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臨床試験の結果が処方に与える影響について(エゼチミブの事例) [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
臨床試験と処方との関連.jpg
先月のJAMA Intern Med誌に掲載された、
大規模臨床試験の結果が、
その後の薬の処方に与える影響についての文献です。

マーケティングリサーチ的なもので、
日本ではあまり医療分野でされないタイプの研究だと思います。

医者による薬の処方というものは、
どのような要因に影響を受けるでしょうか?

かつては製薬会社の接待を含めたキャンペーンであるとか、
その分野の権威の先生を巻き込んだ宣伝のようなものが、
大きな影響を持っていました。
しかし、現在ではネットで幅を利かせている先生のお墨付きであったり、
口コミ的な評判や、
メディアなどの情報から影響を受けた患者さんからの、
有形無形の圧力の方が、
処方行為に多大な影響を与えるものかも知れません。

ただ、そんな中にあっても、
影響力を持ち続けているのが、
世界的にも権威のある医学誌に載るような、
大規模臨床試験の結果です。

偽薬や偽の治療を利用して、
患者さんにも主治医にも分からないようにして行なわれる、
例数の多い厳密なデザインの臨床試験は、
昔も今も一定の権威で有り続けているのです。

こうした試験で良い結果が得られた薬剤は、
当然その処方の伸びが期待されますし、
逆に良い結果が得られなければ、
その処方は他剤にシフトすることが想定されます。

そのため製薬会社的には、
良い結果を出すことが至上命題となりますから、
それが一線を越えることにより、
バルサルタンの臨床試験のデータの改竄などの、
不正行為が行なわれることになるのです。

それでは、実際に大規模臨床試験の結果は、
どの程度の影響をその後の処方にもたらすのでしょうか?

今回の論文においては、
エゼチミブ(商品名ゼチーア)をサンプルに、
臨床試験結果と処方動向との関連を検証しています。

エゼチミブはアメリカでは2002年に認可され、
日本でも2007年に発売された、
コレステロールの吸収を抑えるタイプの、
コレステロール降下剤です。

それまでのコレステロール降下剤の主力は、
コレステロールの合成を抑える作用が主体の、
スタチンと呼ばれる薬剤でしたから、
それとは全く異なるメカニズムの薬として、
注目を集めました。

スタチンの治療を継続した場合の問題点として、
コレステロールの合成を抑制する結果、
身体はコレステロールの吸収を促進する方向に働くので、
その効果が次第に相殺されて減弱する、
という欠点がありました。

その点でスタチンで効果不充分であったり、
当初は有効であったものが、
次第に効果が減弱したケースなどでは、
スタチンに上乗せする形での、
エゼチミブの有効性が期待されたのです。

アメリカのガイドラインにおいては、
第一選択は敢くまでスタチンで、
エゼチミブの使用は、
スタチンが有害事象などで使用困難なケースや、
スタチン単独の使用ではコントロールが不充分な事例に限られています。

しかし、実際にはスタチンではなく、
最初からエゼチミブを使用するケースも、
発売以降はかなり認められていたようです。

エゼチミブの処方数は、
2007年から2008年に掛けてピークに達しました。

ところが…

2008年の4月に発表された、
エゼチミブの有効性を見たENHANCE試験と呼ばれる、
大規模臨床試験の結果では、
高コレステロール血症の患者さんに、
シンバスタチン(商品名リポバスなど)に上乗せして、
エゼチミブを使用したところ、
使用しない場合と比較して、
コレステロール自体は有意に低下しましたが、
動脈硬化の指標の1つである、
頸動脈の動脈硬化病変には、
2年間の経過観察中、
有意な抑制効果は認められませんでした。

頸動脈の動脈硬化巣や内中膜肥厚の退縮というのは、
簡単に検査が可能で、
強力にスタチンでコレステロールを低下させると、
退縮が確認されているので、
こうした場合に動脈硬化改善の指標として、
よく利用されます。
ただ、厳密に言えばその退縮と心筋梗塞や脳卒中の予防とに、
明確な関連が確認されている訳ではないので、
代用的な指標にしか過ぎない、
という側面もあります。

しかし、いずれにしてもこの結果は、
エゼチミブのスタチンへの上乗せ使用の有効性に、
疑問を投げ掛ける性質のもので、
医師の処方行動にも、
負の影響を与えるものと想定されました。

今回の文献においては、
日本にはない仕組みである、
PBM(Pharmacy Benefit Manager ;薬剤給付管理会社)
という製薬会社と薬局の間で保険給付の調整をする組織の、
ある大手企業の処方のデータを解析して、
ENHANCE試験前後のエゼチミブの処方数の変化を検証しています。

その結果…

2007年から2010年の成人の慢性疾患の処方の解析として、
29.1%の患者さんは1種類以上のコレステロール降下剤を使用していて、
そのうちの95.3%は主にスタチンが使用され、
17.8%ではエゼチミブが使用されていました。
エゼチミブのシェアは2008年がピークで、
成人全体の処方の2.5%に達しましたが、
2008年のENHANCE試験発表以降減少し、
2010年末には1.8%となっています。

ENHANCE試験の影響により、
トータルに処方は減少しましたが、
エゼチミブ単独の処方はむしろ増えていて、
スタチンなどとの併用処方が減り、
エゼチミブのスタチンへの上乗せが減少すると共に、
併用症例におけるエゼチミブの中止が、
最も顕著な変化として認められました。

エゼチミブの単独処方というのは、
アメリカのガイドライン上はあまり推奨されていません。

そうしたガイドライン無視の処方は、
臨床試験結果の影響をあまり受けないのですが、
ガイドライン通りスタチンへの上乗せを行なっているケースでは、
ガイドラインにも直結する知見である、
臨床試験の結果にも敏感で、
エゼチミブを患者さんの予後に良い影響を与えないものとして、
中止する傾向があり、
しかし多くの患者さんにおいては、
有害というような結果ではないので、
処方はそのまま継続された、
という結果になっているようです。

2010年にはニコチン酸との比較試験が、
スタチンとの上乗せで発表されていて、
以前ご紹介しましたが、
ニコチン酸の方がエゼチミブより予後が良い、
という結果に終わりました。
この試験では心筋梗塞などの発症も見ているのですが、
矢張りエゼチミブの有効性は確認されなかったのです。

ただ、エゼチミブはC型肝炎ウイルスの、
感染防止効果が発表されて話題になるなど、
興味深い薬ではあり続けています。
スタチンとの併用の相性は良く、
スタチン単独で下がらないコレステロールが、
エゼチミブの上乗せにより、
著明に低下するのを実感すると、
臨床医はこの薬に魅力を持ちます。

しかし、現状そうしたコレステロールの低下が、
必ずしも患者さんの予後の改善には、
結び付いていないこともまた事実で、
その適応は慎重に選択する必要があるように思います。

今回のデータなどを見る限り、
アメリカの処方行動も、
日本とそう変わりはないことが分かり、
ちょっとほっとする気分もあるのですが、
常に冷静にデータを読み、
一過性のトレンドに惑わされることなく、
患者さんにとってその時点で最善の、
処方を考える契機にしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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