SSブログ

再発性偽膜性腸炎に対する健常者便注入療法の効果について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
健常者の便による腸炎の治療.jpg
今月のthe New England Journal Medicine誌に電子版に掲載された、
再発性の腸炎に対して、
健康な人の便を、
食塩水で薄めて経鼻のチューブから十二指腸に注入し、
その治療効果を見た論文です。

他人のうんちを腸に注入して、
それにより腸炎を治療するという、
かなりインパクトの強い治療法で、
報道などでも取り上げられていますが、
実際には2003年頃より複数の報告があり、
報告の事例だけでも、
これまでに300例以上は試みられています。

クロストリジウム・デフィシル菌というのは、
嫌気性有芽胞菌という分類に属する細菌で、
破傷風の原因である破傷風菌や、
食中毒の原因となるボツリヌス菌などと、
同じ仲間に属する病原体です。

この細菌は人間の腸の常在菌で、
日本人の大人の1割は持っている、
という報告もありますが、
通常は人間には悪さをしません。

それが問題になるのは、
主に抗生物質の使用時で、
抗生物質の使用により、
大腸の正常な菌叢が乱され、
腸内細菌が死滅すると、
このデフィシル菌が異常に増殖し、
偽膜性腸炎という名称の、
下痢を伴う腸炎を起こします。

ポイントは抗生物質を使用していて、
下痢の症状が出現したら、
すぐに薬を中止することで、
軽症であればそれで腸内菌叢が正常に復すれば、
デフィシル菌の増殖も抑えられて元に戻ります。

ただ、
実際には全身状態が悪く、
抗生物質の使用が必須の患者さんで、
こうしたことが起こると、
免疫力の低下なども相俟って、
経過は遷延して重症化することも稀ではなく、
デフィシル菌の除菌のために、
再度抗生物質を使用することも已む無し、
という事態になります。

こうした場合に使用される薬剤の筆頭は、
バンコマイシンと呼ばれる抗菌剤ですが、
一旦は改善しても、
再発が多いことが知られています。

そもそも抗生物質の副作用の腸炎に対して、
抗生物質を使用するのですから、
一種の自己矛盾なのですが、
現実的には腸の環境を正常に戻すような、
良い治療が存在しないので、
仕方なく行なっている側面がある訳です。

バンコマイシンを使用すれば、
一時的には
腸内細菌はデフィシル菌を含めほぼ死滅します。

しかし、
問題はその後に腸内に正常な細菌叢を生着させ、
腸の環境を正常に戻すことです。

このための1つの方法として、
まずバンコマイシンを使用して、
腸内の細菌を死滅させ、
腸の洗浄を行なって、
腸に残った老廃物を洗い流した後で、
健康な人の便を腸に流し込み、
そこに含まれる正常な腸内細菌を生着させることにより、
デフィシル腸炎を根治させよう、
という考え方が生まれました。

要は骨髄移植と同じように、
腸内細菌を移植しよう、
と言うのです。

本来はこれこれの菌とこれこれの菌の合剤、
みたいなものを作り、
それを注入すれば良さそうですが、
実際にはそうした方法ではあまり有効ではなく、
この辺りは人体の神秘で、
そうしたことをするより、
本物の便を取って来て、
それを流し込んだ方が効果があるのです。

こうして事例の報告が2003年から蓄積され、
300例を超えるまでになりましたが、
やってみたらうまくいった、
というような報告が殆どで、
くじ引きで他の治療との間でその有効性を科学的に検証するような、
実証的な試験はこれまでに行なわれていませんでした。

そこで今回の研究では、
オランダにおいて、
抗生物質による除菌を行なうも再発した、
デフィシル腸炎の患者さん43名をエントリーし、
3つの治療群にくじ引きで振り分けて、
その経過を観察しています。

まず最初の群は、
バンコマイシンの治療後に腸洗浄を行ない、
それから健常者の便の注入を行ないます。
2つ目の群はバンコマイシンの治療のみを行ない、
3つ目の群はバンコマイシンの使用後に、
腸洗浄のみを行ないます。
治療効果は治療後10週間経過の段階で、
再発がなければ治癒と見做されます。

