SSブログ

L/H 比(動脈硬化指数)の話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から山積みの事務仕事をして、
終わる様子もなく、
中断して今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は最近クローズアップされている、
L/H 比という動脈硬化の指標についての話です。

L/H 比とは何でしょうか?

L はLDLコレステロールのことで、
H はHDLコレステロールのことです。
つまり、L/H 比とは、
LDLコレステロールの値を、
HDLコレステロールの値で割り算した値のことです。

LDLコレステロールは、
一般に悪玉コレステロールと呼ばれ、
HDLコレステロールは、
それに比較して善玉コレステロールと呼ばれています。

勿論そんなに簡単に、
色分けの出来るものではありませんが、
こと動脈硬化の進行、
という観点で言うと、
悪玉コレステロールはなるべく低く、
善玉コレステロールはなるべく高い方が、
動脈硬化は進行し難い、
という言い方はそれほど間違ってはいない、
と思います。

この動脈硬化指数という考え方は、
以前からあったものですが、
この2つのコレステロールの値の関係は、
それほど科学的なデータに基くものではありませんでした。

一方は低い方が良く、
もう一方は低い方が良いのなら、
互いに割り算すれば、
より結果がクリアに出るのではないか、
という程度の発想だったのです。

その考え方が変化したのは、
2007年に1つのトピックとなる論文が、
海外で発表されたからです。

JAMAという雑誌に発表された、
「Statins,High-Density Lipoprotein Cholesterol,and Regression of Coronary Atherosclerosis 」
と題された論文です。

この内容をかいつまんで言うと、
4つの大規模臨床試験の結果を分析したところ、
高脂血症の薬を使って、
悪玉コレステロールを低下させる治療を行なうと、
善玉コレステロールも上昇した時に限って、
心臓の血管の動脈硬化が改善する、
というものです。

こうした論文を読む場合のポイントは、
一体何を指標にして、
動脈硬化を評価しているか、ということです。

この場合、評価の対象になっているのは、
心臓の血管に管を入れて検査をした時に、
超音波を用いて計測された、
「プラーク」と呼ばれる動脈硬化巣の、
体積がどう変化したか、という数値です。

「プラーク」があれば、
血管は狭くなります。
この論文のポイントは、
悪玉コレステロールを薬で低下させ、
その時に同時に善玉コレステロールが上昇すると、
その場合に限って、
心臓の血管のプラークが小さくなり、
血管が広がった、という結果が得られたことです。

つまり、動脈硬化の病気を持つ人が、
コレステロールを改善する治療をすると、
結果として動脈硬化自体が、
良くなる可能性がある、ということを示しています。

それまでにも、
悪玉コレステロールを低下させると、
新規の心臓の発作を起こし難い、とか、
再発を起こし難い、
という論文は幾つもありました。

しかし、実際に治療の結果として、
心臓の血管が広がり、
それが、悪玉コレステロールの低下と、
善玉コレステロールの上昇の、
両方に関わっている、
という論文は殆ど存在しなかったのです。

ここに、L/H 比というものが、
クローズアップされた意味合いがあります。

ただ、この論文の結論は、
「悪玉コレステロールが87.5mg/dl より低下し、
善玉コレステロールが7.5%以上上昇した時に限り、
動脈硬化巣は縮小した」
というものです。
L/H 比は計算されていはいますが、
メインのデータにはなっていません。

その後、この論文の著者が、
このデータを元に、
「L/H 比が2.0を超えると動脈硬化は進んでしまうが、
それ以下では縮小する可能性がある」
と発言するようになったのです。

この結果が日本に輸入され、
現在テレビなどでも盛んに報道されているのです。

ただ、これは海外のデータであり、
日本人に直接的に使用出来るものとは限りません。

最近かなり欧米に近付いているとはいえ、
日本では欧米ほど心臓病は多くなく、
脳梗塞の方が多いからです。

それでは、日本人で同様のデータはあるのでしょうか?

この点はちょっと微妙です。

COSMOS 試験と呼ばれた試験があり、
これは心臓病の患者さんに、
コレステロール低下療法を行ない、
悪玉コレステロールの値を、
80mg/dl 以下まで強力に低下させたものです。
悪玉コレステロールの基準値は、
通常139mg/dl 以下ですから、
それより遥かに低い値まで、
要するに通常考えると異常に低値まで、
無理矢理薬で下げた訳です。

その結果どういうことが起こったでしょうか?

海外論文と同じように、この試験も、
心臓の血管に管を入れ、
超音波の検査で、血管の狭さと、
動脈硬化巣(プラーク)の大きさとを、
計測しています。
その結果一定のレベルで、
プラークは縮小傾向が認められました。

ただ、肝心のL/H 比と動脈硬化の改善との関係を見ると、
どうもあまりはっきりとした関係がありません。
それどころか、悪玉コレステロールの低下の程度とも、
あまりはっきりとした関係が得られなかったのです。

この結論を単純に考えれば、
コレステロールの変化以外の何らかの要因で、
動脈硬化は縮小したのだ、
ということになります。

しかし、それは一体何でしょうか?

