SSブログ

アルツハイマー病治療薬セマガセスタットの効果について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

本日は石原が健診説明会出席のため、
午後の診療は5時半で終了とさせて頂きます。
ご受診予定の方はご注意下さい。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
アルツハイマー病の新治療薬.jpg
今月のNew England Journal of Medicine誌に掲載された、
アルツハイマー病の新薬の臨床試験と、
その結果についての論文です。

アルツハイマー型の老年認知症は、
老年期の認知症のうち最も多いもので、
進行した場合の問題行動等の発症は、
ご家族を含めた周囲の負担も大きく、
医療経済的にも、
今後非常に深刻な問題となることは間違いがありませんし、
既にそうなっているかも知れません。

現状その治療薬は、
その原因に対する治療ではなく、
あくまである程度の症状のコントロールと、
その進行抑制における効果しかありません。

しかしこの分野は日進月歩であり、
アルツハイマー病自体を治療する薬の研究も、
進行しつつあることは確かです。

アルツハイマー病では、
脳に老人斑と呼ばれるアミロイド蛋白の沈着が認められ、
それは40あるいは42個のアミノ酸から成る、
Aβペプチドから形成されています。

この不要な蛋白質の脳細胞への沈着が、
アルツハイマー病の原因の1つであることは、
ほぼ間違いがありません。

このアミロイドβ蛋白質は、
APPと呼ばれるアミロイド前駆体から、
βセクレターゼとγセクレターゼという、
2種類の蛋白分解酵素の働きにより生成されます。

さて、
仮にβセクレターゼやγセクレターゼの働きを阻害する薬があれば、
アミロイド前駆体はアミロイドβ蛋白にはならず、
そうなればアミロイド蛋白の沈着は抑えられて、
アルツハイマー病の進行も食い止められるのでは、
という可能性が生じます。

現在こうした酵素の阻害剤を、
アルツハイマー病の治療薬として開発する試みが、
複数進められています。

仮にこのメカニズムで、
臨床効果と安全性が確認された薬が開発されれば、
アルツハイマー病の進行を食い止める薬として、
これまでにない画期的な新薬となることは間違いがありません。

βとγ両者のセクレターゼの阻害剤が開発の途上にありますが、
その中で一番手として第3相の臨床試験まで進んだのが、
セマガセスタット(semagacestat)という薬剤です。

上記の文献は、
この第3相の臨床試験の結果をまとめたものです。

この第一報は2010年に既に報道されていますから、
解析にかなり時間が経っているということが分かります。

試験は軽度~中等度のアルツハイマー型認知症の患者さん、
トータル1537名を、
患者さんにも主治医にも分からないような形で、
くじ引きで3つの群に分け、
1つの群ではセマガセスタットを100mg、
第2の群では140mg、
第3の群では偽薬を使用し、
その後の認知機能の試験結果や、
検査の数値、安全性などを検証しています。

アリセプトやメマリーのような認知症の治療薬は、
既に使用されている患者さんが含まれていて、
通常の治療に上乗せの試験になっています。

その結果…

経過観察期間中76週の時点で、
偽薬と比較して、
認知機能の指標はセマガセスタット群の方が、
有意に悪化している、
という衝撃的な結果でした。
100mg群と比較すると、
140mg群の方がより悪化の程度は強く、
用量依存的に悪化が認められたのです。

更に重篤な有害事象は、
皮膚癌の発症や感染症の発症を含めて、
これもセマガセスタット使用群の方が、
より多いという結果になり、
使用群では体重は減少し、
リンパ球や免疫グロブリンのような、
免疫の指標は低下し、
栄養状態も悪化しています。

つまり、
この薬の使用により、
ほぼ全ての結果が悪化に向かっていて、
当然のことながら、
この試験は途中で中止されました。

それでは、
何故このようなことが起こったのでしょうか?

実はγセクレターゼが阻害するのは、
アミロイドβ蛋白の生成だけではありません。

この酵素はノッチシグナルの活性化にも関与しています。

ノッチシグナルというのは、
神経系や造血などの分化に関与する遺伝子調節経路で、
ノッチの受容体に蛋白質が結合すると、
ノッチ蛋白がこのγセクレターゼにより切断されることにより、
ノッチシグナルは活性化されるのです。

このノッチシグナルは思春期に達すると、
むしろ新しい細胞の成長を抑制し、
神経ネットワークを安定化させます。

セマガセスタットの使用により、
血液のアミロイドβ蛋白の濃度は低下しています。
しかし、髄液の濃度は有意な低下が見られていません。

つまり、
脳に対する効果は、
必ずしもクリアではありません。

むしろノッチシグナルの抑制がより強く働いたため、
脳においては神経ネットワークが不安定化して、
認知機能を低下させ、
身体全体においては、
細胞の正常な分化を阻害して、
発癌や免疫機能の低下を招いたものと考えられるのです。

セマガセスタットの臨床試験は失敗に終わり、
この薬が発売される可能性はなくなりました。

ただ、
γセクレターゼの阻害剤で、
ノッチシグナルはそれほど阻害せずに、
アミロイドβ蛋白の阻害をメインとした薬剤が、
今後は次々と開発に向かう予定で、
それでも安全性への不安は矢張り残りますが、
まだこの分野の創薬に、
絶望するのは早過ぎるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(45)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 45

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0