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消炎鎮痛剤の副作用とその薬剤間の差について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
消炎鎮痛剤の副作用の薬剤差ランセット.jpg
先月のLancet誌に掲載された、
痛み止めの飲み薬と、
その副作用についての論文です。

これまでの多くの大規模臨床試験の結果を、
まとめて解析した、
所謂「メタ解析」の論文です。

非ステロイド性炎症剤(nonsteroidal anti-inflammatory drugs)
と言う薬があります。
英語の名称を略して、
NSAIDs と呼ばれるのが一般的です。
商品名で言うと、
アスピリンやブルフェン、
ロキソニンやボルタレンなどがその代表です。
所謂痛み止めですね。

この元になる煎じ薬は、
紀元前には痛み止めとして、
傷の手当などに使われていた、
という記載もあります。

つまり人間と痛み止めとの関係は、
少なく見積もっても数千年の歴史がある訳です。

これが医療薬として登場したのは、
1897年のアセチルサリチル酸の合成が、
そのきっかけです。

1899年にバイエル社が、
このアセチルサリチル酸を痛み止めとして、
「アスピリン」という商品名で発売しました。

この薬が爆発的にヒットし、
多くの患者さんの痛みの治療に貢献しました。
アスピリンは今も有用な治療薬として、
使われ続けているのは皆さんご存知の通りです。

ただ、この時点で何故アスピリンが痛みに効くのか、
そのメカニズムの詳細は、
まだ不明のままだったのです。

1971年に1つのトピックとなる論文が発表されます。
「Inhibition of prostaglandin synthesis as a mechanism of action for aspirin-like drugs 」
と題されたこの論文では、
アスピリンがCOX という酵素を阻害することにより、
プロスタグランジンという物質が出来るのを抑え、
それにより炎症や痛みを抑えるのではないか、
という理論が提唱されています。

これを「COX 阻害理論」と言い、
今日でも事実とされています。

「COX 阻害理論」とは、
どういうものでしょうか?

プロスタグランジンというのは、
アラキドン酸という身体の細胞の膜にある、
脂の一種から合成される物質で、
多くの種類があり、
それぞれに強力な作用を持っています。

たとえば、プロスタグランジンE1には、
強力な血管拡張作用があり、
またプロスタグランジンI2 は、
血小板が凝集するのを抑える働きがあります。
このように生体を保護する働きのあるプロスタグランジンですが、
その一方で同じプロスタグランジンの仲間が、
炎症を起こした場所で強く働き、
熱や痛みの大きな原因となっていて、
更に血小板の凝集を促進し、
脳梗塞や心筋梗塞の発症に結び付くこともあります。

このプロスタグランジンはアラキドン酸から作られるのですが、
その時にまず働く酵素が、
COX (cyclooxygenese )です。

つまり、COX が働かなくなれば、
プロスタグランジンは作られなくなり、
その結果として痛みが取れ、熱が下がります。

アスピリンとそれに引き続いて合成された、
消炎鎮痛剤は、このCOX を阻害することが、
その主な作用であったのです。

アスピリンと始めとする、所謂NSAIDs は、
非常に効果のある痛み止めですが、
プロスタグランジンを全体として抑えてしまうため、
その良い作用もブロックしてしまう、
という欠点があります。

痛み止めを使うと、
胃潰瘍や十二指腸潰瘍が起こることがありますね。

これは胃の粘膜には多量のプロスタグランジンが含まれていて、
それが胃の粘膜を刺激から防御する重要な働きをしているのに、
痛み止めがCOX を阻害して、
胃の粘膜のプロスタグランジンを減らしてしまうのが、
その主な原因だと考えられています。

また、腎臓に入る血管は、
腎臓から分泌されるプロスタグランジンによって、
その働きが調節されています。
特に腎臓の働きが低下していたり、
身体が脱水の状態にあると、
腎臓に入る血液の量を維持するために、
プロスタグランジンの分泌は増加します。
つまり、腎臓のカンフル剤のように、
プロスタグランジンは働いているのです。

