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病院は誰のための場所か? [悪口]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から事務仕事をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は久しぶりにちょっと悪口を書きます。

国の役所の方針で、
医療費を削減することを目的として、
病院に入院する期間を短縮するための、
診療報酬の改定が行なわれました。
もう何年も前のことです。

長い入院だと強制的に退院させられる、とか、
病院をたらい回しにされる、
とかと言われるあれですね。
こうした表現は正確とは言えませんが、
概ね事実を反映しています。

ただ、役所のやることというのは巧妙で、
たとえば「1ヶ月以上の入院は原則として禁ずる」、
と言えばそれでいいのに、
決してそうは言いません。
言えば役所の責任になるからです

その代わりに、
診療報酬を入院後1ヶ月で減額することを決めます。
病院の収入は現実的には国が管理しています。
それを減らしてしまう訳です。
たとえば、半額にするとします。
すると、そのまま患者さんを入院させていれば、
病院は赤字になってしまいます。
わざわざ赤字になる金額を、
逆算して決めているのだから、
これは当然のことです。
しかも、入院の期間の短いことを、
良い病院の条件として規定するのです。
そうすれば、嫌でも病院は患者さんを1ヶ月以内に、
退院させようとします。
でも、無理矢理退院させられた、
患者さんが恨むのは病院で、
そのシステムを決めた、
顔の見えない役所ではありません。
(1ヶ月に半額というのは、
分かり易くするためのレトリックです。
実際にはもっと複雑怪奇で、
14日後、30日後と、
加算点数が減額される、
という形を取って、
病院への収入が減らされます)

資本主義の世界における権力は、
このようにお金で仕事を縛ることで行使されます。

そして、この世に「悪」というものが存在するとすれば、
その純粋な形の1つが、ここにあると僕は思います。

仮にその政策で医療費が削減されたとして、
それに何の意味があるでしょう。
目的もお金で、手段もお金です。
お金のバランスだけが存在し、
人間は消えてしまいます。
人間のない医療費とは一体何でしょう。
生き物が全て死に絶えた病院の中で、
医療器械だけが永遠に動き続けている姿を、
僕は想像します。

最近僕が患者さんのご家族からお聞きした、
1つの事例をお示ししましょう。

患者さんはAさん。
軽い認知症のある、70代の女性です。
高血圧で定期的に通院をしていましたが、
ある冬の日の朝、
朝食を食べた直後に、
言葉が出なくなり、冷や汗が出て、
それから意識を失いました。
一緒に暮らしていた息子さんが、
すぐに救急車を呼び、
Aさんは都内の救急病院に運ばれました。
病院でベットに移された時には、
Aさんの意識はかなり回復していました。
しかし、言葉はうまく喋れず、
右手と右足がスムースに動きません。
血圧は上が200を超えていました。
すぐに撮った頭のCTには異常はありませんでしたが、
脳梗塞が強く疑われ、
Aさんは緊急入院となりました。
翌日のMRI検査で、
脳の左側の比較的大きな梗塞が見付かりました。
これで診断は確定。
年齢や全身状態を考慮して、
血の塊を溶かすような治療は行なわず、
安静にして、全身状態を管理し、
自然な回復を待つ方針となりました。

Aさんは徐々に回復され、
言葉も少しずつ出るようになりましたが、
右の麻痺は残ったため、
数日後には早くもリハビリが始まりました。

お見舞いに来た息子さんは、
リハビリを始めたAさんの様子を見て、
ちょっと不安を感じました。
顔色は悪く、何処となく辛そうな様子です。
麻痺のあることは仕方がないとしても、
少なくとも以前の母親の様子とは、
随分違っています。

こんなに辛そうなのに、
果たしてリハビリを無理に進めていいのだろうか、
と息子さんは不安に感じ、
主治医に相談しようとしますが、
忙しくて、あまり取り合ってはもらえません。
看護師さんに聞くと、
「いつまでも寝ていたら、すぐに寝たきりになってしまいます。
今はこうするのが常識なんですよ」、
と息子さんの無知を笑うような言い方です。

それから2週間ほどで、
主治医から話があり、
経過は順調なので、
もういつでも退院出来ますよ、
と息子さんは告げられます。
言葉はソフトですが、
明日にでも退院を、
と有無を言わさぬ調子です。

でも、Aさんの具合の悪そうな様子は、
息子さんの見る限り、
大して変化はありません。
食事も漸く自分で食べられるようになったばかりです。
リハビリもそれほど進んでいるとは思えません。
脳梗塞というのは重病なのだ、
というのが息子さんの感覚です。
何ヶ月も入院するのかと思っていたのに、
1ヶ月も経たないのに家に戻って、
本当に大丈夫なのか、
と不安は膨らみます。

ただ、「今の医療は進歩しているので、
治療も進み、昔のように長く入院する必要はないんですよ。
そんなことをすれば、却って悪くなってしまうんですよ。
患者さんにとってはお家が一番なんですから」、
と看護師さんに言われれば、
確かにそうかな、と思わなくもありません。
いずれにしても自分は素人です。
何となく不安を感じても、
専門家が揃っていいと言うのですから、
反論する訳にもいきません。
息子さんは自分の仕事をやりくりして、
2日後の退院を決めました。

