2009インフルエンザワクチンのギラン・バレー症候群発症リスクについて [医療のトピック]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今月のLancet誌に掲載された、
2009年の所謂「新型インフルエンザ」ワクチンと、
その接種後のギラン・バレー症候群の、
発症リスクについての論文です。
2009年の新型インフルエンザの流行期には、
新型インフルエンザの単独ワクチンが、
世界中で接種されました。
このワクチンは、
おそらく世界中でこれまでに最も多く、
1シーズン中に接種されたインフルエンザワクチンで、
これまでの多くの検証において、
最も有効性の高い、
インフルエンザワクチンであったことも立証されています。
日本においても、
その有効率、
すなわちワクチンを接種することにより、
感染が予防される確率は、
7割を越えています。
たとえば、通常の時期の所謂季節性のインフルエンザワクチンは、
決してこのような高い有効率を示すことはありませんから、
この成果は流行時期に、
実際に流行している株のワクチンを製造すれば、
高い効果があることを立証したものとなったのです。
ただ、問題になるのはワクチンの副反応です。
1976年に豚インフルエンザの流行がアメリカであり、
その時に使用されたワクチンで、
ギラン・バレー症候群と呼ばれる神経系の病気が、
副反応として多く発生し問題になりました。
ギラン・バレー症候群とはどのような病気でしょうか?
「ギラン・バレー症候群」とは、
1859年に初めてまとまった記載が成され、
1916年からのギランとバレーという、
2人の学者の研究により確立された症候群で、
その2人の名前を取って、そう名付けられています。
ウイルス感染やワクチン接種の後などに、
1~3週間程度の経過を置き、
身体に様々なレベルの麻痺が現われます。
1859年の最初の記載のものは、
まず足先から麻痺が始まり、
それが次第に上へと広がってゆく経過のものです。
靴を履くときに躓いたり、座った姿勢から、
立ち上がり難くなったりするのが、
初期の症状のことが多く、
それから次第に歩行が困難になります。
ただ、必ずしも経過がどの患者さんでも同じ、
という訳ではなく、咽喉や上半身の筋肉に、
力が入り難くなるタイプのものもあれば、
飲み込みが悪くなったり、
目がぼやけたり、顔の筋肉の麻痺が起こったりと、
様々なタイプのものが報告されています。
このうち、目を動かす筋肉(外眼筋と言いますね)
が障害されるタイプのものを、
特別に「フィッシャー症候群」と呼んでいます。
さて、「ギラン・バレー症候群」の通常の経過は、
症状の始まりから1ヶ月くらいでピークに達し、
その後は徐々に改善するのが典型的で、
症状がほぼ一定になってから、
1ヶ月程度で、改善することが多いのですが、
稀に後遺症の残ることもあります。
慢性に同様の症状が不安定に続く時は、
CIDPという別の病気の可能性を疑います。
「ギラン・バレー症候群」の発症率は、
10万人に1人程度と考えられています。
原因は、ウイルス感染などによる、
人間の免疫の異常な反応により、
末梢の神経を人間の身体が作った異常な抗体が攻撃する、
一種の「自己免疫疾患」と推測されています。
この抗体の代表を、
「抗ガングリオシド抗体」と呼び、
現在では血液での測定が可能です。
「ギラン・バレー症候群」の3分の2では、
この抗体が症状と共に上昇し、
その改善と共に低下することが、
実際に確認されています。
この病気のきっかけは、
ウイルス感染が最も多く、
その中でも食中毒の原因菌である、
「カンピロバクター」の関与が知られています。
カンピロバクターの感染者のうち、
概ね1000人に1人が発症する、
とされていますから、
これは結構高い頻度です。
(実際にはもう少し低い、
という意見もあります)
従って、下痢や嘔吐の症状の後、
1~3週間で、足に力の入り難い、
というような症状があれば、
この病気を疑う必要があります。
それ以外にウイルスとして多いのは、
ヘルペスのウイルスの一種で、
咽喉の炎症を起こす、EBウイルスや、
サイトメガロウイルスなどが知られています。
ワクチンでは狂犬病ワクチンやインフルエンザワクチンでの、
報告が多く、これはワクチンが免疫を刺激することにより、
