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睡眠時行動異常とGABA受容体の遺伝子型との関係について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
睡眠時行動異常とGABA遺伝子変異.jpg
今年のSleep誌に掲載された、
GABAという脳内伝達物質の受容体のタイプと、
睡眠時の行動異常との関係についての話です。

ゾルピデム(商品名マイスリーなど)は、
世界的には最も広く使用されている、
睡眠導入剤ですが、
1つの問題点として、
睡眠時の異常行動が、
時に認められる、
という点が挙げられています。

薬が効いていて眠っているのに、
その状態で起き出して物を食べたり、
所謂夢遊病のように歩き出したり、
時には、
眠っていながら買い物をしたり、
自動車の運転をしたり、
性行為をしたり、
という事例まで報告されています。

こうした異常は、
起こる人と起こらない人が明確に分かれていて、
そのため遺伝的な素因が、
何らかの形で関与しているのではないか、
という仮説が提唱されています。

更にはこの異常は漢民族で多く、
ある統計によると、
ゾルピデムを使用する人の5%に発症するとされています。

この頻度は欧米の統計と比較すると、
かなりの高頻度で、
これも遺伝子に係わる、
何らかの素因の関与を示唆しています。

ゾルピデムは、
GABAという神経伝達物質の受容体に、
結合して作用する薬です。

これは全てのベンゾジアゼピンと呼ばれる薬に、
一致する特徴です。

GABAはアミノ酸の一種で、
抑制系の神経伝達物質と言われています。

つまり、
この受容体が作動することにより、
神経の働きが抑制され、
勿論その作用する神経の場所にもよりますが、
鎮静や睡眠、抗不安作用や筋弛緩作用が生じます。

GABA受容体には、
当然GABAが結合しますが、
それ以外にこの受容体の一部には、
ベンゾジアゼピン系の薬剤が結合しますし、
アルコールや麻酔薬の一部も結合します。

このことにより、
ベンゾジアゼピンによる、
鎮静作用や催眠誘導作用が生じるのです。

GABA受容体にはA、B、Cの3種類があり、
ベンゾジアゼピンに関連性のあるのは、
主にGABAA受容体です。

この受容体は2個のα、1個のβ、2個のγという、
5個のサブユニットが集合し、
その中心部でクロールイオンが通過するという、
イオンチャンネルの受容体です。

ベンゾジアゼピンはこの構造の中で、
αとγの間に結合するのですが、
その結合部位にもタイプがあり、
ω1、ω2、ω3という名前が付いています。

そして、
ゾルピデムはω1に選択性の強い点が特徴で、
このω1は受容体のサブユニットとしては、
α1を含んでいます。

ここで仮に体質によりゾルピデムの効果に差があり、
睡眠時行動異常が起こるとすると、
その差というのは、
受容体の性質の差にある可能性が高い、
ということになります。

遺伝子には様々なタイプがあり、
それにより受容体の働きにも違いが生じる可能性があります。

今回の文献は台灣のものですが、
ゾルピデムによる睡眠時行動異常の頻度が多い、
漢民族において、
この遺伝子変異を系統的に解析し、
どのような遺伝子のタイプが、
睡眠時の行動異常と関連が深いのかを検証しています。

対象者はゾルピデムの使用により、
睡眠時行動異常の起った患者さん30名と、
対象として、
同じく睡眠障害でゾルピデムを使用しましたが、
そうした症状のない方37名です。

その結果…

GABAA受容体の、
α1サブユニットを構成する遺伝子群の中で、
A15Gという変異の存在が、
睡眠時行動障害の発症と、
有意な相関が認められました。

このG対立遺伝子を1つ持っていると、
持っていない患者さんと比較して、
睡眠時行動異常を発症するリスクは、
相対リスクで9.99倍になる、
と計算されました。

このG対立遺伝子を持つ頻度は、
漢民族で55%であるのに対して、
日本人では46%、ヨーロッパ人では34%、
ナイジェリア人では39%などとなっていて、
明らかに漢民族で高頻度になっています。

つまり、
こうしたαサブユニットの変異により、
睡眠時の行動異常が起こるのではないか、
という仮説が成立するのです。

もしそれが事実であるとすれば、
こうした遺伝子の変異の有無を確認した上で、
それのない患者さんに限って、
ゾルピデムの処方を行なえば、
睡眠時行動異常で患者さんが苦しむことを、
未然に防ぐことが可能だ、
ということになります。

ただし…

上記の文献の内容のみから、
そこまでの結論を出すことは出来ません。

例数も非常に少なく、
それも明確な病気のあるなしでしたらともかく、
一種の副作用の頻度なのですから、
それほどクリアに両群が分かれる、
というような性質のものではありません。

更にはこうした文献は他にも複数あり、
その遺伝子変異の種類も様々です。

従って、
こうした体質と副作用との関連性が、
おそらく存在することは事実ですが、
それがどの遺伝子変異と関連が深いかについては、
まだ今後より多くのデータが集積しないと、
明確には指摘は出来ない事項ではないかと思います。

それでは今日のまとめです。

ゾルピデムは安全性の高い睡眠導入剤ですが、
睡眠時行動異常が起こり易いという問題点があり、
それには人種差が存在することから、
多分に体質的な関与が大きく、
おそらくはGABA受容体の遺伝子の変異と、
関連性があります。
現時点でその詳細は不明ですが、
仮にゾルピデムの使用により、
そうした症状が起こった場合には、
そうした体質の関与を想定して、
薬の変更などを考慮する必要性があると思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 3

ちいず

はじめまして。以前から気になっていたので、教えていただけると嬉しいです。ゾルピデムの使用により睡眠時行動異常が起きた場合、他のベンゾジアゼピン系薬剤に変更してみることはいみがありますでしょうか。また、アモバンへの変更についてはいかがでしょうか。
by ちいず (2013-03-05 23:43) 

fujiki

ちいずさんへ
変更には一定の意味があると思います。
睡眠時行動異常は、
他の薬剤でも出ない、ということではありませんが、
報告の事例はゾルピデムが圧倒的に多いと思います。
その構造とGABA受容体の変異が関係しているとすれば、
接合の仕方の微妙な差により、
症状に差がある、
という可能性はあります。
by fujiki (2013-03-07 08:12) 

ちいず

ありがとうございます!大変納得いたしました。
他の薬剤を使うという選択肢があることにもほっといたしました。
先生のブログに感動し、過去の記事も大切に読ませていただいています。
by ちいず (2013-03-07 11:52) 

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