はもっとニュートラルで党派性はない一方で、
とてもシニカルで独特で深いのです。
「泣ける」映画のような涙とは無縁ですが、
心が吠えるような感動があります。
今年これまでに観た映画の中で、
ベストであることは間違いありませんし、
まだ2月ですが、
年末の今年のベスト5に入れることも、
もう決定したと言って良い感じです。
マクドナーはアイルランド出身の劇作家で、
その後最近になって映画監督としてもキャリアを重ねています。
僕にとっては長塚圭史さんが演出した「ウィー・トーマス」が衝撃的でした。
その後「ピローマン」、「ウィニシュマン島のビリー」、
「ビューティ・クイーン・オブ・リナーン」などの作品を観て、
そのブラックで切なくて残酷な、
それでいて理知的で完成度の高い世界に魅了されました。
今回の作品はマクドナーの演劇畑の作品とは、
また肌合いの違う感じのものになっています。
つまり、演劇から映画に転向した多くの作家とは違って、
映画はしっかりと映画になっていて、
中途半端な演劇臭はないのです。
ただ、それでもマクドナーならではの、
シニカルで意地悪で観客の心理を翻弄するような感じや、
人間に対する深く独特な洞察力は同じで、
凡百のドラマにはない切ない感動が観客の心を揺さぶるのです。
この映画はなるべく予備知識などない方が良いので、
あまりネタバレは避けたいのですが、
最初のとっかかりの部分のみお話すると、
まだ多くの偏見の残るアメリカ南部の田舎町で、
少女がレイプの上焼き殺されるという無残な事件が起こり、
犯人が逮捕されないことに業を煮やしたその母親が、
事件のあった場所近くの看板(ビルボード)に、
警察署長の怠慢を告発する広告を出す、
ということころから物語は始まります。
その広告が村に大きな波紋を呼び…
という展開になると、
観客はこれは被害者の母親が、
警察の理不尽な権力と戦うという話なのか、
と当然そんな風に思うのですが、
悪玉である筈の名指しされた警察署長というのが、
人格者として皆に慕われている人物である上に、
末期の膵臓癌で余命幾ばくもないということが分かり、
主人公の母親自体にも、
常軌を逸っしたところが沢山ある、
ということが分かってくると、
一体何を信じて何を指標としたら良いのか、
混沌とした気分の中に観客は投げ込まれます。
地方のメディアが登場しますが、
その時の空気に支配された報道を繰り返すだけで、
何の尺度にもなってはくれません。
後半に至るまで、
「えっ?」というような展開が続き、
とてもこれでは納得出来るような着地はあり得ない、
というように思えたところで、
意外な人物が事件の中心に浮上して、
一気に物語はラストに向けて加速するのです。
そして、とても印象的なラストでは、
最初には想像も付かなかった組み合わせの一組の男女が、
1台の車で旅に出て、
その車には一丁のライフル銃が載っているのです。
男と女に銃が一丁というのは、
これはもうかつてのハリウッド映画に定番の設定ですし、
それが意味するものは重く切なく、
そして意外なほどに現代的でもあるのです。
観客の心を揺さぶり想像力をかき立てる、
素晴らしいラストだったと思います。
ともかく観終わった瞬間、
見知らぬ誰かと朝まで語り尽くしたくなるような、
素晴らしい映画で、
一般受けはしないかも知れないので、
ロードショーは短期間で終わってしまうかも知れません。
是非是非映画館でご覧になることをお薦めします。
本当の本物です。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
2018-02-04 08:47
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コメント(1)
先生こんにちは。
やっとやっとやっと観ました昨夜、
何度も観逃し、いくつも巡回された二番館の最終日に。
映画館から出たくなかったです、自分の中で余韻がすごくて。
結局、地下鉄には乗らず1時間以上かけてゆっくり歩いて帰りました。
酷い世の中、最悪な人生、同情できても共感はできない主人公。
暗澹たる気持ちで途中まで観てましたよ、でもね。
でも。でもやっぱり。
それでも何か、どうしても、
人を信じたい、人生は生きるに値すると思いたい、
そう考えさせてくれる力のある作品でした。
好き嫌いはあると思います、癖強いし、暴力的だし。
知り合いも、ピンと来ないと言ってましたし。
でも私は、この映画を観ることを選択した自分を誉めたい。
先生のこのレビューも大いに参考になりました、有難うございました。
by midori (2018-07-28 18:12)