実際のウイルス感染と同様の、
異常な反応が惹起されるためと考えられています。
従って、
今回の新型インフルエンザワクチンの副反応の検討においても、
ギラン・バレー症候群の頻度が問題になります。
今回の文献においては、
ワクチンの有害事象のモニタリングシステムのデータをまとめて解析し、
ワクチンを打たない場合と比較した、
ギラン・バレー症候群の頻度を検証しています。
アメリカ全土のワクチン接種者2300万人を対象にしていますから、
これもかつてないような大規模なものです。
解析の結果として、
トータルで77名のギラン・バレー症候群の患者さんが、
ワクチン接種後の一定期間に発症し、
ワクチンを接種しない場合と比較して、
ワクチンの接種により発症のリスクは2.35倍に有意に上昇していました。
これは100万人当たり1.6人が、
ワクチンを原因としてこの病気に発症する、
というくらいの比率になります。
一般論で言って、
1万人に1人より多くの、
ワクチンによる重篤な有害事象が発症するのは、
そのワクチンの使用に問題がある、
と判断されることが多いのです。
その基準からすれば、
今回の新型インフルエンザワクチンによる、
ギラン・バレー症候群の発症は、
許容範囲のものと見做されると思います。
2011年のLancet誌には、
イギリスにおけるデータが紹介されていますが、
それによると、
17歳未満のお子さんに限った統計として、
2009年のシーズンには57例の、
ギラン・バレー症候群のお子さんが発症していて、
そのうち9例はインフルエンザの感染の後に生じており、
新型インフルエンザワクチンの接種後の発症は、
1例のみであった、
という結果でした。
接種対象者は85万人余です。
アメリカのワクチンはアジュバント(免疫増強剤)を含まない、
国産ワクチンと同じ製法のワクチンで、
イギリスのものは多くがアジュバントを含むワクチンですが、
ワクチン接種後の発症率は、
ほぼ同じになっていて、
インフルエンザそのものによるギラン・バレー症候群の発症は、
その数倍はあることを考えると、
現行のワクチンは、
むしろギラン・バレー症候群の発症予防に、
一定の効果がある、
という考え方も出来そうです。
ただ、
毎年のワクチンで、
同じ効果と安全性とがあるとは限りません。
また、
僅かですがインフルエンザワクチンにより、
ギラン・バレー症候群が誘発されることも事実です。
こうしたデータの重要性はむしろ、
「水準を満たすワクチンでは、
ギラン・バレー症候群のリスクの上昇は、
概ね100万人に2人には満たない、
ワクチンによる発症を増やす程度に留まる」
という理解を持って、
仮にそれを上回る発症率が見られれば、
ワクチンの品質に、
何らかの問題がある可能性を疑う、
その基礎データとしての意味を持つものではないかと思います。
今日は2009年インフルエンザワクチンの、
有害事象についての話でした。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今月のLancet誌に掲載された、
2009年の所謂「新型インフルエンザ」ワクチンと、
その接種後のギラン・バレー症候群の、
発症リスクについての論文です。
2009年の新型インフルエンザの流行期には、
新型インフルエンザの単独ワクチンが、
世界中で接種されました。
このワクチンは、
おそらく世界中でこれまでに最も多く、
1シーズン中に接種されたインフルエンザワクチンで、
これまでの多くの検証において、
最も有効性の高い、
インフルエンザワクチンであったことも立証されています。
日本においても、
その有効率、
すなわちワクチンを接種することにより、
感染が予防される確率は、
7割を越えています。
たとえば、通常の時期の所謂季節性のインフルエンザワクチンは、
決してこのような高い有効率を示すことはありませんから、
この成果は流行時期に、
実際に流行している株のワクチンを製造すれば、
高い効果があることを立証したものとなったのです。
ただ、問題になるのはワクチンの副反応です。
1976年に豚インフルエンザの流行がアメリカであり、
その時に使用されたワクチンで、
ギラン・バレー症候群と呼ばれる神経系の病気が、
副反応として多く発生し問題になりました。
ギラン・バレー症候群とはどのような病気でしょうか?