退院の前日の夜、
息子さんはいつものように仕事帰りに、
お見舞いに病室を訪れました。
すると、Aさんは常になく興奮した様子で、
「苦しい。お迎えが来た」などと言います。
顔には玉の汗が浮かび、
目もうつろで何処を見ているのか分かりません。

息子さんはすぐに看護師さんを呼びました。
心配してくれるかと思いの外、
看護師さんは冷静な様子で、
「ああ。最近いつも夜はこうなんですよ。
病院の生活で、昼と夜が逆転して、
それで夜に興奮されるんですね」
と言います。
息子さんは主治医には是非連絡してくれるように言います。
看護師はしばらくして戻って来て、
「電話で連絡をしましたが、
そのまま様子を見ていいとのことでした」
と言います。
診察をすることもなく、
翌日の退院も予定通りです。
退院を伸ばして欲しいと再三息子さんは言いましたが、
「もう次の患者さんが決まっているんです。
お家に帰れば落ち着きますよ」、
の一点張りです。

その翌日、
目がうつろでふらつく様子のまま、
息子さんに支えられて、
Aさんは退院されました。

その夜です。

Aさんは再び意識を失い、
救急車で同じ病院に運ばれました。

翌日のMRI検査で、
今度は前回とは反対側の、
脳の右側の梗塞が見付かったのです。

その2週間後にAさんは亡くなりました。

Aさんの脳の血管は、高度の動脈硬化に伴い、
非常に不安定な状態にあったと推測されます。
詰まりかかっていた場所は1箇所だけではなかったのです。
それを、「右中大脳動脈の閉塞に伴う脳梗塞」、
のような1つの括りで、
処理したところに問題がありました。
最初の判断が誤っていると、
後はベルトコンベアーに乗ったように、
いつからリハビリ、いつに退院、と、
1つのマニュアルだけが優先されてしまい、
人間は消え、いつまでに処理されるべき物、
として対応されてしまうのです。

脳梗塞直前の状態にあったのに、
リハビリを無理強いしたことで、
病状は不安定になり、
Aさんの体調は悪化しました。
ただ、心臓の血管の場合のように、
痛みが出る訳ではないので、
はっきりした症状がないと、
「入院に伴う精神症状」とか、
「認知症が進行した」、
とかと見過ごされてしまうことが往々にあるのです。

そして、その裏にあるのが、
「早く退院させるのが良い病院である」、
という役所の方針です。

Aさんにとっての最良の医者は、
本当は息子さんでした。
息子さんだけが、
Aさんの本当の病状を直感的に見抜いていたのです。

病院は誰のためのものでしょうか?

公的な役目を間違いなく担っている病院では、
入院も退院も、医療者側の一方的な判断のみで、
決定されるべきではないのではないか、
と僕は思います。

病を治すとはどういうことでしょう。

患者さん本人とご家族も含めた、
ある種の共同作業ではないでしょうか。
このケースの場合、
退院に関しては、
ご家族は明らかにご不安を持たれ、
伸ばして欲しい、という希望があったのですから、
主治医ももう一度相談の機会を持ち、
もう少し経過を見る方針にしていれば、
こうした不幸な転帰を取ることが、
阻止出来た可能性があったのでは、
と思われます。

ただ、以前であればこうしたことで、
退院が延びるケースは結構あったのです。
それがなくなったのは、
明らかに国の役所の方針と、
それを「お金」で暗に強制する、
悪魔的な計略の効果です。
勿論医療者にも責任はあります。
治療計画とそれに掛かる入院期間は、
1つの目安であって、
生身の人間にそれが常に、
適応される訳ではないからです。

僕が現時点で言いたいことはこうです。
もしあなたの本当に大切な人が、
病気で入院されたとしたら、
主治医の1人はあなた自身であることを、
心に刻んで下さい。
病院にその責任を丸投げしてしまったら、
絶対にいけません。
治療方針も退院の時期も、
あなたが決めるのです。
それを拒否することは、
誰にも出来ない筈です。
制度上利用すること自体にリスクのある、
病院という場所で、
あなたの大切な人を守る方法は、
それしかないのです。

そこでは、
医療費を削減することのみが正義とされる、
冷酷無比なシステムが、
厳に存在するという事実を、
忘れてはなりません。

皆さんはどうお考えになりますか。

あっ、
上の事例は患者さんからお聞きした事実を元にしていますが、
基本的には伝聞の情報であることをお断りしておきます。
また、いつものことですが、
患者さんの特定がされないように、
細部は敢えて変えた部分のあることも、
ご承知の上お読み下さい。
ただ、僕の家族自身の事例も含めて、
同様の事例は多く経験していて、
こうした事例が決して珍しいものではないことは、
確信を持ってお伝え出来ることと思っています。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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