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インクレチン関連薬のリスクについて [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
インクレチン関連薬の副作用総説.jpg
今月のBritish Medical Journal誌に掲載された、
インクレチン関連薬というタイプの糖尿病の薬と、
その有害事象への懸念をまとめた解説記事です。

糖尿病の治療薬の安全性の問題としては、
今最も注視されている事案ですが、
日本ではあまりそのリスクは語られることがなく、
日本と海外とで、
かなり温度差のある問題なのです。

British Medical Journalのこうした解説記事は、
概ね製薬メーカーに辛く、
ちょっと陰謀論めいた記載もしばしばあります。

今回の記事もそうした流れのもので、
インクレチン関連薬のリスクを、
メーカーサイドはかなり前から把握しておきながら、
そこに目を瞑り、
適切な対処をしなかったのでは、
という推測が、
主に語られています。

インクレチンの代表である、
GLP-1(Glucagonlike Peptide1)は、
主に小腸から分泌される一種のホルモンで、
ブドウ糖と同じように、
膵臓のインスリン分泌細胞を刺激して、
インスリンを分泌させる働きがあります。

このホルモンは食事と共に速やかに分泌され、
その後は速やかに分解されます。

GLP-1を持続的に膵臓の受容体に結合させれば、
血糖を低下させる効果があり、
他の飲み薬の血糖降下剤と比較して、
低血糖などの副作用を、
起こし難いというメリットがあります。

更には糖尿病の病因として、
最近注目されている、
グルカゴンの分泌を抑制する効果も併せ持っています。

また、
動物実験のレベルでは、
膵臓の細胞の再生や増殖に働く、
とされています。

つまり、
血糖を降下させるのみならず、
疲弊した膵臓の細胞を復活させる可能性があると言うのですから、
糖尿病の「夢の新薬」として、
その発売時にはかなりの期待が寄せられました。

このGLP-1関連の薬には、
大きく2つの系統があります。

その1つはGLP-1と同じように、
GLP-1の受容体に結合して作用する薬で、
GLP-1アナログと呼ばれています。

もう1つは身体に存在するGLP-1を、
速やかに分解する酵素である、
DPP4を阻害することによって、
結果としてGLP-1の効果を強めよう、
という薬で、
DPP4阻害剤と呼ばれています。

現行日本においては、
GLP-1アナログとしてリラグルチド(商品名ビクトーザ)と、
エキセナチド(商品名バイエッタ)。
DPP4阻害剤として、
シダグリプチン(商品名ジャヌビアとグラクティブ)、
ビルダグリプチン(商品名エクア)、
アログリプチン(商品名ネシーナ)、
リナグリプチン(商品名トラゼンタ)、
アナグリプチン(商品名スイニー)、
テネリグリプチン(商品名テネリア)があり、
サキサグリプチン(商品名オングリザ)は、
現在申請中です。

このタイプの薬は日本においては、
海外以上に評価が高く、
2型糖尿病の第一選択薬に近い位置に、
現在では置かれています。

欧米においては、
その血糖降下作用が、
それほど高いものではないことから、
第一選択はメトホルミンが絶対で、
あくまで2番手、3番手的な位置付けです。

臨床試験においても、
この薬剤の単独での使用というのは殆どなく、
概ねメトホルミンに併用するという方法で、
行なわれています。

しかし、
日本においてはこの系統の薬剤、
特にDPP4阻害剤が、
単独で第一選択の薬剤として、
使用されるケースが多いように思います。

この薬は基本的には安全性の高い薬剤と考えられていますが、
1つ問題になるのは、
急性膵炎や慢性膵炎のような膵臓の炎症と、
発癌を誘発するのではないか、
という危惧があることです。

急性膵炎の発症については、
2006年に既に症例報告が論文になっていますが、
その後相次いで報告が蓄積し、
FDAも警告を出しています。
報告が多いのはより効果の強いGLP-1アナログが多いのですが、
DPP4阻害剤も特に先行するシダグリプチンで、
報告がされています。

GLP-1の受容体は、
膵臓のインスリンを分泌するβ細胞にあります。
これは当然でそのためにインスリン分泌が刺激されるのですが、
それ以外に膵臓の膵管の上皮細胞や、
外分泌に関わる細胞にも存在しています。