「ギラン・バレー症候群」とは、
1859年に初めてまとまった記載が成され、
1916年からのギランとバレーという、
2人の学者の研究により確立された症候群で、
その2人の名前を取って、そう名付けられています。
ウイルス感染やワクチン接種の後などに、
1~3週間程度の経過を置き、
身体に様々なレベルの麻痺が現われます。
1859年の最初の記載のものは、
まず足先から麻痺が始まり、
それが次第に上へと広がってゆく経過のものです。
靴を履くときに躓いたり、座った姿勢から、
立ち上がり難くなったりするのが、
初期の症状のことが多く、
それから次第に歩行が困難になります。
ただ、必ずしも経過がどの患者さんでも同じ、
という訳ではなく、咽喉や上半身の筋肉に、
力が入り難くなるタイプのものもあれば、
飲み込みが悪くなったり、
目がぼやけたり、顔の筋肉の麻痺が起こったりと、
様々なタイプのものが報告されています。
このうち、目を動かす筋肉(外眼筋と言いますね)
が障害されるタイプのものを、
特別に「フィッシャー症候群」と呼んでいます。
さて、「ギラン・バレー症候群」の通常の経過は、
症状の始まりから1ヶ月くらいでピークに達し、
その後は徐々に改善するのが典型的で、
症状がほぼ一定になってから、
1ヶ月程度で、改善することが多いのですが、
稀に後遺症の残ることもあります。
慢性に同様の症状が不安定に続く時は、
CIDPという別の病気の可能性を疑います。
「ギラン・バレー症候群」の発症率は、
10万人に1人程度と考えられています。
原因は、ウイルス感染などによる、
人間の免疫の異常な反応により、
末梢の神経を人間の身体が作った異常な抗体が攻撃する、
一種の「自己免疫疾患」と推測されています。
この抗体の代表を、
「抗ガングリオシド抗体」と呼び、
現在では血液での測定が可能です。
「ギラン・バレー症候群」の3分の2では、
この抗体が症状と共に上昇し、
その改善と共に低下することが、
実際に確認されています。
この病気のきっかけは、
ウイルス感染が最も多く、
その中でも食中毒の原因菌である、
「カンピロバクター」の関与が知られています。
カンピロバクターの感染者のうち、
概ね1000人に1人が発症する、
とされていますから、
これは結構高い頻度です。
(実際にはもう少し低い、
という意見もあります)
従って、下痢や嘔吐の症状の後、
1~3週間で、足に力の入り難い、
というような症状があれば、
この病気を疑う必要があります。
それ以外にウイルスとして多いのは、
ヘルペスのウイルスの一種で、
咽喉の炎症を起こす、EBウイルスや、
サイトメガロウイルスなどが知られています。
ワクチンでは狂犬病ワクチンやインフルエンザワクチンでの、
報告が多く、これはワクチンが免疫を刺激することにより、
実際のウイルス感染と同様の、
異常な反応が惹起されるためと考えられています。
従って、
今回の新型インフルエンザワクチンの副反応の検討においても、
ギラン・バレー症候群の頻度が問題になります。
今回の文献においては、
ワクチンの有害事象のモニタリングシステムのデータをまとめて解析し、
ワクチンを打たない場合と比較した、
ギラン・バレー症候群の頻度を検証しています。
アメリカ全土のワクチン接種者2300万人を対象にしていますから、
これもかつてないような大規模なものです。
解析の結果として、
トータルで77名のギラン・バレー症候群の患者さんが、
ワクチン接種後の一定期間に発症し、
ワクチンを接種しない場合と比較して、
ワクチンの接種により発症のリスクは2.35倍に有意に上昇していました。
これは100万人当たり1.6人が、
ワクチンを原因としてこの病気に発症する、
というくらいの比率になります。
一般論で言って、
1万人に1人より多くの、
ワクチンによる重篤な有害事象が発症するのは、
そのワクチンの使用に問題がある、
と判断されることが多いのです。
その基準からすれば、
今回の新型インフルエンザワクチンによる、
ギラン・バレー症候群の発症は、
許容範囲のものと見做されると思います。
2011年のLancet誌には、
イギリスにおけるデータが紹介されていますが、
それによると、
17歳未満のお子さんに限った統計として、
2009年のシーズンには57例の、
ギラン・バレー症候群のお子さんが発症していて、
そのうち9例はインフルエンザの感染の後に生じており、
新型インフルエンザワクチンの接種後の発症は、
1例のみであった、
という結果でした。
接種対象者は85万人余です。
アメリカのワクチンはアジュバント(免疫増強剤)を含まない、
国産ワクチンと同じ製法のワクチンで、
イギリスのものは多くがアジュバントを含むワクチンですが、
ワクチン接種後の発症率は、
ほぼ同じになっていて、
インフルエンザそのものによるギラン・バレー症候群の発症は、
その数倍はあることを考えると、
現行のワクチンは、
むしろギラン・バレー症候群の発症予防に、
一定の効果がある、
という考え方も出来そうです。
ただ、
毎年のワクチンで、
同じ効果と安全性とがあるとは限りません。
また、
僅かですがインフルエンザワクチンにより、
ギラン・バレー症候群が誘発されることも事実です。
こうしたデータの重要性はむしろ、
「水準を満たすワクチンでは、
ギラン・バレー症候群のリスクの上昇は、
概ね100万人に2人には満たない、
ワクチンによる発症を増やす程度に留まる」
という理解を持って、
仮にそれを上回る発症率が見られれば、
ワクチンの品質に、
何らかの問題がある可能性を疑う、
その基礎データとしての意味を持つものではないかと思います。
今日は2009年インフルエンザワクチンの、
有害事象についての話でした。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2013-03-15 08:06
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