内耳細胞の再生による音響外傷の治療可能性について [医療のトピック]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今月のNeuron誌に掲載された、
慶応義塾大学とハーバード大学の共同研究による、
騒音などによる難聴の、
新しい治療の可能性についての論文です。
難聴の原因には様々なものがありますが、
最も治療が困難とされているのが、
内耳の蝸牛という場所にあって、
音を神経細胞に伝達する働きを持つ、
有毛細胞と呼ばれる細胞が、
損傷されることによる難聴です。
ただ、これはそんなに特殊なことではなく、
騒音による難聴や、
加齢による難聴の多くは、
こうした内耳の有毛細胞が損傷することによる難聴です。
哺乳類の蝸牛有毛細胞は一度障害されると、
そのダメージは回復することはない、
というのがこれまでの常識でした。
つまり、
蝸牛の有毛細胞は再生しないのです。
しかし、
神経細胞も再生はしないと考えられて来ましたが、
1998年に人間の海馬の細胞に、
大人であっても神経再生能力のあることが報告され、
一定の条件下では、
神経の細胞でも再生が有り得ることが明らかになり、
一躍こうした「再生医療」が、
組織の細胞の元になる幹細胞の研究の進歩とも相俟って、
注目を集めるようになりました。
それでは、
内耳の有毛細胞にも再生が有り得るのでしょうか?
今回の研究はネズミの実験ですが、
その再生の可能性を、
一定のレベルで証明したものです。
全ての有毛細胞に、
再生する力がある訳ではありません。
ただ、どの組織にも、
再生の可能性のある細胞が、
部分的には存在しています。
これは2年ほど前の研究結果ですが、
神経の幹細胞のマーカーの1つである、
ネスチンの発現を、
音響により内耳の細胞を破壊した、
騒音性難聴のモデル動物で検討すると、
その破壊された有毛細胞の周囲にある、
支持細胞という細胞に、
ネスチンの発現が認められました。
支持細胞というのは、
それ自体は音を電気信号に変える、
有毛細胞のような機能は持っていないのですが、
その前駆細胞としての力は、
潜在的には持っている可能性が示唆されたのです。
しかし、
通常は支持細胞は有毛細胞にはなりません。
ならなければそれで終わり、
というのが少し前までの考え方でした。
しかし、
今ではそうではなく、
支持細胞にある何かの働きが、
脱分化して有毛細胞になるようなメカニズムを、
邪魔しているのではないか、
と考えるのです。
このメカニズムが分かり、
それを邪魔することが出来れば、
理屈の上では細胞は脱分化し、
有毛細胞に作り変えることが、
可能になる理屈です。
ここにおいて、
上記の文献の著者らが注目したのは、
Notch(ノッチ)シグナリング、
という伝達経路です。
細胞というのは並んで存在してます。
同じ幹細胞から発生した細胞群であっても、
ある細胞は有毛細胞になり、
同じ並びの中で、
ある区切りから向こうは、
支持細胞という、
有毛細胞の働きを持たない細胞になります。
何故こうした区分けが可能になるのかと言えば、
その1つのメカニズムが、
細胞の表面にあるNotchという受容体で、
これが隣の細胞からの信号を受け取ることにより、
その信号が細胞の中に伝えられ、
その細胞の遺伝子のある部分を、
抑えるように働きます。
つまり、
支持細胞が支持細胞になったのは、
隣にある細胞から、
「お前は有毛細胞にはなるな」
と言う命令を受け取ったからなのです。
従って、
元々有毛細胞になる能力を持っている細胞であれば、
「お前は有毛細胞になるな」
という命令さえ取り消されれば、
その細胞は支持細胞であることを辞め、
有毛細胞に分化することになる理屈です。
ポイントは、
有毛細胞が音響により障害された時点で、
一部の支持細胞に、
有毛細胞になるような準備が整うということにあります。
つまり、
組織は再生しようとしているのですが、
生物の自らの形を守ろう、
とする機能が、
そこに一種のストップを掛けているのです。
それが広い範囲で解除されれば、
人間は人間ではなくなってしまうことになりますが、
内耳の支持細胞に限局して、
