騒音性難聴の治癒は可能か？

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。

昨年のeLIFE誌に掲載された、
騒音性難聴の実験的な治癒の可能性についての論文です。

eLIFEというのは、
文献をご紹介するのは初めてです。

これは2012年に刊行された、
新しいウェブのみの媒体の科学誌で、
紙の雑誌は存在していません。
このタイプの科学誌には、
PLOSoneやScientific Reportsなどがあり、
速報性が高く面白い論文も多いのですが、
その一方でM研究員の、
実体のない妄想論文も平気で掲載されるなど、
玉石混交なのが問題です。

今回の文献に関しては、
他の専門家の評価も高く、
NewEngland…の解説記事にもなっていますから、
一応信頼性の高いものと、
考えて良いように思います。

騒音などの耳のダメージによる難聴は、
極めて一般的な病気で、
海外データですが、
20から69歳の全人口の、
15%が罹患している、
というアメリカの統計もあるほどです。

この中には、
明確な聴力低下を伴うもの以外にも、
周囲が騒がしいと言葉を聞き取りにくい、
というような、
誰でも心当たりのあるような症状も含まれています。

測定上の難聴ではないのに、
会話が聞き取りにくく、理解し難い、
というような症状も、
精査すると音を神経の信号に変換する部分である、
内耳の有毛細胞の機能に、
異常のあるケースが多いと、
近年指摘されています。

以前、死滅した有毛細胞が、
その周辺の支持細胞という細胞の、
有毛細胞様の変化によって再生するのでは、
という内容のネズミの実験の論文をご紹介したことがあります。
http://blog.so-net.ne.jp/rokushin/2013-01-22

これもなかなか面白い発想でしたが、
今のところその知見が、
臨床に結び付く、ということはないようです。

今回の研究では、
有毛細胞の死滅にまで至る、という障害ではないものの、
有毛細胞に分布する神経シナプスが、
損傷を受けその数が減ることで、
結果として有毛細胞の機能が低下し、
多くの難聴やその予備群の原因となっていることから、
ネズミの実験において、
一種の神経栄養因子である、
Neurotrophin-3を支持細胞において過剰に発現させることにより、
シナプスの減少を改善し、
難聴を治癒させる可能性のあることを立証しています。

まず、
ネズミの有毛細胞周辺の支持細胞において、
Neurotrophin-3の遺伝子発現が亢進していることを確認し、
次に音響外傷のモデル動物のネズミにおいて、
支持細胞のNeurotrophin-3の遺伝子を過剰に発現した場合と、
そうでない場合において、
有毛細胞は死滅はしないけれど、
そこに分布する神経シナプスが減少するレベルまで、
音響障害を進行させて、
その経過を観察すると、
神経因子を過剰発現させたネズミにおいては、
2週間以内に、
音響障害によるシナプスの減少と機能低下は、
元の状態に戻りました。

この一連の反応を図示したものがこちらになります。

これはNew England…の解説記事にある図ですが、
一番左の図が、
健康な有毛細胞を示しています。

中央にある青い細胞が有毛細胞で、
それを取り囲んでいる緑の細胞が支持細胞です。
下から神経線維が伸びていて、
その末端、有毛細胞にオレンジ色の点があるのが、
リボンシナプスという、
伝達物質が沢山貯留した構造物です。

中央の図は音響外傷により、
障害された状態で、
リボンシナプスが減少していることがわかります。

これが有毛細胞の消滅には至らない、
より軽度の音響外傷の神経所見で、
完全な難聴以外に、
会話が聞き取り難い、
というような症状でもこうした障害が認められます。

そして、
右の図が人為的に支持細胞中の、
神経栄養因子の遺伝子発現を増やした場合で、
神経栄養因子の働きにより、
一旦減少したリボンシナプスは、
2週間程度の短期間で元に戻るのです。

神経機能の再生というのは、
動物実験と基礎実験のレベルでは、
多くの病気の治癒に結び付くような、
画期的な知見が多いのですが、
実際にその中で、
臨床応用され有効性が確認されたものは、
極僅かにしか存在していません。

意外にADLに大きな影響を及ぼす、
この騒音性難聴が治癒するとしたら、
かなりの福音であることは間違いがなく、
2年前の論文も進捗のないものが殆どなので、
過度の期待は禁物ですが、
今後の臨床応用への道筋には、
期待を持ちつつ今後を注視したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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