その結果、
バンコマイシン単独かそれに腸洗浄のみの群では、
患者さんのうち7~8割は、
10週間以内に再び腸炎を再発したのに対して、
便注入群では、
初回注入で8割に当たる16名中13名が治癒し、
再発した残りの3名のうち、
2名は再度別人の便を注入して治癒に至りました。

かなり画期的な効果であることが、
お分かり頂けるかと思います。

他人の便を注入して、
本当に有害事象はないのか、
と心配になりますが、
この研究の範囲では、
特にそうしたことは認められていません。

ただ、
この再発性の偽膜性腸炎で、
本当に困るのは集中治療室に入っているような、
条件の悪い患者さんですが、
今回の研究においては、
他人の便による感染のリスクも考慮して、
そうした重篤な患者さんは除外されています。

文献の考察においては、
そうした重篤な事例に対しての効果を検証することが、
今後の課題だという意味のことが書かれています。

日本においては、
検索した範囲で、
こうした方法を施行した事例はないようです。
ちょっと生理的には抵抗はありますが、
これだけの効果があるのであれば、
今後は一考に値するようには思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

(2014年6月の補足)
本記事アップの時点では、
日本での報告は殆どありませんでしたが、
当該文献の発表後国内でも報告事例あり。
2014年5月には、
腸難病に対しての臨床試験を、
慶應大学が開始した、との報道がありました。
nice!(30)  コメント(4)  トラックバック(0) 

nice! 30

コメント 4

sunnyside

グレイズアナトミー(アメリカTVドラマ)でしばらく前にこの治療をしていました。なにこれっと思いましたがあるんですね。その時には便は家族でいつも同じものを食べている人のがいいといってました。
by sunnyside (2013-01-21 14:15) 

fujiki

sunnyside さんへ
コメントありがとうございます。
ドラマの話は知りませんでした。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2013-01-22 08:30) 

aoba.

私は、1月に重度の偽膜大腸炎を患いました。
バンコマイシンの効果は、今ひとつ効き目がなく免疫力低下による
肺炎も併発し胸水も溜まり危険な状態でした。
49才という若さでは考えられない程、重症だったようです。
そんな時、主治医の先生から「便移植にかけてみませんか?」と言われ「???」でしたが、治すにはその方法しかないんだと思いました。
入院していた大学病院での過去に成功例は一年前に一名でその患者さんは高齢者で二度の移植で未だに再発はしていないと言われました。

移植のドナーは、子供である娘が検査結果で最適と診断され娘の便を移植しました。

移植後、みるみるうちに回復をし2日後にはベッドから起き上がれるようにまでなりました。

この、移植による回復には担当医の先生始め教授先生、担当ナース、病棟のスタッフの方々がみんなビックリしていました。

後に、聞いた話しですが大腸摘出も視野に入れて覚悟はしていてほしいと娘と主人は言われていたそうです。

看護師歴6年である娘は、大腸摘出後の私の人生に降りかかる全ての事が予測出来ていたのでしょう。
病院の帰り道、主人に「ママには耐えられないと思う」と、涙していたと聞きました。

今は私の人生を考え、便移植という治療を選択してくれた担当ドクター、担当ナースさん達、そして入院中ずっと支えてくれた家族のみんな、看護師という職務をこなしながらドナーとなってくれた娘に感謝しています。

忘れられないのは…移植後「よく頑張りましたね」と言う担当ドクターの笑顔と私の手をぎゅっと握ってくれた温かい手。

「先生、医学って凄いね…」と言ったら「医学が凄いのではないんだよ」と…後から娘が「細胞が持っている治癒力が凄いって事じゃない?」って教えてくれました。
今現在、1ヶ月以上寝たきりだったので筋力の衰えは激しく、リハビリをしながら毎日を過ごしています。

再発の兆しはありません。

先日、慶應大学でも便移植による治療が公表されましたが私は私の入院していた大学病院も公表すれば、この治療法で助かる方が増えるのではないかと思います。

by aoba. (2014-06-06 09:49) 

fujiki

aobaさんへ
体調が良くなられて、
本当に良かったですね。
貴重なご意見を大変ありがとうございました。
同じような状況で苦しまれている方に、
大きなご参考になると思います。
by fujiki (2014-06-07 06:34) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0