これが痛み止めでCOX が阻害されると、
腎臓に負担がかかり、
特に腎臓に入る血液の量が、
少ない状態にあると、
そのダメージはより大きなものになります。

痛み止めで腎臓の悪くなるのはこのためで、
たとえば高熱で脱水が強い時に、
水分の補給をしないで痛み止めを使うと、
腎臓の悪くなる危険性はそれだけ高いものになるのです。

COX 阻害理論が提唱されてから、
痛み止めの使用は、
特に腎臓の悪い方や胃潰瘍を繰り返している方では、
慎重にその適応が考えられるようになりました。

ただ、その時点では、
副作用は予防のしようのない、
ある種止むを得ないもの、
と考えられていたのです。

1991年になり、COX には1と2との2種類があることが、
初めて明らかになりました。

これは従来考えられていたCOX 以外に、
炎症を起こした場所で、
白血球のような炎症細胞から、
誘導されるタイプのCOX があることが分かったもので、
これをCOX2 と呼ぶようになりました。

つまり、腎臓や胃を保護する働きを持つCOX は、
実は殆どCOX1 で、
炎症の痛みや熱の原因となる物質を作るのは、
主にCOX2 の担当です。

COX1 とCOX2 は、似た働きをしてプロスタグランジンを作りますが、
基本的には別々の酵素で、その構造も異なっています。

ところが、アスピリンのような消炎鎮痛剤は、
COX1 とCOX2 を両方とも抑えてしまうのです。

そこで、炎症で出現するCOX2 のみを抑える薬があれば、
痛みや熱は抑えるけれど、
胃や腎臓の保護作用は妨害しない、
という理想的な薬が誕生するのでは、
という考えが生まれました。

その考えの元に生み出された薬が、
COX2 選択的阻害剤です。

現在日本では、
セレコキシブ(商品名セレコックス)という薬が、
唯一使用されています。

さて、このセレコキシブの効果はどうでしょうか?

痛み止めとしての効果で言うと、
ロキソニンとまあ同じくらいで、
ボルタレンよりは少し弱い、
というのが一般的な評価だと思います。

つまりちょっとマイルドな痛み止めです。

ただ、これまでの痛み止めの副作用であった、
胃潰瘍や十二指腸潰瘍の発生率で見ると、
これはもう格段にセレコキシブの方が優れています。
国内の臨床試験の成績では、
ロキソニンで1190人中8例の潰瘍が認められたのに対し、
セレコキシブでは1184人中、潰瘍の発生は1例のみでした。

つまり、胃の弱い方の痛み止めは、
間違いなくセレコキシブを使うべきです。

腎機能に与える影響については、
そこまでクリアではありませんが、
腎臓に薬が影響を与えたことによる浮腫みの発生を見ると、
ロキソニンの3分の1程度に抑えられている、
という結果が出ています。

つまりこの点は確実ではありませんが、
腎機能に与える影響は、
これまでの痛み止めより少ない可能性が高い、
ということは言えそうです。

ただ、1つ問題があります。

日本では発売されていない、
セレコキシブと同種の薬剤であるロフェコキシブの臨床試験で、
心筋梗塞の発症が対象薬の4倍に上昇していた、
という結果が出たのです。
同様の結果はそれ以外の試験でも認められたため、
この薬は2004年に市場から消えました。

何故COX-2 選択的阻害剤で、
心筋梗塞が増えるのか、
そのメカニズムは必ずしも明らかではありません。
ただ、同様の薬剤であるパレコキシブという薬も、
同じ理由で使用されなくなったことから考えて、
COX-2 を強力に抑えると、
血栓症が起こり易くなる、
何らかの原因があることは、
明らかだと思われます。

1つの仮説としては、
COX-2 により抑えられるプロスタグランジンI2 が、
血小板のくっつくのを抑える働きがあるので、
そのためではないか、という考えがあります。
ただ、プロスタグランジンの仲間には、
血小板をくっつける方向に働くものもあるので、
そう単純化して考えるのは危険かも知れません。

