甲状腺微小乳頭癌のアクティブ・サーベイランス [医療のトピック]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は水曜日で診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今年のLancet Diabetes Endocrinology誌に掲載された、
甲状腺の微小癌への対応についての総説です。
ここで対象となっている甲状腺微小乳頭癌(Papillary thyroid microcarcinoma)
というのは、甲状腺乳頭癌のうち、
診断された時点での大きさが、
最大径で1センチ以下の腫瘍のことです。
1センチ以下の甲状腺のしこりは、
通常触診では感知することは困難で、
別個の検査をした時に、
たまたま見つかるというのが通常でした。
それが超音波検査の進歩により、
診断される頻度が最近増加したのです。
これまでの別個の病気などで亡くなった方を解剖した結果では、
その5から36%に甲状腺微小乳頭癌が見つかっています。
15の研究データをまとめて解析した論文では、
併せて989体の解剖所見として、
その11.5%で甲状腺微小乳頭癌が発見されています。
こうした潜在癌の多くは非常に小さなもので、
報告によれば33から79%は1ミリ未満の大きさです。
その27から50%は多発性です。
大雑把に言って、
臨床的に診断される甲状腺乳頭癌の、
100から1000倍は多くの潜在癌が、
実際には存在していることになります。
癌の発見が増えるのは、
主に無症状の人に対して、
首の超音波検査やCT検査が行われることによります。
韓国では一時期甲状腺の超音波検査が、
公費による癌検診の安価なオプションとして、
一般住民に対して施行されたので、
甲状腺癌の診断数はそれ以前の15倍にまで増加しました。
その多くは微小癌の範疇に属するものです。
甲状腺微小乳頭癌の生命予後は非常に良好で、
リンパ節転移や遠隔転移を伴う事例を含めて解析しても、
死亡率は0.3%に満たないというレベルです。
微小癌であっても、
これまでの治療方針は原則は手術による切除でした。
しかし、甲状腺外に進展したり遠隔転移を起こすようなリスクの低い癌では、
手術をしないで慎重な経過観察のみを行うという方針も、
1つの選択肢として存在しても良い筈です。
同じく生命予後がトータルには非常に良い癌で、
検診による発見率の増加が問題となっていた前立腺癌においては、
進行のリスクが低いと判断される時に限って、
アクティブ・サーベイランスと言って、
定期的な経過観察を行いつつ、
進行の兆候がなければ治療はせずに様子をみる、
という方針が推奨されるようになってきています。
それでは、甲状腺微小乳頭癌においても、
アクティブ・サーベイランスが試みられても良いのではないでしょうか?
実はこれまでに行われた、
甲状腺癌についてのアクティブ・サーベイランスの研究は、
ほぼすべてが日本で行われたものです。
その中でも代表的なのが、
以前にもご紹介したことのあるこちらの文献です。
2010年のWorld Journal of Surgery誌に掲載されたものですが、
1センチ以下の甲状腺乳頭癌が診断され、
細胞診での悪性度が低く、
臨床的に検出可能なリンパ節転移や、
周辺への浸潤が疑われる所見のないケースに限って、
患者さんの希望ですぐに手術と経過観察の2つの方針に振り分け、
平均で74か月の経過の比較を行ったものです。
甲状腺専門病院である隈病院の報告です。
アクティブ・サーベイランスを選択した患者さんは340例で、
腫瘍径が3ミリ以上拡大した事例は10年間で15.9%、
リンパ節転移が新たにみつかった事例は10年間で3.4%でした。
そして、腫瘍が増大したりリンパ節転移が見つかった時点で、
待機的な手術を行っても、
最初から手術を行った場合と比較して、
明確な予後の差は認められませんでした。
ただ、このデータは単独施設のものである上に、
手術かアクティブ・サーベイランスかの振り分けを、
クジ引きではなく患者さんの希望により行っていて、
そこには当然かなりのバイアスが想定されます。
前立腺癌においての同様のデータは、
厳密にランダムな方法で施行されていますから、
比較するとかなり見劣りのする研究方法です。
ただ、現状はこれを超えるような研究は、
国内外を問わず存在していないのです。
甲状腺の臨床という分野の、
世界的な問題点がこの辺りにあるように思います。
こちらをご覧ください。
甲状腺癌のアクティブ・サーベイランスに、
適した事例と適さない事例とを提示したものです。
Aの画像は甲状腺の右葉の中央部に、
辺縁が不整の腫瘍があり、
これは大きさの小さい乳頭癌に典型的な所見です。
この事例は甲状腺の辺縁から遠い場所にしこりがあり、
アクティブ・サーベイランスに適した腫瘍です。
Bの画像は甲状腺の外側の被膜に近い位置に腫瘍があり、
周辺の組織への浸潤が否定できないので、
アクティブ・サーベイランスには不適です。
Cの画像は気管に接した位置にしこりがあり、
これもアクティブ・サーベイランスには不向きなのです。
このように慎重に対象を選び、
半年から1年に一度の超音波検査で、
腫瘍の増大の有無を検証し、
明らかな増大やリンパ節転移が認められた時点で、
手術に踏み切るというのがアクティブ・サーベイランスの、
現時点で考えられている方法です。
上記文献ではこうしたアクティブ・サーベイランスの導入を、
有用性のあるものとして提起していて、
欧米での前向き試験のデータが必要であると指摘されています。
日本は縮小手術やアクティブ・サーベイランスの試みにおいて、
甲状腺の分野では世界に先駆けた検討を多く行っていて、
実際にそれが世界の潮流になりつつあるのですが、
より精度の高いデータの蓄積が、
今後は望まれるところだと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は水曜日で診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今年のLancet Diabetes Endocrinology誌に掲載された、
