西川美和「永い言い訳」 [映画]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は日曜日でクリニックは休診です。
床屋さんに行くのと、
午後はマリインスキー・オペラの「エフゲニー・オネーギン」を聴きに行く予定です。
日曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
熱烈なファンの多い映画監督西川美和さんが、
自作の小説を映画化した待望の新作が、
今週から封切り公開されています。
原作を読んでから映画を観ました。
基本的には原作通りの映画になっているのですが、
小説版の不自然な部分が上手く修正されている上に、
密度も濃くより感性に訴える作品になっていて、
間違いなく映画の方が出来が良いと思います。
西川さんは矢張り本質的に小説家ではなく、
映画作家なのだな、と感じました。
ただ、内容はあまり僕好みではなくて、
今回は師匠格の是枝裕和監督作品に、
非常に似ているという感じもあり、
良い日本映画になっているのは間違いがないのですが、
何となく釈然としなかったことも事実です。
以下少しネタバレを含む感想です。
主人公は本木雅弘演じるそこそこ売れっ子の小説家で、
彼には深津絵里演じる美容院経営のやり手の妻がいるのですが、
夫は妻を人生のパートナーとは認めていても、
愛情のある関係ではなく、
子供も不要と考えてそうしたコミュニケーションも取っていません。
妻は出版社を退職して売れない時代の夫を、
小説家として身を立てるように支えて来たのですが、
夫はそれをある意味鬱陶しいものと考えて、
手近な編集者の女性と不倫しています。
それが、友人と2人のバス旅行の最中、
妻はバス事故で不慮の死を遂げます。
夫は不倫の最中にその報を受けるので、
非常な疚しさと不快感を覚えるのですが、
その一方で妻が死んだこと自体には、
これといった感情を持つことが出来ません。
しかし、実際には妻の死後、夫の生活は荒れ、
小説も書けなくなってしまいます。
そんな中で、妻と一緒に行って同じように死去した、
看護師の女性の家族と、
ふとしたことから主人公は交流するようになります。
看護師の夫は荒くれのトラック運転手で、
5歳と11歳の2人の子供がいます。
名門中学受験を目指していた兄が、
母親の死で塾通いをあきらめているのを知った主人公は、
全く無関係のその家の、
家政婦役を買って出ることになります。
変わり者の小説家と、
直情型のトラック運転手の一家との、
奇妙で微笑ましい交流が続くのですが、
トラック運転手に興味を示す女性が出現することにより、
感情の対立が起こって、
その「楽園」はもろくも崩れてしまいます。
しかし、その後に救いがあって、
主人公は書く事で亡き妻との関係を、
再認識することに成功し、
妻とと生活を私小説的に綴った、
小説を完成させることになります。
妻を失ったことの意味を本当に意味で理解していない主人公が、
他者との関わりによって、自分の中の空洞を埋め、
精神的に再生することに成功する、
という古典的なドラマで、
如何にも日本映画という素材です。
西川さん自身の原作小説の映画化で、
ストーリーはほぼ原作通りなのですが、
後半のかなり突飛な感じのする「事件」を、
穏当なものに変えているのと、
主人公が自分の不倫を告白する相手を、
これもより身近な人物に変えているのが、
主な違いです。
後原作ではラストに主人公は泣くのですが、
映画では泣きません。
内容的には、
書けなくなった小説家が、
また書けるようになればそれが素晴らしいことで、
全ては解決なのか、
という辺りが、
個人的な屈折した感情もあるので、
素直に飲み込める感じではありませんでした。
ただ、映像も美しく、繊細な心理描写も丁寧に描かれています。
キャストは皆好演で、
主役の本木さんのストーリーと共に変化する様子も良いですし、
トラック運転手の竹原ピストルさんが意表を突くキャストですが、
ピッタリとしたイメージ通りの芝居で、
2人の子役と共に作品の骨格の部分を支えていました。
僕は西川監督は「ゆれる」が大好きで、
出来ればああした感じの作品が、
また観られると嬉しいな、というようには思うのですが、
今回の監督らしい繊細で優れた日本映画で、
静かに没入出来る感じの作品に仕上がっていたと思います。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日ををお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
下記書籍予約受付中です。
よろしくお願いします。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は日曜日でクリニックは休診です。
床屋さんに行くのと、
午後はマリインスキー・オペラの「エフゲニー・オネーギン」を聴きに行く予定です。
日曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
熱烈なファンの多い映画監督西川美和さんが、
自作の小説を映画化した待望の新作が、
今週から封切り公開されています。
原作を読んでから映画を観ました。
基本的には原作通りの映画になっているのですが、
小説版の不自然な部分が上手く修正されている上に、
密度も濃くより感性に訴える作品になっていて、
間違いなく映画の方が出来が良いと思います。
西川さんは矢張り本質的に小説家ではなく、
映画作家なのだな、と感じました。
ただ、内容はあまり僕好みではなくて、
今回は師匠格の是枝裕和監督作品に、
非常に似ているという感じもあり、
良い日本映画になっているのは間違いがないのですが、
何となく釈然としなかったことも事実です。
以下少しネタバレを含む感想です。
主人公は本木雅弘演じるそこそこ売れっ子の小説家で、
彼には深津絵里演じる美容院経営のやり手の妻がいるのですが、
夫は妻を人生のパートナーとは認めていても、
愛情のある関係ではなく、
子供も不要と考えてそうしたコミュニケーションも取っていません。
妻は出版社を退職して売れない時代の夫を、
小説家として身を立てるように支えて来たのですが、
夫はそれをある意味鬱陶しいものと考えて、
手近な編集者の女性と不倫しています。
