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非結核性抗酸菌症の話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
朝からカルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は最近増加している肺の病気の話です。

まず、こちらをご覧下さい。

これは70代の男性の方の、
肺のCTの画像です。

赤い矢印の先に小さな空洞があり、
その周りが白くなっているのは、
肺の炎症があることを示しています。
また、青い矢印の先では、
気管支が拡張し、気管支の壁が厚くなっている、
気管支の炎症の所見も見られます。
お示ししたのは1枚だけですが、
実は同じような所見が、
肺のあちこちに見られているのです。

肺に空洞があり、炎症があります。
単純にこの画像だけを見れば、
肺結核を疑わせる画像です。
ところが、この方は特に熱もなく、
咳や痰の症状もありません。
健康状態は、自覚的にはすこぶる快調なのです。

もしこの所見が結核によるものだとしたら、
何故この方には何の症状もないのでしょうか?

実はこの方は結核ではなく、
「非結核性抗酸菌症」という病気だったのです。

「非結核性抗酸菌症」とは一体何でしょうか?

「抗酸菌」というのは、
細菌を人間が恣意的に分類した時の、
1つの区分のことです。
一旦色素で染めた細菌を、
酸で脱色する、という操作をすると、
大抵の菌は脱色されるのですが、
中に脱色されない細菌が存在します。

これが「抗酸菌」です。

「抗酸菌」の中で最も知られているのは、
皆さんお馴染みの「結核菌」です。
ただ、「抗酸菌」の仲間には、
「結核菌」以外の細菌も存在していて、
そうした菌による人間の感染症もあることが、
次第に明らかになって来ました。
この結核菌以外の抗酸菌のことを、
まとめて「非結核性抗酸菌」と呼んでいるのです。
この名称は比較的最近のもので、
それ以前には「非定型抗酸菌」と呼ばれていました。
以前には、結核こそ抗酸菌の代表だ、
と考えられていたので、
「非定型」という仲間外れのような言い方をしたのですが、
詳細が分かってみると、
多くの抗酸菌の中での、
変り種が結核菌だ、ということが判明したので、
名称が変更されたのです。

「非結核性抗酸菌」には幾つかの種類がありますが、
概ねその感染力は弱く、
人に感染することはあっても、
人から人に感染する力はないと考えられています。
つまりおとなしい「抗酸菌ファミリー」の中で、
結核菌は突然変異の暴れ者、と言って良いかも知れません。

この結核菌以外の抗酸菌は、
河の水などに主に生息しています。
従って、生水を飲むと、感染する可能性があります。
また、最近では24時間循環タイプの風呂の水や、
シャワーの水からの感染が問題となっています。
塩素の殺菌効果は、抗酸菌に対しては、
充分でないことが多いのです。

「非結核性抗酸菌」の感染症は、
最近増えているという報告があります。
これは結核が減ったための相対的な増加ではないか、
という説がある一方で、
菌自体の変化や、人間の側の免疫状態の変化が、
その背景にあるのではないか、という説もあります。

実際、以前には「非結核性抗酸菌」と結核菌の感染との見分けは、
それほど簡単なものではありませんでした。
従って、以前結核として治療された事例の中に、
結構非結核性抗酸菌の感染が、
混ざっていたと考えられます。

結核の診断には結核菌を確認する必要があります。
そのためには、通常菌の培養を行なうのですが、
結核菌の増殖のスピードはゆっくりしているので、
その診断には数ヶ月の時間が掛かります。
そのため、まず手っ取り早く出来る、
「抗酸菌」が存在するか、という診断を行ないます。
その結果は検査会社に依頼しても、
数日のうちには判明するのですが、
実はこの検査は結核菌以外の「抗酸菌」でも陽性になるのです。

このため、結核菌と診断して治療を開始したら、
実は結核ではなかった、という事例が結構存在したのです。

現在では、PCRという手法を使った、
結核菌の遺伝子診断が普及し、
そうした誤りは非常に少なくなりました。
簡易検査で抗酸菌が陽性であっても、
遺伝子検査で結核菌が陰性であれば、
非結核性抗酸菌を疑って、
検査を進めるという段取りになるのです。

「非結核性抗酸菌」の感染症で、
一番問題になるのは、
「治療をするべきかどうか?」
という決断です。

この病気はじわじわと進行することが多いのですが、
その進行のスピードは遅く、
症状も結核と比べれば軽度で、
軽い咳や息切れ程度のことが多く、
上の事例のように、全く症状のないことも稀ではありません。
従って、症状で発見されるよりも、
たまたま健診などで撮ったレントゲンで、
異常を指摘されて診断されることの方が多いのです。
ある統計では、重症例を含めても、
5年で悪化したのは6割程度で、
軽症例では、悪化は1割程度という結果でした。
しかも、結核のように他人には移りません。

それでも、有効性の高い治療があれば、
あまり迷わないのですが、
複数の抗菌剤を結構高用量で使用し、
その期間も1年半から2年に渡ることも稀ではなく、
その上再発率も1割~3割と高率なのです。
つまり結核とほぼ同等の治療を、
結核と同じくらいの期間続けなければならず、
それでいて、その効果は結核より低いのです。
副作用も高率に起こります。

それで放っておいても、あまり悪くならないのだとしたら、
その治療の選択は非常に迷うところです。

現時点では、まず全身状態や悪化傾向がないかどうかを、
充分にチェックした上で、
悪化の傾向があれば、副作用が許容出来る範囲で、
治療を行なう、というのが、
一般的な考え方だと思います。

ただ、その考え方は往々にして患者さんには、
正確に伝わっていないことが多く、
「様子を診ましょう」という方針であると、
受診が中断されてしまったり、
逆にレントゲンで異常があるのに治療が行なわれないことに、
患者さんがご不審を持たれたりすることも、
しばしばあるのが、実状ではないかと思います。

今日は「非結核性抗酸菌症」の概説でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 3

なださん

65歳の主婦です。先日、培養検査にて「非結核性抗酸菌症」と診断されました。1度、喀血したことがあります。が、咳、体重減少等はまったくなく、ウオーキング、水泳をほぼ毎日楽しんでおります。医師は治療開始を進めますが、私は副作用があると聞いているので、拒んでおります。体調が悪くなってから開始したいと思っておりますが、それからでは手遅れなのでしょうか。
by なださん (2014-01-15 15:16) 

fujiki

なださんへ
それは病変の広がりや菌の種類、
病変の進行の有無などによっても、
異なると思いますので、何とも言えません。
主治医の先生に、
慎重に経過を見ながらもう少し様子を見る選択肢について、
お話しをして頂くのが良いように思います。
逆に言えば、
先生が治療をお勧めになる理由を、
まずはお聞きしてみて下さい。
by fujiki (2014-01-16 08:10) 

なださん

早速のお返事有難うございます。菌はマック菌です。主治医が治療を進める理由は、すべての人に副作用があるのではないと言うことと、まだ、65歳だからとのことです。私は、現在、肺に影が出ていても、飛び回るほど元気な状態です。ですので、とりあえず6か月後にもう一度診察をするということで、様子をみることにして頂きました。
私が拒否する理由は、薬を飲んでも必ず治療になるとは言いきれないのと、副作用のことが気になるからです。
もう一つお伺いしたいのですが、プールは良くないのでしょうか。
それから、CTを6か月ごとに撮影しても大丈夫なのでしょうか。この病気の自然治癒は期待できないのでしょうか。お忙しい中、本当に申し訳ありませんが、上記の件宜しくお願いもうし上げます。
by なださん (2014-01-16 14:26) 

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