甲状腺の微小癌への対応についての総説です。
ここで対象となっている甲状腺微小乳頭癌(Papillary thyroid microcarcinoma)
というのは、甲状腺乳頭癌のうち、
診断された時点での大きさが、
最大径で1センチ以下の腫瘍のことです。
1センチ以下の甲状腺のしこりは、
通常触診では感知することは困難で、
別個の検査をした時に、
たまたま見つかるというのが通常でした。
それが超音波検査の進歩により、
診断される頻度が最近増加したのです。
これまでの別個の病気などで亡くなった方を解剖した結果では、
その5から36%に甲状腺微小乳頭癌が見つかっています。
15の研究データをまとめて解析した論文では、
併せて989体の解剖所見として、
その11.5%で甲状腺微小乳頭癌が発見されています。
こうした潜在癌の多くは非常に小さなもので、
報告によれば33から79%は1ミリ未満の大きさです。
その27から50%は多発性です。
大雑把に言って、
臨床的に診断される甲状腺乳頭癌の、
100から1000倍は多くの潜在癌が、
実際には存在していることになります。
癌の発見が増えるのは、
主に無症状の人に対して、
首の超音波検査やCT検査が行われることによります。
韓国では一時期甲状腺の超音波検査が、
公費による癌検診の安価なオプションとして、
一般住民に対して施行されたので、
甲状腺癌の診断数はそれ以前の15倍にまで増加しました。
その多くは微小癌の範疇に属するものです。
甲状腺微小乳頭癌の生命予後は非常に良好で、
リンパ節転移や遠隔転移を伴う事例を含めて解析しても、
死亡率は0.3%に満たないというレベルです。
微小癌であっても、
これまでの治療方針は原則は手術による切除でした。
しかし、甲状腺外に進展したり遠隔転移を起こすようなリスクの低い癌では、
手術をしないで慎重な経過観察のみを行うという方針も、
1つの選択肢として存在しても良い筈です。
同じく生命予後がトータルには非常に良い癌で、
検診による発見率の増加が問題となっていた前立腺癌においては、
進行のリスクが低いと判断される時に限って、
アクティブ・サーベイランスと言って、
定期的な経過観察を行いつつ、
進行の兆候がなければ治療はせずに様子をみる、
という方針が推奨されるようになってきています。
それでは、甲状腺微小乳頭癌においても、
アクティブ・サーベイランスが試みられても良いのではないでしょうか?
実はこれまでに行われた、
甲状腺癌についてのアクティブ・サーベイランスの研究は、
ほぼすべてが日本で行われたものです。
その中でも代表的なのが、
以前にもご紹介したことのあるこちらの文献です。
2010年のWorld Journal of Surgery誌に掲載されたものですが、
1センチ以下の甲状腺乳頭癌が診断され、
細胞診での悪性度が低く、
臨床的に検出可能なリンパ節転移や、
周辺への浸潤が疑われる所見のないケースに限って、
患者さんの希望ですぐに手術と経過観察の2つの方針に振り分け、
平均で74か月の経過の比較を行ったものです。
甲状腺専門病院である隈病院の報告です。
アクティブ・サーベイランスを選択した患者さんは340例で、
腫瘍径が3ミリ以上拡大した事例は10年間で15.9%、
リンパ節転移が新たにみつかった事例は10年間で3.4%でした。
そして、腫瘍が増大したりリンパ節転移が見つかった時点で、
待機的な手術を行っても、
最初から手術を行った場合と比較して、
明確な予後の差は認められませんでした。
ただ、このデータは単独施設のものである上に、
手術かアクティブ・サーベイランスかの振り分けを、
クジ引きではなく患者さんの希望により行っていて、
そこには当然かなりのバイアスが想定されます。
前立腺癌においての同様のデータは、
厳密にランダムな方法で施行されていますから、
比較するとかなり見劣りのする研究方法です。
ただ、現状はこれを超えるような研究は、
国内外を問わず存在していないのです。
甲状腺の臨床という分野の、
世界的な問題点がこの辺りにあるように思います。
こちらをご覧ください。
甲状腺癌のアクティブ・サーベイランスに、
適した事例と適さない事例とを提示したものです。
Aの画像は甲状腺の右葉の中央部に、
辺縁が不整の腫瘍があり、
これは大きさの小さい乳頭癌に典型的な所見です。
この事例は甲状腺の辺縁から遠い場所にしこりがあり、
アクティブ・サーベイランスに適した腫瘍です。
Bの画像は甲状腺の外側の被膜に近い位置に腫瘍があり、
周辺の組織への浸潤が否定できないので、
アクティブ・サーベイランスには不適です。
Cの画像は気管に接した位置にしこりがあり、
これもアクティブ・サーベイランスには不向きなのです。
このように慎重に対象を選び、
半年から1年に一度の超音波検査で、
腫瘍の増大の有無を検証し、
明らかな増大やリンパ節転移が認められた時点で、
手術に踏み切るというのがアクティブ・サーベイランスの、
現時点で考えられている方法です。
上記文献ではこうしたアクティブ・サーベイランスの導入を、
有用性のあるものとして提起していて、
欧米での前向き試験のデータが必要であると指摘されています。
日本は縮小手術やアクティブ・サーベイランスの試みにおいて、
甲状腺の分野では世界に先駆けた検討を多く行っていて、
実際にそれが世界の潮流になりつつあるのですが、
より精度の高いデータの蓄積が、
今後は望まれるところだと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。
誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ
- 作者: 石原藤樹
- 出版社/メーカー: 総合医学社
- 発売日: 2016/10/28
- メディア: 単行本
2016-11-16 08:11
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