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放射線治療後の虚血性心疾患のリスクについて [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
乳癌の放射線治療と心臓病.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
乳癌の放射線治療による、
その後の心臓病のリスク増加についての論文です。

乳癌の治療において、
放射線治療は非常に重要な役割を果たしています。

特に手術適応の乳癌においては、
乳房の温存手術や乳房切除術の術後に、
放射線治療を行なうことで、
その後の再発率が大幅に低下することが、
多くの研究で立証されているので、
標準治療として多くの患者さんが、
こうした治療を行なっています。

この時通常トータルで45~50グレイという放射線が、
患者さんに照射されます。

放射線治療による合併症は、
皮膚の変化や肺の炎症などが、
患者さん向けのパンフレットなどには書かれていますが、
それ以外に最近になって問題視されているのが、
心臓に放射線が掛かることによる、
心臓病の発症リスクの上昇です。

放射線治療の進歩により、
心臓が被爆する放射線量は減少していますが、
それでも1~5グレイの放射線が心臓に吸収され、
過去のデータを平均すると、
5グレイ程度の線量が矢張り吸収される、
という結果が出ています。

このレベルの線量の放射線が、
狭心症や心筋梗塞などの、
所謂虚血性心疾患を増やすのではないか、
というデータはこれまでに複数報告されていますが、
それではどの程度の線量が心臓に照射されると、
どの程度のリスクが生じるのか、
という点については、
あまり明確なデータが存在していませんでした。

そこで今回の研究においては、
1958年~2001年にスウェーデンとデンマークにおいて、
乳癌の放射線治療を受けた、
トータル2168名の患者さんを対象として、
その後の経過において、
心筋梗塞の診断、
もしくは虚血性心疾患による死亡、
もしくは心臓の血管の血行再建術の施行の、
いずれかの病歴が確認された事例を、
ピックアップし、
その経過年数と心臓への放射線被爆量との関連性を、
検証しています。
狭心症のみのような事例は、
含まれていません。
あくまで命に関わるような、
重症の事例の発症のみを対象としているのです。

更にはヨーロッパにおける平均的な、
心筋梗塞等の発症の疫学データをコントロールとして、
それと比較して、
放射線の被爆により、
こうした病気のリスクが増加したかどうかも、
年齢や他の心筋梗塞の危険因子も勘案した上で、
検討を加えています。

患者さんの心臓の吸収線量の平均値は、
4.9グレイで、
0.03グレイ~27.72グレイに分布しています。
これは乳癌がどの部位にあったかによって、
大きな差が生じることになるのです。
今回のデータでは、
2168名の患者さんのうち、
963名の患者さんが上記のような重症の心臓病に、
その後罹患しています。
しかもそのうちの44%の患者さんは、
放射線治療後10年未満で、
心臓病を発症しています。
これは実際かなりの高頻度であることが、
お分かり頂けるかと思います。

こちらをご覧下さい。
放射線と心臓病のグラフ.jpg
乳癌の放射線治療により、
心臓に吸収された放射線量と、
その後の心筋梗塞などの発症リスクを、
グラフ化したものです。

今回の被爆線量の範囲においては、
直線的な関係が成立していて、
所謂閾値は見られていません。
ただ、勿論福島原発で議論されているような、
低線量の話ではありません。
この範囲においては、
患者さんの心臓に吸収される放射線量が増えるに従って、
心筋梗塞などのリスクは増加しています。
計算上、
1グレイの被爆当たり7.4%のリスクの増加がある、
ということになります。

このリスクの増加は照射後4年以内に、
既に有意に認められますが、
その一方で20年以上経ってからの発症にも、
矢張り有意差はあります。

具体的には4年以内の発症リスクは、
16.3%増加し、
20年以降でも8.2%の増加が認められています。

平均的なヨーロッパの疫学データとの比較においても、
全年齢において、
その年齢の発症率に上乗せれるような形で、
被爆による発症リスクの増加は認められ、
このリスクの上昇は、
コレステロールの高値などの、
他の心臓病の危険因子の影響とは無関係に、
一定レベルは存在していることが確認されました。

何故放射線の被爆により、
短期間で心筋梗塞の発症が増加するのか、
という点については、
不明の点が多いと思いますが、
こうした現象が起こり得ること自体は、
今回のデータから、
ほぼ間違いのないことと思います。

乳癌の放射線治療を受けられる方は、
年齢的にも広範囲に渡りますから、
事前にその後の心筋梗塞などの発症のリスクを評価すると共に、
治療後も定期的な心臓病のチェックが、
不可欠になるのではないかと思いますし、
そうした面でのガイドラインの整備も、
今後の課題ではないかと思います。

今日は乳癌の放射線治療と、
その後の心筋梗塞の発症についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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