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早期アルツハイマー病新薬レカネマブの有効性(第3相臨床試験結果) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診ですが、
終日事務作業の予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
アルツハイマー病新薬の有効性.jpg
the New England Journal of Medicine誌に、
2023年1月5日掲載された、
エーザイとバイオジェン社の開発したアルツハイマー病の新薬の、
臨床試験結果を解説した論文です。

老年期認知症の代表と言えばアルツハイマー型認知症です。

この病気は物忘れで始まり、
脳の海馬という部分が萎縮することが特徴です。
進行すれば、全ての認知機能が低下します。
アルツハイマー病の脳では、
老人斑という変化と神経原繊維変化という変化が認められます。
老人斑の主成分はアミロイドβ蛋白で、
神経原繊維変化の主成分はタウ蛋白です。

アルツハイマー病で起こる最も初期の変化は、
アミロイドβ蛋白の蓄積です。
このアミロイドβ蛋白は、
正常の神経細胞からも分泌される物質で、
神経の保護やその成長の促進などに、
一定の役割を持っていると考えられています。
つまり、それがあること自体は害ではないのです。

ところが、
この蛋白が重合し凝集することで、
組織に蓄積し、老人斑を形成します。

最近の研究により、
通常のアミロイドβより2個アミノ酸の多い、
アミロイドβ42という変性アミロイドβ蛋白質が、
互いにくっつきやすい性質を持ち、
それが固まることで排泄されずに、
組織に沈着することが分かりました。

アミロイドβ42が凝集し蓄積すると、
髄液のアミロイドβは減少します。
このため現時点で最も早くアルツハイマー病の始まりを診断する検査は、
髄液検査で髄液中のアミロイドβ42の減少を確認することです。

アミロイドβ42の蓄積から10年から15年が経過してから、
今度はリン酸化したタウ蛋白の蓄積が起こります。
(20年とする記載もあります)
異常にリン酸化したタウ蛋白が、
神経細胞内に蓄積し、
それに伴って神経細胞が死滅してゆきます。

アミロイドβ42の蓄積が始まってから、
最短で10年でタウ蛋白の蓄積が始まり、
それから更に15年くらいでようやく物忘れなどの症状が出現します。

つまり、
70歳で発症したアルツハイマー病の最初の変化は、
45歳くらいから既に始まっている、
ということが言えます。

このように、
認知症の症状があって、
アミロイドβの沈着を伴うような脳の変化があれば、
ほぼアルツハイマー型認知症として考えるのが現状の認識です。

タウ蛋白の蓄積自体は、
アルツハイマー型認知症以外でも、
高齢になれば生じることは知られていて、
高齢でゆっくり進行する物忘れなどの症状は、
アルツハイマー型認知症とは別個に、
高齢者タウオパチーと呼ばれていて、
神経原繊維変化型老年期認知症や、
嗜銀顆粒性認知症と病名が付けられています。

アミロイドβ蛋白の沈着が、
アルツハイマー型認知症の原因であるとすれば、
それを抑制したり減少するような薬を使用することにより、
認知機能の改善も見込める筈です。

しかし、これまでの多くの臨床試験において、
薬剤による認知機能の改善は確認されていません。
以前ご紹介した最近のメタ解析の論文でも、
薬剤によって脳内のアミロイドβの蓄積が減少しても、
それは認知機能の有意な改善には結びついていませんでした。

今回のエーザイとバイオジェン社の新薬は、
抗アミロイドβプロトフィブリル抗体と呼ばれています。
プロトフィブリルと言うのは繊維の前段階のことで、
異常なアミロイドβが複数分子組み合わさった、
可溶性オリゴマーと呼ばれる部分に結合して、
その蓄積を予防し減少させようという仕組みです。

こうした抗体製剤というのは、
これまでにも複数開発されていますが、
臨床試験で明確な認知症症状の改善が確認されなかったり、
出血や脳浮腫などの重篤な合併症や有害事象が生じたりして、
これまであまり良い結果が得られていませんでした。

