歌舞伎座杮落とし五月大歌舞伎 [演劇]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
朝から診療情報提供書を4通書いて、
それから今PCに向かっています。
今日は土曜日なので趣味の話題です。
今日はこちら。
建て直し成った歌舞伎座の、
五月の杮落とし興業に、
足を運びました。
六月までは3部制で、
通常の興業ではない、
豪華な顔ぶれが揃います。
時間的な都合で第三部のみ観劇しました。
演目は吉右衛門の十八番の1つである、
「梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)」と、
玉三郎と菊之助の共演が楽しみな、
「京鹿子娘二人道成寺」の2本です。
「梶原平三誉石切」は、
結構上演頻度の高い作品ですが、
僕は平成8年の1月に、
現幸四郎が演じる舞台を観ただけです。
名刀の試し斬りに、
人情話を絡めた古風な筋立てで、
目茶苦茶腕が立つのに、
敢えてそれを隠して老爺を救う英雄という造形に、
江戸時代の匂いが濃厚に漂います。
元々は長編の時代物の人形浄瑠璃ですが、
現在はこの場面のみが単独で演じられ、
文楽を含めて、
通しで原作が上演されることは皆無のようです。
幸四郎の舞台は殆ど記憶にありませんが、
今回の吉右衛門の舞台は、
非常に完成度の高い円熟したもので、
多くの方がご指摘されているように、
歌舞伎演技の当代の最高峰の1つと言って、
過言ではない充実したものでした。
義太夫狂言には、
浄瑠璃と三味線が付き、
ある部分は役者の芝居に三味線の伴奏が付き、
また別の部分では、
浄瑠璃の語りに、
役者がパントマイムのように無言の演技を合わせるのですが、
その絶妙なタイミングの合わせ方など、
「そうだよね、こうでなくちゃね」
と膝を打つような見事さで、
ほれぼれとする反面、
これでもう10年くらいすると、
こうした歌舞伎味に溢れた舞台は、
完全に絶滅するのではないかしら、
と不安な思いも心を過ります。
「二人道成寺」は、
歌舞伎舞踊の代表作で最大の大作舞踊の1つである、
「京鹿子娘道成寺」を、
2人で踊るという趣向に改めた作品で、
その元は江戸時代の末に既にありますが、
玉三郎が自分で演出を変え、
彼の作品として半分新作としているのが、
今回の舞台です。
玉三郎版の初演は平成16年ですから、
比較的新しく、
初演から一貫して、
相手役は菊之助です。
僕は平成18年に一度観ていますが、
菊之助を鍛えるために作られたような作品で、
玉三郎はやや損な役回りになっています。
今回もそうした趣向は基本的には変わらず、
菊之助の成長が、
目立って感じられる舞台になっていました。
玉三郎の美しさは、
年齢を考えれば驚異的ですが、
それでもかつての、
登場するだけで場の空気感の変わるような特別の感じが、
今は殆どないのは、
仕方のないこととは言え、
矢張り残念には思えます。
今回歌舞伎座で驚いたことは、
お弁当が当日では殆ど買えないようになっていたことで、
僕はいつも歌舞伎座では、
食事はうなぎと決めていて、
当日にうな重を頼むのですが、
うな重の存在自体がなくなっていて、
食堂の予約は2日前までに電話でないと受け付けない、
という変わりようには、
正直本当に失望しました。
おそらく人件費の節約と、
お弁当を余らせないための作戦なのだと思いますが、
個人的には気軽に行って、
幕間にお弁当も食べられない歌舞伎座は、
歌舞伎座ではなく、
何か別のお金儲けの道具のようにしか、
今の時点では思うことが出来ません。
勿論歌舞伎座がどういう場所か、
というのは、
その人によっても拘りの違いがあり、
1つに決めることの出来ないものだと思いますが、
高層ビルの書き割りのような姿を含めて、
その経済的な収支の側面のために、
多くの人にとっての歌舞伎座の小さな魅力が、
ことごとく犠牲になったように、
僕には思えます。
まあでも松竹様というのは元からそうした会社で、
経営には非常にシビアであり、
だからこそ歌舞伎の命脈が、
松竹様のお陰でどうにか保たれている、
という側面はあるのだとは思います。
だってね、
松竹様は他の全ての地所を、
高層ビルにしてしまったのですから、
せめて歌舞伎座だけは、
単独の劇場として、
存在させて欲しかったな、
と思うのですが、
そうした思いは、
ソロバン勘定からは抜け落ちてしまうのでしょう。
もう1つ納得のいかないのは、
猿之助の一座が、
歌舞伎座開場から半年間、
一度も登場の機会がない、
という異常な事態です。
30年以上歌舞伎座の7月の興業は、
先代猿之助の独壇場でしたから、
せめて7月には出番がある筈だと思ったのですが、
実際にはありませんでした。
色々と事情はあるのでしょうが、
これはちょっと幾らなんでも、
酷い仕打ちのように僕には思えます。
あの先代猿之助の猿翁が、
歌舞伎座の舞台に立つことがない、
などということが、
果たしてあって良いのでしょうか?