GLP-1アナログを使用すると、
動物の膵臓が全体に腫大する、
という知見は複数存在し、
膵臓の細胞に増殖系のシグナルを伝達することも、
実験で明らかになっています。

こうした実験の初期のものは、
その多くが製薬メーカーの主導で行なわれ、
「インクレチン関連薬で膵臓の細胞が再生する」
というようなニュアンスで、
「夢の糖尿病薬」の宣伝のために使用されました。

しかし、
膵臓の細胞が刺激されることは、
その刺激が過剰であれば、
膵臓の炎症や発癌に結び付き易いという可能性を、
誰しも考えるところです。

ただ、多くの製薬メーカーが、
そうしたデータを実際には持っていながら、
都合の悪い部分に関しては、
その公表をせず、
追試も敢えて行なわなかったのではないか、
というのが、
上記の解説記事にある指摘です。

その真偽はともかくとして、
以前もご紹介しましたが、
2011年にショッキングな論文が発表されました。
それがこちらです。
GLP-1で膵炎6倍.jpg
2011年のGastroenterology誌の文献ですが、
その頻度の多さから、
多方面に衝撃を持って受け止められたものです。

これはFDAのデータベースから、
GLP-1アナログのエキセナチドと、
DPP4阻害剤のシダグリプチンでの、
有害事象の事例をピックアップし、
それ以外の血糖降下剤使用時の有害事象と、
比較してデータを出したものですが、
ロシグリタゾンという、
インスリン抵抗性改善剤との比較において、
エクセナチドで10.68倍、
シダグリプチンでも6.74倍の、
膵炎発症リスクの上昇が、
認められたというものです。

膵臓癌の発症リスクも、
同様の比較によりエキセナチドで2.95倍、
シダグリプチンでも2.72倍と増加。
ネズミのデータでGLP-1アナログとの関連性が指摘された、
甲状腺癌についても、
エキセナチドのみで、
4.73倍のリスクの上昇が認められています。

ただ、このデータは他剤との比較で、
統計処理にも疑問があり、
特に肥満やアルコール摂取量、喫煙、他の投薬の影響などを、
考慮せずに解析が行なわれている、
という批判がありました。

しかし、2013年になって、
続々と新たな解析結果や知見が報告されました。

その代表的なものをお示します。
まずこちらです。
GLP-1治療による膵炎の増加.jpg
2013年の2月に、
JAMA Intern Med.誌に掲載された論文です。

より精度の高い検証を目指し、
アメリカの2005年から2008年の処方のデータベースを元に、
実際の処方事例のうち、
その後に急性膵炎で入院治療を要した患者さんの比率を、
医療情報のデータベースから解析しています。

事例は2011年の文献と同じく、
エキセナチドとシダグリプチンに限ったものです。

その結果…

膵炎を誘発するリスクであるアルコールや脂質異常症、
糖尿病薬の使用などの因子を補正して統計処理すると、
エキセナチドとシダグリプチンのいずれかの治療を、
30日以内に受けている患者さんは、
そうでない患者さんと比較して、
急性膵炎で入院するリスクが2.24倍有意に多く、
30日以内には受けていないけれど、
2年以内には受けている患者さんでも、
2.01倍多い、
という結果が得られました。

この文献では、
シダグリプチンのみの影響は数値化されていませんが、
データを見る限り、
その影響には2つの薬剤で、
大きな差はないようです。

続く2013年の4月には、
アメリカのFDAが、
他の糖尿病の治療薬と比較して、
インクレチン関連薬での膵炎と膵臓癌の報告数が、
増加していることを確認しています。

同月に別個のグループが、
同じFDAの有害事象の
2012年分までの解析データを公表しています。

これによると、
同時期までのインクレチン関連薬の使用者に、
105例の膵臓癌が発症していて、
他の糖尿病薬との比較として、
膵炎のリスクが25倍、
膵臓癌のリスクもGLP-1アナログで23倍、
DPP-4阻害剤で13.5倍、
相対リスクで増加した、
という結果になっています。

