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アルツハイマー型認知症治療薬一覧(総論) [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は何もなければ少しのんびり過ごす予定です。

それでは今日の話題です。

今日と明日は現時点で使用が可能な、
認知症治療薬をまとめてご紹介します。
いずれも個々には以前記事にしているのですが、
種類も増えましたし、
その違いに混乱されている方も、
いらっしゃるかと思います。

そうした方のための、
一定の道案内になれば、
と思って今日はまとめてご説明します。

ただ、解説にはかなり僕の私見が入っているので、
一般的な教科書の記載とは、
異なる点のあることを、
予めお断りしておきます。

今日は総論で明日各論に入る予定です。

それでは始めます。

まず、一番重要なポイントは、
現在使用されている認知症治療薬は、
その全てが「アルツハイマー病のアセチルコリン仮説」
という仮説を元に創薬され、
その仮説がその効果の唯一の拠り所になっている、
という事実です。

「アルツハイマー病のアセチルコリン仮説」とは、
一体どういうものでしょうか?

これは1970年代後半から提唱されたもので、
まず亡くなられたアルツハイマー型認知症の方の脳を、
死後に検査したところ、
アセチルコリンという神経伝達物質の合成酵素の活性が低下し、
アセチルコリンエステラーゼという、
アセチルコリンの分解酵素の活性も低下していました。
そして、その低下の程度と認知症の重症度との間に、
相関関係があったのです。
実際にアセチルコリンを伝達物質とする神経系に係わる神経細胞が、
アルツハイマー型認知症の患者さんの死後脳では、
脱落したり変性したりしていることも、
その後に明らかになったのです。

このことから、
アルツハイマー型認知症においては、
脳のアセチルコリン作動性の神経系に、
特に大きな異常が起こるのでは、
という仮説が提唱されました。

アセチルコリンが欠乏することが、
アルツハイマー型認知症の本質の1つであるならば、
何らかの方法で脳のアセチルコリンを増やすことが出来れば、
病気は改善する筈です。

そうして、脳のアセチルコリンを上昇させる薬が、
盛んに開発されるようになったのです。

まずアセチルコリンの前駆物質を、
薬として使う、という方法が試されました。
身体の中でそれがアセチルコリンに変換されれば、
脳での不足を補えるのでは、
と考えたのです。
しかし、これは動物実験のレベルでは有効性が見られても、
人間では効果が確認出来ませんでした。

アセチルコリンの作用は、
神経の末端にある受容体に結合することによって起こります。
その受容体にはムスカリン性受容体と、
ニコチン性受容体の2種類があります。
ニコチン性受容体というのは、
その受容体にアセチルコリンだけではなく、
ニコチンも結合する性質を持つ、
という意味です。

アルツハイマー型認知症では、
両者の受容体ともその数は減少するのですが、
比較するとニコチン性受容体の方が、
より減少が多いと指摘されています。

それで、まず比較的保持されているムスカリン性受容体を刺激すれば、
アセチルコリン系神経の機能の低下を補えるのでは、
という考えから、ムスカリン受容体に結合して、
その作用を現わす化合物が試され、
続いて減少しているニコチン性受容体を刺激する化合物、
その代表は要するにニコチンですが、
その効果も試されました。

しかし、いずれも検証に耐えるような、
アルツハイマー型認知症に対する、
治療効果を示すことは出来ませんでした。

そして、最終的に残ったのが、
コリンエステラーゼ阻害剤です。

これまでに4種類のコリンエステラーゼ阻害剤が、
治療薬として販売されました。

最初に発売されたのはタクリンという薬剤で、
この薬は肝機能障害の副作用が強く、
現在では殆ど使用されていません。
次に発売されたのが、
皆さんお馴染みのドネペジル(商品名アリセプト)で、
日本人が開発し1996年にFDAでも認可されました。
続いてアメリカでは1997年にリバスチグミンが、
2000年にガランタミンが認可されましたが、
日本では昨年までアリセプトのみが使用されていたことは、
皆さんもよくご存じの通りです。
この3種類の薬には、
若干の相違がありますが、
その点については明日の各論で、
まとめたいと思います。

