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「テラヤマキャバレー」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
テラヤマキャバレー.jpg
寺山修司が死の間際に最後の芝居を作る、
という構想の舞台が、
今日生劇場で上演されています。

寺山修司の天井桟敷は、
何とか最後に間に合った、という感じで、
1982年の紀伊国屋ホールの「レミング」を観ました。
同年には利賀山での「奴婢訓」もあったのですが、
それにはどうしても行けなかったのが、
今でも悔やまれてなりません。
同年には唐先生の紅テントも、
「二都物語(再演)」と「新二都物語」の同時公演で初体験し、
アングラの魅力に取り憑かれることになったのです。

「レミング」はその後に行われた横浜公演の録画が残っているのですが、
その時はもう寺山さん自身は立ち会っていなかったのだと思います。
正直かなり緊張感がない雰囲気が散見され、
こうした映像しか残っていない、
という点がとても残念に思います。

一生に一回だけ観た天井桟敷は、
本当に本当に素晴らしかったのですね。
特にオープニングに黒衣の異様な人物達が、
スローモーションを交えた独特の動きで集い、
その動きが次第に痙攣様の激しいものに変異して、
強烈なスモークと音楽と共に暗転する場面の素晴らしさは、
今でも脳裏に強く強く焼き付いています。

そして、暗転は完全暗転と言って、
全ての明かりを完全に消灯して、
劇場内は真の闇に包まれるのですね。
この完全暗転をあらゆる空間で実現させたのは、
これは空前絶後、唯一無二の寺山演劇のみの業績なのです。

完全な闇は、それだけで最高の舞台なんですね。
それも小さな空間ではなく、
ホールのような、普通は完全に闇になることのない大空間が、
完全な闇に包まれる、というのが素晴らしいのです。
そして、闇が去ると、
そこには奇蹟の如く、
それまでとは全く違った風景が出現しているのです。

最高です!

天井桟敷の映像は、
記録用に撮られたビデオが残ってはいるのですが、
それを見てもその雰囲気は全く分からないんですよね。
完全暗転とあの動きの感じ、
普通のスローモーションとは違う、
これはもう独自の動きなんですね。

今はもう当時の寺山芝居に実際に触れた人は、
高齢者しか残っていないので、
その情報自体がもう断絶し、
消滅しつつあるのだと思います。

さて、今回の舞台は寺山修司自身が主人公として登場して、
それを本人とは全くイメージの違う、
香取慎吾さんが演じています。

まあ生前の寺山さんに関わった人が、
寺山さん本人を登場人物として出演させよう、
というようなことはしないと思うのですね。
それはもうちょっと恐れ多いと言うか、
死後の世界から叱られそうな気がするからですね。
こうしたことが平気で出来るのは、
基本的に生前の寺山さんとは無関係で、
ある意味歴史上の人物としてしか、
寺山修司を感じていないからだと思います。

数年前に野田秀樹さんの作品でも、
寺山修司さんが役柄として登場して、
彼の未発表の作品を巡って物語が展開する、
というお芝居がありました。
これはある種野田さんとしての、
寺山さんへの決別宣言のように個人的には感じました。
寺山さんが生きていた時、
既に駒場小劇場での遊眠社の活動はあった訳ですが、
おそらく交流自体は殆どなかったと思います。

今回の作品はTPTでの活動で、
日本の演劇を変えたと言って良い、
デヴィット・ルヴォーさんが演出を勤めていて、
彼は「奴婢訓」のイギリス公演を観ているので、
寺山芝居に感銘を受けた1人であるルヴォーさんが、
どのように寺山演劇のエッセンスを再構成しようとするのか、
その点に一番の興味がありました。

その結果は…
うーん、言い方が難しいのですが、
寺山芝居的なものは、
あの興奮と驚きのようなものは、
今回の作品には全くありませんでした。

一番は台本を担当した池田亮さんという方が、
非常にお勉強をされた執筆されたのだと思うのですね。
それは良く分かるのです。
それから記録映像みたいなものにも全部目を通していると思うのですね。
それも理解は出来るのです。
でも、矢張り分かっていないんですね。
寺山芝居が本質的にどのようなものであったのか、
当時の観客が何を観て、何を感じ、何に興奮をしたのか、
それを全く理解はされていないんですね。