このように、
最近の多くの知見から、
インクレチン関連薬の使用者で、
膵炎や膵臓癌のリスクが高い、
という点はほぼ間違いのない知見で、
アメリカのFDA(アメリカ食品医薬品局)も、
ヨーロッパのEMA(欧州医薬品庁)もこの点は認めています。

本来は多数の患者さんを長期間観察して、
そのうちで処方と膵炎などの発症との関連性を、
検証するのがより精度の高い方法になりますが、
現状ではそうしたデータは存在しないようです。

従って、
現時点でインクレチン関連薬と膵炎発症との関連性が、
確実とは言い切れません。

2型糖尿病自体が、
膵炎を原因として発症することがありますし、
元々検査で分からないレベルの膵炎が存在して、
それが薬とは関係のない原因で悪化した可能性も、
否定は出来ないからです。

従って、
現時点でFDAもEMAも、
インクレチン関連薬と膵炎や膵臓癌との因果関係を、
肯定はしていません。

その点を、
上記のBritish Medical Journalの解説では、
及び腰で製薬メーカーと何らかの関係があるのでは、
と批判しているのです。

ただ、
動物実験などの基礎研究のレベルでは、
矢張り両者の関連性を示唆する知見が複数存在します。

前述のように、
製薬メーカーはインクレチン関連薬の販売の初期において、
「GLP-1の刺激により膵臓のインスリン分泌細胞が増える」
という動物実験の知見を、
1つのセールスポイントにしていました。

「これまでの糖尿病の治療薬は、
膵臓を苛める薬でしたが、
この新薬は膵臓を再生させる薬ですよ」
という訳です。

その根拠はネズミや猿の実験において、
膵臓の重量が増加したり、
インスリン分泌細胞の数が増加した、
というデータが元になっています。

しかし、そうしたデータは同時に、
GLP-1の刺激により、
膵臓の細胞が刺激されて炎症を起こしたり、
増殖のシグナルが活性化させて発癌に繋がる可能性を、
示唆するものでもあるのです。

こちらをご覧下さい。
GLP-1の膵臓癌誘発作用.jpg
昨年のDiabetes誌に掲載された、
インクレチン関連の治療が、
膵臓に与える影響についての、
ネズミと人間の切除された膵臓の細胞を用いた、
基礎実験の論文です。

これはGLP-1の慢性刺激により、
膵臓に炎症性の変化や前癌病変に繋がるような変化が、
惹起されるのではないか、
という内容になっています。

まず、
病気のないネズミを用いた実験においては、
GLP-1アナログを12週間使用することにより、
膵臓にある膵管粘液腺と呼ばれる部分の細胞が腫大し、
膵上皮内腫瘍性病変と呼ばれる、
膵臓癌の前躯病変に近い変化が生じることが確認されています。

膵臓癌の発生メカニズムには、
多段階発癌仮説という仮説があります。

これによると、
Krasという遺伝子の変異など、
幾つもの遺伝子の変異が、
段階的に膵臓の細胞に起こり、
それにより膵上皮内腫瘍性病変という前躯病変が、
次第に進行して膵臓癌になる、
と考えられています。

つまり、
GLP-1の刺激により、
比較的短期間で、
そうした膵臓癌の発癌に繋がるような変化が、
膵臓において起こるのではないか、
ということを示唆しているのです。

予め複数の遺伝子変異を持ち、
膵臓癌になり易い状態にされた、
膵臓癌のモデル動物のネズミで、
同様の刺激を行なうと、
慢性の炎症が膵臓に誘発され、
より膵臓癌に近い変化が出現します。

こうした異形成を起こす細胞には、
人間でもネズミでも、
GLP-1アナログの受容体があることも確認されています。

膵臓癌で切除した人間の膵臓の組織の、
癌ではない正常な細胞を用いた実験においては、
人間の膵管の細胞においても、
GLP-1の受容体の刺激により、
細胞の増殖系のシグナルが刺激されることが、
確認されました。

こうしたGLP-1による細胞の変化は、
Krasという膵臓癌の発癌に最も関連性の高い、
増殖シグナルに関わる遺伝子変異のある細胞では、
より強く発現され、
その作用は血糖降下剤のメトホルミンにより抑制されました。