日本でも使用されている、
COX2阻害剤の代表選手のようなセレコキシブは、
その大腸癌などの発癌抑制作用が期待され、
セレコキシブを長期間使用することにより、
大腸癌を予防しようという、
大規模な臨床試験が2000年代の前半に行なわれました。
大腸癌の細胞ではCOX2が発現していて、
それを抑えることにより、
発癌抑制効果が期待されたのです。

ところが…

このセレコキシブも、
矢張り心臓病などの発症を増やしてしまいました。

これまでそう注目をされて来ませんでしたが、
どうやらCOXを阻害する薬全般に、
何らかのメカニズムにより、
心臓病や脳卒中などのリスクを、
上昇させる影響があるようなのです。

完璧な痛み止めというのは、
まだ見果てぬ夢の段階であったようです。

ここにおいて、
一般臨床での問題点は、
それでは非ステロイド系消炎鎮痛剤を俯瞰した時に、
個々の薬剤の種別において、
そのリスクにはどのような違いがあるのだろうか、
という点にあります。

今回の文献においては、
偽薬と消炎鎮痛剤とを比較した280の臨床試験と、
種類の違う消炎鎮痛剤同士を比較した474の臨床試験の結果を、
まとめて解析することにより、
個々の消炎鎮痛剤の副作用の比較を行なっています。

主に比較の対象になっているのは、
セレコキシブを代表とするコキシブと、
ジクロフェナク(商品名ボルタレンなど)、
イブプロフェン(商品名ブルフェンなど)、
そしてナプロキセン(商品名ナイキサン)です。

セレコキシブの使用量は1日200~400mgですから、
日本での使用量と違いはありませんが、
ジクロフェナクは日本では1日100mgまでのところ、
海外では概ね150mgが使用され、
ナプロキセンは日本では600mgまでのところ、
海外では概ね1000mgで一部に440~500mgの、
低用量の試験があり、
イブプロフェンに至っては、
日本では1日600mgのところ、
海外では2400mgが使用されているのですから、
かなりの開きがあります。

アセトアミノフェンについては、
最近少し是正されましたが、
要するに最近発売された薬に関しては、
日本の用量も海外用量も、
それほどの大きな差はないのですが、
昔の薬にはかなりの開きがあり、
海外用量の半分というのはザラで、
中には4分の1以下というものも多くあるのです。

これが昔の良い薬を、
日本で使用出来ない大きな理由の1つで、
本来は昔の良い薬の用量を、
どんどん変更して使用を増やせば、
医療費の削減にもなる道理ですが、
そうした意見は聞き耳を持ってはもらえないのです。

すいません。
話が逸れましたので元に戻します。

メタ解析の結果は、
どのようなものだったのでしょうか?

脳卒中と心筋梗塞の発症リスクは、
セレコキシブに代表されるCOX2阻害剤の使用により、
相対リスクで1.37倍増加し、
ジクロフェナクでも1.41倍に有意に増加していました。
これは主に虚血性心疾患のリスク増加によるもので、
心筋梗塞のみのリスク上昇は、
コキシブで1.76倍、ジクロフェナクで1.70倍でした。

イブプロフェンは虚血性心疾患のリスクは2.22倍と、
有意に上昇させましたが、
脳卒中などを併せたリスクの上昇は、
有意ではありませんでした。

ナプロキセンは、
唯一心筋梗塞や脳卒中のリスクを、
いずれも上昇させていません。

心筋梗塞や脳卒中の死亡リスクについて見ると、
コキシブで1.58倍、ジクロフェナクで1.65倍に、
有意に上昇が認められましたが、
イブプロフェンでは数値自体は1.90倍でしたが、
有意ではなく、
ナプロキセンでも増加は認められませんでした。