それからキャストの皆さんも、
寺山芝居の動きや演技、声の本質が、
どのようなものであったのかを、
矢張り理解はしていないんですね。

最初の方で黒衣の人達がスローモーションで集まって来るんですね。
あれは、明らかに「レミング」のビデオを見ての場面なのですが、
全然違うんだよね。
あれは言ってみれば、野田さんの芝居のスローモーションなんですね。
寺山芝居の動きはああしたものではないんですよ。
黒衣の人物がただ歩いているだけで、
「これはまともな人間の動きではない」という感じがするんですよ。
動きだけで観客の心に衝撃と戦慄を感じさせるのですね。
役者としても、もう命がけの動きなんですね。
それがああして再現されると、
もう切なくてたまらない気分になります。

一番はテンポかな、と思うんですね。
本物はもっと異常なスローテンポなんですね。
今の人が本物の寺山芝居を観ても、
多分そのテンポの遅さに、
耐えられないと思うのです。
でも、その異常な緊張、
現実離れしたスローテンポと異様な間合いこそが、
その本質の1つであったように思います。
その中に「大滅亡」のような激しい動きが挟み込まれるので、
その落差に衝撃性があった訳です。
舞踏の基本も「静止」でしょ。
これは能に通底するような考え方ですよね。
無限の動きが静止の中には含まれている、
というようなことなんですね。
それが今の人には絶対に分からないので、
「もっとテンポ良くやった方がいいじゃん」
ということになってしまうのだと思います。

ただ、こうして文句を言いましたが、
それはかつての寺山芝居の素晴らしさを、
是非分かって欲しいと思うからで、
今回のお芝居をけなしている訳ではないんですね。

これはこれでいいと思っているのです。

これは寺山演劇とは無関係です。
それを強調したいだけなのです。

今回のお芝居は、
オペラの「ホフマン物語」の雰囲気なんですね。
藝術家が過去を振り返る劇中劇の物語。
「死」という女性が登場して狂言回しになるのは、
「ホフマン物語」のミューズと一緒です。

最初に香取さんが1人で出て来て、
「レミング」の「世界の果てに連れてって」を歌い上げて、
それ以外にも寺山さんが作詞した曲の数々が、
歌われるのですね。
短歌も引用されますし、
縁の人物として三島由紀夫も登場し、
後半には唐先生も登場して、
「吸血姫」の劇中歌を歌いあげます。

唐先生には許可は取ったのかしら。
勿論取ったのでしょうが、
誰がどのように許可したのかに興味があります。
三島さんの遺族も、寺山さんの遺族も、
勿論許可したのでしょうが、
こんな風に扱われることを分かっていたのかしら。
その辺りにも興味はあります。

寺山さんのお母さんの挿話も出て来て、
寺山芝居を再現しようとした部分は、
見世物オペラの「身毒丸」がベースになっていますね。
舞台もそんな感じが少し匂っていて、
「お母さん、もう一度僕を妊娠して下さい」
という有名なフレーズも登場します。

ただ、寺山さんを巡る女性達を、
「ホフマン物語」のように再現して、
ラスボスとしてお母さんが登場する構図であるなら、
もっと踏み込んで欲しかった感じはあります。
多分分かっていても無理だったのかな。
今回の感じだと、寺山戯曲の母親の部分を、
ただなぞっただけのような感じがありました。

演出は総じてルヴォーさんとしては凡庸だな、
という印象はありました。
日本のスタッフや役者であれば、
もっと寺山修司のことを知っている筈だろう、
という思いがあったのかも知れません。

キャストは主役を演じた香取慎吾さんが、
とても良かったですね。
何度か香取さんの芝居は生で観ていますが、
今回が間違いなく一番気合が入っていたと思います。
意外にと言っては失礼ですが、
歌も上手いので驚きました。

そんな訳で寺山演劇がモチーフと言われると、
ちょっとイライラはしてしまうのですが、
そうしたことと無関係で鑑賞すれば、
舞台面はそれなりに美しく、
名曲の数々もノスタルジックで素敵なので、
これはこれで悪くないな、という思いで劇場を後にしました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごしく下さい。

石原がお送りしました。
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「殿様枕症候群」 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は訪問診療などの予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
殿様枕症候群.jpg
European Stroke Journal誌に、
2024年1月29日付で掲載された、
枕の高さが脳卒中のリスクに与える影響についての論文です。

