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CYP とテーラーメイド治療の話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

昨日に引き続いてCYPの話です。

チトクロームP-450 (CYP)は、
小腸や肝臓で薬を分解するのに、
主に働く酵素です。

このCYPにはCYP3A4、CYP2C19など、
多くの種類があります。

飲み薬というのは、
必ず肝臓か腎臓かのどちらかから排泄されます。
肝臓で全く分解されず、
腎臓から排泄される薬、というものもない訳ではありませんが、
大きさが小さいなど、幾つかの要件があり、
大多数の薬は主にこのCYPの働きで、
薬としての作用を失うのです。

1種類の薬だけを飲むのであれば、
その薬がどの程度1回肝臓を通ると、
代謝されるのかは推測が出来ます。

新薬が発売される時には、
当然そうしたデータを取っている訳です。

しかし、CYPの働きが解明されたのは、
そう古い話ではありませんから、
何十年も前に許可された薬であれば、
そうしたデータが存在しないままに、
今も発売されているケースもあります。

CYPが関連する薬の問題には、
大きく分けて2つの側面があります。

その1つは複数の薬を同時に使う場合の、
薬の相互作用の問題で、
もう1つは同じ薬を同じように使用しても、
その個人のCYPの働きの違いによって、
その効き方も変わってしまう、
という個人差の問題です。

まず相互作用のことから、
話を進めます。

昨日もお話しましたように、
2種類以上の薬を同時に使用すれば、
1種類の薬を使った時とは、
その薬の効き方が変わります。

ここにある2つの薬があって、
いずれも同じCYPで代謝されるとすると、
CYPの能力には限りがあるのですから、
一方の薬が通常より代謝され難くなり、
結果として効きが強くなる、ということが想定されます。

たとえば、以前から経験的に知られていたこととして、
ある2種類のCa拮抗薬というタイプの薬を、
一緒に使うと、それまでは治まらなかった狭心症の発作が、
ピタリと停まった、という事例があります。

これは何故かと言えば、
この2種類の薬は、いずれもCYP3A4 という種類のCYPで、
代謝を受けます。
この時、一方の薬が代謝されることにより、
もう一方の薬の代謝が妨害され、
結果として一方の薬が非常に強く作用するのです。

薬は以前から、経験的にこうした使用が行なわれて来ました。
ただ、原理が分かってみると、
皆さんもお感じになるように、
当然危険な点を孕んでいます。

ある血圧の薬を単独で使用する場合、
その薬がどの程度効果があるのかは、
データもありますし、推測が可能です。
しかし、2種類の薬があってCYPを取り合うとなると、
一方の薬の効果が強まることは想定出来ても、
それがどの程度かという点は、
推測することが困難です。

ここに、同じCYPで代謝される、
複数の薬を同時に使う場合の、
問題点があります。

薬の効果を、厳密な意味で予測し難いのです。

最近このような事例で問題となっているのが、
クロピドグレル(商品名プラビックス)という薬と、
プロトンポンプ阻害剤、という胃薬との併用です。

プラビックスは血を固まり難くする薬で、
脳梗塞や心筋梗塞の予防に使います。
この薬はそのものでは効果がなく、
CYPで代謝されると活性型になる、
という所謂プロドラックです。
つまり、CYPがあって初めて効果がある訳です。

血を固まり難くする薬の副作用は、
出血ですから、胃潰瘍のような病気を予防するため、
胃薬を併用することがよく行なわれます。
この時に、オメプラゾールという胃薬を使うと、
それによってCYPが競合し、
結果として、プラビックスが代謝され難くなり、
その効果が弱まります。
これは主にCYP2C19を介した作用だ、と言われています。

つまり、この胃薬に関わらず、
プラビックスと併用するには、
CYP2C19で代謝される薬は、
気を付けた方がよい、ということになるのです。

この事例などは1つの典型例で、
よかれと思い、副作用を軽減するために薬を追加したところ、
却って元の薬の効果がなくなってしまうのですから、
これでは本末転倒だということになります。

では、次にCYPに関わるもう1つの問題点に移ります。

それは個人差の問題です。

たとえば日本人とアメリカ人では、
同じ薬でもその効き方が違う、
というような話があります。

これは勿論その体格の違いもありますが、
人種によってCYPの遺伝子に違いがある、
という点も絡んでいることが、
最近の研究で明らかになっています。

これも代表的な事例を挙げましょう。

先程も登場したプロトンポンプ阻害剤、
というタイプの胃薬ですが、
これは主にCYP2C19で代謝されます。
ところが、体質的にCYP2C19を、
全く持っていない、という体質の方がいます。
その比率は欧米人で3%で、日本人では20%という報告があります。
つまり、この報告をそのまま信じると、
日本人の5人に1人は、
この酵素を全く持っていません。

するとどうなるでしょうか?

