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チェルノブイリ原発事故後甲状腺癌の長期予後について [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
チェルノブイリ後25年の甲状腺癌の予後.jpg
今年の4月のJ Clin Endocrin Metab誌に掲載された、
チェルノブイリ原発事故後の小児甲状腺癌の、
長期予後についての文献です。

ドイツとベラルーシの研究者による論文で、
主にベラルーシで甲状腺の手術を受け、
その後ドイツで放射性ヨードによるアブレーションの治療を受けた、
トータル234名の患者さんが対象となっています。

1986年のチェルノブイリの原発事故後に、
事故当時お子さんであった年齢の方に、
放射性ヨードが原因と思われる、
分化型甲状腺癌の増加が起こりました。

その殆どは甲状腺乳頭癌というタイプのもので、
それ以外に少数の濾胞癌が含まれています。

原発事故後約5年からその増加は始まり、
チェルノブイリ周辺地域において、
1991年から2005年の間に、
5127例の14歳以下の甲状腺癌が診断されました。

1995年までの統計で、
周辺地域の10歳以下発症の分化型甲状腺癌は、
年間人口100万人当たり40人の頻度となり、
これはアメリカの同種の統計の8から40倍に達しました。

今回対象となっているのは、
ベラルーシで診断された小児及び思春期の甲状腺癌で、
放射線誘発癌の可能性が高く、
診断の時点で周辺の組織への侵潤があったり、
リンパ節や他の臓器への転移のあった、
進行癌の事例です。
こうした進行した甲状腺癌の標準的な治療は、
甲状腺を全て切除し、
その後に大量の放射性ヨードを投与して、
全身の甲状腺由来の組織を、
根こそぎ死滅させる、
放射性ヨードのアブレーションという手技を行なうことです。

日本の場合、
局所の浸潤や周辺のリンパ腺の転移に留まるものは、
放射性ヨードのアブレーションは、
行なわないことが多いのですが、
欧米ではアブレーションをセットで行なうのが、
現行のスタンダードです。

この標準治療を受けた小児及び思春期甲状腺癌の患者さん、
トータル234名の予後を、
今回の文献では平均で11.3年の経過観察を行なっています。

チェルノブイリ事故時の年齢は平均で1.6歳、
最も年長で10.9歳で、
手術時の年齢は平均で12.4歳です。
組織は甲状腺乳頭癌が99.1%で、
残りの2例のみが濾胞癌です。

その結果…

234名中229名の患者さんの追跡を行ない、
64.2%に当たる147名は完全寛解となっています。
これは観察期間において、
再発はなく甲状腺組織の残存が、
検査上認められていないケースです。
具体的にはヨードシンチでヨードの取り込みがなく、
TSHで刺激して測定したサイログロブリンの数値が、
感度以下のものです。
残りのうち30.1%に当たる69例は、
シンチの取り込みはないものの、
サイログロブリンの数値が測定可能なものです。
これは臨床的には寛解と変わりはありません。
4.8%に当たる11例は、
シンチの取り込みのある組織は存在するけれど、
悪化の傾向なく推移しているもので、
0.9%に当たる2例のみが再発の事例です。
再発事例には再度のヨード治療が行なわれています。

観察期間中、甲状腺癌に起因する死亡事例はありません。

ただ、5例の患者さんに放射線障害に由来する、
肺線維症が発症し、
そのために1例の患者さんが亡くなっています。

これは多発肺転移のある患者さんの場合、
その転移巣に放射性ヨードが大量に取り込まれるため、
周辺組織を障害して発症したものと考えられます。
多発転移の患者さんが69名で、
そのうちの7.2%に肺線維症が起こっています。

放射性ヨードによる二次発癌は、
観察期間中には発症していません。
ただ、これはまだ観察期間が10年程度ですから、
今後更に長期の経過を見ないと、
起こらないとは言い切れません。