そんな訳で歌舞伎座に行ったのに、
うなぎも食べられないし、
あれだけ歌舞伎座に貢献した先代猿之助の猿翁が、
舞台に立つこともないのは、
極めてブルーなのですが、
舞台自体は非常に上質なもので、
歌舞伎の良さが、
久しぶりに強く感じられるものにはなりました。
願わくば、
蕎麦屋もおでん屋もあって、
気軽に当日に食事が出来て、
歌舞伎蕎麦でちぎったようなかき上げが食べられて、
猿之助も出演する歌舞伎座が、
復活してくれることを期待したいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
朝から診療情報提供書を4通書いて、
それから今PCに向かっています。
今日は土曜日なので趣味の話題です。
今日はこちら。
建て直し成った歌舞伎座の、
五月の杮落とし興業に、
足を運びました。
六月までは3部制で、
通常の興業ではない、
豪華な顔ぶれが揃います。
時間的な都合で第三部のみ観劇しました。
演目は吉右衛門の十八番の1つである、
「梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)」と、
玉三郎と菊之助の共演が楽しみな、
「京鹿子娘二人道成寺」の2本です。
「梶原平三誉石切」は、
結構上演頻度の高い作品ですが、
僕は平成8年の1月に、
現幸四郎が演じる舞台を観ただけです。
名刀の試し斬りに、
人情話を絡めた古風な筋立てで、
目茶苦茶腕が立つのに、
敢えてそれを隠して老爺を救う英雄という造形に、
江戸時代の匂いが濃厚に漂います。
元々は長編の時代物の人形浄瑠璃ですが、
現在はこの場面のみが単独で演じられ、
文楽を含めて、
通しで原作が上演されることは皆無のようです。
幸四郎の舞台は殆ど記憶にありませんが、
今回の吉右衛門の舞台は、
非常に完成度の高い円熟したもので、
多くの方がご指摘されているように、
歌舞伎演技の当代の最高峰の1つと言って、
過言ではない充実したものでした。
義太夫狂言には、
浄瑠璃と三味線が付き、
ある部分は役者の芝居に三味線の伴奏が付き、
また別の部分では、
浄瑠璃の語りに、
役者がパントマイムのように無言の演技を合わせるのですが、
その絶妙なタイミングの合わせ方など、
「そうだよね、こうでなくちゃね」
と膝を打つような見事さで、
ほれぼれとする反面、
これでもう10年くらいすると、
こうした歌舞伎味に溢れた舞台は、
完全に絶滅するのではないかしら、
と不安な思いも心を過ります。
「二人道成寺」は、
歌舞伎舞踊の代表作で最大の大作舞踊の1つである、
「京鹿子娘道成寺」を、
2人で踊るという趣向に改めた作品で、
その元は江戸時代の末に既にありますが、
玉三郎が自分で演出を変え、
彼の作品として半分新作としているのが、
今回の舞台です。
玉三郎版の初演は平成16年ですから、
比較的新しく、
初演から一貫して、
相手役は菊之助です。
僕は平成18年に一度観ていますが、
菊之助を鍛えるために作られたような作品で、
玉三郎はやや損な役回りになっています。
今回もそうした趣向は基本的には変わらず、
菊之助の成長が、
目立って感じられる舞台になっていました。
玉三郎の美しさは、
年齢を考えれば驚異的ですが、
それでもかつての、
登場するだけで場の空気感の変わるような特別の感じが、
今は殆どないのは、
仕方のないこととは言え、
矢張り残念には思えます。
今回歌舞伎座で驚いたことは、
お弁当が当日では殆ど買えないようになっていたことで、
僕はいつも歌舞伎座では、
食事はうなぎと決めていて、
当日にうな重を頼むのですが、
うな重の存在自体がなくなっていて、
食堂の予約は2日前までに電話でないと受け付けない、
という変わりようには、
正直本当に失望しました。
おそらく人件費の節約と、
お弁当を余らせないための作戦なのだと思いますが、
個人的には気軽に行って、
幕間にお弁当も食べられない歌舞伎座は、
歌舞伎座ではなく、
何か別のお金儲けの道具のようにしか、
今の時点では思うことが出来ません。
勿論歌舞伎座がどういう場所か、
というのは、
その人によっても拘りの違いがあり、
1つに決めることの出来ないものだと思いますが、
高層ビルの書き割りのような姿を含めて、
その経済的な収支の側面のために、
多くの人にとっての歌舞伎座の小さな魅力が、
ことごとく犠牲になったように、
僕には思えます。
まあでも松竹様というのは元からそうした会社で、
経営には非常にシビアであり、
だからこそ歌舞伎の命脈が、
松竹様のお陰でどうにか保たれている、
という側面はあるのだとは思います。
だってね、
松竹様は他の全ての地所を、
高層ビルにしてしまったのですから、
せめて歌舞伎座だけは、
単独の劇場として、
存在させて欲しかったな、
と思うのですが、
そうした思いは、
ソロバン勘定からは抜け落ちてしまうのでしょう。
もう1つ納得のいかないのは、
猿之助の一座が、
歌舞伎座開場から半年間、
一度も登場の機会がない、
という異常な事態です。
30年以上歌舞伎座の7月の興業は、
先代猿之助の独壇場でしたから、
せめて7月には出番がある筈だと思ったのですが、
実際にはありませんでした。
色々と事情はあるのでしょうが、
これはちょっと幾らなんでも、
酷い仕打ちのように僕には思えます。
あの先代猿之助の猿翁が、
歌舞伎座の舞台に立つことがない、
などということが、
果たしてあって良いのでしょうか?
