SSブログ

ペースメーカー植え込み時の抗凝固療法について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝からレセプト作業をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
ペースメーカー埋め込み時の抗凝固療法.jpg
先月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
心臓ペースメーカーや除細動器の植え込み時の、
抗凝固療法についての論文です。

血液を固まり難くする薬を、
脳卒中などの予防のために、
定期的に飲んでいる患者さんが、
出血の危険のあるような処置を行なう場合、
その薬をどうするべきかと言うのは、
なかなか難しい問題です。

たとえば、
ワルファリンを飲んでいる患者さんが、
胃カメラの検査をして、
組織を採取するような検査が必要な場合、
少し前までは、
ワルファリンを一旦中止して、
数日が経過してから、
処置を行ない、
更に処置後数日が経過してから、
薬を再開することが通常でした。

しかし、
血栓症のリスクの高い患者さんでは、
一時的にワルファリンを中止することにより、
その近辺の期間での血栓症の発症リスクが高まり、
そのことのリスクの方が、より大きい、
という認識が共有されるようになり、
関連学会などの見解としても、
ワルファリンを継続したままで、
処置を行なうことが原則となっています。

これは抜歯などの処置でも同じです。

ただ、ご注意頂きたいことは、
これはあくまで血栓症のリスクが高い場合の話で、
ワルファリンを使用していても、
血栓症のリスクがそれほどでないケースでは、
一旦中止して術後に再開する、
という方針が、
即誤りという訳ではありません。

要はその患者さんの出血のリスクと血栓症のリスクとを、
天秤に掛けて慎重に判断し、
どちらを優先するべきか、
という問題になるのです。

勿論、処置や手術による侵襲が一番の問題ですから、
不要不急の処置や手術は行なわない、
というのが前提であることは間違いがありません。

心臓ペースメーカーの植え込みや、
埋め込み型の除細動器の植え込みは、
循環器内科の処置の中では、
侵襲の大きなものの1つです。

こうした治療は命に係わるような、
重症の不整脈の患者さんで行なわれることが多く、
そうした患者さんの多くは、
心房細動があったりステントを入れていたりと、
血栓症のリスクも高く、
当然その予防のために、
ワルファリンなどを含む、
抗凝固療法を施行している方が大半です。

そうなると問題は、
ワルファリンなどの抗凝固療法を行なっている患者さんに、
心臓ペースメーカーなどを植え込む処置をする場合、
ワルファリンを一旦止めるべきか、
それともそのまま続けるべきか、
というところにあります。

これまでの一般的な考えとしては、
一旦術前にワルファリンを切って、
注射のヘパリンという抗凝固剤に切り替え、
術後に速やかにワルファリンに戻す、
という方法が主流でした。

ヘパリンはワルファリンとは違って、
その使用を中止すれば、
すぐに作用がなくなるので、
術前後にはヘパリンを使用するのが、
より安全性が高いと考えられたのです。

しかし、
そのままワルファリンを使用する方法と比較すると、
どうしても一時的には、
凝固の状態は不安定になりますから、
それが予期せぬ有害事象に繋がる可能性は、
否定は出来ません。

一方で充分量のワルファリンを使用したまま手術をすれば、
大出血を起こすなどのリスクが増すことが想定されます。

ペースメーカーや除細動器の植え込みの場合、
デバイスポケット血腫と言って.
植え込み時に開けた皮膚の下の空間に、
血の塊が出来る、という有害事象があります。

抗凝固をがっちり掛けていれば、
それだけ血腫は大きくなる可能性があり、
デバイスポケット血腫も生じ易いと考えられるのです。

果たして、
ワルファリンを継続したまま手術するのが良いのでしょうか、
それともヘパリンに置換した方が安全性が高いのでしょうか?

この疑問に答えるために、
今回の研究においては、
ワルファリンを抗凝固療法として使用していて、
ペースメーカーや除細動器の植え込みを予定している患者さんのうち、
血栓塞栓症の発症のリスクが
年間で5%以上というリスクの高い患者さんに限って、
ワルファリンをそのまま継続して使用する群と、
ヘパリンに置換する群とに、くじ引きで分けて、
その後の経過を観察しています。

血栓塞栓症のリスクがそれほどでなければ、
一旦ワルファリンを中止して手術、
という選択肢も当然考えられるので、
年間5%以上のリスク、
というしばりを設けているのです。

カナダの17の医療施設にブラジルの1施設が参加した、
多施設の臨床研究です。

ヘパリンの置換で338名、
ワルファリンの継続で343名の患者さんが、
対象者としてエントリーされ、
病状が急変されたような少数の患者さんを除いて、
手術を受けています。
こうしたリスクの高い患者さんのみの研究としては、
症例数も多いものです。

ワルファリンを継続している患者さんは、
PT-INRという数値が3以下になるようにコントロールされ、
実際の手術時の平均値は2.3です。
つまり、日本の臨床の感覚では、
結構がっちりワルファリンを効かせたまま、
手術に踏み切っています。

