日本では使えない悪阻治療薬の話

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。

今月のthe New England Journal of Medicine誌の解説記事ですが、
日本では使用出来ない妊娠悪阻（つわり）の治療薬が、
アメリカで30年ぶりに復活した、という話題です。

つわりというのは、
妊娠初期（概ね妊娠6から12週）に起こる、
吐き気や嘔吐、食欲不振、食事の嗜好の変化などの、
一連の症状のことで、
妊娠された女性の半数以上には発症する、
極めて一般的な症状ですが、
そのうちで点滴などの治療を要するような重症のものを、
医学用語としては「妊娠悪阻」と呼んでいます。

つわりの発症メカニズムは正確には不明ですが、
同時期に胎盤からのHCGの刺激により、
甲状腺ホルモンがしばしば上昇し、
それが1つの誘因ではないか、
と言う説があります。

日本では吐き気止めなどによる治療は、
あまり推奨はされず、
胎児への奇形のリスクなどを勘案して、
時に漢方薬などが処方されますが、
必ずしもその方が安全性に勝る、
という根拠はありません。

その一方でアメリカでは、
1956年にBendectinという治療薬が、
一般薬として発売され、
みるまに大ヒット商品となりました。
ピーク時にはアメリカ全土の妊娠女性の25%が、
この薬を服用したとされています。

この薬はピリドキシンというビタミンB610ミリグラムに、
コハク酸ドキシラミンという抗ヒスタミン剤10ミリグラムを一緒にしたもので、
ビタミンB6には昔からつわりの吐き気を抑える作用のあることが、
経験的に知られていて、
幾つかの文献も出ています。
ただ、その効果は明確ではない、と言う意見もあります。
コハク酸ドキシラミンは抗ヒスタミン剤で、
日本では使用されていませんが、
アメリカでは一般的で強力な抗ヒスタミン剤として、
一般薬で睡眠剤的にも使用されています。
つまり、この薬には比較的強い鎮静作用があり、
それがつわりの症状に有効な可能性があります。

この薬は実際にそれなりの有効性があったので、
一般にアメリカで広く使用されることになったのですが、
1960年代から70年代に掛けて、
この薬の使用によって、
胎児の奇形が増えるのではないか、
という危惧が高まるようになりました。

実際に多くの事例が報告されたのですが、
処方数自体がべらぼうに多いのですから、
奇形の事例が報告されたからと言って、
それがこの薬と関連があるとは言い切れません。

ただ、製薬会社は莫大な訴訟リスクを抱え、
採算に合わない事態となったので、
この薬は商品としては1983年にアメリカの市場から消えました。

ここまではよくある話題ですが、
それ以降もこの薬の胎児へのリスクについては、
大規模な調査が続行されました。

膨大な処方データも解析され、
診療試験や動物実験も行なわれました。

この薬の処方は1974年から1980年には盛んに行なわれ、
1981年から1987年には実際には殆ど行なわれませんでした。
そしてこの1980年以前の時期には、
1000件の妊娠で7件の吐き気や嘔吐による入院が報告されたのに対して、
それが1981年以降には15から16件に増加しました。
これはつまり、臨床的に薬の効果が証明されたことになります。

一方で処方と胎児奇形との関連については、
処方が行なわれなくなって以降の、
奇形の比率の変化は全くなく、
動物実験でも奇形のリスクの増加はなく、
ほぼ完全に薬と奇形との関連も否定されたのです。

この結果を受け、
何と30年ぶりにDiclegisという薬を、
FDAはつわり治療薬として承認しました。

この薬は名前は違いますが、
その組成はピリドキシン10ミリグラムと、
コハク酸ドキシラミン10ミリグラムの合剤で、
以前のBendectinと全く同じ薬です。

つまり、30年を経てこのつわり治療薬は、
初めてその効果と安全性とが確認されたのです。

日本でも問題のあった薬は、
同じように製薬会社が販売を見合わせますが、
一旦退場した薬が、
このようにしっかりとした検証の後に、
再び販売されるような事例はないと思います。

薬というのはしかし、実際にはこうしたもので、
本来はその効果や安全性を疑われてからの、
科学的で息の長い検証こそが、
その薬の真価を問うことになるのではないでしょうか？

今話題のSTAP細胞も、
割烹着のファム・ファタールの、
人間としての問題は別として、
今後の息の長い検証こそが、
その真価を問われるもののように思えてなりません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。