そんな訳で歌舞伎座に行ったのに、
うなぎも食べられないし、
あれだけ歌舞伎座に貢献した先代猿之助の猿翁が、
舞台に立つこともないのは、
極めてブルーなのですが、
舞台自体は非常に上質なもので、
歌舞伎の良さが、
久しぶりに強く感じられるものにはなりました。
願わくば、
蕎麦屋もおでん屋もあって、
気軽に当日に食事が出来て、
歌舞伎蕎麦でちぎったようなかき上げが食べられて、
猿之助も出演する歌舞伎座が、
復活してくれることを期待したいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2013-06-08 08:14
nice!(30)
コメント(4)
トラックバック(0)
URLを入れ忘れたら届かなかったようですので再挑戦。2重に投稿されていたらごめんなさい。
昔、歌舞伎座に通い詰めていた時期があって、本当に書かれていることがよく解ります。
お弁当を気軽に買って食べたり、幕間に予約していないで3階の食堂に駆け上がったり・・・、それも楽しみの一つでした。
昔は、当日早めに行って運が良ければキャンセルでもあったのか、花道横とかかぶりつきが空いていることもあり、それを楽しみにぶらりと行ったりしたものです。今はチケットも高いし、気軽に立ち寄れる場所とはいえませんね。
玉三郎のことも、もうあれはあの場所に立ち会ったことがない人には判らない、光り輝くオーラがありました。もちろん今も美しいですが。
玉三郎にはもっともっと踊りだけではなく芝居にたくさん出演して欲しいです。
猿之助(猿翁)のことも、おっしゃるとおりですね。
また歌舞伎についてもたくさんお教えください、楽しみにしております。
by tukiko (2013-06-08 09:09)
こんにちは。
歌舞伎座、今月は母が吉右衛門の俊寛を観に行くのを楽しみにしています。
確かに今の歌舞伎で足を運びたいと思う演目と配役はなかなか無いから、これは楽しみにしてもわかる気がします。
先生のおっしゃる通り、先代猿之助の功績はもう少し配慮されてもと、
素人目にも色々あるんだろうなと。
スーパー歌舞伎座はさて置き、それ以前に宙吊りをしただけで、当時の古株の方々から避難を浴びていましたが、今では定番。
亡くなった勘三郎の様々な試みとは時期といい、まったく別と考えています。
玉三郎が一番綺麗だったのは、先代猿之助とよく共演し、その後また一段と美しくなった時期に当時の孝夫と共演すると美男美女とあうんの呼吸でまだ愛嬌も余裕で残って大人の洗練された魅力と若さと、懐かしいです。
その後は踊り、京劇、能、などルーツ的な凝り性がいささかやり過ぎに感じたりもしましたが、今でも一流だとは思います。
私は、小豆アイスの最中と揉み出し茶が…楽しみでしたが、4月には見つけられず、なくなったのかなと、松竹さん、わかってないなと。。
これから、観たいと思う顔合わせや演目がどのくらいあるのですかね。
お邪魔しました。
by アミナカ (2013-06-08 14:18)
tukiko さんへ
コメントありがとうございます。
基本、団体客を優先する、
という姿勢が、
より明確に出ているような気はします。
少し敷居を高くしてしまったのですから、
もう少しロビーなどは、
ゆとりのある構造になると良かったのに、
とは思いますね。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2013-06-10 08:30)
アミナカさんへ
コメントありがとうございます。
吉右衛門は素晴らしいのですが、
体力的には大分厳しいので、
出来にはムラがあるようです。
お母様が行かれる日に、
良い舞台が観られるといいですね。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2013-06-10 08:32)