これは国立循環器病研究センターの研究者による研究です。

脳卒中の多くは50歳以上で発症しますが、
中にはより若年での発症があり、
概ね18歳から50歳までの間に起こる脳卒中を、
若年性脳卒中と呼んでいます。
ただ、これは必ずしも国際的な定義のようなものではなく、
文献によっては45歳までになっていたり、
40歳までになっていることもあります。

日本においてこの若年性脳卒中の原因として、
多いことが指摘されているのが、
脳動脈解離です。

脳動脈解離というのは、
脳に繋がる動脈や脳の中を走る動脈の、
内膜という内側の部分が部分的に剥がれることで、
そこに血の塊が出来て血管が詰まったり、
出血したりすることによって、
脳梗塞や脳出血が起こります。

この現象は勿論高齢者にも起こりますが、
比率から言うと若年性の脳卒中に多いのです。

何故脳の血管の膜が裂けるのでしょうか?

生まれつきの血管の脆弱性や外傷など、
幾つかの原因が指摘されていますが、
それだけでは説明の付かない事例が多いのが実際です。

今回の論文の執筆者らは、
椎骨動脈解離の患者さんで、
通常より高さの高い枕を常用し、
朝起きた時から症状が発現する事例の多いことに着目し、
高い枕により首が後方に進展することが、
解離のリスクになるという仮定のもとに、
単一の専門施設で、
椎骨動脈解離と診断された患者53名を、
同時期に脳卒中の疑いで病院を受診した、
年齢などをマッチングさせた椎骨動脈解離以外の患者53名と、
枕の高さと病気との関連を比較検証しています。
対象者の年齢の平均は49歳で、
若年性脳卒中の事例が多く含まれています。

その結果、
12センチ以上の高さの枕を使用することは、
使用しない場合と比較して、
椎骨動脈解離のリスクを2.89倍(95%CI:1.13から7.43)、
15センチ以上の高さの枕を使用することは、
10.6倍(95%CI:1.30から87.3)、
それぞれ有意に増加させていました。
この関連は柔らかい枕より硬い枕でより強く認められました。

論文ではこれを「殿様枕症候群(Shogun pillow syndrome)」と呼び、
硬い高さの高い枕の使用に警鐘を鳴らしています。

如何でしょうか?

これはBritish Medical Journal誌の、
クリスマス特集のような論文だと思います。

殿様枕症候群というのはユニークですが、
真面目に言っているのかどうか、
正直疑問にも感じます。

高さ15センチの硬い枕というのは、
実際に測定すると相当のもので、
果たしてそんな枕を誰が使用しているのだろう、
と素朴に疑問に思います。
すぐに思いつくのは、
病院のベッドの枕ですが、
それでも高さ15センチにはなりません。

またこうした比較をするには、
症例数は如何にも少なく、
予め想定された結果を検証するには、
もっと多い事例を集め、
より客観的な検証をする必要があると思います。
信頼区間の大きさも、
それを裏打ちしているように思います。

これでとても高い枕が椎骨動脈解離の原因とは、
言えないと思いますが、
こうしたちょっとした生活習慣が、
原因不明の脳卒中のリスクになっている、
という指摘は興味深いことは確かで、
今後のより厳密な検証に期待をしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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カルシウムのサプリメントによる心血管疾患リスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
カルシウムのサプリメントと心血管疾患リスク.jpg
Diabetes Care誌に2024年2月付で掲載された、
カルシウムのサプリメントが、
糖尿病の患者さんに与える影響についての論文です。

カルシウムはサプリメントとして摂取される、
代表的なミネラルの1つで、
その使用は主に食事によるカルシウムの不足を補い、
骨粗鬆症の予防など骨の健康の維持にあると、
一般にはそう考えられています。

しかし、最近になってサプリメントでカルシウムを摂ることが、
心筋梗塞や脳卒中などの動脈硬化関連の病気のリスクを、
増加させるのではないかというデータが報告されて、
その安全性に疑問が投げかけられる事態となっています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3738985/

サプリメントでカルシウムを摂ることは、
通常の食事から摂る場合と比較して、
摂取後比較的急激に血液中のカルシウム濃度が上昇する可能性があり、
それが血管の石灰化などに繋がるのではないか、
という指摘もあります。

特に糖尿病の患者さんは、
動脈硬化進行のリスクが高く、
骨代謝の異常も指摘されていますから、
よりその影響を受けやすい可能性があるのです。

今回の研究はイギリスの有名な遺伝情報を含む大規模な医療データである、
UKバイオバンクのデータを活用して、
434374人の医療データを元に、
カルシウムのサプリメントの使用と心血管疾患リスクとの関連を、
糖尿病の有無によって比較検証しているものです。

