SSブログ

抗うつ剤の歴史とその功罪について [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

先週SSRIの衝動性の亢進についての、
イントロダクションを書きました。

今日から何回かに分けて、
扇情的な報道よりはもう少し公正な目で、
抗うつ剤についての現状と、
今後のあるべき方向性についての、
僕なりの見解をまとめたいと思います。

最後までお付き合い頂ければ幸いです。

さて、抗うつ剤というのは、一体どのような薬でしょうか。

現在でも使用されている薬の中で、
世界最初の抗うつ剤は、
1959年に発売されたイミプラミン(商品名トフラニールなど)です。
所謂三環系抗うつ剤と呼ばれている薬の最初のものです。

それ以前にうつ病に対して使われていたのは、
メタンフェタミンやアンフェタミンなどの、
所謂「覚醒剤」です。
この薬には抗うつ作用はあるのですが、
全身の末梢神経に対する副作用が強く、
また慢性中毒の症状として、
幻覚や錯乱、妄想などの、「精神病様症状」が出現します。
機序は必ずしも明らかではありませんが、
長期の連用により、
人格は変貌して暴力的になり、精神は荒廃します。

このために、覚醒剤にあるような精神病や凶暴性を惹起する作用がなく、
うつに対して効果のある薬の開発が、
望まれていたのです。

SSRIに代表される抗うつ剤を非難する文脈の中で、
「構造が覚醒剤に似ているので、同じような作用があるのだ」
というニュアンスのことがよく出て来ます。
ただ、これは全くの暴論で、
若干構造式が似ていると言われれば、
それは嘘ではありませんが、
薬学を多少齧った人なら誰でもお分かりのように、
構造が僅かに違うだけで、
正反対の作用を示すような薬は幾らでもあります。
むしろ同じような構造なので、
同じような作用だろう、と推測することの方が、
遥かに危険な場合が多いのです。

そもそも、薬の歴史を紐解けば、
覚醒剤と抗うつ剤に相同性のあるのは当たり前で、
覚醒剤には元々抗うつ作用があるのです。
(神経刺激剤として覚醒剤と相同性のあるリタリンが、
重症うつに使われたのもそのためです)
しかし、それに勝る重篤な副作用や弊害があるので、
抗うつ作用を持ちながら、覚醒剤のような副作用のない薬を、
との研究の積み重ねが現在に繋がっている訳です。

こうした暴論を開陳している人の中には、
そんなことは承知の上で、
敢えて知識のない人を騙そう、
とのニュアンスが時に感じられ、
知識なく唱える人以上に、
僕は悪質なものを感じます。

ちょっと話が脇道に逸れました。
先を続けます。

さて、最初の抗うつ剤であるイミプラミンは、
元々は抗精神病薬(統合失調症の薬ですね)として開発され、
その過程で抗うつ作用が明らかになった、
という経緯の薬です。

ここに抗うつ剤というものの持つ、
1つの弱点があります。

要するに、何故抗うつ剤が効果があるのかのメカニズムは、
基本的には分かっていないのです。

確かに一般にもおそらく馴染みのある、
「モノアミン仮説」と呼ばれる考え方があります。

モノアミンというのは、脳の中の神経伝達物質で、
1種のホルモンのような作用をします。
そして、通常セロトニンとドーパミンとノルアドレナリンの、
3種類のことを指します。
このモノアミンが分解されるのを妨害する、
MAO阻害剤という薬が、
抗うつ作用を示すという事実や、
ノルアドレナリンを低下させるレセルピンという薬が、
うつ病を起こすという知見から、
脳の中のモノアミンを増やすことで、
抗うつ剤は効果を示すのだ、
という仮説が導かれました。
そして、実際にイミプラミンが脳の中のセロトニンやノルアドレナリンを、
増やすことも確認はされたのです。

「うつ病は脳の中のモノアミンが低下することによって起こり、
抗うつ剤はそれを増やすことによって効果を示す」
というのが「モノアミン仮説」です。
この考えは1965年に提唱されました。

この仮説は一見非常にもっともらしいのですが、
厳密な意味では現在でも仮説であって、
立証されたものではありません。
最大の疑問は抗うつ剤を飲めば、
すぐに脳の中のモノアミンの濃度は上がる筈なのに、
その効果が出るのには、
2週間程度の時間が掛かることが多い、
という観察された事実です。

皆さんも「抗うつ剤はすぐには効かないので、
1ヶ月くらいは様子を見ないといけないのだ」
という話をお聞きになったことがあると思います。

一応この事実の説明として、
神経の隙間のモノアミンが上昇すると、
神経はモノアミンを作るのを抑えるので、
すぐにはモノアミンは上昇しないけれど、
慢性に薬を使っていると、
その働きが馬鹿になって、
作る働きが抑えられなくなり、
効果が始まるのだ、とされています。

皆さんはこの説明に納得されますか?

