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ノロウイルス腸炎を巡る幾つかの話題 [仕事のこと]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

ここ数日レセプトの確認が突貫で、
厳しい日々が続いています。

今週から診療所でも、
インフルエンザの患者さんがみえるようになりました。

今のところ、
全員がA香港型です。

それでは今日の話題です。

ノロウイルスによる胃腸炎が、
全国的に流行しています。

ノロウイルスは感染性の胃腸炎を起こす、
所謂冬のお腹の風邪としては、
最も頻度の高いものですが、
食中毒の原因ウイルスとしても、
圧倒的に多く、
施設や病院などでの集団感染でも大きな問題となります。

診療所でも1カ月ほど前から、
感染する患者さんが急増するようになりました。

ウイルス性腸炎の中では、
ロタウイルスの腸炎は、
小さなお子さんには流行しますが、
大人では殆ど症状を出しません。

その一方でノロウイルスの腸炎は、
お子さんでも大人でも、
同じように重症化する点にその大きな特徴があります。

その典型的な症状の経過は、
まず前触れのない急激な吐き気と嘔吐で始まり、
もどした後で今度は下痢になります。
寒気を伴って全身の痛みと共に、
発熱も起ります。
嘔吐した日の夜に熱の上がるのが典型的で、
その半日くらいが地獄ですが、
通常は翌日には熱も下がり、
吐き気も楽になり、
水分も少しずつは摂れるようになります。
ただ、下痢はむしろ翌日から本格化して、
その改善には数日から1週間程度は掛かります。

ただ、冬場の胃腸風邪には、
こうしたウイルス性以外に細菌性のものもあり、
その鑑別は症状のみからは困難な場合も多くあります。

実際には、
ノロウイルス腸炎と症状から診断されても、
カンピロバクターや病原性大腸菌による、
感染性胃腸炎であるケースが、
結構あるように思います。

個人的な僕の鑑別点としては、
細菌性の腸炎では、
嘔吐はそれほどではなく、
腹痛が強く、
熱はさほど上がらず、
便は濃い茶色や黒っぽくなり、
時には血便になります。

細菌性腸炎の診断は、
便を培養すれば確定し、
ノロウイルス腸炎の診断は、
数年前までは一般臨床では困難でしたが、
迅速キットが保険適応されたので、
3歳未満と65歳以上、及び免疫抑制状態という、
非常に限定的な形ですが、
健康保険でも診断が可能になりました。

この診断をどのような患者さんに対して行なうかは、
医療者でも意見の分かれるところで、
一定の見解はありませんが、
僕自身はまず上記のような症状から、
どちらかの当たりを付け、
症状が軽ければ敢えて検査はしませんが、
症状に重症感のある場合には、
細菌性腸炎の疑いが強ければ培養を、
ウイルス性の疑いが強ければロタの抗原の迅速診断を、
行なう方針としています。

診断しても治療は左程変わらないので無意味だ、
という見解の先生もいらっしゃいますが、
僕はそうは思いません。

カンピロバクターであればギランバレー症候群、
病原性大腸菌であれば溶血性尿毒症症候群と、
注意すべき病態が存在しますし、
多く患者さんを診る臨床医として、
検査による診断と照らし合わせて、
臨床診断の技術と勘とを磨くことは、
これから診察する患者さんのためになることだからです。

さて、ノロウイルスとはどのようなウイルスでしょうか?

その発見は実は意外に最近のことです。

1968年にアメリカのノーフォークで集団発生し、
それがノーフォークウイルスと命名されました。
その後同種のウイルスを一まとめにして、
2002年の国際会議の決定により、
ノロウイルスという名称で呼ばれるようになったのです。

ノロウイルスは通常口から侵入し、
小腸に感染するのですが、
この時小腸でノロウイルスが付着するのが、
小腸粘膜にある血液型抗原である、
ということが近年明らかになって来ています。

A型とかO型という、
あの血液型の抗原です。

元々のノーフォークウイルスの研究では、
このウイルスは何故かO型とA型には感染し易く、
B型とAB型には殆ど感染しなかったのです。
これはどうやらB型の抗原があると、
このウイルスには感染し難いのではないか、
ということになり、
その後血液型抗原とノロウイルスに関する、
研究が進められました。

血液型には分泌型と言って、
唾液などに血液型抗原が検出される方と、
検出されない方がいます。
犯人は非分泌型だった…
というようなミステリーが、
一時期はよくありましたね。

非分泌型では抗原が小腸の粘膜でも発現しないので、
ノロウイルスの感染も起こり難くなります。

つまり、血液型の種類によって、
またそれが分泌型かそうでないかによって、
ノロウイルスによる感染の起こり易さは違うのです。

元になったノーフォークウイルスは、
非分泌型では感染はしません。

しかし、ノロウイルス全体で言うと、
これには色々な種類があり、
そのウイルスのタイプによって、
どのような小腸の抗原を認識し、
そこに付着するかというタイプが異なります。

現在最も流行しているノロウイルスのタイプは、
GⅡ/4株と呼ばれるものです。

このタイプのウイルスは、
非常に強力な感染力を持ち、
あまり血液型の違いにより、
感染のし易さに違いはないようです。
ただ、非分泌型であれば、
矢張り感染力は落ちます。

日本人の4割は完全な非分泌型ではないけれど、
血液型抗原の分泌量は少ないタイプの、
遺伝子変異を持っているので、
そうした方ではノロウイルスの感染は、
起こり難くなる可能性が高い、
と考えられます。

