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続・万能ワクチンは福音なのか? [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

昨日は最近報道されたインフルエンザの、
所謂「万能ワクチン」についての、
疑問を提示しました。

今日は一応僕の考える解決編です。

今日はちょっとややこしい話になりますので、
そのつもりでお読み下さい。
(もっとシンプルな話にするつもりが、
情報を収集しているうちに、
複雑怪奇になりました)

まずインフルエンザワクチンの構造を見て頂きましょう。

インフルエンザはRNAウイルスで、
中に遺伝子の一種である、
RNAの断片を持っています。
これが相手の細胞の中で増殖し、
感染を起こす訳です。

人間の身体は、
入って来たウイルスを、
敵と見做して攻撃をします。
その攻撃は、
主に敵を「抗原」で認識することから始まります。
人間の身体は、相手が敵であるかどうかを、
その全体で認識する訳ではなく、
ある一部で認識する訳です。
その場所のことを、
「抗原」と言うのですね。
これは通常蛋白質です。

ワクチンで免疫反応を起こさせるのには、
「抗原」の性質を持つ蛋白質が必要です。
その物質が抗原性を持つかどうかは、
その抗原を投与して、
免疫反応が起こるかどうかを見ればいいので、
比較的簡単です。
ただ、その時にどういうことが起こっているのかは、
通常は分かりません。
従って、結果的には免疫に大きな影響を与えていない、
抗原もある訳です。

もう一度さっきの図を見て下さい。

ウイルスが球状をしていて、
そこから突起が出ています。
HAとNAと書いてある突起が、
核蛋白質で、
M1とM2と書いてあるのは、
それとは別の蛋白質です。
この4種類は、
いずれも抗原性を持つことが分かっています。
要するに、この4つのうちどれかを体内に入れれば、
身体の免疫に何らかの反応が起こるのです。
それ以外に、粒子の内部にある、
RNAの断片には、
NPという核蛋白質がくっついています。

よくH1N1とか、H3N2と言われているのは、
このHAとNAの型を示した言葉です。
そして、この2つの部分だけを切り離して、
作られているのが、
現在主に使われているインフルエンザのワクチンです。

何故こんなことをしたかと言えば、
安全性が高く、
免疫を活性化させる力が強いことが、
多くの研究と実験から実証されたからです。
特にHA抗原はウイルスが細胞にくっつく時に必要なので、
厳密な意味で感染自体を防ぐには、
この抗原の存在が必須と考えられる訳です。

そこで問題は、
インフルエンザのウイルスが、
しばしばこのHAとNAの種類を変える、
ということです。
これを抗原変異と言います。
理屈から言えば、
HAとNA以外にも、
身体は抗原を認識している筈なので、
全く無防備になる筈はないと思われます。
ところが、実際には新型インフルエンザが流行すると、
殆ど無力であったかのように、
大流行が起こります。

これが免疫の1つの不思議ですね。

今回報道されたワクチンの仕組みを、
現在ある情報の中で推測すると、
2つの可能性が考えられます。

その第一は、
図にあるM2蛋白を抗原として利用したワクチンです。

実は、英米の文献で触れられている「万能ワクチン」
(英語の表記はuniversal vaccineです)
というのは、主にこのM2蛋白についてのものなのです。
M2蛋白は一種のイオンチャンネルで、
これがないとウイルスは球形の、
安定した構造を取ることが出来なくなります。

某大新聞の報道に、
球の中に蛋白質が波型に描かれた図が書かれていましたが、
開発されているのがM2蛋白のワクチンであるとすれば、
その図は全くの誤りです。
中にあるのはRNAの断片で、
M2蛋白質はウイルスの球形を維持している、
膜にあるからです。

確かにM2蛋白はA型インフルエンザでは、
一種類で変異はありません。

でもそもそもインフルエンザの免疫全体に対しては、
それほどの抗原性はない筈です。
もしあれば、人間がそれぞれ別の型のインフルエンザに、
悩まされる訳がないからです。

今回のワクチンが、
もしM2蛋白の抗原性のみを当てにしたものだとすれば、
その効果はかなり限定的なものだと、
思わざるを得ません。

ただ、勿論そこには抗原性を高める工夫がある筈です。

一応報道の範囲では、
くっついている脂質膜が、
蛋白の抗原性を高めていることが、
想定されます。

こうしたワクチンの効果を高める物質のことを、
アジュバントと言います。
ただ、それが本当にワクチンの効果を高めるのかについては、
マウスの実験結果しかない現在では、
あるともないとも言えない、
というのが事実だと思います。

もう1つの可能性は、
ウイルス粒子の中にあって、
RNAにくっついている、
NPという核蛋白質を抗原として用いる、
ワクチンなのではないか、ということです。
このNPは、細胞性免疫を誘導するのに、
重要な働きをしていることが分かっていて、
このNPに特異的な細胞障害性のリンパ球が、
ウイルスの感染した細胞を攻撃し、
細胞自体を殺してしまうのです。
もしそうした機序であれば、
結構画期的な発明です。
ただ、矢張りHAを抗原として用いないのに、
それほどの効果が期待出来るのか、
という疑問はありますし、
細胞性免疫のみを誘導するワクチンだとすると、
たとえ部分的に人間の遺伝子を入れてあるとは言え、
全く細胞性免疫の仕組みの異なる、
マウスのデータだけで実現性を云々するのは、
あまりに時期尚早という気がします。
また、細胞性免疫の増強というのは、
まだ分かっていない部分が多く、
一種のブラックボックスです。
NPを抗原として用いるだけで、
もし記事にあるような効果が得られたとしたら、
人間への応用は、
かなり危険な賭けになるような気がします。
(記事を読み返して見ると、
何となくこちらが本筋かな、
という気がして来ました)