その結果…

手術の合併症や手術前後の血栓塞栓症の発症については、
ワルファリン継続群とヘパリン置換群とで、
有意な差はありませんでした。
デバイスポケット血腫は、
ワルファリン継続群では343例中12例(3.5%)に発症しましたが、
ヘパリン置換群では338例中54例(16.0%)に発症していて、
これは明確にヘパリン置換群が多い、
という結果でした。

ヘパリンに置換するのは、
出血系の合併症をコントロールする目的ですから、
本来はヘパリン置換群の方が、
血腫の発症は少なくないといけないのです。
しかし、
実際にはワルファリンをそのまま使った方が、
出血系の合併症も、
より少ない、という結果が出ています。

その理由は必ずしも明確ではありませんが、
侵襲の前後で薬の切り替えを行なうことにより、
凝固の状態が頻回に変動することが、
却って出血の遷延に結び付いているのでは、
という可能性や、
ヘパリン置換では、
術者もやや安心してしまい、
止血などの操作に、
ワルファリン継続と比べて、
慎重さを欠いた可能性などが、
推測されています。

最近はこうしたデータが、
次々と報告されていて、
流れとしてはワルファリンを継続したまま、
かなりの侵襲のある処置や手術であっても、
そのまま行なう方向に、
進みつつあるように思います。

ただ、ワルファリンは使用したままするべき、
とされている、
抜歯などの処置でも、
実際には多くの医療機関で対応はしてくれない、
という声は患者さんからもよく聞きます。
以前であれば一旦ワルファリンを中止して…
ということでそれほど抵抗なく出来た処置が、
それが出来ないために、
リスクを考えると大きな病院でないと対応出来ない、
というような事態は、
本末転倒のようにも思えます。

これは歯科の先生を非難する意味合いは全くなく、
胃カメラの時の生検でも、
全く同じことが言えて、
現状のガイドラインや勧告を見れば、
ワルファリンの使用中で、
血栓症のリスクの高い患者さんでは、
仮にワルファリンを一旦中止して生検を行ない、
その前後で患者さんが脳卒中のような血栓症を起こされれば、
間違いなくその責任は、
ワルファリンを切った医者にある、
ということになり、
かと言って、
それまではワルファリンを中止して行なっていた、
出血のリスクのある手技を、
ワルファリンを使用したまま行なうことは、
適切なバックアップの態勢がなければ、
零細な臨床医の立場としては躊躇せざるを得ない、
というところです。

僕の妻は肺塞栓でワルファリンを使用していますが、
皮膚の膿瘍が出来て、
整形外科へ行くと、
「ワルファリンを飲んでいるので、排膿は出来ない」
と言われ、
何もしてもらえず、
それで皮膚科に行くと、
今度はワルファリンを飲んでいても、
排膿には何の問題もないですよ、
整形はねえ…
と鼻で笑われ、
今度はワルファリンを出してもらっている呼吸器内科へ行くと、
すぐにワルファリンを中止して、
皮膚科にもう一度診てもらいなさい、
と言われ、
別の皮膚科の先生が対応すると、
「おやおや、ワルファリンをそんなことで切るなんてねえ」
と再度混乱することを言われました。

大学病院でもこんな感じで、
ガイドラインは文書では出ていても、
どうも的確で統一の取れた方針というものが、
まだこの問題に関してはないようです。

ワルファリン以外の、
プラザキサやイグザレルトといった、
より新しい抗凝固剤に関しては、
その指針自体が未だ存在していません。

本来はその患者さんの、
その時点での出血のリスクと、
血栓症の発症のリスクを、
的確に見積もることが、
何より重要なことの筈ですが、
日本人は欧米より出血の頻度は多いとされながら、
あまり明瞭なそのリスクの物差しがありません。

従って、
現状は可能な限りロジカルに、
患者さんの状態を検証しながら、
その時点で最善の方法を選択する、
という一語に尽きるように思います。

日本においても、
日本の学会のガイドラインであるとは言いながら、
殆どが海外データのガイドラインではなく、
日本に住んでいる方を対象とした、
より精度の高いデータの積み重ねを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(21)  コメント(2)  トラックバック(0) 

nice! 21

コメント 2

Af冠者

県歯科医師会のHPによれば抜歯の1本や2本はワーフアリンを服用したままの方が梗塞障害等のリスクより良い、とありましたが、近隣24か所の歯科医院のおおかたは断薬してくるように、と。
上・下部消化器内視鏡検査を年間2,700もされている近くの胃腸科クリニックは生検はワーフアリン服薬者はしてくれません。総合病院に行くように口頭で指示されます。
2㎎を服用している者にとって食事制限は耐えられますが、薬品や検査時・OP等には困ってしまいます。
40%の方がワーファリンを断薬されていると先日の新聞記事にありました。その心境わかるような気がします。
by Af冠者 (2013-06-07 10:25) 

fujiki

Af冠者さんへ
コメントありがとうございます。
ワルファリン休薬不可だけが先行して、
患者さんに結果として負担が掛かるような事態は、
避けないといけないですね。
by fujiki (2013-06-08 08:29) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0