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新規コレステロール降下剤PCSK9阻害剤の効果と安全性について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は別件の仕事で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
PCSK9阻害剤エボロクマブの効果.jpg
先月のthe New England Journal of Medicine誌にウェブ掲載された、
PCSK9阻害剤と呼ばれる、
これまでにないメカニズムのコレステロール降下剤の、
効果と安全性を確認した、
第3相臨床試験の論文です。

コレステロール特に悪玉と呼ばれる、
LDLコレステロールの低下療法が、
心筋梗塞などの動脈硬化による病気の予防に、
明確な効果を有していることは、
これまでの多くの研究から、
世界的に認められている、
「科学的事実」です。

このため、
日本のガイドラインにおいても、
欧米の主要なガイドラインにおいても、
心筋梗塞などの発作を起こした患者さんにおいては、
LDLコレステロールの血液の数値は、
100mg/dl未満にすることが、
推奨されています。

つまり、
徳光さんの血液の悪玉コレステロールの目標値は、
100mg/dl未満です。

更に欧米のガイドラインでは、
より再発リスクの高いグループの患者さんでは、
この数値が70を切ることが推奨されています。

しかし、
この基準は日本では採用はされていません。

コレステロール低下療法の主体は、
スタチンと呼ばれる、
コレステロールの合成酵素の阻害剤です。

商品名ではメバロチンやリポバス、
リピトールやクレストールなどがそれに当たり、
多くのジェネリックも発売されています。

皆さんの中にも、
そうしたお薬を飲まれている方は、
多いのではないかと思います。

ただ、スタチンの使用で、
該当する心筋梗塞などを起こした全ての患者さんが、
推奨される100未満という数値を、
達成出来る訳ではありません。

こうした厳密な基準を達成するには、
高用量のスタチンを使用する必要があり、
高用量のスタチンには、
筋肉が壊れたり、
糖尿病のリスクを上昇させるというような、
副作用の発生も増加するからです。

また、
スタチンのメカニズム上の問題として、
長期間の使用により、
身体はコレステロールが足りないと認知するので、
コレステロールの吸収量が増え、
同量のスタチンでは効果が減弱するようになります。
更には高用量のスタチンは、
所謂善玉コレステロールも低下させるので、
その予防効果が減弱する可能性もあります。

そこで、
スタチンとはメカニズムの違うコレステロール降下剤も、
幾つか開発され使用されていますが、
その効果は上乗せで、
1~2割程度の低下作用しかなく、
その割りには高額な薬なので、
スタンダードな治療とはなっていません。

そこで最近注目され、
新薬として臨床試験が現在行なわれているのが、
PCSK9モノクローナル抗体、
という新薬です。

PCSK9というのは、
一体何でしょうか?

身体には「前駆蛋白変換酵素」という、
ちょっと特殊な働きを持つ酵素があって、
そのうち9番目にナンバリングされたのが、
このPCSK9です。
日本語にすると、
「前駆蛋白変換酵素サブチリシン/ケキシン9」という、
ややこしい名称になります。

このPCSK9の働きを、
端的に言えば、
悪玉コレステロールの受容体を、
分解する酵素です。

悪玉コレステロールという、
あまり人聞きの良くないあだ名が付いてはいますが、
勿論LDL-コレステロールも、
身体にとって必要不可欠の物質であることは、
間違いがありません。

これは言ってみれば、
LDLという乗り物に乗ったコレステロールのことで、
コレステロールが細胞の中で利用されるには、
このLDLが必要なのです。

コレステロールは肝臓の細胞の中に入りますが、
その時に細胞の表面にある、
LDL受容体を、
その目印として使います。
LDL受容体にくっついたLDL-コレステロールは、
受容体ごと細胞の中に入り、
それからコレステロールが切り離されます。

PCSK9という酵素は、
主に肝臓の細胞の中で作られ、
それが血液中に分泌されます。

分泌されたPCSK9は、
細胞表面のLDL受容体にくっつくと、
それを分解してしまうのです。

つまり、
血液中にPCSK9が多くなると、
LDL受容体が減るので、
細胞の中に入るコレステロールが減り、
結果として血液中の、
LDL-コレステロールが増加します。

その一方でPCSK9が減少すると、
LDL受容体が相対的に増え、
多くのコレステロールが細胞内に取り込まれるので、
血液中のLDL-コレステロールは低下します。

LDL受容体もPCSK9も、
共に肝臓の細胞の中で作られます。

つまり、
肝臓の細胞は、
常に適正な量のコレステロールが、
細胞内に存在しているように、
PCSK9の量の調整を通して、
その調節を行なっている、
という言い方が出来るのです。

これが、
人間の身体が細胞内のコレステロールを調節している、
大きなメカニズムの1つ、
ということになります。

さて、
何らかの方法で、
PCSK9を減らすことが出来れば、
スタチンより直接的に、
LDL-コレステロールだけを、
選択的に減少させることが可能となります。

ただ、そこで1つの危惧があるのは、
そもそもPCSK9は、
細胞内コレステロールの調節をしているので、
それが減少することにより、
細胞内のコレステロールが増加することが、
身体にとって有害ではないのだろうか、
ということです。

