続・HbA1cを下げると心臓死が増えるのか? [医療のトピック]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
今日もちょっとバタバタです。
レスは遅れることをお許し下さい。
さっそく今日の話題です。
昨日は多くの医療者が、
正常に近付ければ近付けるほど、
心臓疾患での死亡も減ると思っていた、
糖尿病の患者さんの血糖値が、
むしろ強力に下げた群で、
死亡の危険が増加した、
という海外の大規模試験の話でした。
今年その結果を裏打ちするような論文が、
有名なイギリスの医学誌である、
Lancet に掲載されました。
「Survival as a function of HbA1c in people with type 2 diabetes: a retorosupective cohort study」
と題されたこの論文は、
イギリスの一般の診療所で治療を受けていた、
5万人近い数の糖尿病患者を20年に渡り分析したところ、
心臓の合併症で死亡するリスクは、
HbA1c が7.5%程度で最も低く、
それよりも高くても低くても、
死亡率が増える、
という驚くべきものでした。
僕と同じような診療所のデータだけに、
非常に身近な興味が湧きます。
このデータのポイントは、
患者さんはいずれも内服薬か、
インスリンかの、
薬物治療を受けている方だった、
ということです。
要するにこのデータは、
人工的な方法で「無理矢理」血糖を下げた時に、
どのようなことが起こるのか、
ということを示しています。
全く治療を受けていない患者さんを対象に、
同じような検討を行なえば、
このような結果は出ません。
HbA1c が7.5%の人の方が、
間違いなく6%の人より、
心臓の病気で死亡するリスクは高くなります。
つまり数値が同じ7.5%でも、
ある薬剤を使用してその数値であるのと、
薬を使わずにその数値であるのとでは、
こと動脈硬化の病気の進行に関しては、
同じに考えてはいけないのです。
この論文ではインスリンで血糖を下げた人の方に、
より心臓死が多かった、という結果も出ています。
そこで推測されるのは、
「高インスリン血症」との関係です。
人間の身体から自然に出ているインスリンと比べると、
外から打つインスリンでは、
通常より多くの量が必要になり、
血液のインスリンの量も、
より高い数値になりがちです。
そして、インスリンが過剰に存在することは、
動脈硬化を進行させるリスクになります。
つまり、血糖値だけを気にして糖尿病のコントロールを行なうと、
結果として「高インスリン血症」を招き、
それが持続することで、
却って動脈硬化を進める結果になり易いのでは、
と推測されるのです。
糖尿病の原因には、
インスリンの不足と共に、
インスリンの効きが悪くなる、
所謂「インスリン抵抗性」の存在とがあります。
インスリン抵抗性のある人に、
そのインスリン抵抗性を改善する手を打つことなく、
ただインスリンの出を良くする薬や、
外から注射でインスリンを補う方法で治療を行ない、
その目標を血糖値やHbA1c だけで行なうと、
結果としてインスリン抵抗性を悪化させ、
動脈硬化の死亡のリスクを増やす結果になるのです。
良かれと思った治療で、
却って動脈硬化を進めるのでは、
まるで意味がありません。
それでは、どうすればいいのでしょうか?
インスリン抵抗性のある糖尿病の患者さんでは、
何らかの方法でインスリンの過剰をチェックしつつ、
血糖のコントロールを考える必要があります。
インスリン抵抗性を起こす原因、
たとえば肥満や運動不足があれば、
その解消がまず第一の課題になります。
その解消が出来ないままに、
止むを得ずインスリンを上昇させるような治療を行なう場合は、
HbA1c を不用意に7%以下には下げないように、
しかし、極力7.5%を超えないようなコントロールを心がけます。
これは7.5%を超えると、
動脈硬化以外の糖尿病の合併症は、
明らかに増加することが分かっているからです。
HbA1c は確かに有用な糖尿病のコントロールの指標ですが、
それだけに振り回されると、
患者さんの身体全体で、
何が起こっているのか、
という本質を見失いがちになります。
必要なことは簡便な動脈硬化の指標と、
インスリンの過剰がないかどうかの指標です。
それとHbA1c とを適切に組み合わせてゆくことが、
僕は糖尿病治療のこれからのありかたなのではないか、
と思い模索しているところです。
今日はHbA1c に頼り過ぎる、
糖尿病治療の落とし穴についての話でした。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
今日もちょっとバタバタです。
レスは遅れることをお許し下さい。
さっそく今日の話題です。
昨日は多くの医療者が、
正常に近付ければ近付けるほど、
心臓疾患での死亡も減ると思っていた、
糖尿病の患者さんの血糖値が、
むしろ強力に下げた群で、
死亡の危険が増加した、
という海外の大規模試験の話でした。
今年その結果を裏打ちするような論文が、
有名なイギリスの医学誌である、
Lancet に掲載されました。
「Survival as a function of HbA1c in people with type 2 diabetes: a retorosupective cohort study」
と題されたこの論文は、
イギリスの一般の診療所で治療を受けていた、
5万人近い数の糖尿病患者を20年に渡り分析したところ、
心臓の合併症で死亡するリスクは、
HbA1c が7.5%程度で最も低く、
それよりも高くても低くても、
死亡率が増える、
という驚くべきものでした。
僕と同じような診療所のデータだけに、
非常に身近な興味が湧きます。
このデータのポイントは、
患者さんはいずれも内服薬か、
インスリンかの、
薬物治療を受けている方だった、
ということです。
要するにこのデータは、
人工的な方法で「無理矢理」血糖を下げた時に、
どのようなことが起こるのか、
ということを示しています。
全く治療を受けていない患者さんを対象に、
同じような検討を行なえば、
このような結果は出ません。
HbA1c が7.5%の人の方が、
間違いなく6%の人より、
心臓の病気で死亡するリスクは高くなります。
つまり数値が同じ7.5%でも、
ある薬剤を使用してその数値であるのと、
薬を使わずにその数値であるのとでは、
こと動脈硬化の病気の進行に関しては、
同じに考えてはいけないのです。
この論文ではインスリンで血糖を下げた人の方に、
より心臓死が多かった、という結果も出ています。
そこで推測されるのは、
「高インスリン血症」との関係です。
人間の身体から自然に出ているインスリンと比べると、
外から打つインスリンでは、
通常より多くの量が必要になり、
血液のインスリンの量も、
より高い数値になりがちです。
そして、インスリンが過剰に存在することは、
動脈硬化を進行させるリスクになります。
つまり、血糖値だけを気にして糖尿病のコントロールを行なうと、
結果として「高インスリン血症」を招き、
それが持続することで、
却って動脈硬化を進める結果になり易いのでは、
と推測されるのです。
糖尿病の原因には、
インスリンの不足と共に、
インスリンの効きが悪くなる、
所謂「インスリン抵抗性」の存在とがあります。
インスリン抵抗性のある人に、
そのインスリン抵抗性を改善する手を打つことなく、
ただインスリンの出を良くする薬や、
外から注射でインスリンを補う方法で治療を行ない、
その目標を血糖値やHbA1c だけで行なうと、
結果としてインスリン抵抗性を悪化させ、
動脈硬化の死亡のリスクを増やす結果になるのです。
良かれと思った治療で、
却って動脈硬化を進めるのでは、
まるで意味がありません。
それでは、どうすればいいのでしょうか?
