SSブログ

僕の知っている「偽医者」の話 [フィクション]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は僕の知っている偽医者の事例の話です。
僕の聞いた事実を元にしていますが、
そのまま書くと差し障りのある部分があり、
細部はかなり変えていますので、
フィクションとしてお読み頂ければ幸いです。

通常医者は大学の医学部を卒業して、
医師国家試験を受け、
それに合格すると、
自動的に厚生労働省の「医籍」に登録されます。
その医籍を見れば、登録番号何番は、何処の誰それである、
ということが確認出来る訳です。

医者の手元にあるのは、送られて来た、
「医師免許証」という小ぶりの表彰状のような、
免状一枚です。

たとえば僕がある病院に就職するとしますよね。

採用前の段階で、医師免許が確認されることは、
殆どありません。
ただ、実際の勤務となれば、
その医者がいることを、
行政に報告しなければいけません。
日本の医療は基本的に健康保険が使われますから、
医者はその地方自治体の、
「保険医」でなければならないからです。
その手続きの際には、
必ず医師免許証の現物が必要である、
ということになっています。
ただ、別に本人確認は必要とはなりません。
担当者が免許証を持って行けば、
それで手続きは済んでしまうのです。

Aさんは専門学校卒業の経歴で、
それも医療系ではありませんでした。
ある病院の夜間救急の受付のアルバイトがあり、
基本的に条件は医学生とされていました。
AさんはG医科大学の学生と身分を偽って、
そのアルバイトに応募し、
採用されました。
実際に医学生であることの確認を、
身分証明書や学生証でしておけば良かったのでしょうが、
それは厳密にはされなかった訳です。
多分「学生証を見せて」くらいのことは言われたのでしょうが、
「すいません。今ちょっと携帯していなくて」
くらいのことで、そのままウヤムヤになってしまったのです。

Aさんは他の数人のメンバーをシフトを組みながら、
その当直の受付のバイトを始めました。

皆さんも救急で夜間に大病院に行かれると、
割と無愛想なお兄ちゃんが、
窓口で対応してくれることがあるかと思います。
あれは医学生のバイトなのです。

Aさんはまず医学生の仮面を被ります。
実際には学生ですらなかったのです。
しかし、アルバイトを続け、
他の医学生の話を聞いているうちに、
何となく自分も医学部の学生であるかのように、
錯覚するようになります。
救急外来を担当している医者も、
当然Aさんを医学生として対応します。
「うちの病院に来て見ないか」みたいな話も当然ある訳です。
他の医学生のバイトのメンバーも、
高学年になってくれば、
卒業後の進路のことも話題に上ります。
「A君は大学に残るの?」
みたいな話になると、
それに対して何か答を捻り出さざるを得ず、
Aさんの頭の中で、妄想でもないのでしょうが、
色々な嘘が1つの形を取るようになります。

それから半年が経ち、
多くの一緒にいたメンバーは卒業し、
バイトを辞めました。
残ったのはAさんと、後は自分より若いメンバーです。
Aさんは自然と仕切り役のような立場になり、
病院の救急担当の医者との交流も密になります。
そんな時、親しくしていた病院のある科の部長の先生から、
将来の進路のことを尋ねられ、
「実は僕は大学を今は辞めているんです」
と新たな嘘を話します。
「東洋医学を勉強しようと、アジアのある国の医科大学に留学し、
そこでその国の医師免許を取ったのですが、
日本に戻っても、外国の資格じゃ免許を取れないと聞いて、
正直困っているんです」
とのびっくりするような話です。

しかし、医者というのは世間知らずの生き物です。
この部長先生はAさんのほら話を完全に真に受け、
何と自分で国と地方自治体に掛け合って、
2年間の研修を日本で受ければ、
その後国家試験の受験資格を与える、
という文言を行政から引き出したのです。

それでAさんはその病院の臨時研修医のような形を取り、
医学全般の研修を2年間受けるようになったのです。
アジア某国の医師免許なるものは、
結局一度も提示を求められることはありませんでした。

2年間の研修を終えた時には、
もうAさんは自分が医者だ、という考えに、
微塵の疑いも持ってはいませんでした。
ただ、だからと言って、
海外の医師免許などというのは、
真っ赤な嘘なのですから、
研修を終えても国家試験を受ける訳にはいきません。

Aさんは以前の救急受付の時に、
当直の医者から手渡された医師免許証の本物を、
密かにコピーして、何枚も手元に置いていました。
その名前を自分に書き換え、
更にコピーを繰り返して、
偽の免許証のコピーを作りました。

そして、その後幾つかの医師派遣の会社に登録し、
当直や外来のバイトを掛け持ちして、
通常の勤務医を超える年収を手にするようになったのです。

本来はバイトの医者でも医師免許証が必要な筈です。
しかし、「すいません。今日はコピーしか手元にないんです」
と言われれば、その場はそれで済んでしまいます。
医籍番号さえあれば、手続きは可能だからです。
疑いを持って調べなければ、
それが他人の番号であるとは分かりません。

Aさんは数年間そうした生活を続け、
ひょんなことからその不正が発覚して、
今はその罪で服役中です。

考えると腹立たしいのですが、
通常では越えることの不可能な障害を、
嘘と一種の外交手腕で、
ひょいひょいと乗り越えてゆく姿には、
何となく羨ましいような複雑な気分にもなります。
多分人間が生きてゆく上で、
最も役に立つものは、他人に取り入る技術なのでしょうね。
そう考えると何か切ない気分にもなります。

皆さんはどうお考えになりますか。

今日は僕の知っている「偽医者」の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(1)  コメント(3)  トラックバック(0) 

nice! 1

コメント 3

みちぽんぬ

こんなことが本当にあるのですか…!?
驚いてしまいました。

人間が生きていく上で役立つものは他人に取り入る技術、ということを
私も会社に勤めていた時によく思っていました。
悪い人ではないのですが、いわゆる「世渡り上手」な人が出世して上司になっていくんですよね…
by みちぽんぬ (2009-08-04 19:32) 

fujiki

みちぽんぬさんへ
コメントありがとうございます。
世渡り下手な凡人は、
地道にやるしか仕方がないですね。
by fujiki (2009-08-04 21:26) 

匿名

医師が何の目的で、救急外来のバイトに免許を渡したのだろう?

by 匿名 (2019-12-04 09:17) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0