イブプロフェンに関しては、
データ自体にかなりばらつきがあるようです。

心不全のリスクは全ての消炎鎮痛剤で認められ、
ほぼ2倍のリスクと計算されました。

消化管出血に関しては、
コキシブが1.81倍、
ジクロフェナクが1.89倍の上昇であったのに対して、
イブプロフェンが3.97倍、
ナプロキセンが4.22倍というリスク上昇を示しました。

かなり興味深い結果です。

コキシブは確かに、
消化管出血のリスクは低いのですが、
ジクロフェナクもデータ上は遜色なく、
消化管出血の少ない消炎鎮痛剤です。

一方で心筋梗塞などの発症リスクは、
コキシブとジクロフェナクで明瞭に高く、
イブプロフェンは高い可能性はありそうですが、
データにばらつきがあって確定出来ず、
ナプロキセンは、
明瞭にそのリスクが低い消炎鎮痛剤です。
コキシブのみで心筋梗塞が増えるのでは、
という一時期の考えは誤りであった訳です。

ただし、
心不全のリスク上昇はどの薬でも違いはなく、
ナプロキセンの消化管出血発症リスクは、
他剤と比較しても高いので、
その点には注意が必要です。

総じて心臓病のあるような高齢者で、
消炎鎮痛剤を、
ある程度の長期間使用する場合には、
現時点での知見では、
ナプロキセンが最もリスクが低いと考えられますが、
消化管出血のリスクは高いので注意が必要ですし、
心不全のリスクは上昇させる、
という点にも注意が必要です。

ただ、日本での使用量は概ね海外より少ないので、
同じことが言えるかどうかは何とも言えませんし、
こうした薬剤の多くがCYP2C9で代謝されますから、
その変異の有無などによっても、
個々の患者さんのリスクは変化する可能性があるのです。

矢張り万能の痛み止めというものはなく、
長期間の痛み止めには何らかの健康リスクが伴います。
患者さんの全身状態を見極めながら、
ベストではなくベターな治療を目指すのが、
肝要のように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 4

tukiko

最近、映画について検索していてこちらのブログを見つけ、大変面白く、時々伺わせていただき始めました。
趣味のところをチラチラでしたが、今日は痛み止めのこと、大変専門的に詳しく、痛み止め薬を飲んだ時の胃の不具合の理由について書いていただいき納得。
他のページも順次読ませていただこうかなと思っています。ありがとうございました。
by tukiko (2013-06-06 09:22) 

fujiki

tukiko さんへ
コメントありがとうございます。
長いブログで恐縮ですが、
これからも時々目を通して頂ければ嬉しいです。
by fujiki (2013-06-06 22:26) 

ide

以前、ミゾオチの痛みを訴えてプリンペランを処方してもらいよく効いたので3ヶ月ほど愛飲してました。その後ノイロトロピン、リリカ、と変えたのですが、いま一つ完治しません。発作的にイタ気持ち悪くなるのです。先日胃カメラの診断ではピロリ菌陰性の表層性胃炎で様子見とのこと。プロントポンプ剤は拒否してますが、この痛み止めも止めてます。自己免疫性だとガストリン値は保険適応外らしく計ってくれないのです。ビタミンB12とかも無し。検索するとガストリン腫瘍とか怖いのが出てきて思わず宛先のない紹介状要求して作ってもらってしまいました。手の指の甲側の異汗腺湿疹は一週間で治まり薄皮がむけ指先から浮腫みと痛みを伴ってます。また大学病院の総合診療科にでもいって見ようかと思いますが、やはり消化器科を受診したほうがよいのでしょうか。プロスタグジンとCaチャネルと平滑筋って調べるほど訳がワカランです。ステロイド同様に関わらない方が無難なんでしょうが、ロキソニンもボルタレンも効かない上にお腹こわしますから飲めないんですよね。
by ide (2013-06-06 23:31) 

トクメイ

 出血時にも使用できる外用消炎鎮痛剤はありますか?
by トクメイ (2017-03-06 11:24) 

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