そうした解除の指令を出すことが出来れば、
支持細胞が脱分化して有毛細胞になり、
これまで回復しないと思われていた、
内耳性難聴が改善する可能性が生まれます。
上記の文献の著者らは、
Notchシグナルを部分的に抑制する、
γセクレターゼ阻害剤という薬剤を使用し、
それをネズミの内耳に注入しました。
すると、
数日という短期間で、
内耳の機能が部分的に改善し、
支持細胞の一部が、
有毛細胞の機能を持ったことが確認されました。
つまり、
薬剤によりNotchシグナルが阻害され、
「お前は有毛細胞にはなるな」
という信号が解除されたので、
一部の支持細胞が有毛細胞に脱分化したのです。
この研究はまだネズミのものですから、
すぐに人間に臨床応用する、
という訳にはいきません。
ただ、使用されたγセクレターゼ阻害剤は、
認知症の治療薬として開発された薬剤で、
乱暴に言えば、
すぐに人間で同様の実験をすることも、
不可能ではありません。
その意味ではかなり臨床に、
直結した研究とも言えるのです。
僕は古い人間なので、
こうした話は手塚治虫の漫画などがすぐに頭に浮かび、
そこまでするのはどうか…
という思いもあるのですが、
再生医療はどしどしやれ!
という感じですから、
行く所まで行くのは必然なのかも知れません。
今後の研究結果を注視したいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今月のNeuron誌に掲載された、
慶応義塾大学とハーバード大学の共同研究による、
騒音などによる難聴の、
新しい治療の可能性についての論文です。
難聴の原因には様々なものがありますが、
最も治療が困難とされているのが、
内耳の蝸牛という場所にあって、
音を神経細胞に伝達する働きを持つ、
有毛細胞と呼ばれる細胞が、
損傷されることによる難聴です。
ただ、これはそんなに特殊なことではなく、
騒音による難聴や、
加齢による難聴の多くは、
こうした内耳の有毛細胞が損傷することによる難聴です。
哺乳類の蝸牛有毛細胞は一度障害されると、
そのダメージは回復することはない、
というのがこれまでの常識でした。
つまり、
蝸牛の有毛細胞は再生しないのです。
しかし、
神経細胞も再生はしないと考えられて来ましたが、
1998年に人間の海馬の細胞に、
大人であっても神経再生能力のあることが報告され、
一定の条件下では、
神経の細胞でも再生が有り得ることが明らかになり、
一躍こうした「再生医療」が、
組織の細胞の元になる幹細胞の研究の進歩とも相俟って、
注目を集めるようになりました。
それでは、
内耳の有毛細胞にも再生が有り得るのでしょうか?
今回の研究はネズミの実験ですが、
その再生の可能性を、
一定のレベルで証明したものです。
全ての有毛細胞に、
再生する力がある訳ではありません。
ただ、どの組織にも、
再生の可能性のある細胞が、
部分的には存在しています。
これは2年ほど前の研究結果ですが、
神経の幹細胞のマーカーの1つである、
ネスチンの発現を、
音響により内耳の細胞を破壊した、
騒音性難聴のモデル動物で検討すると、
その破壊された有毛細胞の周囲にある、
支持細胞という細胞に、
ネスチンの発現が認められました。
支持細胞というのは、
それ自体は音を電気信号に変える、
有毛細胞のような機能は持っていないのですが、
その前駆細胞としての力は、
潜在的には持っている可能性が示唆されたのです。
しかし、
通常は支持細胞は有毛細胞にはなりません。
ならなければそれで終わり、
というのが少し前までの考え方でした。
しかし、
今ではそうではなく、
支持細胞にある何かの働きが、
脱分化して有毛細胞になるようなメカニズムを、
邪魔しているのではないか、
と考えるのです。
このメカニズムが分かり、
それを邪魔することが出来れば、
理屈の上では細胞は脱分化し、
有毛細胞に作り変えることが、
可能になる理屈です。
ここにおいて、
上記の文献の著者らが注目したのは、
Notch(ノッチ)シグナリング、
という伝達経路です。
細胞というのは並んで存在してます。
同じ幹細胞から発生した細胞群であっても、
ある細胞は有毛細胞になり、
