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ヨード不応性甲状腺癌の治療について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

本日は石原が整形外科受診のため、
午後の診療は3時半で受付終了とさせて頂きます。
ご迷惑をお掛けしますが、
よろしくお願いします。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
セルメチニブと甲状腺癌.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
転移性甲状腺癌の新しい治療法についての論文です。

甲状腺癌特に甲状腺乳頭癌の予後は、
基本的には良いものですが、
周辺リンパ節以外の、
所謂「遠隔転移」を伴うものに関しては、
その一般論は当て嵌まりません。

転移性の甲状腺癌に対する、
スタンダードな治療は、
放射性ヨードにより、
癌の組織を壊死させるというものですが、
この治療が奏効するには、
癌の組織が正常の甲状腺の組織と同じように、
ヨードを取り込む必要があり、
実際には転移巣がヨードを取り込まないことが、
しばしば認められるので、
この奏効率はそれほど高いものではありません。

アメリカのデータによると、
組織がヨードを取り込む場合の、
転移性甲状腺癌の10年生存率は約6割ですが、
それがヨードを取り込まない組織では、
1割まで低下します。

そもそも甲状腺は何故ヨードを取り込むのでしょうか?

勿論ヨードを取り込んで、
それを材料として甲状腺ホルモンを作るためです。

そのために、
sodium iodide symporter(ナトリウム・ヨード輸送体)という、
特別な蛋白質が、
甲状腺細胞の細胞膜には発現していて、
この蛋白質がヨードの細胞への取り込みを、
可能としています。

甲状腺が癌化しても、
当初は多くの細胞にはナトリウム・ヨード輸送体が、
発現していますが、
特に悪性度の高い癌細胞では、
より分化度の低い、
未熟な細胞が主体となるので、
そうした細胞は、
ナトリウム・ヨード輸送体を持たないようになり、
そのためヨードを取り込むことがなく、
ヨードの治療にも抵抗性になるのです。

それでは、
多発性の遠隔転移のある、
ヨード治療不応性の甲状腺癌を、
どのようにして治療すれば良いのでしょうか?

動物実験のレベルでは、
以前ご紹介しましたように、
ナトリウム・ヨード輸送体の遺伝子を、
ウイルスを乗り物にして身体に注入し、
癌細胞に感染させて、
ヨードの取り込み能を回復させる、
という方法が試みられています。

現実の臨床はそこまでは進んでいないのですが、
癌細胞の分化度を何らかの形で変化させ、
ヨード輸送体を持つレベルまで誘導する、
という方法が幾つか検討されています。

その中で今回の文献においては、
MEK 阻害剤というタイプの、
一種の分子標的薬を使用する、
という方法が少数例ですが、
実際の臨床において実施されています。

MEK 阻害剤とはどのようなもので、
その使用により、
どうしてヨードの取り込みが回復するのでしょうか?

癌細胞においては、
RASやBRAFと呼ばれる遺伝子の異常が、
多く見られることが報告されています。

細胞表面にあるGFRと呼ばれる受容体が刺激されると、
細胞内のRAS蛋白質が活性化し、
それがMEKやMARPと呼ばれる一連の酵素を活性化させ、
細胞核内に信号が伝達されて、
細胞の増殖が促されます。
これは正常の細胞にもある経路ですが、
癌においてはRASやBRAFの遺伝子の変異が起こるために、
その刺激が制御されずに連鎖的に起こり、
このため癌細胞は制御不能の増殖をすることで、
身体に深刻な影響を及ぼします。

甲状腺癌の細胞においては、
RAS遺伝子の変異が起こることにより、
このMEKのシグナルが異常に活性化され、
甲状腺癌細胞の脱分化が促進されて、
それが甲状腺特有の遺伝子の抑制に結び付き、
ヨード取り込み能の消滅に、
繋がっていると考えられています。

これは逆に言えば、
このRAS系の刺激を抑制すれば、
細胞は再度ヨード取り込み能を持つことになる、
ということを示唆しています。

セルメチニブ(selumetinib)は、
RASシグナルのMEKからMAPKという経路を、
阻害する薬です。
日本においては肺癌の治験が開始されていますが、
まだ発売までには時間が掛かるようです。

今回の研究は、
このセルメチニブというMEK阻害剤により、
転移性甲状腺癌のヨードの取り込みを、
回復させようとする試みです。

上記の文献においては、
遠隔転移を持つ進行した甲状腺癌の患者さん、
20名を対象としています。
平均年齢は61歳で男女比はほぼ同数です。
9名にはBRAF遺伝子の変異があり、
5名にはNRAS遺伝子の変異があり、
3名にはRET/PTCと呼ばれる再配列異常が認められました。
患者さんは放射性ヨード124を使用した、
PET-CT検査を行なって、
ヨードの取り込みが少ないことを、
確認した上でエントリーし、
まず2~4週間セルメチニブを使用して、
その後に再度ヨード124のPET-CTを行ないます。

こちらをご覧下さい。
ヨードの肺の取り込み増加の図.jpg
肺のPET-CTの画像です。
向かって左が初回の検査で、
右はセルメチニブ使用後の検査です。

ヨードの取り込みは、
明確にセルメチニブにより増加しています。

実際に20名の患者さんのうち、
このようにセルメチニブにより、
転移巣へのヨードの取り込みが増加したのは、
12名の患者さんです。
BRAFの変異のある患者さん9名のうち4名、
NRASの変異のある患者さん5名については全員、
RET/PTCの異常のある患者さん3名のうち2名、
及び上記の変異はない患者さん3名のうち1名です。

この12名中8名において、
放射性ヨードによる治療効果が期待されるレベルに、
その取り込みが達していたので、
セルメチニブの使用を継続しつつ、
放射性ヨード治療を行ないます。

このうち5例で部分的な効果が認められ、
3例では病勢が一旦安定する、
という効果が得られました。

要するに全ての患者さんで、
一定の改善効果が認められたのです。
ただ、そのうち1例の患者さんは、
白血病を発症しています。

特に注目するべきは、
RASの変異のある患者さんで、
その効果がより高く認められていることで、
これはメカニズム的には充分予測可能なことですが、
実際の臨床において、
それが確認された意義は大きいと思います。

この方法で、
転移性の甲状腺癌の治療の問題が、
解決されたとは勿論言えませんが、
こうした多くの方法を、
患者さんの病態に応じて組み合わせることで、
困難なヨード不応性の甲状腺癌の治療が、
より進歩することを期待したいと思います。

今日はヨード不応性の進行甲状腺癌の、
新しい治療の可能性についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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