いずれにしても問題なのは、
通常のワクチンは弱毒化された病原体自体か、
その一部分なので、
別個の病原性を持つことは皆無に近い、
と言って間違いではないのですが、
今回作られた「万能ワクチン」のような物質は、
未知の抗原性を持つ可能性のある物質だと言うことです。

要するに、
今までのワクチンにはないような、
重篤な副作用や免疫への悪影響が、
出る可能性があるのです。

たとえば、狂牛病の原因である「プリオン」は、
ただの蛋白質であるにも関わらず、
病原体のような性質を持っています。
人間が作り出したこの「万能ワクチン」が、
そうした性質を持たないとは、
断言出来ないと僕は思います。

僕の現時点での結論はこうです。
「万能ワクチン」が実現不可能とは思いませんが、
今の報道から判断する限りは、
それほど実現性の高いものとも思えません。
多分成功しても限定的な効果しかない可能性が高い、
と考えられます。
また、どういう方法を選択するにせよ、
「万能ワクチン」を作るということは、
通常に起こる免疫の作用を、
異常に刺激増幅するような、
手技であることに間違いはありません。
最初に開発されたブタ由来のインフルエンザワクチンは、
免疫系の異常に伴う副作用で多くの人を苦しめました。
それとは桁違いのリスクを、
こうした手技は持っているという事実を、
認識した上で、
今後の成果を見守る必要があると考えます。

適当なたとえかどうか分かりませんが…

今までのワクチンというのは、
現地の司令官に渡す、
「命令書」のようなものです。
通常は敵の存在を確認してから、
戦闘態勢を取るのですが、
「命令書」だけを手渡して、
「敵が来たぞ」と指示する訳です。
現地で兵士の指示をするのは、
あくまで現地の司令官です。
ただ、「万能ワクチン」の場合、
司令官の代わりに部外者が、
兵士を鍛え、直接指揮を執るのです。
時には「筋肉増強剤」のような薬を使って、
兵士を改造します。
しかし、兵士のことを本当の意味で把握していない部外者が、
兵士を指揮することにリスクはないのでしょうか?
兵士の統率が取れなくなって、
仲間割れをしたり、
指揮官に牙を剥くことはないのでしょうか?

僕の疑問は煎じ詰めればそういうことです。

何となくお分かり頂けたでしょうか。

最後に、インフルエンザが人間に感染した時、
どのように免疫が働くかの図を、
お示しします。
このどれかを利用して、
ワクチンが作られている訳です。

それでは今日はこのくらいで。
ややこしいマニアックな話になり、
すみませんでした。
明日からは、もっと分かり易い話題を続けますので、
めげずに読んで下さいね。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 4

けろきち

おはようございます。
インフルエンザウイルスの構造と、想像される
「万能ワクチン」について、少し理解できました。
ありがとうございます。

今のところ、夢のワクチンには見えないですね。
安全性については特に気になります。
まして数年後の実用化なんて無理!!と思います。

やはりアドバルーンでしょうか!?

by けろきち (2009-02-10 10:20) 

tanico

ちょっとめげそうになりましたが、いつもどおり興味深く読ませていただきました。
先日から、なんとか、新型インフルエンザ対策の明るい話を聞きたいものなのですが、なかなかそうもいかないのですね。
万能ワクチンも、今のところ思ったよりは期待が薄そうで、ちょっとショックです。

新薬については、今は期待値はどのような感じなのでしょうか?

しかし、何よりも、ミュージックステーションでのユニコーンを見逃したことが、本当にショックで仕方ありません。
(大好きだったんです)

by tanico (2009-02-10 10:37) 

fujiki

けろきちさんへ
どうも非公開の専門家の会議で、
中間報告が出され、
その内容が部分的に報道されたという経緯のようです。
発表前なので、細かい内容は伏せられているのでしょう。
続報を待たないと何とも言えないところだと思います。
by fujiki (2009-02-11 10:01) 

fujiki

tanicoさんへ
新薬は国産のものを含めて、
治験の段階に入っているものが、
幾つかありますね。
タミフルと同様の効果で、
持続の長いものと、
ウイルスのタミフルとは別の部分をターゲットにした、
新しいメカニズムの薬です。

「新型インフルエンザ」は確かに脅威ですが、
これまで人類を襲った多くの危機と比べれば、
今回は世界的な規模で備えが出来ている、
むしろ稀有の例なのではないかな、
という気もします。

僕自身は、流行したら多分真っ先に感染するのだろうな、
とある意味割り切っています。

ユニコーンは良かったですよ。
でも、またテレビに沢山出ると思うので、
その時は是非聴いて下さい。

これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2009-02-11 10:23) 

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