これまでに幾つかのデータがあります。
ネズミの実験においては、
PCSK9の遺伝子がないネズミにおいても、
特に健康上の問題はないことが、
確認されています。

人間にも、
一定の割合でPCSK9の遺伝子に、
変異の存在することが知られていて、
疫学研究においては、
変異のある集団では、
血液のコレステロールは正常より低値となりますが、
心疾患の罹患率は低下し、
癌の発症率は増加しないことが、
幾つかの人種の異なる集団で、
確認されています。

完全にPCSK9の遺伝子が欠損している、
という事例は報告は極めて稀ですが、
2007年に2人の若い女性の事例が報告されていて、
血液のLDL-コレステロールは、
概ね正常では100mg/dlを超えていますが、
14mg/dlおよび16mg/dlという、
びっくりするような数値になっています。
しかし、特に健康上の問題は、
見られていません。

以上のようなデータの積み重ねからは、
一定レベルまで、
PCSK9を減少させてLDL-コレステロールの、
細胞内への取り込みを増やしても、
大きな問題は生じない、
という推測が得られています。

こうした知見の積み重ねを元に、
PCSK9に結合するモノクローナル抗体が作製され、
その注射薬が新薬として、
国内外で臨床試験が行なわれています。

現在発売間近の状態にあるのが、
上記文献で取り上げられている、
アムジェン社(日本ではアステラスと提携)のエボロクマブと、
サノフィ社とリジェネロン社のアリロクマブです。

モノクローナル抗体を注射すれば、
血液中の活性のあるPCSK9が減り、
結果としてLDL受容体が増加して、
コレステロールが細胞内に取り込まれ、
血液中のLDL-コレステロールが減少する、
という仕組みです。

両者の薬とも、
今発売間近の状態にあります。

最初にご紹介した文献は、
そのうちのエボロクマブの臨床試験の結果をまとめたもので、
トータルで4465名の患者さんが登録され、
スタチンの治療に上乗せする形で、
2週間毎に140ミリグラムの皮下注射、
もしくは1ヶ月毎に420ミリグラムの皮下注射と、
偽の注射とが比較されています。
経過は1年間観察されています。

その結果、
スタチン治療のみと比較して、
LDLコレステロールはエボロクマブにより、
平均で61%に低下しました。

そして、1年間の時点までの心血管疾患の発症リスクは、
スタチンのみの治療では2.18%であったのに対して、
エボロクマブ治療では0.95%と、
心血管疾患を有意に53%抑制していました。

次にこちらをご覧下さい。
PCSK9阻害剤アリロクマブの効果.jpg
同じ日時でウェブ掲載された、
こちらはアリロクマブの臨床試験の結果です。

矢張りスタチン治療に上乗せする格好で、
トータル2341名の患者さんに投与が行われています。
アリロクマブの使用法は1回150ミリグラムの皮下注射を2週間毎で、
それを偽注射と比較しています。
コレステロールの降下の程度は投与後24週間で判定していますが、
心血管疾患の発症については、
78週までの経過観察を行なっています。

その結果、アリロクマブの上乗せにより、
LDLコレステロールは平均で62%低下し、
78週間の時点までの心血管疾患のリスクは、
スタチン治療のみでは3.3%であったのに対して、
アリロクマブの上乗せでは1.7%に低下していて、
そのリスクを48%有意に低下させています。

このように、
エボロクマブもアリロクマブも、
スタチンの上乗せで60%程度と、
同程度悪玉コレステロールを低下させる作用を持ち、
事例によっては25mg/dL未満まで低下させています。

そして、今回初めて1年を超える長期間の使用効果が確認され、
その段階でもスタチン単独より、
5割程度心血管疾患を抑制しています。

これはかなり画期的な効果であると、
現時点では言うことが出来ます。

それでは、この薬には問題はないのでしょうか?

まず、このような極端なコレステロールの抑制が、
本当に身体全体にとって問題のないものなのか、
という危惧が残ります。

LDL受容体が増加することにより、
細胞に取り込まれるコレステロールが増え、
それが細胞機能に障害を与える可能性は否定出来ません。

今回やや気になる所見としては、
せん妄や認知機能障害など、
脳神経系の有害事象が、
この薬の使用群で多い傾向があり、
これが仮に脳神経系の細胞の、
コレステロールの過剰な取り込みによるものだとすれば、
大きな問題となる可能性があります。

また、心血管疾患の予防効果については、
スタチン治療ではその2年目以降でより効果が顕在化しており、
その意味でより長期のデータが不可欠です。

このように、
PCSK9阻害剤は多くの可能性を秘めた薬である一方、
まだ多くの未解決の問題を残していて、
安易に画期的な新薬と持ち上げることなく、
今後のデータの蓄積を注視したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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dumbo

fujikiさま、おはようございます。
私の認識では、LDL→細胞内→HDLという図式で、
HDLが排泄されて行くものといった感覚なので、
PCSK9は始めの矢印ということなのでしょうか?
動脈硬化指数についての認識がだんだんと強化されていくのですね。
(糖尿病もからんでのお話が深まりそうです)
by dumbo (2015-04-15 08:34) 

fujiki

dumboさんへ
コメントありがとうございます。
初めて直接的にLDL受容体を増やす薬と言って良いので、
効果には期待があると同時に、
リスクもありそうに思います。
by fujiki (2015-04-16 08:24) 

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