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プロトンポンプ阻害剤による高齢者の死亡リスク上昇について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
プロトンポンプ阻害剤のリスク.jpg
先月のJAMA Intern Med誌に掲載された、
プロトンポンプ阻害剤の高齢者への長期使用による、
死亡リスクの上昇についての論文です。

プロトンポンプ阻害剤は、
強力に胃酸の分泌を抑える胃薬で、
胃潰瘍や逆流性食道炎の治療薬として、
広く使用されています。

その使用は本来、
4~8週間に留め、
その時点で病状が改善していれば、
一旦は中止することが望ましいのですが、
実際には長期間の処方が、
継続されているケースが多いのが実情です。

心筋梗塞や脳卒中、心房細動という不整脈などで、
抗血小板剤や抗凝固剤と呼ばれる、
血液を固まり難くする薬を、
継続して使用しなければいけない高齢者では、
その副作用として、
胃や十二指腸からの出血のリスクが上昇するため、
「予防的に」プロトンポンプ阻害剤が使用される、
というケースが多くなっています。

更には関節などの疼痛のために、
非ステロイド系消炎剤というタイプの「痛み止め」が、
これも長期間使用されるようなケースでは、
痛み止めの副作用による胃潰瘍や十二指腸潰瘍の予防のために、
矢張りプロトンポンプ阻害剤が、
使用されるケースが増えています。

この2種類の使用については、
一定の臨床研究による裏打ちも存在しています。

しかし、
高齢者においては、
継続的にプロトンポンプ阻害剤を使用することが、
健康上多くの問題を生じるのではないか、
という危惧があり、
実際にそれを示唆する報告も多く存在しています。

プロトンポンプ阻害剤の長期使用により、
どのような問題が生じる可能性があるのでしょうか?

まず、
強力に胃酸が抑えられることにより、
胃酸による殺菌作用が弱まり、
胃腸炎などの感染症が、
起こり易くなる可能性が指摘されています。

更に栄養素の吸収には、
胃酸の関与が必要なものが多く、
そのため低栄養状態が、
起こり易くなるのではないか、
という指摘もあります。

抗凝固剤や抗血小板剤、
骨粗鬆症の薬や痛み止めは、
プロトンポンプ阻害剤との併用により、
その効果が減弱する可能性があることも報告されています。

つまり、
プロトンポンプ阻害剤は、
感染に対する抵抗力を落とし、
栄養状態を低下させ、
他の治療薬の効果が減弱させる可能性があります。

そして、
高齢者はそもそも、
感染に弱く、
栄養状態も悪化し易く、
多くの薬を飲んでいる方が多いので、
そうしたリスクが全て増加することで、
却ってその方の予後に悪い影響を与えるのでは、
という危惧が生じるのです。

それでは、
実際のところ、
どの程度のリスクが、
プロトンポンプ阻害剤の長期使用により、
起こる可能性があるのでしょうか?

この疑問に応えるために、
今回の研究においては、
イタリアの高齢者医療の疫学研究のデータを活用して、
急性病院から退院した患者さんの1年後の生命予後が、
プロトンポンプ阻害剤の使用の有無で、
どのように変わるかを検証しています。

対象は病院に入院された、
65歳以上の高齢者491名で、
そのうちの174名がプロトンポンプ阻害剤を処方されて退院し、
残りの317名は未使用で退院しています。
平均年齢は概ね80歳くらいです。

そして、
その患者さんの1年後の生命予後と、
再入院の有無を検討しています。

その結果…

プロトンポンプ阻害剤を使用した患者さんは、
そうでない患者さんと比較して、
退院後1年の死亡リスクは、
相対リスクで1.51倍有意に増加していました。

これは、
年齢や体格、低蛋白血症、認知症、抗凝固剤の使用の有無、
消炎鎮痛剤の使用の有無、
感染症や骨折の有無などの因子を、
補正して得られた結果です。

ただし、
死亡もしくは再入院のリスクで計算すると、
明確な有意差は得られませんでした。

もう1つ注目すべきは、
プロトンポンプ阻害剤の使用量との関連性で、
高用量のプロトンポンプ阻害剤を、
使用している患者さんのみを対象とすると、
その死亡リスクは2.59倍とより高い数値を示しましたが、
通常用量のプロトンポンプ阻害剤のみで解析すると、
死亡リスクの上昇は有意にはなりませんでした。

この場合の高用量というのは、
オメプラゾールで1日40mg、
ランソプラゾール(商品名タケプロンなど)で1日30mg、
ラベプラゾール(商品名パリエットなど)で1日20mg、
エソメプラゾール(商品名ネキシウム)で1日40mgです。
このうちオメプラゾールとエソメプラゾールの高用量は、
日本では認められていません。

つまり、
この結果をそのまま正しいと仮定すれば、
病院を退院した高齢者において、
高用量のプロトンポンプ阻害剤を継続的に使用することは、
その後の1年間の死亡リスクを、
2.5倍程度増加させる可能性があります。

ただ、
この研究においては、
患者さんのご病気もまちまちで、
プロトンポンプ阻害剤が、
使用されている理由もまちまちな上、
患者さんの認知機能などの背景にも、
明確な差があります。
一応統計的には補正されているとは言え、
その結果をそのまま臨床的な事実と考えるのは、
危険なように思います。

しかし、
プロトンポンプ阻害剤を高齢者で長期使用することが、
多くの疾患のリスクを上昇させることには、
これまでに多くのデータがあり、
その使用の継続は慎重であるべきですし、
特に高用量の使用は、
原則として短期間に留めるべきだと思います。

と、
ここまではやや建前論的な話です。

臨床の患者さんに責任を持たないで良い立ち場にある、
お暇な「名医」の先生は、
「高用量のプロトンポンプ阻害剤を長期処方する医者はヤブだ!」
とテレビで怒鳴ったり、
SNSで下品につぶやいたり、
「こんな医者に殺される」
みたいな本を書いて左団扇でいれば良いのですが、
実際に臨床に係わっているとそうも行きません。

特に寝たきりの高齢者で、
抗凝固療法を継続しているような患者さんでは、
どうしても消化管出血のリスクを回避したいと考えるので、
予防的なプロトンポンプ阻害剤の処方に、
頼りたい気持ちが強くなります。

本来は定期的な検査が可能であれば良いのですが、
現実的には余程の緊急でなければ、
内視鏡検査などは困難なことが多く、
そうなると患者さんの状態を推測する方法は限られていますから、
リスクの高そうな患者さんに対しては、
処方行動は予防的にならざるを得ないのです。

僕が現時点で考えていることは、
個々の患者さんの個別のリスクを充分考慮しつつ、
高齢者のプロトンポンプ阻害剤の使用は、
最小限に留めますが、
それによりリスクがある程度減らせるという判断があれば、
現時点ではその使用を、
杓子定規で制限するのは現実的ではないということです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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