このように、チェルノブイリの後の甲状腺癌の予後は、
標準治療後には進行癌であっても非常に良好です。

特に全身に多発転移のあるような患者さんでは、
複数回の放射性ヨード治療が奏功しています。
これは放射線によらない成人の同種の事例と比較すると、
明らかに良好な治療反応性です。
ただ、それが単純に年齢による相違なのか、
放射線誘発性の小児甲状腺癌自体の特徴であるのかは、
明確ではありません。

肺転移のある事例では、
放射性ヨード治療後の肺線維症が、
合併症として問題となります。
これは肺転移が多発していなければ、
問題にはならないので、
早期診断が重要だ、ということになります。

この文献の最初と最後には福島原発事故が触れられていて、
チェルノブイリと比較すると被ばく線量は少なく、
事故後の対応も食品や乳製品の管理など、
より迅速であったので、
その影響はより軽微に留まる可能性が高く、
その後の甲状腺のスクリーニングにより、
仮に同様の甲状腺癌の増加が出現するとしても、
より早期に発見される可能性が高い、
という記述になっています。

心配をし過ぎる必要はないよ、
という海外の専門家からのある種のメッセージですが、
勿論今後の状況を楽観はすることなく、
過剰検査の弊害に陥らないようにしつつ、
検査を継続してゆくことが、
重要なのだと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 3

とし

いつも拝見させて頂いております。
福島の子供たちにすでに疑いも含めて40人ほどの甲状腺乳頭がんが見つかっているようですが、この件について石原先生はどのようにお考えでしょうか?
福島の甲状腺被ばく量は少ないと推測されること、地域差がないこと、年齢が高めの子供に多いこと、被ばく後2、3年という短い期間であること、手術まで数回の観察でも腫瘍の増大が見られないこと、腫瘍径が小さいこと、他の件の調査でものう胞や結節の割合が変わらないこと、他の調査でもスクリーングするとそれなりに癌や結節のう胞が見つかること、などより、現在の調査結果は被ばくの影響というよりも、元々症状のない癌を見つけているスクリーニング効果によるところがほとんどのように思えるのですがいかがでしょうか?
石原先生のお考えをお聞かせ頂ければ幸いです。
by とし (2013-10-30 10:23) 

とし

いつも拝見させて頂いております。
福島の子供たちにすでに疑いも含めて40人ほどの甲状腺乳頭がんが見つかっているようですが、この件について石原先生はどのようにお考えでしょうか?
福島の甲状腺被ばく量は少ないと推測されること、地域差がないこと、年齢が高めの子供に多いこと、被ばく後2、3年という短い期間であること、手術まで数回の観察でも腫瘍の増大が見られないこと、腫瘍径が小さいこと、他の県(青森、山梨、長崎)の調査でものう胞や結節の割合が変わらないこと、他の調査(伊藤病院、岡山大学の新入学生調査など)でもスクリーングするとそれなりに癌や結節のう胞が見つかること、などより、現在の調査結果は被ばくの影響というよりも、元々症状のない癌を見つけているスクリーニング効果によるところがほとんどのように思えるのですがいかがでしょうか?
石原先生のお考えをお聞かせ頂ければ幸いです。
*誤字があり修正いたしました。
by とし (2013-10-30 10:27) 

fujiki

としさんへ
これは難しい問題で、
現時点では被ばくとの関連性は、
明確にあるともないとも言い切れないと思います。
チェルノブイリのケースでも、
明確な増加は5年以降ですが、
それ以前から発症自体はある、
という意見もあります。
今回のように、事故後早期からの検診は、
行なわれていないので、直接の比較は出来ません。
またご指摘のように、発症率や検診での癌の発見率は、
そうした検査を行なった場合の確率ですから、
これまでの疫学データと、
単純に比較することは出来ません。
現時点では個別の癌として対応し、
これから数年以上の経過を見て、
改めてその判断をするべきではないかと思います。
by fujiki (2013-10-31 08:19) 

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