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タミフルの倍量使用の効果を考える [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は終日レセプトの事務作業の予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
タミフル2倍量の効果.jpg
先月のBritish Medical Journal誌に掲載された、
インフルエンザに対するタミフルの使用量と、
その予後に与える影響についての論文です。

インドネシア、シンガポール、タイ、
そしてベトナムの医療機関の共同研究です。

インフルエンザの治療において、
タミフル(オセルタミビル)などの、
所謂ノイラミニダーゼ阻害剤が、
現在確固たる位置を占めていることは、
間違いのない事実です。

その使用には批判的な意見もありますが、
概ね症状が出現してから48時間以内の使用において、
ウイルスの消失までの期間を短縮し、
症状の持続期間も短縮することが、
多くの臨床試験の結果から、
ほぼ確認をされています。

ただ、
その臨床試験の多くは、
重症の事例を対象としているものではなく、
臨床的に問題となるのは、
少数の重症化する事例や、
鳥インフルエンザのように、
重症化率の高いインフルエンザの感染なので、
本当に知りたい情報は、
実際にはあまりない、
というジレンマがあります。

これまでに分かっていることとして、
適切に処方されれば、
重症化する事例においても、
一定の死亡リスクの減少や入院期間の短縮などの効果が、
期待される、というデータはあります。
鳥インフルエンザ(H5N1)においても、
死亡率の低下を、
示唆するデータは存在します。
しかし、
その低下は軽度で、
予後をトータルに考えた時、
満足のゆく治療効果と、
言えるほどのものではありません。

タミフルの量を増量すれば、
より高い効果が得られるのではないか、
という考え方があります。

実際日本のインフルエンザ診療においても、
当該学会から鳥インフルエンザなどの重症の事例においては、
2倍量の使用を検討するべき、
というような提言が出ています。

しかし、
その明確な根拠は、
少なくとも精度の高い臨床試験のレベルでは、
現時点で存在していません。

言わば、臨床医や専門家の勘、
というレベルの知見なのです。

今回の論文はその点を明確にしようとしたもので、
かなり対象は雑多で統一性がないので、
そのデータから言えることは、
そう多くはありませんが、
300例を超える例数で、
「二重盲検」という手法を用いた点と、
ウイルス量やタミフル耐性の遺伝子変異の有無まで、
きちんと検証している点に、
大きな意義があると思います。

対象となっている患者さんは、
インフルエンザの症状を来たして病院を受診した、
1歳以上の患者さんトータル326名です。
簡易検査でインフルエンザ抗原が陽性の患者さんのうち、
H5N1の鳥インフルエンザであるか、
呼吸困難などの重症化の兆候のある患者さんのみを、
その対象としています。
流行地域ですから、
H5に反応する迅速診断のキットが、
おそらく用意されているのだと思います。

エントリーされた患者さんを、
くじ引きでほぼ同数の2つの群に分け、
患者さんにも主治医にも分からないように、
一方には成人で1日150mgという、
通常の量のタミフルを使用し、
もう一方にはその倍量を使用します。

咽喉と鼻水の検体を、
治療前と治療後5日に採取して、
ウイルスのタイプを調べると共に、
そのウイルス量を測定し、
更に全例ではありませんが、
タミフル耐性の遺伝子変異の有無もチェックします。

その結果…

患者さんの75.5%は15歳未満のお子さんです。
3.9%の患者さんは、
迅速診断ではインフルエンザ陽性でしたが、
遺伝子検査では陰性で、
抗体の上昇も認められなかったことより、
迅速診断の偽陽性と判断されました。
感度が96.1%ですから、
悪くない結果です。

インフルエンザの患者さんの内訳は、
A香港型が40.8%、2009年のH1N1pdmが22.1%、
Aソ連型が11.7%、H5N1の鳥インフルエンザが5.2%、
そして残りがB型です。

結論として、
5日後の臨床経過においても、
死亡率においても、
ウイルスの消失の比率においても、
タミフルの通常量と倍量との間に、
何ら違いは認められませんでした。

H1N1pdmとH5N1の鳥インフルエンザでは、
タミフル耐性の遺伝変異は、
治療前後で検出されず、
Aソ連型は56%という高頻度で耐性遺伝子を持っていました。
一部では治療中の耐性化も認められましたが、
そのことと臨床的な経過や、
タミフルの量との間には、
明瞭な関係は認められませんでした。

今回のデータを見る限り、
タミフルの倍量が重症の事例で推奨される、
とはとても言えません。

ただ、今回の事例は、
かなり雑多なものですから、
これをもってタミフルの増量は無効である、
とも言い切れません。

しかし、
重症の小児の事例を多く含む対象において、
そうした試験が行なわれた意義は大きく、
タミフルの増量を臨床の現場で検討する際には、
そこにどのような効果を期待するのか、
より慎重な検討が必要なように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 4

MDISATOH

Dr.Ishiharaとても興味深い記事有り難うございます!
爺が、約30年前にN医科大学でインフルエンザの疫学調査を
手伝った時には、まだタミフルの様な抗ウイルス剤は開発されていませんでしたが、酵素であるノイラミニダーゼの阻害剤が可能性が
あることが予想されていました。
然し、ウイルスの毒性とノイラミニダーゼの阻害との関係性が
必ずしも同じとは考えにくく、インフルエンザの重症例の治療は
中々、簡単には行かないと爺も思います。

by MDISATOH (2013-06-05 09:02) 

fujiki

MDISATOHさんへ
コメントありがとうございます。
ご指摘の通り、
重症の事例のメカニズムは、
現時点でも未解明の部分があり、
ノイラミニダーゼ阻害剤の効果は、
矢張り限定的なもののように思います。
by fujiki (2013-06-05 21:35) 

fuchikoma1977

失礼します.
Cochrane 2012 Issue 1にNA阻害剤の重症化抑制効果はなかったとする報告がありました.選ばれた論文群は「質が高い」とされるRCT.しかしながら,よくよく読めば,重症化症例の投与群がなぜか省かれているものが多いという,ツッコミどころ満載のレビューとなりました.その後,米CDCはインフルエンザウイルスの感染と抗ウイルス薬に対する研究はRCTではなく観察研究を推奨しております.
たしかにNA阻害剤は未だに効果が一定しないというcontroversialな部分のある薬剤です.(私はそれだけ効果に対する研究が難しい薬剤と捉えています.)
H1N1pdm09に対するNA阻害剤の投与率はほぼ同等であった,米国と日本では死亡率に44倍の開きがありました.48時間以内の投与の日本と平均96時間以降の投与の米国の医療体制の違いがこのような差を生んだのではないか推測されます.
投与タイミング・量はこれからの課題とは思いますが,決して効果が限定的と結論づけるのはまだ早いのではないかと思います.
失礼しました.
by fuchikoma1977 (2013-06-07 14:03) 

fujiki

fuchikoma1977 さんへ
コメントありがとうございます。
確かに重症の事例では、
開始時期が遅い海外データが多く、
その点にも1つの比較のポイントがありそうですね。
コクランは読みましたが、
ご指摘のように、
かなり解析の仕方には、
問題のあるように思いました。
by fujiki (2013-06-08 08:33) 

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