その結果、
関連する因子を補正した結果として、
糖尿病の患者さんにおけるカルシウムサプリメントの使用は、
心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患のリスクを34%(95%CI:1.14から1.57)、
心血管疾患による死亡のリスクを67%(95%CI:1.19から2.33)、
総死亡のリスクを44%(95%CI:1.20から1.72)、
それぞれ有意に増加させていました。

その一方で糖尿病のない人では、
そうしたカルシウムサプリメントによる、
心血管疾患リスクの増加や生命予後の悪化は認められませんでした。

どうやら全ての人にカルシウムのサプリメントが有害であるのではなく、
糖尿病に代表されるような、
心血管疾患のリスクが高い人では、
そのリスクを増加させる可能性があるようです。

これはまだ現時点では確定的な知見ではありませんが、
カルシウムのサプリメントの意義が低下し、
そのリスクの可能性が高くなってきていることは事実で、
特に心血管疾患のリスクが高いような人は、
カルシウムは食事から充分摂取して、
サプリメントは使用しない方が安全であるとは言えそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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植物性タンパク質の摂取と健康寿命との関連 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
植物性蛋白摂取と健康.jpg
the American Journal of Clinical Nutrition誌に、
2024年1月17日付で掲載された、
タンパク質の摂取量と健康との関係についての論文です。

高齢になると、
筋肉が萎縮して細くなり、
筋力が低下して転倒などのリスクが高まります。
これをサルコペニアと呼んでいます。

タンパク質を多く摂ることで、
その予防に繋がり、
健康寿命が延びることを示唆するデータがあり、
良質のタンパク質を積極的に摂ることが、
高齢者において推奨されています。

ただ、たとえば牛肉のような赤身肉を多く摂ることは、
生活習慣病の増加に繋がることを示唆する報告もあります。
乳製品の摂取も議論のあるところです。

つまり、単純にタンパク質を多く摂れば良いのではなく、
その組成に配慮する必要がある訳です。

また、高齢者がタンパク質を多く摂っても、
それがそのまま筋肉になる訳ではありません。
高齢になればタンパク質を造る力や利用する力もまた、
低下することが想定されるからです。

その意味ではもう少し前の年代、
たとえば60歳未満くらいの時期にタンパク質を多く摂ること、
それも赤身肉のような動物性タンパク質に偏らない、
バランスの取れた摂取を行うことが、
その後の健康状態に、
最も有効に働くと想定されます。

しかし、実際にはそうした観点から、
タンパク質の摂取の与える影響を検証した疫学データは、
これまであまり存在していませんでした。

そこで今回の研究では、
アメリカで女性看護師を対象とした、
有名な大規模疫学研究のデータを活用して、
60歳未満の時期におけるタンパク質の摂取量が、
その後の健康長寿に与える影響を、
タンパク質の組成を含めて比較検証しています。

1984年の登録時に60歳未満で、
糖尿病や癌、心筋梗塞などの慢性の病気の既往がない、
トータル48762名の女性を対象として、
その後2016年までの長期の健康観察を施行。
2016年の時点でも癌、糖尿病などの持病がなく、
生活を介助なく送れて、
認知症や精神疾患もない状態を健康な老化と定義しています。

タンパク質は魚や肉などの動物性タンパク質と、
豆類や野菜、穀類など由来の植物性タンパク質、
そして牛乳やチーズなどの乳製品に分けて検証しています。

その結果、
タンパク質の摂取量が多いほど、
健康な老化を獲得する可能性が高まっていました。
具体的にはカロリーの3%、
摂取する総タンパク量が増加すると、
健康な老化の確率は5%(95%CI:1.01から1.10)、
それが動物性タンパク質の場合は7%(95%CI:1.02から1.11)、
乳製品のタンパク質の場合は14%(95%CI:1.06から1.23)、
植物性タンパク質の場合は38%(95%CI:1.24から1.54)、
それぞれ有意に高くなっていました。