インスリン抵抗性のある糖尿病の患者さんでは、
何らかの方法でインスリンの過剰をチェックしつつ、
血糖のコントロールを考える必要があります。
インスリン抵抗性を起こす原因、
たとえば肥満や運動不足があれば、
その解消がまず第一の課題になります。
その解消が出来ないままに、
止むを得ずインスリンを上昇させるような治療を行なう場合は、
HbA1c を不用意に7%以下には下げないように、
しかし、極力7.5%を超えないようなコントロールを心がけます。
これは7.5%を超えると、
動脈硬化以外の糖尿病の合併症は、
明らかに増加することが分かっているからです。
HbA1c は確かに有用な糖尿病のコントロールの指標ですが、
それだけに振り回されると、
患者さんの身体全体で、
何が起こっているのか、
という本質を見失いがちになります。
必要なことは簡便な動脈硬化の指標と、
インスリンの過剰がないかどうかの指標です。
それとHbA1c とを適切に組み合わせてゆくことが、
僕は糖尿病治療のこれからのありかたなのではないか、
と思い模索しているところです。
今日はHbA1c に頼り過ぎる、
糖尿病治療の落とし穴についての話でした。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2010-02-19 08:34
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コメント(6)
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とても有用な話を聞かせていただきました。毎回役に立ちます。
by 高経 (2010-02-19 19:50)
はっこうです。
大変勉強になりました。
はっこうは投薬治療でHbA1cが5.5まで下がりました。
どうも急性の高血糖症らしいと自分では思っています。
でも、ドクターはとても慎重でして、少しずつ薬とともにゆっくり下げましょうと言ってくれます。
信頼のできる医師と出会えたことに感謝しています。
話は代わりますが、犯罪被害者支援で幡ヶ谷には3年半も通いました。
風を引いて6号通りの医院に通ったことがあります。
そちらの医院かどうかはもう記憶がありませんが、6号通りは懐かしく思い出されます。
ホテルニュー東京さんに多く滞在しました。
6郷通りにはあの「納豆定食」だけのお店「ねばり屋」はあるのでしょうか。
もし、あるのであれば、いつかその記事を再掲したいと思います。
よろしくお願いいたします。
by はっこう (2010-02-19 21:53)
高経さんへ
コメントありがとうございます。
少しでもご参考になれば嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2010-02-19 22:15)
はっこうさんへ
コメントありがとうございます。
「ねばり屋」は残念ながら、
昨年閉店になりました。
幡ヶ谷にも不況の風が吹きぬけていて、
医療機器大手のメーカーの本社が、
昨年移転してしまい、
飲食店の閉店が相次いでいます。
嫌な時代です。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2010-02-19 22:25)
はじめまして、薬剤師1年目のハイリョウともうします。
いつも勉強させていただいています。
糖尿病の測定法は日本(JDS値)と海外(NGSP値)では違うのでHbA1cが0.4ほど違うと聞いたことがあります。
今月号のランセットの論文を読んだ時、7%(論文で7.4%)ぐらいが一番良いということなのかなと思ったのですが違うのでしょうか?
そろそろ新しい日本の糖尿病の診断基準がでるようですね。
興味があるところです。
よろしくお願いします。
by ハイリョウ (2010-02-20 09:35)
ハイリョウさんへ
コメントありがとうございます。
それはあまり気にしないで書いてしまいました。
言われるように0.3~0.4程度低い、
という報告がありますね。
現在では測定法も複数あり、
簡易測定も存在するので、
現実には0.5程度のばらつきは、
当然ある、と考えるべきなのかも知れません。
Lancetには、データの性質上、
測定法は一種類ではなく、
ばらつきがあるのは止むを得ない、
というニュアンスのことが書かれています。
(一応補正はされているようですが)
LDLコレステロールの測定もそうですが、
実際には測定法自体が異なるのに、
海外の結果をそのまま同じように、
論じる見方が多いのは問題ですね。
僕も気を付けます。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2010-02-20 22:03)