それが、友人と2人のバス旅行の最中、
妻はバス事故で不慮の死を遂げます。
夫は不倫の最中にその報を受けるので、
非常な疚しさと不快感を覚えるのですが、
その一方で妻が死んだこと自体には、
これといった感情を持つことが出来ません。
しかし、実際には妻の死後、夫の生活は荒れ、
小説も書けなくなってしまいます。
そんな中で、妻と一緒に行って同じように死去した、
看護師の女性の家族と、
ふとしたことから主人公は交流するようになります。
看護師の夫は荒くれのトラック運転手で、
5歳と11歳の2人の子供がいます。
名門中学受験を目指していた兄が、
母親の死で塾通いをあきらめているのを知った主人公は、
全く無関係のその家の、
家政婦役を買って出ることになります。
変わり者の小説家と、
直情型のトラック運転手の一家との、
奇妙で微笑ましい交流が続くのですが、
トラック運転手に興味を示す女性が出現することにより、
感情の対立が起こって、
その「楽園」はもろくも崩れてしまいます。
しかし、その後に救いがあって、
主人公は書く事で亡き妻との関係を、
再認識することに成功し、
妻とと生活を私小説的に綴った、
小説を完成させることになります。
妻を失ったことの意味を本当に意味で理解していない主人公が、
他者との関わりによって、自分の中の空洞を埋め、
精神的に再生することに成功する、
という古典的なドラマで、
如何にも日本映画という素材です。
西川さん自身の原作小説の映画化で、
ストーリーはほぼ原作通りなのですが、
後半のかなり突飛な感じのする「事件」を、
穏当なものに変えているのと、
主人公が自分の不倫を告白する相手を、
これもより身近な人物に変えているのが、
主な違いです。
後原作ではラストに主人公は泣くのですが、
映画では泣きません。
内容的には、
書けなくなった小説家が、
また書けるようになればそれが素晴らしいことで、
全ては解決なのか、
という辺りが、
個人的な屈折した感情もあるので、
素直に飲み込める感じではありませんでした。
ただ、映像も美しく、繊細な心理描写も丁寧に描かれています。
キャストは皆好演で、
主役の本木さんのストーリーと共に変化する様子も良いですし、
トラック運転手の竹原ピストルさんが意表を突くキャストですが、
ピッタリとしたイメージ通りの芝居で、
2人の子役と共に作品の骨格の部分を支えていました。
僕は西川監督は「ゆれる」が大好きで、
出来ればああした感じの作品が、
また観られると嬉しいな、というようには思うのですが、
今回の監督らしい繊細で優れた日本映画で、
静かに没入出来る感じの作品に仕上がっていたと思います。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日ををお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
下記書籍予約受付中です。
よろしくお願いします。
誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ
- 作者: 石原藤樹
- 出版社/メーカー: 総合医学社
- 発売日: 2016/10/28
- メディア: 単行本
2016-10-16 08:27
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先生こんにちは。
私も昨日、観てきました。
今のところ、正直、わかりません、この映画の評価。
私は西川美和ファンなので、
新作は映画といわず本といわず手ぐすね引いて待っており、
本も出たばかりの1年半以上も前に読みました。
読み始めはどうかと思ったのですが、
だんだん惹き込まれ、ボロ泣きし、傑作だ、と思いました。
直木賞候補になったのも当然と思ったし、
獲れなかったのも審査員の無能と思いました。
だから、映画化の話を聞いて、期待していました。し過ぎていました。
1年半も前に一度だけ読んだ本。
強烈なイメージはあっても、細かいところはうろ覚えです。
でも全体像は掴んでいるので、冒頭に思いました。
「悪いけど、後片付けお願いね」
「・・・そのつもりだけど?」
冷めた夫婦の最後の会話。
妻は夫に呪いを掛けたな、とっさに思いました。
これからの長い永い年月、あなたは私(の残した、物や思い。への、あなたの思い)の後片付けをし続けるのよ、一生ね。
ラスト近く、
手嶌葵の『オンブラ・マイ・フ』の静謐な歌声をバックに、
主人公が山間の単線電車の中で手帳に殴り書きをします。
「人生は、他者だ」。
歪んだ自己愛の塊だったような主人公に
いろんなことがあり、様々な思いが交錯し、そのうえで行き着いた
その言葉には、観ていてやはり感極まるものがありました。
主人公はペシャンコになりました。
そして、再生。
・・・したでしょうか。
ラストの、贅肉が落ちた身体で、すっきり片付いている部屋の片付けをしている男。
「まだ片付けをしている」私はそう思いました。呪いは、解けない。
本にあった、
「愛するべき日々に愛することを怠ったことの代償は小さくない」
という言葉を思い出しました。
わかりません。
でも昨日観てからずっと、
自分の気持ちといわず身体といわず余韻が残っているので、
やはり傑作と感じているのかもしれません、無意識では。
キツくて苦しいのだけれど、その痛みにちょっと恍惚感もあり、かな。
単行本とは別に、映画化にあたり出版された文庫本を買っていました。
当初は映画の前に、と思いながら読めず、
では映画を観たら、と思っていましたが、
もう一度観てから読もうか、今は迷っています。
大変長くなり申し訳ありません。
ここまで書かせるのは駄作ではない証ですね。
いろんな人に観てもらっていろんなことを考えてほしい映画です。
by midori (2016-10-17 12:33)
midoriさんへ
原作には亡くなった奥さんへの呼びかけが、
後半にあるので納得出来るのですが、
映画はそうした部分がなく、
最後は主人公の人生のリセットみたいにも思えるので、
それでモヤモヤするのかな、
とも思いました。
でも、ラストに泣かないのも、
間違いなく意図的な変更なので、
もっと違うニュアンスが隠れているのかな、
とも思いました。
by fujiki (2016-10-17 15:38)