つまり、中年期にタンパク質、特に植物性タンパク質を多く摂ることが、
その後の健康長寿に大きな影響を与える、
という結果です。

寝たきりにも認知症にもなりたくないなら、
植物性タンパク質を多く摂る食生活を継続することが、
科学的には最も効率的な予防法、
という言い方が出来そうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ファン・ディエゴ・フローレス テノール・コンサート(2024年NBS招聘) [コロラトゥーラ]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診ですが、
終日レセプト作業の予定です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
202310050014_ex.jpg
超絶的なコロラトゥーラの技術と、
その卓越した表現力とカリスマ性とで、
ロッシーニ歌いとして世界を席巻したスターテノール、
ファン・ディエゴ・フローレスが、
2022年に引き続いて、
リサイタルで来日しました。

僕は最初にボローニャ歌劇場の2002年来日公演で、
「セビリアの理髪師」を歌ったのを聴いて、
そのラストの大アリアを含めた見事な歌唱に、
びっくり仰天しました。
その後2006年に同じボローニャ歌劇場の「連帯の娘」でも来日し、
その時は来日全公演に足を運びました。
時にハイDまで至る超高音を見事に響かせ、
有名なアリアでは全公演でアンコールも歌いました。
来日としてはこの時が絶頂期と言って良いと思います。
その後2011年は来日予定が震災のためにキャンセルとなり
次の来日は2019年のフジテレビ関係の招聘したリサイタルでした。
その間にかなりベルカント主体に歌うレパートリーをシフトさせていたので、
その点の危惧はあったのですが、
その声には以前の輝かしさはなく、
「声を張り上げて歌う」普通のベルカントテノールになっていました。

その後NBSの招聘で2022年にもリサイタルを開きましたが、
アンコールの「連帯の娘」で少し踏ん張ってくれたものの、
矢張りその声の変化は否めませんでした。

今回のリサイタルは、
前半はロッシーニも歌い、
モーツァルトも歌ってくれたのですが、
声質はもう明らかにコロラトゥーラのものではなく、
ヴェルディやプッチーニを主なレパートリーとする、
中音域を主体に声を張り上げて歓声を浴びるような、
僕にはあまり興味が沸かないタイプの歌手に変貌していました。

あの輝かしい高音と完璧なアジリタの技巧が、
失われてしまったことは本当に切ないのですが、
それはもう仕方のないことなのかも知れません。
超高音を大切にする歌手もいる一方で、
演じられる役柄を自分の年齢による声質の変化に合わせて、
変えていくような歌手もいるからです。

ただ、フローレスはロッシーニ歌いとしては、
ここ20年くらい特別な存在であったので、
1人のファンとしてはとても切ない思いではあるのです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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加藤健一事務所vol. 116「サンシャイン・ボーイズ」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
サンシャイン・ボーイズ.jpg
ニール・サイモンの名作「サンシャイン・ボーイズ」が、
加藤健一事務所版として上演されました。
その本多劇場での公演に足を運びました。

言わずと知れた名作コメディですが、
アメリカのコメディアンが主役で、
劇中で往年の名作コントを演じる、
というような内容なので、
翻訳劇として上演するのは難しいところがあります。

今回は演出を含めて非常に頑張っていたと思うのですが、
それでも名作として紹介されるコントを含めて、
作品のギャグ自体にはあまり笑えませんでした。
英語のコントを日本語でやって面白い訳がないので、
それはもう仕方のないことだと思います。

今回は仲の悪い老境のコメディアン2人を、
加藤健一さんと佐藤B作さんが演じていて、
加藤さんの円熟味も勿論良かったのですが、
何と言っても佐藤B作さんが絶品で、
B作さんの芝居を生で観ることが出来ただけで今回は大満足、
舞台演技というものの究極の1つを、
観ることが出来たという実感がありました。

佐藤B作さんのお芝居を初めて観たのは、
1983年の東京ヴォードビルショー結成10周年記念公演で、
この時は本当に腹を抱えて笑いました。
今に至るまで、あれだけ笑った舞台はありません。

ただ、座長のB作さんの芝居については、
独特のイントネーションで、
不器用な力押しの美学、という感じがありました。
その後折に触れてB作さんの舞台には接していますが、
1983年の時以上に面白いと思ったことはありません。
ただ、「おや」と思ったのは、
2007年の「社長放浪記」で、
伊東四朗さんや三宅裕司さんなど錚々たる喜劇役者の手練れの中で、
1人だけ異質な個性が際立っていて、
その異様なテンションのまま孤立無援に駆け抜ける姿が、
とても魅力的に感じました。
最近では大河ドラマの「鎌倉殿の13人」にも登場して、
これがなかなか良かったですよね。
B作さんの芝居が、
今1つの完成形に近づいているような気がして、
その熱演を是非一度、
脳裏に焼き付けて置きたかったのです。