このデータから分かることは、
GLP-1が継続的に刺激されることが、
特に細胞増殖に結び付くような遺伝子変異のある個体においては、
膵炎を経由して膵臓癌の発症に結び付く可能性があり、
その作用はメトホルミンの使用により、
抑制される可能性がある、
ということです。

GLP-1の刺激より、
膵臓癌が増えるのでは、
という臨床的な危惧が、
動物実験のデータで裏打ちされた格好です。

ただ、
これは敢くまで主体はネズミの実験ですから、
この結果が人間にそのまま当て嵌まるとは限りません。

そして、
今年の5月になっておそらく現時点で唯一の、
人間の膵臓を使った臨床データが発表されました。
それがこちらです。
インクレチンの影響人間の膵臓.jpg
Diabetes誌に発表されたこの論文では、
膵臓移植の組織の一部を使用して、
インクレチン関連薬を使用した2型糖尿病の患者さん8例と、
インクレチン関連薬は使用していない2型糖尿病の患者さん12例、
そして糖尿病のない患者さん14例の膵臓の組織を、
比較検討しているのです。

その結果、
インクレチン関連薬の治療により、
膵臓の重量は増加していて、
その細胞の増加は、
内分泌腺のみならず、
外分泌腺にも及んでいました。

膵上皮内腫瘍性病変と、
8例中3例ではグルカゴン産生腺腫が見付かり、
神経内分泌腫瘍も見付かりました。
内分泌腺ではインスリンとグルカゴン両方の産生細胞が、
著明に増加していました。

つまり、
発癌自体が確認された訳ではありませんが、
発癌に結び付く可能性のある細胞の変化が、
インクレチン関連薬により生じることが、
初めて人間で確認されたのです。

こうしたデータの蓄積を受けて、
FDAもEMAも独自の検討を始めており、
製薬メーカーに対しても、
より精度の高いデータの提供を求めているので、
今後この問題は近い将来、
大きな展開を見せることになりそうです。

勿論細胞増殖に結び付く薬剤は多く存在し、
動物実験で発癌誘発作用が確認されている薬も、
実際には多く存在していますが、
その全てが使用中止になっている、
という訳ではありません。

問題は1つには、
通常使用されているような用量でも、
そうしたことが起こり得るのかと言うことと、
その薬の有用性と、
有害な作用の持つバランスにあるように思います。

インスリンは細胞増殖に働くホルモンで、
当然発癌も時には誘発する可能性があるのですが、
インスリンの欠乏状態においては、
適切な量の使用は、
そのメリットが、
有害事象の可能性に勝るので、
使用が継続されている訳です。

これをインクレチン関連薬について当て嵌めると、
現時点で通常量の使用により、
特にGLP-1の注射薬においては、
膵炎の発症が増えることは間違いがなく、
膵臓癌の発症頻度も、
有害事象報告のレベルでは多いことは事実ですが、
本当にその現象が薬剤の有害事象であるかどうかは、
まだ未確定です。

ただ、
その使用が日本で特に推奨されているのは、
副作用が少ないことと共に、
膵臓の細胞を再生するのではないか、
という動物実験のデータにあり、
これは上記の発癌誘発のデータと、
同じ現象を見ている可能性のあることに、
注意が必要だと思います。

現状の僕の考えは、
使用時に膵炎の所見が疑われる事例では、
インクレチン関連の薬の使用を控えることと、
可能であればメトホルミンとの併用が、
望ましいのではないか、
ということです。

発癌という現象は、
矢張り体質的な遺伝子の変異を持っているかどうかが、
かなり大きな要素を占めていて、
そうした体質を持った人に、
物理的な刺激や放射線の被ばく、
薬剤や化学物質による刺激などが加わることにより、
発症するもののようです。

こうした変異がルーチンに測定可能になれば、
それに合わせて癌の予防策を取ることが可能となり、
薬による発癌の可能性を危惧するようなことも、
今後はなくなる可能性が高いと考えられますが、
現状においてはそうではなく、
リスクの高い人にもそうでない人にも、
同じように薬が処方されているので、
特に増殖経路を刺激する可能性のある薬剤に関しては、
その適応をより慎重に考える必要があるのではないかと、
個人的には思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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