今回のレカネマブという新薬が非常に注目されているのは、
一定の認知症症状の進行予防に対する有効性が、
臨床試験で確認されたということと、
脳出血などの有害事象が、
これまでの薬と比較すると少ないという点から、
アメリカのFDAが2023年の1月7日に、
アルツハイマー病に対する治療薬として迅速承認を行った、
という点にあります。
今回の論文もNew England…という一流誌のトップを飾っていて、
解説記事も掲載されているので、
その評価は世界的にも高く、
現時点で非常に注目されている新薬だ、
ということが分かります。

今回の臨床試験は世界の複数地域において、
年齢が50から90歳で、
認知症の前段階である軽度認知機能障害もしくは軽度の認知症と診断され、
PET検査もしくは髄液のマーカーの検査で、
アミロイドβの脳への沈着が確認されている、
トータル1795名のアルツハイマー型認知症の患者を、
くじ引きで2つの群に分けると、
一方はレカネマブを体重1キロ当たり10㎎2週間毎に静脈注射し、
もう一方は偽薬を注射して、
18か月の治療経過を観察しています。

従来のこうした薬剤の臨床試験と比較して、
軽症の事例のみを対象としている点が特徴です。

主要な効果の指標となっているのは、
臨床的認知症尺度(CDR)という指標です。
これは記憶や判断力、介護の必要性など6つの項目で、
臨床的な認知症の状態を数値化したもので、
数値が多いほど状態が悪く、
0.5が軽度認知機能障害という認知症の前段階で、
1が軽度の認知症です。
今回の臨床試験ではこの軽度までの状態の患者さんが対象となり、
6つの項目の合算の数値が、
どれだけ変化するかが効果指標となっています。

治療開始前の状態では、
この臨床認知症指標は両群とも約3.2となっていて、
18か月の治療後には、
偽薬群で平均(最小二乗平均値使用)1.66増加したのに対して、
レカネマブ群では平均1.21の増加に留まっていて、
レカネマブの使用により、
認知症の進行が有意に抑制された、
という結果になっています。
アミロイドPETでの解析では、
脳のアミロイドβの沈着は、
レカネマブの使用により著明な低下を示していました。

治療による有害事象としては、
注射部位の疼痛などが最も多く認められ、
レカネマブ群の12.6%(偽薬群では1.7%)に、
これまでのβアミロイド除去薬でも認められた、
脳の浮腫などの異常が、
14.0%(偽薬では7.7%)に、
微小なものを含む脳内出血が認められました。

この結果をどう考えるべきでしょうか?

レカネマブの使用により、
脳のβアミロイドが減少することは間違いがありません。
ただ、その劇的な低下と比較すると、
臨床症状の変化はそれほど大きなものではありません。
実薬群でも実際には認知機能は低下していて、
その低下率がやや抑制された、
というレベルに過ぎないものです。

つまりβアミロイドへの直接の効果と、
実際の臨床的な有効性との間には、
かなりの乖離がある訳です。

メーカーのプレスリリースでは、
この効果はアルツハイマー病の軽症の状態を、
未使用の場合より2.5から3.1年延長させる可能性がある、
と記載されています。

現行使用されているドネペジルなどの認知症治療薬も、
メカニズムは異なりますが、
効果としては進行予防である点では一致しています。

その一方でこの薬は2週間に一度の注射という、
結構負担の大きな治療法であり、
微小なものを含めれば脳の出血や浮腫も、
少なからず生じるというリスクも存在しています。
出血のリスクと遺伝素因との間に、
一定の関連があるとするサブ解析もあり、
この点はどのような患者さんに使用するべきかの、
今後の振り分けに使用される可能性があります。

今回の新薬の効果は現時点では最良の成果、
と言っても良いものですが、
アミロイドβ除去にターゲットを置く薬の、
限界もまた明らかにしたとも言えそうで、
今後新しいメカニズムの新薬の開発も含めて、
多面的な認知症治療の進歩に期待したいと思います。

今回の新薬の臨床適応は、
その出発点には間違いなくなり得るものだと思うからです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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