そして今回…

本当に素晴らしかったですよ。

異様で鋭利な個性はそのままに、
役作りがとても繊細で完成度が高く、
何処の一瞬の動きや声を切り取っても、
その役柄の芝居として完成されています。
唯一、再現された往年のコントを演じる時のみ、
動きも声も違和感を感じるくらい若いのですが、
加藤さんも同様だったので、
これは多分演出なんですね。
「過去が戻ったようにやって欲しい」ということなのかも知れません。
ただ、これは絶対間違いで、
前後の芝居との一貫性が感じられなければ、
意味がないように感じました。
それを除けばまさに絶品の完成度で、
特にラストの2人のやり取りには心が震えました。

公演はもう地方を残すのみのようですが、
また再演されることがあれば、
是非是非足をお運び下さい。
B作さん最高です。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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SGLT2阻害剤の腎結石予防効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
親族に不幸がありまして、
急遽早朝から出掛けています。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
SGLT2阻害剤の尿路結石予防効果.jpg
JAMA Internal Medicine誌に、
2024年1月29日付で掲載された、
糖尿病治療薬の腎結石予防効果についての論文です。

SGLT2阻害剤は最近最も注目されている、
2型糖尿病の治療薬です。

この薬は尿へのブドウ糖の排泄を増加させる作用の薬です。

それにより確かに血糖値は低下しますが、
尿糖が増加することは尿路や陰部の感染のリスクを高めますし、
尿量が増加して脱水のリスクも高めますから、
使用開始当初は、
あまり良い薬のようには思えませんでした。

この薬が注目されたのは、
心血管疾患による死亡や総死亡のリスクを、
有意に30%以上低下させるという画期的なデータが、
エンパグリフロジンというSGLT2阻害剤で、
報告されたからです。

その後この心血管疾患の生命予後改善効果の多くは、
心不全の予後改善による部分が大きいことが解析され、
SGLT2阻害剤は心不全の治療薬としても、
有効な可能性が開かれたのです。

最近ではそれ以外に、
慢性腎臓病に対する進行予防効果も、
複数の臨床データで実証されています。

さて、2型糖尿病では腎結石や尿路結石のリスクが、
増加することも知られています。

そして最近SGLT2阻害剤の使用が、
糖尿病の患者さんにおける腎結石のリスクを、
低下させるのではないかというデータが報告されて、
注目を集めています。

その代表的なものの1つはこちらですが、
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35290464/
これまでの臨床試験のデータを解析した結果として、
エンパグリフロジンの使用により、
腎結石の発症は40%有意に低下していました。

今回の研究はアメリカにおいて、
保険加入時のデータを活用することで、
2型糖尿病で新規にSGLT2阻害剤を開始した患者さんの、
その後の腎結石罹患率を、
GLP-1アナログもしくはDPP4阻害剤という、
いずれも広く使用されている糖尿病治療薬を開始した患者さんと、
比較検証しているものです。

358203名のSGLT2阻害剤新規使用者を、
年齢などをマッチングさせた、
同数のGLP-1アナログ新規使用者と比較し、
更に331028名のSGLT2阻害剤新規使用者を、
こちらも同数のDPP4阻害剤の新規使用者と、
腎結石のリスクについて比較検証したところ、
観察期間の中間値は192日で、
SGLT2阻害剤使用者は、
GLP-1アナログ使用者と比較して31%(95%CI:0.67から0.72)、
DPP4阻害剤使用者と比較して26%(95%CI:0.71から0.77)、
腎結石のリスクがそれぞれ有意に低下していました。

このように、
今回の大規模な疫学データにおいても、
他のインクレチン関連の治療薬と比較して、
SGLT2阻害剤の使用は、
比較的短期で腎結石のリスクを明確に低下させていました。

そのメカニズムはまだ不明の点もありますが、
尿量の増加による影響に加えて、
尿のPHなどの性質の変化が影響している、
というデータも蓄積されつつあります。

いずれにしても、
これまであまり有効な予防法のなかった、
腎結石の予防に関して、
明確な有効性のある薬剤が確認された意義は大きく、
今後これが2型糖尿病の患者に限った現象なのかを含めて、
知見が蓄積され実証されることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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