同じ並びの中で、
ある区切りから向こうは、
支持細胞という、
有毛細胞の働きを持たない細胞になります。
何故こうした区分けが可能になるのかと言えば、
その1つのメカニズムが、
細胞の表面にあるNotchという受容体で、
これが隣の細胞からの信号を受け取ることにより、
その信号が細胞の中に伝えられ、
その細胞の遺伝子のある部分を、
抑えるように働きます。
つまり、
支持細胞が支持細胞になったのは、
隣にある細胞から、
「お前は有毛細胞にはなるな」
と言う命令を受け取ったからなのです。
従って、
元々有毛細胞になる能力を持っている細胞であれば、
「お前は有毛細胞になるな」
という命令さえ取り消されれば、
その細胞は支持細胞であることを辞め、
有毛細胞に分化することになる理屈です。
ポイントは、
有毛細胞が音響により障害された時点で、
一部の支持細胞に、
有毛細胞になるような準備が整うということにあります。
つまり、
組織は再生しようとしているのですが、
生物の自らの形を守ろう、
とする機能が、
そこに一種のストップを掛けているのです。
それが広い範囲で解除されれば、
人間は人間ではなくなってしまうことになりますが、
内耳の支持細胞に限局して、
そうした解除の指令を出すことが出来れば、
支持細胞が脱分化して有毛細胞になり、
これまで回復しないと思われていた、
内耳性難聴が改善する可能性が生まれます。
上記の文献の著者らは、
Notchシグナルを部分的に抑制する、
γセクレターゼ阻害剤という薬剤を使用し、
それをネズミの内耳に注入しました。
すると、
数日という短期間で、
内耳の機能が部分的に改善し、
支持細胞の一部が、
有毛細胞の機能を持ったことが確認されました。
つまり、
薬剤によりNotchシグナルが阻害され、
「お前は有毛細胞にはなるな」
という信号が解除されたので、
一部の支持細胞が有毛細胞に脱分化したのです。
この研究はまだネズミのものですから、
すぐに人間に臨床応用する、
という訳にはいきません。
ただ、使用されたγセクレターゼ阻害剤は、
認知症の治療薬として開発された薬剤で、
乱暴に言えば、
すぐに人間で同様の実験をすることも、
不可能ではありません。
その意味ではかなり臨床に、
直結した研究とも言えるのです。
僕は古い人間なので、
こうした話は手塚治虫の漫画などがすぐに頭に浮かび、
そこまでするのはどうか…
という思いもあるのですが、
再生医療はどしどしやれ!
という感じですから、
行く所まで行くのは必然なのかも知れません。
今後の研究結果を注視したいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2013-01-22 08:26
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2015年9月10日大阪府堺市のベルランド病院で初めてのМRI検査を、混雑で時間を急かされ、何の前説明もないままで強烈な爆音を30分も耳に受けました。カルテには音楽家と記載もされてるにも関わらず、私の音楽人生も終わりです。死に値します。抗議すれば弁護士を通じてしか受けないと言われ、さんざんです。いつも先生の記事読ませていただいてます。何かアドバイスをお願いできないでしょうか。強烈な耳鳴りと難聴、耳管開放症も、楽に死ねればとも考えがち、しかし周りに迷惑、地獄の苦しみを生涯続くかとどうすればよいのか、メチコパール、かみけひとう、カルナクリン、耳鼻科の処方です。よろしくお願いします。
by 高崎啓二 (2015-10-24 13:53)
高崎啓二様
お仕事にも直結する耳の症状、お辛いことと思います。
MRIはその機種によっても、
その発する音にはかなりの差があると思います。
そうした事例は稀なことと思いますので、
経過も何とも言えないところがあるのですが、
音響障害によるものと考えますと、
一時的で徐々に改善に向かう可能性も、
あるように思います。
専門外なので軽率なことは言えませんが、
メチコバールの継続には、
一定の意義はあるように思います。
by fujiki (2015-10-25 16:46)