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クラリスロマイシンによる精神神経症状のリスクについて [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後とも、
いつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
クラリスロマイシンの精神疾患リスク.jpg
今月のJAMA Internal Medicine誌にウェブ掲載された、
クラリスロマイシンという抗生物質による、
幻覚や不安、興奮などの、
精神神経症状のリスクについての論文です。

クラリスロマイシン(商品名クラリス、クラリシッドなど)は、
マイコプラズマやクラミジアなどの治療薬として、
また非結核性抗酸菌症やピロリ菌の除菌の併用薬として、
非常に有用性の高い抗生物質として広く使用されています。

日本においては、
咳が続く風邪の時や、
蓄膿に対する「長期少量持続療法」という、
日本以外ではあまりされることのない治療として、
おそらく欧米以上に幅広く使用されています。

ピロリ菌の除菌でも使用されますし、
お子さんで咳が長引いたりすれば、
かなりの確率で処方されます。

基本的には安全性の高い薬であるクラリスロマイシンですが、
幾つかの有害事象のあることも指摘されています。

この薬は重篤な不整脈を惹起する可能性のある、
QT延長症候群という心電図異常を起こすことがあり、
そのため心血管疾患のリスクを増加させることが、
複数の疫学データにより実証されています。
このリスクは元に心疾患を持っている場合や、
腎障害や肝障害など、
内臓障害を持っている場合に高まります。

この薬は肝臓のCYP3A4という代謝酵素により分解されるので、
同じ代謝酵素で分解される薬との併用により、
その蓄積のリスクは高まります。
たとえば、コレステロール降下剤のシンバタチンは、
アメリカではクラリスロマイシンとの併用は禁忌の扱いとなっています。

そして、それ以外にクラリスロマイシンの有害事象として、
最近指摘されているのが、
躁状態や幻覚妄想、不安や興奮などの、
精神神経症状の発症です。

これは報告は比較的最近です。
最初の報告は1995年で、
2例のAIDSの患者さんにクラリスロマイシンを使用したところ、
幻覚や不安、興奮などが認められた、というものです。
それ以降同様の報告は数10例規模に蓄積し、
総説も発表されています。
それとは別個に、
クラリスロマイシンで躁状態が生じた、
という報告も認められます。

ただ、これまでそのリスクを、
クラリスロマイシン未使用と比較して検証したような、
精度の高い疫学データのようなものは存在していませんでした。

今回の研究は香港において、
医療のデータベースを活用し、
クラリスロマイシンを含むピロリ菌の除菌治療と、
それに伴って生じた精神神経症状の発症リスクを、
未使用群もしくは未使用期間と比較検証しています。

その結果…

クラリスロマイシンを含むピロリ菌除菌治療を行なった、
平均年齢50歳のトータル66559例を対象として解析すると、
クラリスロマイシンを使用する2週間より以前の期間と比較して、
使用期間中の精神神経症状の発症リスクは4.12倍(2.94から5.76)
有意に増加しており、
その前後の2週間のリスクは有意には増加していませんでした。

精神疾患の発症とその前後のクラリスロマイシンの使用との関連も、
別個に検証されましたが、
矢張り同様の関連性が認められました。
つまり、使用中の発症リスクのみが増加しており、
そこから2週間離れていると、
もうそうした関連は認められていません。

実際の発症リスクは、
クラリスロマイシンの1000処方当たり、
0.45件と計算されました。

今回の研究はクラリスロマイシンの個別の影響を見たものではなく、
プロトンポンプ阻害剤やアモキシシリン、メトロニダゾールとの併用による、
影響を見たものです。
メトロニダゾールの脳症や、
アモキシシリンによる躁状態などの報告もあるので、
それが混合している可能性もあります。

本来は単独のクラリスロマイシンの処方と、
精神神経症状との関連を見た方が良いのですが、
そうした場合には感染症に対しての処方ということになり、
その病状との関連も否定出来ません。
今回のデータはピロリ菌の除菌なので、
体調が問題のない人に多く処方されていて、
それでの比較になっている点がポイントなのです。

本当にクラリスロマイシンで精神神経症状が生じるかどうかは、
まだ可能性の段階に留まる知見であるようです。

それでは、仮にそうしたことがあるとして、
一体そのメカニズムはどのようなものなのでしょうか?

これも現状では分かっていません。

クラリスロマイシン自体の脳神経への移行は、
ゼロではありませんがそれほど多いものではありません。
従って、薬剤の直接の神経毒性と考えると、
ちょっと無理のある部分があるのです。
そのため、ステロイドホルモンの代謝や、
神経伝達物質の代謝に対する影響などが、
仮説としては提唱されていますが、
まだ実証されている、ということではないようです。

現時点の理解としては、
クラリスロマイシンなどの抗生物質の使用時には、
短期間の使用においても、
躁状態や幻覚妄想状態、認知機能低下などの症状が、
一時的に生じることがあり、
仮にそうした症状が、
特に他の誘因なく生じた場合には、
まずは抗生物質の副作用の可能性を考えて、
薬を中止して2週間は経過を見ることが肝要です。
それで多くの症状は改善する可能性が高く、
すぐに抗精神病薬を使用するような対応は、
適切ではない可能性が高いのです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 2

匿名

マクロライド系はテトラサイクリン系と前後したりするので、クラリス使用中に〇〇が起きた、という有意差が認められても因果関係の証明にはならないですよね。

全ての医薬品の中で最も自殺率が高いイソトレチノインに精神作用が無いという論理と同じです。

テトラサイクリン系の精神的な有害事象は殆ど話題に上がりませんね。

クラリスロマイシンがドキシサイクリンよりも精神作用が問題であるということ考えにくい。
by 匿名 (2016-05-24 09:41) 

fujiki

匿名さんへ
コメントありがとうございます。
ご指摘のように検証はかなり甘いので、
何とも言えない部分があるのですが、
比較的多くの抗生物質に、
一時的な精神症状を誘発するような作用が、
あることは間違いのないことのようです。
by fujiki (2016-05-25 07:30) 

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