つまり、たとえば生ガキにノロウイルスがいたとしても、
それを食べた人の体質によって、
胃腸炎のような症状を起こす人もいれば、
起こさない人もいるのです。
そして、おそらくは起こし難いタイプの人は、
血液型抗原の非分泌型なので、
その傾向は生涯変わらない、
と言ってほぼ間違いはないと思います。

ノロウイルスは正20面体で、
電子顕微鏡では「ダビデの星」のように見えます。
1968年まで見付からず、
それから急速に広がりを見せ、
血液型抗原を認識して感染を起こすなど、
非常に面白くかつ奇怪な存在です。

まあ、現実にはそうしたことはないのでしょうが、
人間によって造られた病原体ではないのかしらと、
SF的な想像がかき立てられるところがあります。

現状ノロウイルスに著効するような薬はありません。
リバビリンのような抗ウイルス剤が試されたこともありましたが、
臨床試験の結果は失敗しています。
ニタゾキサニドという、
クリプトスポリジウムという原虫症に使用する薬剤が、
ノロウイスルとロタウイスルの腸炎の症状期間を短縮した、
という文献がありますが、
病原体自体を早期に排除した、
というようなメカニズムではないようで、
一般的な治療とはなっていません。

従って、
脱水を補正しつつ回復を待つ、
ということになります。

ロタウイルスにはワクチンがあり、
昨年からお子さんへの接種が日本でも開始されましたが、
ノロウイルスのワクチンは、
まだ開発の途上にあり、
しばらくは時間が掛かりそうです。
臨床試験の結果は以前記事にしましたが、
成功とは言えないものでした。
http://blog.so-net.ne.jp/rokushin/2011-12-13

ノロウイルス関連で、
最近もう1つ話題になっているのは、
免疫不全の患者さんや、
抗癌剤や免疫抑制剤の使用で、
免疫の抑制状態にある患者さんでは、
ノロウイルスの慢性感染が成立し、
数か月から数年も、
下痢症状が続き、
ウイルスも身体から排除されない、
という知見です。

問題はこうした患者さん自身の、
不快な症状にもありますし、
こうした患者さんの体内で、
ウイルスの変異が起こり易く、
それが新たな流行のきっかけの1つのなっているのではないか、
という危惧にもあります。

慢性感染の患者さんの体内で、
ノロウイルスが培養され保存されているのです。

ただ、個人的な僕の見解としては、
急性感染の筈のウイルスやバクテリアが、
特に免疫不全状態とは思えないのに、
慢性感染に移行することは、
胃腸炎などではしばしばあることで、
ここには急性感染とは別箇の感染維持のメカニズムが、
働いているのではないか、
と思います。

帯状疱疹が一生で2回は罹らない、など、
感染症の分野では、
教科書に真っ赤な嘘が書かれていることが多く、
先入観を持つことなく、
実際に起こっている現象を見る目が、
臨床医には必要であるように思います。

ノロウイルスによる腸炎は、
自然な回復を待てば良い、
と訳知り顔の方は言われますが、
現実には免疫がウイルスを排除出来ない事例が、
結構存在しているのです。
特に免疫不全の患者さんでは、
そのために慢性の下痢に苦しんでいるケースがあります。

そうした意味で、
ワクチンの開発と共に、
今後のウイルスの変異の可能性などを考えると、
有効な抗ウイルス剤の開発も、
急務と言えるのではないかと思います。

今日はノロウイルス腸炎をめぐる最近の話題を、
まとめてお送りしました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 8

chima

>人間によって造られた病原体ではないのかしら
なんてお医者様が考えちゃうウィルスって面白いですね
薬早くできてほしいです~
by chima (2012-12-08 17:14) 

fujiki

chimaさんへ
コメントありがとうございます。
ノロウイルスは色々と謎が多いて面白いですね。
by fujiki (2012-12-10 08:08) 

yukko

数年前、ノロウイルスに感染し、地獄のような体験をしてから、毎年冬が来るたび、恐れています。しかも、子供が保育園に通っているのでなおさらです。ワクチン早くできてほしいです~。100万円でも買います。。
早くできてほしいあまり、自分で開発したいぐらいです。(できることなら)
乳酸菌が腸内環境を整え、免疫力を高めて、感染しにくくなるのは本当ですか??
by yukko (2012-12-11 22:24) 

fujiki

yukko さんへ
コメントありがとうございます。
乳酸菌の話は、
全く事実無根とは思いませんが、
過度な期待は持たない方が良いように思います。
by fujiki (2012-12-14 08:10) 

miho

初めまして。
ノロウイルスのことを調べていたら、こちらにたどり着きました。
ノロは私自身、冬の時期に二度かかって入院して地獄な目にあいました。子供もよくかかり、冬場はしょっちゅう脱水で入院しています。今年は大流行、ということでビクビクした毎日を過ごしています。
ワクチンはまだ発展途上なのですね。早く使えるようになるよう、心から願います。はっきり言って、インフルエンザよりキツかったです。

by miho (2012-12-30 15:37) 

三浦

まさに、うちの息子(5)が、免疫不全のノロウィルス慢性下痢状態が続き、
ニタゾキサニドを今日から試しているところです。

げっそりと痩せ、もうこれが効かなければ、長生きできないと言われました。いろいろな病気な知的もあり、移植も難しい状態です。
少しは改善されるように祈るのみです。参考にさせていただきました。ありがとうございました。
by 三浦 (2013-05-23 23:05) 

fujiki

miho さんへ
大変遅いレスになりまして申し訳ありません。
コメントありがとうございました。
by fujiki (2013-05-25 06:22) 

fujiki

三浦さんへ
お子さんに効果があると良いのですが…
病状が落ち着くことをお祈りしています。
コメントありがとうございました。
by fujiki (2013-05-25 06:23) 

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