ちょっと奇怪です。

他にも日本で幾つかのデータがありますが、
実際にクリアにL/H 比と動脈硬化巣の縮小との、
関係が得られたものはありません。

結局は最初の海外論文が、
この点については唯一の拠り所になっているのです。

この問題のポイントは、
善玉コレステロールを上げる、
確実な方法がない、という事実です。
それがないのに、
L/H 比を下げよう、という理論が1人歩きすると、
結果として、悪玉コレステロールの値を、
極端に下げなければいけなくなります。

仮に善玉コレステロールが40mg/dl の人がいれば、
その人の動脈硬化を進ませないためには、
悪玉コレステロールは80mg/dl 以上、
あってはいけないことになります。

感覚的には僕はこれではあまりに下げ過ぎではないか、
と思います。

コレステロールを下げることは良くない、
という主張を声高にされる方がいます。

しかし、心臓の血管の動脈硬化に関しては、
コレステロール低下療法に一定の効果があり、
動脈硬化巣が縮小することも、
ほぼ事実と考えて良いと思います。
(脳梗塞をこれと混同して話される方がいますが、
それは全くの別物です)

ただ、L/H 比のような数字に関しては、
それが1人歩きすることは危険な場合があり、
必ずしも日本人ではっきりとした知見が得られていない、
ということもまた、頭に留めておくべきではないかと思います。

大体において、
元は海外のデータであるにも関わらず、
日本の研究者が、
それほどの症例数でもなく、
それほどの厳密さもない自分のデータを、
その結果に積み足して、
あたかも日本人で全て立証された事実であるかのように、
テレビで喋り、製薬会社のパンフレットに、
雑文まがいの宣伝文を書き散らすのは、
ちょっと問題ではないかと思います。

最近はL/H 比を1.5以下にしろ、
という主張が主流ですが、
その根拠は必ずしも明確ではないと思いますし、
行き過ぎではないかと僕は思います。
(元の論文の著者は、1.5以下のデータも示してはいますが、
それは全例そうすべし、という趣旨ではないと思います)

今日はL/H 比の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(2)  コメント(5)  トラックバック(0) 

nice! 2

コメント 5

名無し

こんにちは。いつもこちらで勉強させていただいています。
この日記とは関係がないのですが
こどもの臨床試験結果というのはもう出たのでしょうか?
何分素人なもので、調べても良くわかりませんでした^^;
もしでているのであれば所長さまの見解をお教えいただければと思います。
私には卵アレルギーを疑うもうすぐ2歳の子供がおり、地域では子供の接種の前倒しがはじまっており、どうするか迷っています。
ちなみに季節性の接種は問題なくすんでおります。

by 名無し (2009-12-07 13:01) 

高経

初めて通りすがりに立ち寄りいっぺんにファンになりました。
L/Hの話しだけでなく、新型インフルの話しなど一気に読みました。
時間のあるときに他の話題もゆっくり読ませて頂きます。
難しい問題を分かりやすく解説されていますので
大変参考になります。それにしてもお忙しいと思いますが、
お身体はご自愛下さい。
さて、L/Hの件ですが、最近テレビなどでしばしば取り上げられるので
今更何があったのかと思っていました。
最近も私のかかりつけ医から、LDL=120でHDL=45だから、
L/H=2.7で高い。1.5を目標とする方が良い。
これまでメバロチン10MGを飲んできたがストロングスタチン(リバロ)
にすればLDLは100を切るから飲んでみてはどうかと言われました。
そうなんです、色々努力しているけどHDLを上げるのは至難の業
ですね。一方、LDLを下げるのはストロングスタチン飲めば多分
下がりますね。
薬って怖いですね。さて、このまま薬を替えないか、
替えるか決断しなければなりません。
L/H=1.5はともかく、もう少し下げたが良いので先生のアドバイス
に従うことになりそうです。
by 高経 (2009-12-07 13:18) 

fujiki

名無しさんへ
コメントありがとうございます。

僕の知る限りまだ公表されてはいないようです。
大体、先に、
「新型ワクチン小児でも充分な効果!」
みたいな先行の記事が何処かに出て、
それから数日して公表されるか、
検討会の資料が会議後に公開され、
その資料として公開されるかが、
パターンです。
差し迫った状況がない限り、
すぐに公表はされないのではないでしょうか?

要するに、実地に打つ医者や、
お受けになる皆さんのために、
実施されている訳でもなく、
公開される訳でもないのだと思います。
by fujiki (2009-12-08 06:33) 

fujiki

高経さんへ
コメントありがとうございます。

ちょっと裏の事情を言うと、
製薬会社としては、
以前のコレステロール降下剤が、
ジェネリック主体になってしまったので、
新薬に「HDLが上がる!」のような、
付加価値を付けたいのだと思います。
それは勿論効果があれば、
それは良いことですが、
HDLの上昇については、
ちょっと微妙な割に、
宣伝が過剰なような気がします。

僕自身は、L/H 比は、
2.0以下を目標に考えています。

これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2009-12-08 06:39) 

山本誠之

クレストールを服用している73歳です。HDLコレステロール値が86(去年は54)、LDLコレステロール値が62(去年は87)です。善玉が増えて悪玉が減ったのです。が、L/H=0.72となり戸惑っています。健康番組では、LDLコレステロールは肝臓などで造られ血液で送られ、細胞やホルモンを作る。一方HDLコレステロールは余って肝臓に帰ってきて再利用されるということでした。62出ていったものが86帰ってくるとはどういうことですか。薬の効きすぎが心配です。次回の受診時にかかりつけの医師に訊きますが、効目の低い薬を探すか、服用をやめて様子をみるかした方が良いように思われますが、如何したものかと思案中です。知識のある方のご意見をお聞かせください。
by 山本誠之 (2014-05-06 12:06) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0