コリンエステラーゼ阻害剤は、
唯一一定の治療効果を確認された、
アルツハイマー型認知症の治療薬です。

その効果は、
主に認知症の進行を、
使用しない場合に比較して、
遅らせる、という視点から確認されました。
その進行予防効果は、
トータルには1~2年程度と考えられています。

ただ、コリンエステラーゼ阻害剤に、
一定の認知症治療効果のあることは事実ですが、
そのメカニズムが全て解明された訳ではなく、
従ってどのような患者さんのどのような時期に、
最も有効性があるのか、
というような点については、
まだ不明の点を多く残しています。

コリンエステラーゼはアセチルコリンの分解酵素で、
そのためこの酵素を阻害することにより、
脳のアセチルコリンの濃度を、
間接的に増やすことが出来ます。

しかし、この薬の効果がただそれだけのものであるなら、
もっと直接的にアセチルコリンを増やす筈の多くの薬が、
実際には有効性を示していない、
という事実を説明し難いと僕は思います。

仮にコリンエステラーゼの活性が、
認知症と共に増加するものであるのなら、
それを妨害する薬が目的に適っていますが、
実際には進行したアルツハイマー型認知症では、
コリンエステラーゼの活性も低下しています。
それでは、そこで多少コリンエステラーゼの活性を抑えたところで、
大した差はないのではないか、
と思えます。

一方で初期のアルツハイマー型認知症では、
アセチルコリンの合成酵素の活性も、
分解酵素の活性も、
有意な低下は確認出来ない、
というデータが複数見られます。

つまり、初期の段階では、
必ずしもアセチルコリン作動性の神経の機能が、
低下していることの証拠は確かではないのです。

現在なるべく認知症の初期段階で、
コリンエステラーゼ阻害剤を使用開始した方が、
より認知症の進行を抑えられる、
という考え方が主流で、
臨床的にはそうした効果を確認した、
と記載された論文も複数存在します。

ただ、その違いは必ずしも明瞭なものではありませんし、
そうした結果には、
製薬会社のバイアスが、
多分に掛かっている、
という点も考えて、
そうしたデータを読む必要があると思います。
薬を1人でも多くの人に、
長く飲んでもらうことが、
製薬会社にとっては重要なことであるからです。

コリンエステラーゼ阻害剤には、
脳内のアセチルコリンを増やすだけではなく、
神経細胞を、
アルツハイマー型認知症特有の神経毒性から守り、
神経の変性を防御する働きがあるのではないか、
という意見があります。

もしそうなら画期的なことですが、
いささかこれも製薬会社のバイアスの掛かった、
ムシの良過ぎる仮説のようにも思えます。

ただ、コリンエステラーゼ阻害剤に、
一定の有効性のあることは確かです。

比較的確実な知見は、
レビー小体型認知症と呼ばれる、
本来はアルツハイマー型認知症とは別箇の病態に対して、
特にその特徴的な症状である幻視や妄想に、
少量のアリセプトが著効を示す事例が、
少なからずあることです。

また、若年発症型のアルツハイマー病では、
より早期からアセチルコリン合成酵素の活性が、
低下することが指摘されていて、
そうしたケースではよりコリンエステラーゼ阻害剤の効果が、
得られ易いことも確かなようです。

こうした知見は、
単純に「アセチルコリン仮説」を信じていては、
説明が困難なものです。

つまり、「アセチルコリン仮説」は実際には証明されたものではなく、
アリセプトのような薬の効果は、
単純にその仮説で説明可能なものではないのです。

この辺りのニュアンスは、
うつ病の「モノアミン仮説」に似ています。

脳内のセロトニンやノルアドレナリンが減少することで、
うつ病が発症する、というのが「モノアミン仮説」で、
それにより創薬されたのが、
脳内のセロトニンを上昇させるSSRIというタイプの抗うつ剤です。