そうしたこともおそらくはあるのでしょうが、
それだけで抗うつ剤の作用を説明するのは、
少し無理があるように感じられます。

要するに抗うつ剤は幾つかのメカニズムで人体に作用し、
抗うつ作用を示し、脳内のモノアミンの濃度を上昇させるのですが、
そのメカニズムを断片的にしか、
現代科学は理解してはいないのです。

しかし、いずれにしても、抗うつ剤の使用により、
多くのうつ病の患者さんが、
病気から回復されたことは事実です。

そして、この時点で問題になったのは、
抗うつ剤の副作用でした。

イミプラミンに代表される三環系抗うつ剤は、
うつ病に関係あるとされる、
セロトニンやノルアドレナリンを増やす作用以外に、
多くの脳内の受容体の阻害作用を持っています。
そのために抗コリン作用という、
便秘や口の渇き、尿を出難くしたりする作用や、
ヒスタミンを抑えることによる、
眠気やふらつきの副作用があります。
また、脳で部分的にドーパミンが抑えられるため、
手の震えや歩行困難などの、
パーキンソン病のような症状の出ることもあります。

このために、副作用の少ない薬の開発が、
患者さんのためにも利益の大きなものと考えられました。

その流れの中で、
まず開発されたのが、
所謂四環系抗うつ剤、というタイプの薬です。
この薬はシナプス前α2受容体を阻害する、
というちょっと特殊な作用の薬で、
その結果として、主にノルアドレナリンを増やします。
他の受容体の阻害作用があまりないので、
口が渇いたりする副作用がなく、
高齢者にも使い易い、というのが売りでした。
ただ、ヒスタミンの受容体を阻害する作用は意外に強く、
結構眠気が強いのです。
その割に抗うつ作用は弱いので、
あまり普及はしませんでした。
少なくとも三環系抗うつ剤に取って代わるような、
魅力のある薬ではなかったのです。
現在ではどちらかと言えば、
不眠症の治療に使われています。

ノルアドレナリンを単独で増やす薬に、
それほどの抗うつ効果がないとすれば、
矢張りセロトニンに特化した薬が、
より効果的で副作用も少ないのではないか、
とは誰でも考えます。
そして、セロトニンのみの再取り込みを阻害し、
脳内のセロトニンを増やす薬の開発が進められました。
そして、1983年に世界最初のSSRIである、
フルボキサミンが開発されたのです。

SSRI(セロトニン再取り込み阻害剤)は、
「モノアミン仮説」に則り、
セロトニンだけの再取り込みを阻害し、
他のモノアミンや脳の受容体の阻害作用を持たない、
というタイプの薬です。
日本での発売は10年以上遅れた1999年です。

この薬は発売当時、夢の新薬のような扱いを受け、
多くのメディアもそれに追従するような報道を行ないました。

その1つの大きなきっかけとなったのが、
今は「抗うつ剤は悪魔の薬」的な番組を垂れ流している、
NHKスペシャルで、1996年に放映された、
「人間の心を操る脳内薬品」という番組だった、というのも、
何かマスメディアの本質を如実に物語っている気がします。
自分達で無責任にブームを煽っておいて、
しばらくすると、
今度も無責任に正反対の意見を煽るのです。
自分で作った砂のお城を、
叩き潰す子供の所業に似ています。
さぞかし快感中枢を刺激する、楽しい仕事に違いありませんね。
こうした報道をする人間の脳を、
MR.BRAIN 風に機能性MRIに掛けてみれば、
おそらく戦争を楽しむ独裁者と、
同じ脳の部分が赤く染まっている筈です。
こうした存在こそ、本物の権力です。
そして、それに振り回される無力な多くの人間は、
たまったものではありません。

またちょっと話が横道に逸れました。

さて、鳴り物入りで登場したSSRIですが、
冷静に見てこの薬のメリットは、
三環系抗うつ剤に特有の副作用を軽減した、
ということが一番のポイントで、
抗うつ作用に優れているかどうかは、
あくまで「モノアミン仮説」による推測でしかなかったのです。
しかし、実際に使用してみると、
三環系抗うつ剤よりは弱いけれど、
抗うつ作用もまずまずの印象でした。

そして、副作用の少ない使い易い抗うつ剤として、
積極的に使用されるようになったのです。

ただ、1999年の時点で、
この薬に対して幾つかの問題点が指摘されていたことは事実です。
大分長くなり過ぎました。
SSRIの問題点については、
明日に譲りたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(2)  コメント(2)  トラックバック(1) 

nice! 2

コメント 2

まみしゃん

おはようございます!

今朝の朝刊(地元紙)に、やはりパキシルの攻撃性について書かれていました。

厚労省が注意喚起をしている。
双極性障害・アルコール依存症・人格障害・総合失調症を併存している人に副作用が出ている。
服用開始10日前後と、薬を増量した際に出やすい。
家族も注意が必要だ。

私のように、長い間服用していると効いているのかいないのかよくわからない・・・というのが本音で(-"-)

減量したらどうなるのかなぁと思っています。
少なくても、数種類出ている抗不安薬を減らす方向にいければいいなと思っています。
by まみしゃん (2009-06-09 09:53) 

fujiki

まみしゃんさんへ
コメントありがとうございます。
服用開始10日前後に多い、というのは初耳です。
どなたがそう言われていたのか、
教えてもらえないでしょうか?
by fujiki (2009-06-09 21:24) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 1