プロトンポンプ阻害剤の血液の濃度は、
薬によっては酵素を持っている人の、
10倍以上に跳ね上がります。

つまり、胃薬を10倍まとめて飲んでいるのと、
同じことになるのです。

ちょっと恐るべきことですね。

たとえば、診療所で同じ胃薬を10人の方にお出ししたとして、
そのうちの8人は普通に薬が効き、
2人は10倍の効き目になっているのです。
それを見分けることは、
少なくとも健康保険の診療の範囲内では不可能です。

ただ、現実的にはこのことが、
日常の診療上は大きな問題にはなりません。
それは物が胃薬だからで、
逆に言えば、胃薬というのは、
仮に血中濃度が10倍になったとしても、
大きな問題は通常は起こらないのだ、
ということが分かります。

これには面白い話があって、
プロトンポンプ阻害剤は、
ピロリ菌の除菌に使いますが、
CYP2C19が欠落している体質の人は、
除菌の成功率は100%になります。
これは要するにプロトンポンプ阻害剤が、
通常の10倍強力に効いているためです。
しかし、そうで無い人の除菌成功率は、
もっとぐっと下がります。

つまり、一口にある薬の効果と言っても、
実際にはその薬の効き方は、
体質的に大きな開きがあり、
臨床試験をしたとしても、
仮にその中に一般より、
CYPの欠落している人が多かったとすれば、
全然実際とは違う結果の出てしまう場合も有り得るのです。

ただ、薬の種類が違えば、
ことはもう少し深刻になります。

CYP2C9というCYPの種類では、
血の固まるのを防ぐワーファリンや、
糖尿病の血糖降下剤である、
トルブタミド(商品名ラスチノンなど)などが、
その代謝を受けます。
このCYP2C9にも、
体質的にその活性が低下している体質が存在します。

日本人の2%程度はその体質を持っている、
と報告されていますが、
その場合、ワーファリンやトルブタミドの効きは、
通常の数倍強くなります。
つまり、そうした人にワーファリンを通常通りに使えば、
血が止まり難くなって出血を起こし、
トルブタミドを通常通りに使えば、
重症の低血糖を起こす可能性があるのです。

最近「テーラーメイド治療」というような言い方が、
されることがあります。
その意味合いは単純ではありませんが、
1つには体質に合わせた薬の使い方をする、
ということです。

つまり、CYPについて言えば、
その人の体質に、
CYPの活性が欠落しているような変異がないかどうかを、
予め調べておき、それに基いて薬の量を決める、
というような考え方です。

ここまで読まれた皆さんはお分かりのように、
当然そうしたことは行なわれるべきであり、
薬の不適切な使用による、
副作用も減ると共に、
効かない薬を使うような無駄も減る筈です。

実際、循環器専門の大病院などでは、
抗凝固剤の適切な使用のために、
CYPの変異や活性などを調べて、
それに基く薬剤の選択を行なっているようです。

しかし、患者さんの多くは、
そうした検査は一切することなく、
同じ薬を投薬されています。

こうした検査は健康保険の対象にはならず、
ごく一部の専門施設でしか、
行なうことは不可能だからです。

こうした不公平が定常的にあるのが現在の医療であり、
僕はいつも釈然としないものを覚えます。

仮に心筋梗塞になったとすれば、
循環器専門の大病院に掛かれば、
安全に体質に合った薬が処方され、
うっかり地域の中規模病院に運ばれれば、
健康保険のみで検査と治療とが行なわれて、
適性を見ることなく薬が出され、
もしあなたがCYPの欠落の体質があれば、
却って薬で危険になる可能性もあるのです。

薬を安全に使うことは、
医療の骨格を全て国が決めている以上、
国の義務でもある筈です。

とするならば、
こうした体質のチェックにこそ、
もっと不公平でない体制が組まれるべきではないでしょうか?

皆さんはどうお考えになりますか?

今日はCYPとテーラーメイド治療の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 4

一歩前進

健保組合(特に企業の)が連合して取り組めば、
普及しそうだな、と思いましたが、差別だなんだと
騒ぐ人がいたり、日本医師会が黙っていないような
気がします。
ムダ遣いと健康被害が減ることなのに、
普及しないのは規制そのもので真っ先に緩和ないし改革
されるべきでしょうに、一部を除けば議論すらされないですね。
診断薬企業などが独自に行っているという話がありましたが、
その後音沙汰がないのが気懸かりです。

by 一歩前進 (2010-02-26 19:27) 

fujiki

一歩前進さんへ
コメントありがとうございます。

健保組合は崩壊寸前で、
国もそれを望んでいるので、
とてもそんな余力はないと思います。

医療費を減らすことだけが正義になり、
安全や薬害のリスクが軽視されているというのに、
以前はあれだけそうした主張をされていた方も、
今は沈黙されているのが、
僕には不思議でなりません。

この1~2年で、
医療は最悪の状態になることが確実だというのに、
手をこまねいていてはならないと思うのですが…
by fujiki (2010-02-26 21:15) 

ide

労災や水俣病などの環境薬害なんかも健康保険では見てくれませんよね、アスベストや有機溶剤中毒。
シンナー吸ってしまったようだと思っても産業医が必要と認めなければ検査できません。
したがって類似疾患として微妙に重なった検査をし続けて異常なしとなるだけとか、もう笑うしかありませんよね
保険外診療がまともな治療となる制度がもうすぐできあがりそうです。
保健医療はその治験としてわれわれは実験動物扱いですから
保険適用処方の副作用は処方医に責任ありませんから。
この肝臓酵素検査、ぜひともやってほしいです。
by ide (2010-03-29 02:53) 

fujiki

ide さんへ
コメントありがとうございます。

現状では検査会社も、
健康保険外の検査を、
積極的に行なう、という姿勢はなく、
実際には簡単に可能な検査でも、
個別に頼むと法外な値段を言われます。
遺伝子検査などはもっと安価に提供可能な筈で、
特殊検査は基本的に保険外とした方が、
合理的だと思います。
by fujiki (2010-03-29 08:12) 

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