しかし、実際に患者さんに使用されてみると、
効果のある方もいれば、
逆に焦燥感が強くなるような、
有害な作用ばかりが顕在化するような方もいるのです。

SSRIの効果も、
「モノアミン仮説」を超えたところに、
その実態があるのだと思います。

さて、「アセチルコリン仮説」以外の、
アルツハイマー型認知症の発症に係わるもう1つの仮説が、
「βアミロイド仮説」です。

これはβアミロイドという特殊な蛋白質が、
脳内で凝集し老人斑という構造物を形成します。
その過程で神経毒性が生じ、
神経細胞が脱落することが、
アルツハイマー型認知症の原因だ、
という仮説です。

このためβアミロイドの産生を抑える薬や、
βアミロイドの凝集を抑制する薬、
βアミロイドに対する抗体を利用した一種のワクチン製剤などが、
治療薬として開発の途上にありますが、
未だ一般に使用出来るレベルのものはなく、
そのハードルはまだ高いようです。

一部にコリンエステラーゼ阻害剤に、
βアミロイドの産生を抑える効果があるのでは、
という知見もありますが、
ややこれもムシの良過ぎる話であり、
現時点でそれほど信頼性のおけるものではない、
というのが僕の意見です。

現時点で「アセチルコリン仮説」ばかりが主に論じられているのは、
そうした作用の薬しか、
現状は使用出来ないからです。
今後βアミロイドに対する薬剤が、
使用出来るようになるまで、
ある程度症状の進行を遅らせる目的で、
コリンエステラーゼ阻害剤が使用されている、
というのが現状ではないかと思います。

それでは明日は現在発売されている薬の、
各論をお届けする予定です。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 4

catfish

明日が楽しみです!
今日卸さんがメマリーよろしく、と来られました。
処方箋ではアリセプト3mg3枚レミニール1枚来ました。(1日30枚程度のうちです!)
けっこう高いお薬なので保険の負担と効果の天秤は釣り合ってるのかなあと思いました。
by catfish (2011-06-08 14:38) 

samapapa

久しぶりにコメントさせていただきます。
今日のトピックとは全く関係がないコメントで申し訳ありません。

私は東京都郊外に在住してますが、最近、市役所から日本脳炎予防接種のお知らせが届きました。私には小学4年の娘がおりこれまで日本脳炎の予防接種を全く受けていませんが、新たなワクチンが開発されたということで第1期不足分の接種を推奨しているようです。

ただ、毎度の事ながらワクチンの安全性に関して不安があり、日本脳炎が人からの感染がない点や東日本での感染の可能性が低い点もふまえると慌てて接種しなくてもいいのでは、という考えが拭いきれません。この新しい日本脳炎ワクチンに関して先生のご意見を教えていただければ幸いです。
by samapapa (2011-06-08 22:38) 

fujiki

catfish さんへ
コメントありがとうございます。
ご期待に添えたかどうか不安ですが、
ご参考になる点があれば幸いです。
by fujiki (2011-06-09 08:24) 

fujiki

samapapa さんへ
コメントありがとうございます。
今のところ新規の日本脳炎ワクチンで、
副反応が明らかに多い、
というような情報はないようです。
ただ、ADEMのような神経障害は、
実際には新しいワクチンでも事例はあります。
通常のほかのワクチンと同程度のリスク、
と考えて頂くのが良いと思います。

その必要性は難しいところで、
本来は地域性も含めて、
検討する必要があると思いますし、
日本全国で集団接種を一斉に行なうのが、
僕はあまり適切だとは思いません。
個人的には慌てて接種するような性質のものではない、
と思いますが、
ワクチンの接種の勧奨を、
敢えて否定するだけの根拠も持ち合わせてはいません。
(歯切れの悪いコメントとなることをお許し下さい)
by fujiki (2011-06-09 08:32) 

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